森の踏切番日記

人生LARKしたい

三島由紀夫のラブコメ小説を読む~『夏子の冒険』(2)

10月の読書録02ーーーーーーー 

夏子の冒険 (角川文庫)

夏子の冒険 (角川文庫)

 

 


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三島由紀夫のラブコメ小説を読む~『夏子の冒険』(1) - 森の踏切番日記の続き

 

 

 

第八章~第十九章

翌朝、札幌に着いた二人は井田青年の友人の野口君と合流します。野口君は、小肥りで若禿でかん高い声の新聞記者です。夏子さんは祖母と伯母と母親がいる函館の温泉に「ツイセキムヨウ」と電報を打ちます。行く先々で電報を打って安心させると同時に函館に足止めを食らわせようという作戦です。井田青年と野口君が待っている喫茶店に戻ると井田青年の姿が見えません。井田青年は、野口君に夏子さんを函館まで送り届けてもらうことにしたのです。もちろん、夏子さんはそれくらいのことであきらめたりはしません。夏子さんは、野口君をお供に札幌見物へ繰り出します。野口君は、なにげに幸せそうです。

夜になって、大胆にも夏子さんは野口君の部屋についていきます。安全パイに見える野口君にも警戒を怠らない用心深い夏子さんですが、きっと井田青年が現れるだろうと待ち伏せするつもりなのです。案の定、井田青年がやって来ます。井田青年は観念して夏子さんを自分の宿へ連れて行きます。夏子さんは別の部屋をとって、井田青年の部屋の鍵を取り上げ、逃がさないように部屋の外から鍵をかけてしまいます。夏子さんは自分の部屋でぐっすり眠りました。

 

翌朝、二人は野口君に見送られて札幌駅を発ち、熊が出たという牧場をめざします。牧場は、支笏湖を央にしてランコシ・コタンの反対側にあります。白老駅で降りて、2㎞ほど徐々の登り道を歩いて牧場に着いてみると、前日に熊が現れて馬を襲った後でした。二人は牧場主の森山家に泊めてもらって、熊がまた来る機会を待つことにします。夏子さんは森山さんから奥さまと呼ばれます。

その晩、井田青年は「現場」にいちばん近い牧夫小屋に泊まり込みます。夏子さんも強引についていきます。床の中で急に心細くなった夏子さんは、思わずとなりに寝ている井田青年の指先にふれます。こういう状況になったとき男子はどうすればよいのでしょうか、少し悩みます。相手にその気があるのかないのか。何もリアクションをしないのはかえって失礼なのではないかとか考えたりします。もしかしたら、いけるんじゃないか? 

井田青年は、夏子さんの手を強くつかみ、身をもたげます。

「だめ……、だめ……、ね、熊を仕止めたらそのときね。それまでは、絶対にだめ」

これだよ。青年は、二人の間にミッドランド銃を置いて、背を向けます。当時のお嬢様は結婚するまでは処女でいるのが当然ですから仕方ありません。つまり、「そのときね」というのは「結婚すること」を意味します。

その夜は何事も起きませんでした。夏子さんはほとんど寝つかれませんでしたが。二人は早朝の川原でキスを交わします。その日、熊が二里離れたとなりの牧場に現れて馬を二頭とらわれたという知らせが入ります。

 

二人は、となりのY牧場へ移動します。その途中で、不二子ちゃんに出会います。不二子ちゃんは、Y牧場の老牧夫の一人娘でした。彼女は野性的な美少女です。年は十六七に見えますが、体は成熟しています。夏子さんは少女に「女が女を見る目」を感じます。

牧場に着くと、不二子ちゃんの井田青年に対する献身的なサービスが始まります。朝から晩まで二人にくっつきどおしで、井田青年に馴れ馴れしくします。青年もまんざらではなさそうです。夏子さんは、イラっとします。

不二子ちゃんは、夏子さんとは真逆のキャラです。都会っ子と自然児、お嬢様と洗濯や裁縫をこなす家庭的な娘。良家のプライドの高さと庶民的な馴れ馴れしさ、色白と日焼けした肌、これは勝手な想像ですが、夏子さんはたぶん貧乳、不二子ちゃんは(夏子さんの主観では)成熟した肉体の持ち主です。夏子さんは、不二子ちゃんを見ていると、何かしら胸苦しくなるのでした。

二人がY牧場に着いてから二日後、野口君が現れます。編集長命令で夏子さんを連れ戻しに来たのです。函館に置き去りにされた、祖母、伯母、母親の三人が父親に連絡したところ、父親の親友の親友が野口君の新聞社の社長だったのです。

(野口君の主観では、不二子ちゃんは何の疾しさもない目の表情をしていて、体はほっそりしていて、北海道の冬にきたえられた手は大きくて、さわれば固そうです)

 

「帰るつもりよ」

「おどろいたな」

夏子さんは、不二子ちゃんを見ていて生まれてはじめて自分に欠けているものを意識し始めたのです。「恋が人を弱くする」という典型的な展開です。

夏子さんは、我知れず泣いてしまいます。夏子さんが人前で涙を見せるとは、未だかつてなかったことです。

「ねえ、不二子ちゃん、あなた井田さんが好きでしょう。私の代わりにあなたが熊狩りのお供をして下さる?」

夏子さんは女の直感で、不二子ちゃんの子供っぽい世話焼きの中に、女の親切を読みとっていたのです。不二子ちゃんは、井田青年をじっと観察してから、こう言いました。

「ふん、好きでもない」

これには一同大爆笑です。ということで、夏子さんは帰るのをやめました。恋をすると女の直感は鈍る傾向にあるようです。このとき夏子さんの言ったことを今風にリミックスするとこうなります。

