森の踏切番日記

人生LARKしたい

一年振りにあのコンビと再会

7月の読書録04ーーーーーーー

 陰陽師 蛍火ノ巻

 夢枕獏

 文春文庫(2017/06/10:2014)

 ★★★★

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陰陽師 螢火ノ巻 (文春文庫)

 

夢枕獏陰陽師シリーズ第14作目にあたる本書は、2013年から2014年にかけて発表された短編を中心に全部で9編の短編が収められている。

 

ちょうど1年前に前作の文庫版が刊行されて、去年のこの時期も『陰陽師』を読んだので、2年続けてこの時期に『陰陽師』を読んだことになる。

 

著者には今も書き継がれているシリーズ物が幾つかあるが、この陰陽師シリーズも第一作目の発表から30年近くになる。本棚にある第一作目『陰陽師』の文庫版も随分古くなってしまい頁が抜けそうになっている個所がある。愛着のある作品なので来年は新しいのを買おうかと思っている。

 

今作も安倍晴明源博雅が移ろいゆく季節を惜しみ愛でながら酒を酌み交わす。そこに不思議な事件が舞い込み晴明が解決する。派手に陰陽術を使う場面はほとんど無い。近年は淡々とした話が多い。博雅は笛を吹く。いつもと同じである。そこがよい。文章に味わいがあって十分に堪能できる。

 

とは言うものの変化も見られる。今作は、全9編中3編で蘆屋道満が登場する。この3編には晴明・博雅コンビは登場しない。前作で蘆屋道満が登場したのは全10編中1編だけだった。

 

これは、京の都以外の場所を舞台にした話の場合、晴明と博雅が地方に出かける「仕掛け」が必要になるが、道満であれば元々神出鬼没なキャラだからどこへ姿を現してもおかしくないという理由によるものらしい。従って、道満が登場する話は全て京の都から遠く離れた地方の話ばかりである。

 

夢枕獏が描く蘆屋道満は妖怪じみてはいるが単なる悪役ではなく、どこか憎めないキャラクターなので気に入っている。道満は悪でも正義でもなく浮世をあるがままに受け入れて楽しんでいる節がある。そこが面白い。

 

本シリーズでは、晴明にしても清濁併せ呑むところがあり、単なる勧善懲悪の話ではないところが長く続いている理由の一つではないだろうか。

 

晴明・博雅コンビの話の中では「花の下に立つ女」が掌編ながら自然界の生命の連続性を描いていて気に入った。「屏風道士」も長く生き過ぎてしまった道士の悲哀を描いていて味わい深かった。

 

道満の話では「産養の磐」が鍛冶ヶ婆の説話を上手くリミックスしていて面白かった。今回は、これが一番良かった。今後も道満の地方行脚の旅は続きそうで、こちらも楽しみである。

 

 

近年は、著者も還暦を過ぎたせいか、齢を重ねることは決して悪いことではなく素晴らしいことだという感慨が目立つようになったように思う。前作収録の短編「仙桃綺譚」での蘆屋道満の台詞が印象に残っている。

 

「不死などになったら、美味い酒は飲めぬ。笛の音を聴いても、それを心地よく聴けぬ。生命に限りあればこそ、酒が美味いのじゃ。なあ──」

 

 

 

 

陰陽師 螢火ノ巻 (文春文庫)

陰陽師 螢火ノ巻 (文春文庫)

 

 

 

 


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『絵本百物語』より「鍛冶ヶ婆(かじがばば)」

※鍛冶が嬶(かじがかか)とも言う。

 

土佐国の野根という処に鍛冶屋がいた。狼がその鍛冶屋の女房を食い殺して乗り移り、飛石という処で人を捕り喰らうようになったという。

 

※絵の方は、旅人が夜道を急いでいるとたくさんの狼と出くわしたので大木によじ登ってしのごうとした。狼は次々と重なって木の上の旅人の足元に近づいてきたが、少し足りない。リーダーの狼が「鍛冶ヶ婆を呼んでこい」と言うと、一匹の狼がどこかへ駆け出し大きな狼を連れてきた。その狼が狼の山をよじ登り旅人に迫ってきたので、旅人は狼の頭に向かって刀を斬りつけた。すると、狼はちりぢりに逃げて行った。夜が明けて、旅人が木から下り最寄りの村へたどり着くと、村では鍛冶屋の婆が夜中にどこかへ出て行ったかと思うと大怪我をして帰ってきたと騒いでいた、という説話にもとづくようだ。