森の踏切番日記

人生LARKしたい

三島由紀夫のラブコメ小説を読む~『夏子の冒険』(1)

10月の読書録02ーーーーーーー

 夏子の冒険

 三島由紀夫

 角川文庫(1960/04/10:1951)

 ★★★☆

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この小説は、昭和26年(1951)、三島由紀夫が26歳のときに「週刊朝日」に連載し、年末に刊行された娯楽色の強い小説です。三島は、この連載の前には問題作『禁色』の第一部を発表しています。年末からは、半年にわたる世界一周旅行に旅立ち、転機を迎えます。


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函館市トラピスチヌ修道院

 

 

第一章~第七章 

主人公の夏子さんは、二十歳の良家のお嬢様です。いつも黙りがちで熱っぽいところがあって、どちらかというと南方系の顔立ちをしています。すこし腫れぼったい瞼が目つきにいいしれぬ眠たげな色気を添えています。

夏子さんは、ミッション系の女子高を卒業しているのですが、その在学中から降るほどの結婚の申し込みを受けていました。卒業後は、夏子さんのまわりに男の姿を見ないときはない、というくらいにモテモテでした。

昭和26年頃といえば、良家のお嬢様は、四年制大学なんかには行かずに、さっさと良縁を持つのがお決まりのコースという時代でした。けれども、夏子さんは、言い寄る男どもをことごとく振ってしまいます。彼女には情熱家の血が眠っているのです。彼女の中に眠っている烈しく強力な情熱家の血は、それと同じくらい烈しく強い情熱としか共鳴しないのです。ありふれた将来設計しか語らない都会の男どもでは、夏子さんの意にかないません。

「まるで袋小路の行列だわ」

いくら探しても望む男が見つからず、すっかり絶望した夏子さんは、家族に宣言します。

「あたくし修道院へ入る」

つまらない男と結婚するくらいなら一生神様にお仕えした方がマシだと思い込んでしまったのです。

一度言い出すときかない夏子さんの強情な性格を熟知している家族は困惑してしまいます。学校へ相談に行った父親は、入会後半年間の志願期間の間に帰りたくなればいつでも脱退できるときいて、娘はどうせ帰ってくるだろうという希望的観測のもとに、娘の修道院入会を承諾します。

夏子さんは梅雨明けと同時に函館へ発つ手筈を整えます。彼女の祖母と伯母と母親がお供に付き添い、函館近郊の修道院まで見送ることになりました。

函館へ向かう出発の夜、夏子さんは、たくさんの見送り人に囲まれた上野駅のホームで猟銃を背負った一人の青年を見かけます。夏子さんは彼の目のかがやきを見たとき思わず心の中で叫びます。

『ああ、あれだわ』

 

夏子さんは、青函連絡船の遊歩甲板で再び青年を見かけます。

海をじっと見詰めているその目の輝きだけは、決してざらにあるものではなかった。その目は暗い、どす黒い、森の獣のような光を帯びていた。よく輝く目であったが、通り一遍の輝きではない。深い混沌の奥から射し出て来るような、何か途方もない大きなものを持て余しているような、とにかく異様に美しい瞳であった。午前の海峡の明るい光りを見つめているようで、その実もっと向うの定かならぬ影を追っているような深い瞳である。

夏子さんは、今まで言い寄ってきた男どもにはない青年の目を見て感動し、この目こそは情熱の証だと確信します。けれども、女性から見知らぬ男性に話し掛けるなどというはしたない真似はできません。夏子さんは本心では修道院になんか入りたくはありません。救いの手を求めていたのです。夏子さんは苦しげに扇をあおぎます。

そのとき海風が、扇を強引に奪い去って行きます。それを見た青年が、とっさに扇を取ろうとしますが間に合うはずもありません。これがきっかけで二人は自然と会話を交わすことができました。短い会話でしたが、夏子さんは青年の名が井田毅だということと函館での宿の名前を知ります。

 

函館に到着した夏子さんたち家族は郊外の温泉に宿泊します。翌朝、夏子さんは入念にお化粧をして勝負服を着て出かけます。これから修道院に入るのに勝負服がスーツケースに入っていたのは、浮世の最後の一日を最初から楽しむつもりだったのでしょう。