「別に焼きもちなんか焼いてないんだからね! どこまでもついて行ったら悪いかなって、ちょっと思っただけなんだからね!」

 

そんなこんなで、二人の仲はかえって深まったりします。その夜、夏子さんを見る目がちょっとヤバい牧場主が酔っぱらって夏子さんの部屋に闖入して眠り込んでしまう騒動があったりします。夏子さんには、不二子ちゃんが熊に殺された秋子さんに似ているのではないかという不安があったようです。

翌朝、新聞社から野口君あてに、四本指の熊が支笏湖に現れて重傷者が一名出たという電報が届きます。Y牧場からは20㎞以上離れています。野口君には、夏子さんを連れて帰る途中で、帯広の病院に入院した重傷者を取材するよう社命が出ます。夏子さんは帰らないと言います。夏子さんを連れて帰らないとクビになるかもしれない野口君は半泣きです。そのとき、私が代わりに札幌まで行ってあげると言い出したのは、不二子ちゃんでした。井田青年と夏子さんも重傷者から情報が欲しいので四人で千歳まで行くことになりました。

 

千歳の病院では、四本指の熊に遭遇した重傷者の生々しい体験談が語られます。その描写は息がつまるような緊迫感があります。ここで初めて、夏子さんと読者は井田青年の仇が並々ならぬ相手だということを知ります。井田青年は熊を狩る決意を新たにします。

 

 

第二十章~第二十二章

井田青年と夏子さんの二人と別れて、野口君と一緒に札幌まで行った不二子ちゃんは、野口君のために編集長に事情を説明します。牧場を離れた不二子ちゃんは、年相応の少女という感じがします。

夏子さんの祖母、伯母、母親の奥様トリオが新聞社へやって来たときには、不二子ちゃんは、奥様トリオに怖じ気づいてうまく話せません。ここは彼女たちの扱いに馴れた野口君が事情を説明します。

奥様トリオは、姦しく夏子さんを心配しますが、こちらから「ケツコンユルス」の電報を打たない限り、夏子さんは帰ってくるまいという点で意見が一致します。それなら、皆で会いに行こうと祖母が言い出します。相手の男振りが気になり始めたのです。

野口君は井田青年から猟友会支部長に協力を求めるように頼まれていたのですが、それを知った奥様トリオは私たちが頼みに行きましょうと言い出します。彼女たちは、歯科医をしている支部長の黒川氏を口説き落とすために五日間通いつめます。その間に人喰い熊はランコシ・コタンから二里以上千歳川の上流(支笏湖寄り)にあるコタナイ・コタンに二度現れました。黒川氏は、ついに決断を下します。

 

 


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ガンを飛ばすヒグマ

 

 

 

おおぐま座を追いかけて

ここまでが、中盤のあらすじです。野口君はカンペキに三枚目で、夏子さんにすっかり参ってしまいますが、最初から叶わぬ恋で、あっさり失恋してしまいます。野口君には不二子ちゃんがお似合いのようです。

最初の牧場主は山ほど紙に盛った胃散を呑むほどの胃弱、編集長はズボンのお腹が機雷のようにふくれているビール好き、Y牧場の牧場主は政治家気取りの俗物、黒川氏は子供が付け髭を生やしたような小男です。作者は、これらの作中人物を軽妙かつ辛辣に細部を描写することによって人物像を浮かび上がらせています。

特に、夏子さんの祖母、伯母、母親の奥様トリオの描写は強烈です。祖母は、十九でお嫁に来てお姑さんに叱られて以来、いびきをかいたことがないのが自慢なのですが、祖母がいびきをかくことは皆が知っています。伯母は、事なかれ主義で、何かにつけてすぐに泣きます。母親は三人の中ではいちばん冷静で、「趣味のよいおばさま」と言われるように気を配っています。作者は、三人のブルジョア的な嫌らしさを事あるごとに辛辣に描写し笑いのタネにします。この奥様トリオが夏子さんを追いかけて珍道中を繰り広げるのもこの小説の面白さのひとつになっています。

 

黒川氏は、井田青年について、彼は熊ではなくてお星様を追っているようだと評します。

「狩人がねらうのは獣であって、仇ではございません。獲物であって、相手の悪意ではありません。熊に悪意を想像したら、私共は容易に射てなくなります。ただの獣だと思えばこそ、追いもし、射てもするのです。[後略]」

秋子さんを殺したのが人間だったとしても、仇を取るのかということでしょうか。

熊を殺したところで、秋子さんが生き返る訳ではありません。仇討ちは死者のためのものではなく生者のためのものです。井田青年も相手が人間だったら仇を取ろうとは考えなかったでしょう。彼にとってこれは、自分の中で区切りをつけるための儀式のようなものなのでしょう。彼はそこにロマンを感じてしまったようです。そういった意味では自己陶酔的で、彼と四本指の熊の間には最早秋子さんは存在していないように思われます。特に、夏子さんと出会ってからは、熊を狩ることは、夏子さんと結婚するための条件に変わってしまいました。彼のあの目の輝きはロマンを求める者の目であって、夏子さんはそれに共鳴してしまったようです。

 

 


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🐻次の記事へと続く