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森の踏切番日記

人生LARKしたい

『城塞』中巻再読・冬ノ陣

『城塞』再読(7)

🐱司馬遼太郎『城塞』中巻を再読しております。今回は冬の陣の戦況を振り返りたいと思います。だんだん面倒臭くなってきたので、ざっくりといきます。


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※11月18日、家康、秀忠と茶臼山で落ち合う。家康は、

「まともに攻めれば、まず五年はかかるであろう」

「それゆえ、わしは講和をしたい」

などと言いながら、秀忠を煽って、気負い立たせる。

家康はこの大坂城攻撃にあたって、秀忠を鬼将軍に仕立て、世間にもそのような印象をあたえようとした。

秀忠が武断主義をとるのに対し、家康はそれとは別個に、あくまでも豊臣家を救おうという寛仁の態度を持し、講和方針をとってゆこうというのである。

家康の目的はただひとつ、秀頼を殺すことにあった。

そのためには、大坂城の防御を弱めなければならない。

それには、大魔術が必要であろう。

🐱魔術を使うには、悪魔にならねばならぬであろう。

 

 

◾11月19日、木津川口の戦い。

蜂須賀至鎮、浅野長晟、池田忠雄の軍勢三千が、大坂城から海上の出口にあたる木津川口の砦を攻め、これを奪う。大坂方は八百の兵で守っていたが、指揮をすべき明石全登大坂城本丸にいて不在だった。この日は伝法川口の大坂方の検問所も徳川方に奪われている。これにより、大坂方は海上輸送路を絶たれる。

😽『真田丸』では、オフロスキーだもんな。

 

 

◾11月26日、鴫野・今福の戦い。

大坂城の東側は、猫間川、平野川、大和川が天然の要害になっていた。しかも、大坂方は堤を切って水田に水を流し込ませ、堤に柵を設けて大野治長麾下の将兵が守っていた。

※鴫野に上杉景勝軍が、今福に佐竹義宣軍が夜明けを待って攻撃を開始。東軍に押された味方が後退していくのを見た木村重成は、今福の柵を占領した佐竹軍を反撃、瞬く間に佐竹軍を押し戻す。さらに、後藤又兵衛が来援し、佐竹軍に突進した。

※大坂方は、敵将の渋江政光を鉄砲で倒し、混乱する佐竹軍を蹴散らし、戦線を押し戻した。押し込まれた佐竹軍は義宣自ら太刀をふるって奮戦する事態に陥ったものの、上杉軍や榊原隊が救援に駆けつけたため、重成・又兵衛は撤収を命じ、奪還した柵まで引き返し、そこを守備した。木村重成は華々しく初陣を飾ったのだった。

「大坂おそるべし」

🐱ここは、木村重成後藤又兵衛の活躍が見せ場であるな。大河ドラマ真田丸』では、細かくやるかなあ。どうだろう?

 

※『城塞』では秀頼は、乳兄弟である重成と「牢人ながらいかにも頼もしげな」又兵衛がお気に入りで、何かと言えばこの二人をそばに呼んでいる。淀殿は、秀頼が又兵衛や幸村たち牢人衆に感化されるのが気に入らない。

大野修理は「牢人のさしずなどは受けない」と思っている。牢人衆も大野修理を信用していない。

 

 

◾11月29日、 博労淵の戦い。野田・福島の戦い。

※博労淵の砦は、蜂須賀至鎮らの軍勢の攻撃を受けると、七百人ほどいた守備兵は次々逃走し、瞬く間に陥落する。指揮官たる薄田隼人正兼相が、前夜から神崎の遊女のもとに遊びに行っていて、不在であったのだ。

※『城塞』では、

「隼人正は」

と、淀殿はこのときほど怒ったことはない。

「あれは橙武者です」

と、淀殿が言ったことになっている(橙は正月の飾りにしか使えない役立たずという意味)。 薄田は、淀殿に呼びつけられ、侍女たちが居並ぶ中平伏させられ、侍女たちの嘲笑を浴びせられるという罰を受けている。 

😽なんか、精神的にダメージの大きい罰だな。お局様のパワハラ だな。会社とかでもありそうだな。

 

※野田・福島の砦も九鬼守高らの軍勢によって陥落している。大坂城周辺の砦は全滅し、城東方面も徳川方が占領し、徳川方による包囲網が完成する。(下図)

 

🐱そして、いよいよ真田丸の攻防戦が始まるのであった。🐥

 


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※図の右上の佐竹義宣の右側が、真田信吉・信政

 

 

 

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