森の踏切番日記

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筒井康隆『着想の技術』を再読 ~商品としての価値が無くなった教養

10月の読書録06ーーーーーーー

 着想の技術

 筒井康隆

 新潮文庫(1989/09/25:1983)

 ★★★☆

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八月に筒井康隆の『創作の極意と掟』(講談社文庫)を読んだときに本書の事が出てきたので確認しようと思ったら手元になかった。未読だったかと思いブックオフ・オンラインで探して読んでみたところ読み始めた瞬間に内容を全て思い出した。というか内容は覚えていたのだが本書で読んだことを忘れてしまっていたのだ。図書館で借りて読んだのだった。こういう事がたまにある。図書館で本を借りまくって読み散らしていた頃に何を読んだか全ては覚えていないのだ。

 

 

 

本書は1979年(昭和54)から1981年(昭和56)にかけて発表された12編のエッセイを収録したものである。特に「虚構と現実」「夢──もうひとつの現実(虚構)」「楽しき哉地獄」の3編が印象深くよく覚えていた。この3編を含めて創作に関する内容のエッセイが多いのが本書の特徴である。この時期は著者が『虚人たち』(1981年4月刊行)を雑誌『海』に連載していた時期(1979年6月~1981年1月)と重なりこれまでのナンセンスブラックユーモアスラプスティックなどの作風から虚構性を突き詰めた実験的な小説を中心とした作風へと転換しようとしていた時期にあたる。

 

「虚構と現実」は『虚人たち』の連載が始まる直前に書かれたもので『虚人たち』のための創作ノートともいえる興味深い内容になっている。また「『虚人たち』について」はその『虚人たち』刊行後のNHK・テレビコラム「現代小説の実験」(1981年9月18日)からのもので分かりやすい自著解説になっている。この2編は『虚人たち』を読み解く上で参考になるエッセイである。

 

「夢──もうひとつの現実(虚構)」は雑誌『波』に連載された夢に関するエッセイである。前半は「夢──もうひとつの現実」と題され「現実の延長または理想的現実」として夢を論じた内容になっている。後半は「夢──もうひとつの虚構」と題され「無意識からのアイディアによって現実を再構成するという芸術などの創造過程と同じ働きをするもの」として夢を論じた内容になっている。

特に興味深くてよく覚えていたのは後半部の「小説化した夢」と「夢をもとにした小説」を紹介したパートである。「中隊長」「ながく連なった座敷」「温泉隧道」「傾斜」「熊の木節」「桃太郎と西遊記」「ふたりの印度人」など夢から着想を得て作品化されたものが紹介されているのだ。著者の短編小説に「鍵」という印象深い作品があるのだがこれも一部を夢から着想を得て描かれたものだということで納得したものだった。

夢といえば中高生の頃に読んだジュブナイルミラーマンの時間』だったと思うが夢の中でスーパーマンになって空を飛ぶのだがどういうわけか空中の見えない階段を上るような飛び方になってしまうという話があって似たような夢を見たことがあったので強く印象に残っている。学校の図書室で借りて一度読んだきりで今では内容をほとんど忘れてしまったのだがその部分だけ覚えている。著者の後の作品にも夢の中の浮遊感を感じさせる作品が幾つかあってそれも印象深い。

 

「楽しき哉地獄」は雑誌『SFアドベンチャー』に連載されたエッセイである。この中の「着想──わが『できそこない博物館』」はよく覚えていた。星新一の本に『できそこない博物館』というボツネタを集めてそれらが何故ボツになったのか解説した本があるのだがこのエッセイはその筒井康隆版なのである。この中の「酔っぱらい大突撃」や「人世に三人在れば」などは作品として読んだような気がするのだが気のせいだろうか。このエッセイの中でブラックユーモアの作品がますます書けなくなる傾向にあると嘆いておられるのが印象的。 

21世紀の日本においてはお笑い芸人のおふざけにすら差別的だとか言いがかりをつける良識ぶった連中が幅をきかせて全く気持ちの悪い時代になったものである。

「知の産業──ある編集者」は行き詰まりかけていた著者に作風を転換するきっかけを与えた編集者についての文章である。この編集者というのは当時雑誌『海』の編集長だった塙嘉彦という人である。この人が三カ月毎の『虚人たち』の連載の三回目直後に亡くなったことで著者は痛恨の思いをこめてその人の思い出を語っていたのが印象深くこれもよく覚えていた。

また「ジャンル──専門と専門家」などの舌鋒鋭く世間の阿呆どもを批判する文章は痛快でこの頃の著者は攻撃性において全盛期だったと言っても過言ではないだろう。これぞ筒井康隆という文章である。

