森の踏切番日記

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三島由紀夫の『小説読本』を読んで~小説とは何か?

9月の読書録04ーーーーーーー

 小説読本

 三島由紀夫

 中公文庫(2016/10/25:2010)

 ★★★★

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本書は、三島由紀夫の小説論・創作方法論を中央公論新社が独自に編集し2010年10月に刊行した単行本が文庫化されたものである。

昭和23年~25年の20代前半から昭和40年代の晩年までの三島の作家人生全般にわたる文章が収められていて、三島の小説に対する考え方や取り組み方が分かる内容になっている。

 

特に、三島が実際にどのようにして創作していたのか、その方法を明かした文章は興味深い。「わが創作方法」によると、長編小説を書く場合は、まず主題を発見し、次に環境(ミリョウとルビが付いている)を研究し、構成を立てる。そして、書き始めるのと同時に、それまでの準備をすべてぶち壊すのだという。これは、たいへんエネルギーのいる作業だと分かる。

「私の小説の方法」によると、短編では最後の場面、長編では最も重要な場面のイメージがはっきり浮かぶまで待つことが大切だとしている。必ずしも「最後の一行が決まらないと書き出せない」ということではないようだ。

一方、「法律と文学」や「私の小説作法」によると、作家は作品を書く前には主題をはっきりとは知っていないという。「主題」とは犯罪の「証拠」のようなものであり、三島にとって小説とは、容疑(仮定)から出発し、論理的に追いつめ、証拠(主題)を固めて、犯人(作中人物)を追いつめていくようなものであるようだ。

推理小説は、はじめから主題が作家に分かっているから何ら興味を抱かないのだそうだ。三島に云わせると、推理小説は、「要するに拵え物である」ということになる。

確かに、謎解きだけのパズルのようなミステリは、小説としてはつまらない。三島は、たしか、松本清張を念頭に置いていたのだったか。私は、松本清張は小説として面白いと思うが。

文庫版の巻末には、平野啓一郎による適切な解説があり参考になる。安部公房との対談で、三島が「無意識というものは、絶対におれにはないのだ」と語ったという逸話には、ちょっと笑った。

 

 


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三島由紀夫(本名:平岡公威)

1925年(大正14)1月14日~1970年(昭和45)11月25日

 

 

小説家はなりたくてなれるものではない。大抵後で考えれば自分で仕方なしになったという感じを持っている。

(「作家を志す人々の為に」冒頭)

 ※初出・『蛍雪時代』昭和25年9月

 

 

今年の8月に『美しい星』を読んだのだが、思いのほか面白くて三島由紀夫を再認識した。それで、他にも何か読んでみたくなり、たまたま書店にあった本書が目に留まったので読んでみることにした。

三島由紀夫は「楯の会」のイメージが強くて、どちらかというと苦手なタイプで、有名な作品をいくつか読んだ程度なのだが、『美しい星』と本書を読んで印象が変わったというか、小説家としての三島由紀夫に対しては苦手意識が薄れたようだ。今後は三島作品を読書テーマに加えようかとすら思った。今月は『夏子の冒険』という小説を読んでいる。

 


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小説家は、自分の内部への関係と、外部への関係とを同一視する人種であって、一方を等閑視することを許さないから、従って人生に密着することができない。人生を生きるとは、いずれにしろ、一方に目をつぶることなのである。

(「小説とは何か」)

 

 

本書に収められた随筆の中で最も長いのは、昭和43年から昭和45年の自決直前にかけて順次発表された「小説とは何か」で、本書の半分の分量を占めている。晩年に書かれたこの随筆は、三島由紀夫という小説家を知る上で、本書の中でも最も重要な文章だろう。

※以下、特に注意書きがない場合は、「小説とは何か」からの引用です。

 

 

フィクションとしての小説は、

(一)言語表現による最終完結性を持ち、

(二)その作品内部のすべての事象はいかほどファクトと似ていても、ファクトと異なる次元に属するものである。

と定義づけることができるであろう。

 

 

この中で『美しい星』の後半のクライマックスである人類の運命に関する論争の場面について「成功したとは云いにくい」と言及しているのが印象に残った。 

著者が云うには、欧米社会のように抽象的論争そのものを娯しむ文化のない日本においては、論争を小説中に取り入れることを諦めてしまっている。これは、日本語では抽象語が生活の伝統と背景を欠いているため、イメージを限定させてしまうからだという。