夏子さんは、井田青年が宿泊している宿を苦もなく見つけ出し彼を誘います。

「今日はね、あたくしが浮世にいる最後の一日なの」

二人は函館山へ散歩に行きます。道すがら、青年は北海道へ来た目的を明かします。

「僕はね、仇をつけ狙ってるんです」

そんなロマンチックな言葉を聞いて、夏子さんは目を輝かせます。青年の仇は熊でした。函館山の頂上の砲台跡の廃虚で、青年は、なぜ熊を仇と付け狙うことになったのか、夏子さんに語ります。

 

それは、二年前の秋のことでした。青年は学生でした。実業家の父親から質実剛健に育てられた彼は、猟友会の会員だった父親の影響で狩猟免許を持っていました。その年の春、彼の父親は脳溢血で突然亡くなりました。青年は、父の形見となったミッドランドの二連銃を携え、学生時代最後の猟季を過ごすため、ぶらりと北海道へ旅立ちました。これまでとは違って、勝手気ままな一人旅でした。青年は、念願だったアイヌの村に泊まるために、千歳から一里ほど隔たったランコシ・コタンへ向かいました。ランコシ・コタンでは、大牛田家に好意的に受け入れられました。大牛田十蔵には三人の娘がいましたが、そのうち真ん中の十六歳の秋子はアイヌではなく和人の娘でした。

 

「和人って何のこと?」

「和人って、内地人のことさ」

それまで、ですます口調だった青年は、うっかりタメ口になります。このタメ口に夏子さんは盛り上がります。いつもの取り巻きのBFにやるように、青年の膝に手をかけて揺すぶりながら、こう言います。

「それ好き! 夏子、そういうの好き! ます口調なんかやめて『だよ』っておっしゃって」

このモテモテのお嬢様は、自分がどういう態度をしたときに、男がどう反応するか熟知しております。あなどれません。ここから青年はタメ口で語ります。夏子、一歩前進です。恐ろしい子

 

ある日のこと、十蔵は、車からふり落とされた貴婦人を助けました。彼女は赤ん坊を抱いていました。十蔵はその貴婦人を家に泊めてやりますが、赤ん坊をおいたまま夜の間に居なくなってしまいました。残された赤ん坊が秋子だったのです。

一週間後、千歳から20㎞ほど離れた山中の崖下に転落していた自動車から男女の死体が発見されました。女の方があの貴婦人でした。男の方は、札幌の金持ちの一人息子でしたが、事業に失敗して破産していました。女の方は月に一度ほど東京から男に会いに来ていましたが、結局正体は分かりませんでした。華族の娘だったのでしょうか。

 

夏子さんは、このロマンチックな話にすっかり夢中になってしまいます。

「すごいお話ね。夏子、そういうお話大好き。夏子もそういうことしてみたいわ」

まったく、困ったお嬢様です。

 

井田青年は、すすめられるままに一週間も大牛田家に滞在しました。その間、秋子と日に日に親しくなっていきました。青年は、秋子と結婚しようと心に決めてランコシ・コタンを去りました。

ところが、帰京して十日ほどのち、突然悲劇がおとずれます。秋子が人喰い熊に殺されたという手紙が届いたのです。猟友会の会員たちが二週間追い回しましたが、結局その熊を仕止めることは出来ませんでした。アイヌの間では、人を喰う熊は四本しか指がなくて、そういう熊は悪い霊の化身だと信じられていましたが、その熊も四本指でした。

傷心の井田青年は、死んだ父の倉庫会社へ入りましたが、あきらめきれず、秋には一週間の休暇を取って北海道を訪れました。なんとか仇をとりたいと願ったのですが、猟友会の協力が得られず断念するしかありませんでした。

今年の六月に入って、札幌で新聞記者をしている友人から四本指の熊が出たというニュースが青年のもとに届きました。青年は、早速休暇を取って北海道へやって来たのです。

 

こんな話を聞いてしまっては、夏子さんはもう我慢できません。あたくしもつれて行ってと駄々をこね始めます。バブル時代に『私をスキーに連れてって』という映画がありましたが、夏子さんの場合は『あたくしを熊狩りに連れてって』です。でないと、睡眠薬を呑んじゃうから。

