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森の踏切番日記

人生LARKしたい

悲しみだけは、解決がない。

読書 小説

10月の読書録03ーーーーーーー

 ηなのに夢のよう

 森博嗣

 講談社文庫(2010/08/12:2007)

 1610-03★★★☆

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🐱本書はφ、θ、τ、ε、λに続くGシリーズ六作目になる。今回の事件は、地上12メートルの松の枝に、首吊り死体がぶら下がっているのが発見されるところから始まる。現場は人気の無い神社なのだが、そこには「ηなのに夢のよう」と書かれた絵馬が残されていて、一連の事件との関わりが連想される。その後も特異な場所での首吊り自殺が相次ぐのだが、やはり同様のメッセージが残されている。

 

🐱今回の事件は自殺か他殺かという問題もあるが、いかにして高さ12メートルもの松の枝に死体をぶら下げたか、という問題もある。作中、レギュラーメンバーの学生3人が考察するのだが、その迷走ぶりが楽しい。結局本書には解答は示されないのだが、恐らく本書の探偵役である犀川創平が興味を持つ程の謎では無かったということだろう。単純に考えれば、自分で登って自分で首を吊っただけの話である。何故そんな死に方をしたのか、それは当人に聴いてみなければ分からない。現実の世界でもそういう事例は無いわけではない。多分、そういう事なのだろうと思った。

 

🙀(京都周辺の山、東山とか北山とか西山では、たまに木から人がぶら下がっていたりする。その下から白骨死体が見つかったこともあった。そんなことを思い出した。)

 

🐱本書の真のテーマは主人公の西之園萌絵が、両親の命を奪った10年前の飛行機事故の真相に近づく所にある。西之園萌絵は、この事故を目の当たりにして大きなトラウマを負ったのだが、『すべてがFになる』から始まる彼女の物語は、このトラウマを克服していく過程を描いていたことが本書で明確になる。また、前作に引き続き今作品でも「死」について深く考察されている。

 

🐱本書には、Vシリーズの瀬在丸紅子が登場する。また、『四季  秋』に登場した謎(?)の美術鑑定人・椙田も登場する。久慈昌山は『四季  冬』に登場する久慈昌山と同一人物のようだ。さらに、真賀田四季らしき女性まで登場して、Fシリーズから始まる大きな物語が収束していく気配も感じられて、この先どうなるのかと思わせる展開である。『四季  冬』は再読する必要があるかも知れない。🐥

 

 

 

「いつでも、どこでも、真賀田四季に不可能はない」

 

 

「人が死ぬのは、ごく自然なことだよ」

 

 

悪魔を取り除くためには、生きた人間を生け贄に捧げなくてはならない。そうすることで、知らず知らずに人間は悪魔になっていく。

 

 

「ああ、なんで、泣いているんだろう?」

 

 

「還元されない技術がありますか?」

 

 

「死ぬことって、それほど特別なことかしら?」

 

 

一回生きて、一回死ぬ。

 

 

だからこそ、楽しい思い出に涙が出るのだ。

 

 

「涙の分だけ、水分を補給しなきゃ」

 

 

 

 

ηなのに夢のよう DREAMILY IN SPITE OF η (講談社文庫)

ηなのに夢のよう DREAMILY IN SPITE OF η (講談社文庫)

 

 

 

 

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