11月の読書録02ーーーーーーー
わたしを離さないで
土屋政雄訳
ハヤカワ文庫(2008/08/25:2005)
★★★★
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カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞しなければ、この小説を読むことはなかったと思います。実をいうと、私向きの小説とは思わなくて、この作品に関してはあまり興味がなかったのです。実際に読んでみて、これは簡単な小説ではないなと思いました。分かりやすい内容であるにもかかわらず、よくわからない部分もあるという不思議な小説だと感じました。
この小説は、「臓器提供のためだけに造られたクローン人間がいる世界を考えてみよう」という一種の思考実験です。そういう価値観を持ったパラレルワールドだと考えることもできますし、現実的に臓器売買の問題を暗示していると考えることもできます。何らかのメタファーであると考えてもよいのですが、作者が敢えて設定したこの世界に意味があるような気もします。
この小説は、語り手のキャシーとルースとトミーの複雑な三角関係を中心に展開されますが、読み進めていくうちに、細部の一つ一つに何か象徴的な意味があるように思われてきて考えさせられる、読者に過度の想像力を要求する小説だと感じました。そこを丹念に読みこんでいくと時間がかかりますし頭が疲れますので、今回はあまり深く読むことができなかったように思います。
作者は、「臓器提供のためだけに造られたクローン人間がいるパラレルワールドが存在するとしよう。あなたはその世界ではクローン人間として生まれたと考えてみよう」ということを読者に要求しているように思われるのです。そういう風にして、この作品世界に没入しないとこの作品は分からないように感じました。
特に印象に残ったのは、湿地で座礁した漁船の場面です。あのうち捨てられた漁船の意味するものが何なのか、よくわからかったからです。トミーが描く機械的な架空動物も興味をひきました。
「本当の愛」というのも考えさせられます。「本当の愛」とは何なのでしょうか? 「本当の愛」は存在するのでしょうか? 私には分かりません。クローン人間に魂(心)があるのかという問いかけも考えさせられます。クローン人間にも魂があるのだということを自明としない社会というものに対して戦慄させられるからです。このクローン人間に当てはまるメタファーが色々思い浮かんできます。
あまり感情を表に出さない語り手の控え目な語り口も、作者が作者なだけに注意深く読む必要があるのではないかと神経を使わされますが、ラストシーンはさすがにじんわりときました。
久し振りに厄介な小説を読んでしまったなというのが正直な感想です。しばらく寝かせておいて読み返してみたいと思います。