 

今回読み返して印象に残ったのは「商品としての教養」と題された著者の書物感を述べた一編である。かつて書物が「毒」であり「危険物」だった時代があった。また「教養」であり「力」だった時代があり「知識」だった時代があったのだが今や「教養」は商品化され大衆化され娯楽化され消費され「知識」は「雑学」となり単なる「情報」となり「流行」に過ぎなくなった。書物には「娯楽」という一面もあるが「娯楽」と「教養」が等価となった時代においては「娯楽の教養化」が進みそれ故に水準の低下が進みついには本能的欲望(性と食)に向かう。このような社会・時代においては最早書物の「毒」「教養=力」「知識」は顕現され得ず書物は過去の書物のメタファーのパロディに過ぎなくなる。つまり読者の書物に対する意識構造の変化の方が書物そのものの変化以上に重要なのである。という感じの論旨なのだがこれは1981年に書かれたものである。

 

文化というのはそもそも毒でもあり薬でもあるものなのだ。毒にも薬にもならないものは文化とは云わない。殺人事件のような重大事件が起きたときそのきっかけとなった文化をうれしそうに攻撃する連中がいるが毒が回ってしまう奴も出てくるのが文化というものなのだ。毒だけを排除して利だけを得ようというのは虫が良すぎる浅ましい根性であると云わねばなるまい。「教養」と「知識」は別物である。「知識」はそれだけでは単なる情報に過ぎない。「教養」は人間に品格を与えるものであり「知識」を具体的な行動に活用するにあたっての規範となるべきものである。「教養」はやはり耕されなければならないものであり「知識」はそのための肥料でもある。従って両者は不可分の関係にある。21世紀の日本においては「教養」は商品価値が無くなってしまった感がある。元来「教養」というのは貴族階級(あるいは上流階級)の所有物でありアクセサリーの一種であった。それが大衆化されれば変質するのは必然だろう。人間というのは放っておけば出来る限り楽をしたがるものであり水は低きに流れるものである。民主主義が有効に機能する前提として知的市民階級の成熟が期待されたのだろうがそれが幻想に終わってしまえば民主主義が危機に陥るのも必然か。格差社会においては「教養」は再び勝ち組(新たなる上流階級)のステイタスとしての装飾品のひとつとなり下がり負け組(新たなる下層階級)は知的生活からは益々遠ざかることになる。知的生活から遠ざかるが故に彼らが知性を軽視する傾向が益々強まるのである。誰かさんの思うつぼ。「教養」が貴族階級(あるいは上流階級)の所有物であった頃学者の「知識」は「芸能」の一つに過ぎなかった。21世紀の日本において「知識」が「芸能」として扱われるのも無理ないか。21世紀の日本における書物の危機は読者の意識構造の変化以上に情報技術の革新的変化による方が大きいわけだからこれはもう抗えない変化であり書物という形態の文化は衰退するしかないだろう。今や読書はマイナーな趣味でしかない。やがて衰退しきった頃に希少価値が生まれ再び脚光を浴びたりするのではないか。

 

みたいなことをうつらうつらと考えた。私自身が読書を趣味としているのは子供の頃からの習い性に過ぎない。本を読むという行為自体に親しんでいるし心地よいというだけのことである。死に至るまでの退屈な時間が潰せれば何でもよいのである。私は今でも十分に知識欲はあるのだが今さら専門書を読むのは限りなく面倒くさい。私がよく読む一般向け解説書はお手軽なファーストフード的なエセ教養に過ぎないのだがそれで十分である。そこからあとは知りたいことをネットで調べればよいわけだし本格的にやろうとは思わない。

筒井康隆の作品やエッセイや日記などを読んだ後はいつも元気が湧いてくる。著者の攻撃的な筆致に影響されるとみえる。たまに読まないと具合が悪くなるような気がする。

 

 

 

 

夜と昼は

ネガとポジ

繰り返し訪れる 

 

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M.C.Escher “Day and Night”

 

 

 

 

本書の文庫版の解説は何故か女優の斉藤由貴である。以前読んだのは単行本だったのでこれは初見だった。1989年7月ということは彼女が22歳の時である。肩書きがアイドルではなく既に女優になっている。どうやら彼女が『虚航船団』に惚れ込んだという記事がきっかけで依頼されたらしい。本書は筒井康隆の本の中では比較的お堅い内容であり彼女が困惑している様子がありありとうかがわれて面白かった。ということでお約束のこの画像でも貼っておこう。

 

 

 

 


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着想の技術 (新潮文庫)

着想の技術 (新潮文庫)