10月の読書録04ーーーーーーー
「複雑系」とは何か
講談社現代新書(1996/11/20)
1610-04★★★☆
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🐱本書が出版された1996年頃は、世間的にも「複雑系」が注目を集め始めた頃で、「複雑系」に関する一般向け解説書も色々出版されている。本書もその内の一冊であるが、「複雑系」は経済学にも関係していることもあってか、どちらかと云えば文系向けの講談社現代新書から刊行されている所に幅広い読書層を意識していたことがうかがえる。
🐱著者はプロローグで、複雑系とは、「無数の構成要素からなる一まとまりの集団で、各要素が他の要素とたえず相互作用を行っている結果、全体として見れば部分の動きの総和以上の何らかの独自のふるまいを示すもの」と説明している。以下、本書を読んで気になったことをメモしておく。
第1章:「複雑」とはどういうことか
◾「複雑系」は英語では「complex system」なのだが、欧米では「complexity(複雑性)」を使うことが多い。
◾数学ではつねに「こと」の「もの」化が行われる(数学は関係性の学問)。複雑系においても、同じ意味で「こと」が「もの」化される。
🐱京極夏彦風に説明すると、妖怪という言葉は、元々は怪異現象(こと)を指す言葉だった。例えば「ぬりかべ」というのは、突然壁ができたように前に進めなくなるという怪異現象(こと)だった。ところが、水木しげるが「ぬりかべ」を具体的に描いたことによって実体(もの)化されたのだ。数学は抽象概念を数式化(論理記号化)する学問なのだ、ということだと思う。多分。
🐱この章は、言葉の意味から複雑系の基本的な概念を説明しているのだが、多少回りくどい感じがする。
第2章:いま、なぜ「複雑系」なのか
◾実体論の観点からは、複雑系の科学の出現の必然性は、古典力学の決定論と統計力学の確率論にそれぞれ代表される「単純な系の科学」と「ランダムな系の科学」との二極構造がもつ矛盾にあった。
◾科学はミクロの宇宙とマクロの宇宙を探究してきた。いまだに探求されていない科学のフロンティアは複雑性である。(ハインツ・ペーゲルス)
◾現象論的には、パソコンの普及が大きい。
第3章:「複雑系」のフロンティア
🐱この章は、サンタフェ研究所における複雑適応系の研究の歩みを紹介していて、M.M.ワールドロップの『複雑系』を要約したような内容で、先に『複雑系』を読んでいたので良い復習になった。
◾対象の抽象的なモデル化とコンピュータによるシミュレーション、アナロジカルな解釈。
◾全ての複雑な現象には何らかの共通な特性があること。それらの特性はコンピュータでモデル化できる程度の単純な系から生成されていること。
◾「表面的な複雑さは深部の単純さから生まれる」(マレイ・ゲルマン)という要請。
◾「この複雑な世界を眺め、この世界が何をなしうるのかを、世界自身に語らせようとしているのだ」(フィリップ・アンダーソン)
◾複雑系はこれまでの科学にとって異文化そのもの。
◾複雑適応系(CAS)は開かれたシステムであり、新しい可能性がつねにシステムそのものから自発的に生み出される。「平衡状態」という概念は何の意味も持たない。
◾自己組織化臨界➡砂山のメタファー
◾創発➡下位レベルにある個々の構成要素間の局所的相互作用から、上位のレベルにあるなんらかの大域的構造が出現する。この構造によって規定された全体的な特性が今度は下方にフィードバックされ、構成要素の振る舞いに影響を及ぼす。
第4章:人工生命の複雑な未来
🐱人工生命もM.M.ワールドロップの『複雑系』と内容が重複するので、良い復習になった。日本の「人工脳」の研究も紹介されている。
◾人工生命は、自然の生命系に特有のふるまいを示す人工的なシステムについての研究である。これは生命というものを、地球に生じた特別な例に限定せず、可能な限りの表現を通して説明しようとするものである。(クリストファー・ラングトン)
◾究極の目標は、生命系の論理形式を抽出することである。(同上)
◾トマス・レイの「ティエラ」(人工生態系)
➡グローバル・ティエラ・ネットワーク構想
◾日本のATR(1986年3月設立)の「人工脳」プロジェクト(1993年3月立ち上げ・下原勝憲)
➡自律性と創造性を持ち「人間と親密に、そして対等にコミュニケーションできる」コンピュータ
