森の踏切番日記

人生LARKしたい

「わたしは、中宮様の番人だ」

八月の読書録08ーーーーーーー

 はなとゆめ

  冲方丁

 角川文庫(2016/07/25:2013)

 1608-08★★★★

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😺『枕草子』をもとに、清少納言の「心ふるわす」生涯を描いた歴史小説。自分がイメージする清少納言像に近い描かれ方だったので気持ち良く読めた。自分のイメージする清少納言はもう少し京都人的だが、この清少納言像も悪くはない。『枕草子』を全段読んだことはないが、主要な段は読んでいるはずで、記憶にあるエピソードが色々出てきて読んでいて楽しかった。解説(山本淳子京都学園大学教授)がまた素晴らしくて、これ以上云うことはない。また、初回限定のカバー裏面書き下ろし掌篇小説に要点は書き尽くされているので、これ以上云うことはない。

🐱『枕草子』について考えるとき、藤原道長の存在を無視するわけにはいかないだろう。父親の道隆が死亡し、兄の伊周が失脚し、後ろ盾を失った中宮定子に権力の亡者たる道長が襲いかかるのだが、それに対して中宮定子が頼れるのは帝の愛だけという状況で、清少納言は『枕草子』で中宮定子と帝の愛を讃えているのだ。その心意気を読み取らなければ『枕草子』を読んだことにはならないのだな。一度『枕草子』をちゃんと全段読んでみたくなった。

🐱紫式部は『紫式部日記』で「清少納言こそしたり顔にいみじう侍りける人、さばかりさかしらだち真字書きちらし侍るほどもよく見ればまだいとたへぬことおほかり、かく人にことならむと思ひこのめる人はかならず見劣りし行くすゑうたてのみ侍れば」と典型的な悪口を幾分感情的に書いているが、これは宮中で『枕草子』がいかに評判になっていたか物語るものであろう。中宮定子が崩御して清少納言が宮廷を去ってから数年後に『紫式部日記』は書かれたと云われているのである。夢枕獏の『陰陽師』風に云うと清少納言は『枕草子』で「呪」をかけたのである。紫式部はそれに対して「呪」で対抗したのである。これは言の葉を使ったバトルと云ってよいだろう。正直云って、『源氏物語』は高校の参考書レベルしか読んでいないし、内容はあらすじ本でしか読んでいないし、偉そうなことは云えないが、紫式部に関しては上の一文だけであまり良い印象は持っていない。和泉式部の悪口も書いているし。吾輩は清少納言和泉式部派なのだ。他人の悪口を書き散らす人は、あまり好きではないのだ。

🐱『枕草子』の第一段が「春はあけぼの」で始まるのは史記と四季を掛けたからだという説があるが、なるほどと思う。

😿本書の第四章「職の御曹司」で清少納言が「言葉はそれ自体が面白いのだ。書くことは楽しいことなのだ」と覚醒して、再び定子の元に参じるところは、ちょっとウルッとした。なんかラノベとかで能力を覚醒した従者が姫の元に馳せ参じるみたい。

🐱いつの時代も無力な人間が圧倒的な権力に立ち向かうには「愛」と「笑い」しかないのだなあ、というのが結論でした。🐥

「もの憂くて多かりし事どももみな止めつ」

 



 

よもすがらちぎりしことをわすれずは

こひんなみだのいろぞゆかしき

一条院皇后宮(百人秀歌)






はなとゆめ (角川文庫)

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