青年は、感じやすいお嬢様に刺激的な話をしてしまったことを後悔します。正直言って、足手まといにしかなりません。女連れで熊狩りなんかあり得ません。青年は大人の思案で、体よくまいてしまう方法はないかと考えます。

夏子さんは、この青年のあとを追ってゆくこと、それこそが情熱のあとを追ってゆくことだと決意を固めてしまっています。彼女は大胆な行動に出ます。

「おどろいたお嬢さんだ」

「これでいいでしょ。つれてってね」

青年と読者をおどろかせた夏子さんは、青年につれて行ってもらう約束をとりつけます。ところが、青年は、翌朝発つと嘘をついて、夏子さんを置いていくつもりだったのです。ところがところが、夏子さんの方が一枚上手でした。青年が今夜の夜行で発つことを調べ上げます。

その晩、八時半の夜行の三等車の座席に青年の姿がありました。ちょっと残念な気もしますが、あんな派手なお荷物を背負い込んでどうするんだと自分に言い聞かせます。

 発車のベルが鳴りだした。ふとやさしい声をきいて、毅は物思いからさめた。

「ここ空いております?」

 彼は、顔をあげて、あっと言いそうになった。ボストンバッグを提げ、青いカーディガンに女仕立のズボンをはいたその乗客は、夏子であった。

 何を云うひまもなく、汽車は一瞬あともどりするように揺れて、動き出した。……

こうして夏子さんの冒険が始まりました。

 

 


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津軽要塞・御殿山第二砲台跡

(出典:津軽要塞 - Wikipedia

 

 

 

夏子さんの勝負服

ここまでが、この小説の導入部のあらすじです。三島由紀夫のおもしろい小説を書こうという意気込みが伝わってくる文章です。26歳でこれだけの完成された文章を書くのですから驚かされます。ディテールを積み重ねてリアリティを生み出す手腕にうならされます。たとえば、引用した「汽車は一瞬あともどりするように揺れて、動き出した」という部分ですが、単に「汽車は動き出した」としないところに目を見張ります。汽車に乗ったことがある人なら分かると思いますが、発車のときのあの感覚がはっきりと感じられます。しかも、青年の心理を暗示しているかのようです。この小説は単なる娯楽小説ではありません。

昭和26年といえば、9月にサンフランシスコ講和条約が調印されました(発効は翌年4月28日)。この小説は、日本国が独立を取り戻す、まさにその時期に連載されました。日本人は敗戦のショックから立ち直り、前年から始まった朝鮮戦争の特需で産業界は活況を呈しておりました。この小説には時代背景は直接描かれてはいませんが、そういった前向きの明るさが感じられます。

我が家の押し入れには、祖母や伯父が遺した昭和の小説本がしまってあるのですが、三島由紀夫石坂洋次郎など昭和20年代、30年代の小説を何冊か読んだことがあります。その中で印象に残ったのが、戦後の新憲法下での新しい女性像を描いていることでした。戦争の前後で大きく変わったことのひとつに女性の地位があります。この頃の通俗的な小説には、そうした新しい理想の女性像を提案する役割もあったのではないかと思います。

この小説の夏子さんもまた、そうした新しい女性像として描かれているように思います。彼女の祖母と伯母と母親の古い女性たちは夏子さんの破天荒な行動に右往左往するばかりで、その様がコミカルに描かれています。

世の人は、安定を志向する人と冒険を志向する人に分かれると思います。農耕民族タイプと狩猟民族タイプといってもよいでしょう。夏子さんは明らかに後者です。夏子さんが求めるのは、冒険とロマンです。

夏子さんは、戦争を経験してはいますが、おそらくそれほど不自由することなく育ったのではないかと想像します。だから、ありふれた人生を送ることが、どれだけ大変なことか想像もつかないのだと思います。彼女の持っている熱情は、危うい一面も持っていると思います。

東京生まれで東京育ちの夏子さんにとって、当時の北海道は地の果てに近い感覚ではなかったかと思います。函館の女子修道院は、そんな地の果てにあるところが、夏子さんの琴線に触れたのではないかと思います。北海道まで行けば、もしかしたら冒険とロマンが待っているかも知れない、もし何も起こらなければ、あきらめて修道院に入ろう、そういう淡い期待を持っていたのかもしれません。夏子さんの勝負服には、そんな意味があるのではないかと思いました。

 

 


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支笏湖

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