➡「人とコンピュータとの連携による創造的な世界」を実現させる。
◾「ダーウィン・マシン」
➡ナノ・テクノロジーを組み込んだ機械
◾人工脳は不死のまま進化し続けることが可能。
◾「人類が直面することになるだろう倫理的な問題」(ラングトン)
第5章:コンピュータの中の遍歴
🐱この章は、金子邦彦を中心に日本の複雑系の研究を紹介している。やや難解。
◾金子邦彦のカオス結合系の研究
➡二個のカオス系を結合した研究
➡結合マップ格子 Coupled Map Lattice (複数のカオス系を結合し、それらに局所的な相互作用をもたせたシステム)
➡大域結合マップ Globally Coupled Map (大域的な状況に応じて全ての構成要素が相互作用を行うモデルを提唱)
◾コヒーレント相、カオス的な乱れた相、秩序相、部分秩序相
◾部分秩序相
➡カオス的遍歴 chaotic itinerancy
➡カオスの縁の内部構造を、生成と崩壊のダイナミクスとして捉えた概念だといえる。
◾部分秩序相で生成される秩序は多様性を維持した動的な安定性機構
➡ホメオカオス homeochaos
◾自由度が変動する開いたシステムに特有なカオスのダイナミクス
➡開放型カオス openchaos
◾日本の複雑系研究の特色
①複雑な現象を単純に理解しようという傾向への疑念と反省
②構成論的アプローチ
➡複雑性をもった基本プロセスから組み立ててモデルを構成する(CMLやGCMなど)
③科学が現象論の世界にとどまるべきことを要請する
➡複雑なものを複雑なまま見ようとする態度
第6章:「科学」とは何であったか
🐱この章は、複雑系の科学に至るまでの「科学」の歴史を振り返っている。やや衒学的だが要点は押さえている。
◾還元論と決定論の上に理性的な普遍学が構成されるというシナリオ
(🐱近世キリスト教社会では神の普遍性に帰結される)
◾機械論に決定的に欠けているものは〈多〉を〈多〉のまま見ようとする態度ではなかったか。
◾近代科学の二大派閥が、単純な系を扱う古典力学の決定論であり、ランダムな系を扱う統計力学の確率論であった。
➡近代科学の方法論では複雑な現象は捉えきれない。
第7章:秩序と混沌のはざまで
🐱この章では、カオスの発見から始まる複雑系の科学誕生の経緯を紹介している。複雑系の科学は非線形力学系からカオスという流れと非平衡熱力学から自己組織化という二つの流れが合流したものであると解説している。
ジェイムズ・グリックの『カオス』より分かりやすい説明である。
◾カオスは「秩序からの混沌」の、自己組織化は「混沌からの秩序」の研究としてスタートした。
◾カオスとは「決定論的な系において起こる確率論的なふるまい」と定義される。(1986年)
➡「もっぱら法則によって支配されながら法則性のないふるまい」(イアン・スチュアート)
◾「たとえていえば、数学というのは『非線形』というタイトルのごっつい本で、〈線形〉はこの本に含まれる一つの章、第一章にすぎないんです」(山口昌哉)
◾自己組織化➡自発的、自律的、自生的、自動的、自然発生的な秩序形成のこと
◾散逸構造➡非平衡非線形開放系において出現する構造は、エネルギーの絶えざる散逸によってのみ維持される(ベナール対流など)
※ロウソクの炎は、ロウや酸素の絶えざる流入と拡散に基づく非線形な化学反応によって安定性が維持される。
※都市は人間・情報・物質・エネルギーの絶えざる流入と消費(散逸)、及び人・情報・ものなどの非線形な相互作用によって維持される。孤立した都市は崩壊に向かわざるを得ない。
🐱人文系の知識人を意識しているのか、やや衒学的な面は見られるが、要点は押さえられていて分かりやすかった。複雑系の基本的な知識を得るには十分な内容だと思う。
🐱著者はエピローグで
複雑系が真に問うているのは、「世界を見ることを学び直すこと」なのである。
と指摘している。本書が刊行されてから20年が経ち、例えば人工知能の分野などは大きく進展しているわけだが、「複雑性の科学」そのものの理解はどの程度進んだのだろうか。我々は世界を見ることを学び直しているだろうか。他にも色々読んでみたいと思う。
📄関連日記
※読書録:『脳・心・人工知能』甘利俊一
※読書録:『複雑系』M.M.ワールドロップ
※読書録:『神が愛した天才数学者たち』吉永良正
※読書録:『カオスの紡ぐ夢の中で』金子邦彦