「美しい星」における論争は、いかにも日本人らしい論争である。互いに論点が噛み合わず、双方が自らの主張を言い放しで、最初から論争をする気がないかのような、相手をやり込めることだけが目的であるかのような、まことにお粗末な論争とは呼べない論争であった。そして、最後には相手を罵倒して立ち去るという幼稚さである。こうした言葉や態度の軽薄さと内容の深刻さのギャップが、かえって効果的で、これはこれで面白いなと感じた。

 

円城塔が「円城塔の文学散歩」第10回(共同通信社配信)で、『美しい星』を「手が届かないのは承知してなお、そこに手をかけてしまったことで生まれた小説」だと評していた。円城塔は、この小説を「大変奇妙な小説」だと書いているが、「あんたが言うかw」と笑ってしまった。

 

 

どんなに深刻な会話であっても、地の文に比べれば、魂の重みが軽いような気がするのは、私が単に日本人であるためかもしれない。会話にはどうしても浮薄な性質が抜け切れぬように感じられるのは、一番重要なことは口に出して語らないというわが文化伝統のせいかもしれない。

 

 

この「小説とは何か」には、様々な小説が紹介されていて、その面白さが解説されているが、その幅の広さには驚かされる。

中でも、著者が柳田国男の『遠野物語』を再読して、その中に「小説」を見出したという件りが興味深かった。著者が例として挙げているのは第二十二節の小話だが、これは印象深い話で、私も覚えていた。

 

 

二二 佐々木氏の曾祖母年よりて死去せし時、棺に取り納め親族の集まり来てその夜は一同座敷にて寝たり。死者の娘にて乱心のため離縁せられたる婦人もまたその中にありき。喪の間は火の気を絶やすことを忌むが所の風なれば、祖母と母との二人のみは、大なる囲炉裡の両側に坐り、母人は旁に炭籠を置き、をりをり炭を継ぎてありしに、ふと裏口の方より足音して来る者あるを見れば、亡くなりし老女なり。平生腰かがみて衣物の裾の引きずるを、三角に取り上げて前に縫ひつけてありしが、まざまざとその通りにて、縞目にも目覚えあり。あなやと思ふ間もなく、二人の女の坐れる炉の脇を通り行くとて、裾にて炭取りにさはりしに、丸き炭取りなればくるくるとまはりたり。母人は気丈の人なれば振り返りあとを見送りたれば、親縁の人々の打ち臥したる座敷の方へ近より行くと思ふほどに、かの狂女のけたたましき声にて、おばあさんが来たと叫びたり。その余の人々はこの声に睡を覚しただ打ち驚くばかりなりしといへり。

柳田国男遠野物語』)

 

 

三島が「小説 」を見出したのは、太字の部分である。この部分は、京極夏彦の『遠野物語 remix 』では次のようにリミックスされている。

 

 

 通り過ぎる際に

 死んだ人の裾が、炭取りに触れた。

 炭取りはくるくると、回った。

京極夏彦柳田国男遠野物語 remix 』)

 

 

文庫版では、最初の2行は203頁の終わりの2行で、3行目は204頁の初めの1行になるので、ページを捲らなくてはならない。京極夏彦のことだから、意識的にやっているものと思われる。京極夏彦のリミックス版は、柳田国男の『遠野物語』に小説を見出し、小説として仕立て直す行為に他ならない。

 

 

私が「小説」と呼ぶのはこのようなものである。小説がもともと「まことらしさ」の要請に発したジャンルである以上、そこにはこのような、現実を震撼させることによって幽霊(すなわち言葉)を現実化するところの根源的な力が備わっていなければならない。しかもその力は、長たらしい抒述から生まれるものではなくて、こんな一行に圧縮されていれば十分なのである。

 

 

小説は、戯曲とは違って、言葉がすべてなのである。三島は、「炭取りの廻らない」小説の多いことを嘆いている。三島はまた、『遠野物語』の序文を名文として絶賛している。

自分が小説を読むときに、この「炭取りの廻る」ところをきちんと読めているかどうか、小説の読み方について考えさせられた。

 

三島が芥川賞の審査をしていて、只一度、生原稿で読んで慄然たる思いをしたのが、深沢七郎の『楢山節考』なのだそうだ。たしか、押し入れの何処かにあったはずだが、「姥捨て」という重いテーマなので敬遠して読んでいない。一度読んでみようかという気になった。

三島由紀夫は、SF小説に理解があって、百編以上のSF小説を読んだというが(それほどSF小説を読んだ三島が自分なりのSF小説を書いてみようと思わないはずがない)、その中でも随一の傑作と称賛しているのが、アーサー・C・クラークの『幼年期の終り』である。この作品を高校時代に読んだときには、あまりピンとこなかったが、キリスト教徒が読めばさぞかし不快であろうと、今ならよくわかる。三島によると、『楢山節考』と『幼年期の終り』の共通点は、読後感のいいしれぬ不快感にあるという。

