『正岡子規 言葉と生きる』
坪内稔典著(岩波新書)
を読む・その3
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第4章:病床時代
◾明治29年(1896)1月3日、子規庵で初句会が催され、鴎外、漱石が同席。
◽2月、左の腰部が腫れ、痛みがひどく歩行困難になる。
◽3月27日、カリエスの手術を受ける。
◽4月、「松蘿玉液」を、5月、「俳句問答」を『日本』で連載開始。
◽8月、新体詩「父の墓」
◽9月5日、人力車で出かけ、与謝野鉄幹ら新体詩人の会に出席。
※この年、子規の提唱する新俳句が広く一般に認知される。
◾明治30年(1897)1月、「明治二十九年の俳句界」を『日本』に連載開始。
※柳原極堂が松山で『ほとゝぎす』を創刊。
◽5月、病状悪化、一時重体に陥る。
◽8月、「病床手記」の執筆を始める。
🐱この年から翌年にかけて、子規は新体詩に力を注いだという。言葉で表現することならば何にでも興味を持つ人であったようだ。漱石には批判されたが、「子規は書きに書いた。書くことで(表現することで)現れる世界に魅せられていたのだろう」という。
🐱子規の文章について、著者は、「言葉が言葉を呼び寄せ、その言葉たちが自在に世界を開く」ということが生じているのではないかと分析している。書くことで思考するタイプの人であったようだ。
おもしろきものは相対なり煩悩なり、つまらぬものは絶対なり悟りなり
(「松蘿玉液」)
🐱 子規の主要な作句法は、競吟(せりぎん)、運座、一題十句というもので、いずれも一度に句を沢山作るところに特徴がある。考えて苦心して作った句が必ずしも名句になるとは限らず、「無造作に多作した中に秀句があるかもしれない」という考え方に基づいているようである。しかも、作品の良し悪しは読者の判断に委ねられるという。「そこに俳句の特色がある」というのだ。
🐱これは、プロのカメラマンの撮影法などに近いものを感じる。陶芸家もこれに近いか。音楽でも、色々考えて作りこんだ曲よりも思い付くままに作った曲の方が売れたりするケースがあることを思い出す。何か新しいものを創作するには、秩序よりもカオスの方が必要だということだろうか。
🐱子規は、柿が大好物だったそうだ。明治30年の子規の句に「我死にし後は」という前書きの付いた
柿食ヒの俳句好みしと伝ふべし
がある。
🐱意外なことに、子規の代表句とされる「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句は、子規生前には有名ではなかったのだそうだ。この句はあまり評価されていなかったという。
🐱「病床手記」九月六日より。
漱石明日一番汽車にて新橋を発する由端書あり句を送る
萩芒来年逢(あわ)んさりながら
秋の雨荷物ぬらすな風引くな
「萩芒(すすき)」の句は、来年は逢えるかなあという弱気な感じがする。「秋の雨」の句には、子規の思いやりの深さを感じる。
※この時漱石は、流産して静養中の鏡子夫人を鎌倉において、9月10日に単身、熊本に帰任している。
🐱この頃の子規は、
背中から膿が出ており、左足が引きつけ、十分に伸ばすことができない。そんな日々だった。
という。
毛虫にもなれぬ妄執や秋の蝶
🔘蕪村の発見
百年間空しく瓦礫と共に埋められて光彩を放つを得ざりし者を蕪村とす。蕪村の俳句は芭蕉に匹敵すべく、或は之に凌駕する処ありて、却って名誉を得ざりしものは主として其句の平民的ならざりしと蕪村以後の俳人の尽く無学無識なるとに因れり。(「俳人蕪村」)
🐱またしても、挑発的な書き出しであるが、子規の功績のひとつとして、与謝蕪村の発掘がある。蕪村は、子規の時代には句集が手に入らないくらい忘れられていたらしい。
🐱著者によると、子規は「比較し分類することを基本的な批評の方法」としていたという。ここでは、蕪村と芭蕉を比較し、芭蕉に匹敵する存在として蕪村を発見したのである。
🐱子規の「俳人蕪村」は、最初の本格的蕪村論であったとのことだ。「それだけに、この子規の蕪村論は後世において賛否の論を生じた」という。
🐱蕪村の句としては、次の句が紹介されている。
牡丹散つて打ち重なりぬ二三片
地車のとどろとひびく牡丹かな
子規の評は、「牡丹と艶麗を争はんとす」だという。
不尽(ふじ)一つ埋み残して若葉かな
絶頂の城たのもしき若葉かな
子規の評は、「若葉の趣味を発揮せり」だという。
🐱芭蕉と蕪村の比較といえば、
五月雨や大河の前に家二軒 蕪村
の比較が、分かりやすくて有名である。
🐱子規はまた、画家としての蕪村を高く評価していたという。ただし、俳画を絵とは認めていないという。子規は写生にだけ拘泥していては「大文学」に至れないと論じているという。
🐱与謝蕪村と伊藤若冲は同い年であり、二人とも今年は生誕三百年である。
享保元年(1716)~天明3年12月25日(1784)
鳶鴉図(蕪村画)
春の海(蕪村画)〈The Burke Collection〉
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