 

 

この世には、ただ人を底なしの不快の沼へ落とし込む文学作品もあるのである。いわばこれを「悪魔の芸術」と呼ぶことができよう。

 

 

今年の8月に、筒井康隆の『創作の極意と掟』を読んだのだが、「序言」に、「小説とは何をどのように書いてもよい文章芸術の唯一のジャンルである」と書かれている。これは、森鴎外の「小説というものは何をどんな風に書いても好いものだ」という文章からきているようだ。鴎外に傾倒していた三島も、小説というものは「どう仕様もないほど自由」であり、「無限定の鵺のようなジャンル」であると、本書の各年代の文章で述べている。

 

 

概して近代の産物である小説の諸傑作は、ほとんど「小説とか何か」の、自他への問いかけであった、と云っても過言ではない。小説はかくて、永久に、世界観と方法論との間でさまよいつづけるジャンルなのである。

 

 

晩年の三島由紀夫が「理想的な小説」を見出したのは、江の島の海獣動物園のミナミゾウアザラシだった。えっ? ミナミゾウアザラシ? どういうこと?

三島は、ミナミゾウアザラシの小説的特性を次々と数え上げているが、「現代の小説はこのあらかたを失ってしまった」という。

 

 

彫刻が生の理想形の追求であったとしたら、小説は生の現存在性の追求であった。小説におけるヒーローは、劇におけるヒーローとちがって、糞をひり、大飯を食い、死の尊厳をさえ敢て犯すのだった。

 

 

ミナミゾウアザラシを見て、これだけのことを考えるとは、三島という人は四六時中小説のことを考える人だったのだろうと思わせる。ミナミゾウアザラシとは、結局、バルザックの小説を意味しているようだ。

ところが、そのような感想をもって帰宅した著者が読み耽った小説はミナミゾウアザラシとは真逆の小説だったりする。三島をしても、小説というものは、簡単に律しきられる存在ではないようである。

この「小説とは何か」の最後に、村上一郎の「広瀬海軍中佐」という一編を取り上げている。

 

 

しかしこの短編ほど、美しく死ぬことの幸福と、世間平凡の生きる幸福との対比を、二者択一のやり切れぬ残酷さで鮮明に呈示している作品は少ない。

 

 

この随筆を書き終えた後の三島由紀夫の行動を考えれば、「美しく死ぬことの幸福」という言葉は心に引っかかる。三島の最期を思うと、この随筆は三島の作家としての遺書であると云えよう。

小説に何をどのように書いてもよい「自由」があるということは、何を書かないか選択する「自由」があるということでもある。

 

 

「どう仕様もないほど自由」な小説というジャンルの中で、何かを書き、何かを書かずにいることで、三島は「自由」を行使する。しかし、到底、書かなかった小説を確定する一つの小説とは、自由でなければ選択でもない、何か不如意なものだと彼は語る。それは同時に、生きようと思えばいつでも生きられたはずの現実を、除外された、生きなかった現実として確定することでもある。

そして、その逆は? 行動の「完成」が、創作というもう一つの「現実」を紙屑にし、「破棄」する時にも、それはやはり抗い得ぬ、「オートマティック」なことなのだろうか?

平野啓一郎「混沌を秩序化する技術」)

 

 

三島に対する疑問は、まさにこの点にある。平岡公威にとって、「三島由紀夫」もまた、ひとつの「創作」であり、自らの意志で「完成」させたかったということだろうか。そして、平岡公威という「現実」を破棄したのだろうか。それは、美しい幸福な「完成」だったのかどうか。

 

 

この世には二種の人間があるのである。心が死んで肉体の生きている人間と、肉体が死んで心の生きている人間と。心も肉体も両方生きていることは実に難しい。

[中略]

生きながら魂の死を、その死の経過を、存分に味わうことが作家の宿命であるとすれば、これほど呪われた人生もあるまい。

 

 


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彼「日本を守るとは、天皇を中心とする、しと文化と伝統を守ることだ。(野次、高まる)お前ら聞けい。聞けい。よく聞けい。よく聞けい。こうしょう聞けい。男一匹が、いのちを賭けて諸君に訴えてんだぞ。いいか」

筒井康隆「ダンヌンツィオに夢中」)

※昭和45年11月25日の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地での三島由紀夫の演説を収めた朝日ソノラマソノシートから、筒井康隆が聴取した通りに再録した文章の一節。

 

 

 

小説読本 (中公文庫)

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