森の踏切番日記

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『人類と気候の10万年史』を読む ~奇跡の湖・水月湖の話

11月の読書録06ーーーーーーー

 人類と気候の10万年史

 中川毅

 講談社ブルーバックス(2017/02/20)

 ★★★★

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福井県三方五湖

🔍レインボーライン山頂公園Google マップ

 

 

三方五湖の思い出

福井県若狭地方にある三方五湖は、三方湖(みかたこ)、水月湖(すいげつこ)、菅湖(すがこ)、久々子湖(くぐしこ)、日向湖(ひるがこ)の五つの湖の総称でラムサール条約指定湿地にも登録されています。

上の写真はその中の最大の湖である水月湖(の一部)です。水月湖とつながって奥の小さい湖が菅湖、左側の湖が日向湖でその奥が久々子湖になります。三方湖は写真には写っていませんが水月湖の右側にあります。写真の左側が若狭湾になります。

五つの湖のうち、日向湖は海水、三方湖は淡水、残りの三つの湖は汽水ですが、それぞれ海水と淡水の比率が異なります。そのため五つの湖の色はそれぞれ異なります。Googleマップの航空写真で見ると色の違いがよく分かります(水月湖菅湖は微妙)。

三方五湖には小学生の頃に一度遊びに行ったことがあります。レインボーラインをドライブしたと思うのですが、山頂公園のことをかすかに思い出す程度で、あまりよく覚えていません。三方五湖と聞いて思い出すのは、むしろ縄文人のことです。

何故かというと、三方五湖の湖畔には縄文時代貝塚などの遺跡があるのですが、三方五湖周辺に住んでいた縄文人は湖をトイレにしていたという話を小学生か中学生の頃に読むか聞くかしたことがあるからです。

彼らは湖のほとりに杭を打ち込んで、その杭につかまってお尻を湖に突き出して用を足していたそうなのです。そうすると便を餌にする魚が寄ってきます。それを捕まえて食べていたというのです。食べれば消化されてまた用を足すというサイクルが成り立つわけです。この話が強く印象に残っていて今でも覚えているわけです。

以前、「松方弘樹世界を釣る」みたいな感じのタイトルのテレビ番組で、梅宮辰夫さんが船上で用を足したくなって、船尾につかまってお尻を海に突き出して用を足していた場面を見たことがあるのですが、縄文人の事を思い出して笑ってしまいました。

 

 

奇跡の湖・水月湖

それはさておき、この三方五湖のうち水月湖年縞(ねんこう)と呼ばれる堆積物が地質年代決定の世界標準に認定されていて、地質学の分野では世界的に有名なのだということを本書を読んで初めて知りました。このことは、今では中学校の教科書にも載っているということですから、現代人の基礎知識なのかも知れません。

「年縞」とは、1年ごとにできる縞のようになった堆積物のことです。日本のように四季が明瞭な地域では湖の底に季節によって違うものがたまるのだそうです。水月湖では大きな傾向として、春から夏にかけては黒っぽい層が、秋から冬にかけては白っぽい層ができるとのことです。そして、長い年月をかけて明暗の規則正しい繰り返しの模様ができるのだそうです。

このようにきれいな年縞は、どんな湖にもできるわけではありません。まず、水月湖には直接流れ込む川がありません。そのため洪水などで土砂が大量に流れ込むことがなく、細かい粘土が薄く堆積します。また、湖底に酸素がないため生物が住めず地層をかき乱されることもありません。

さらに、湖は土砂が堆積していくと通常はだんだん浅くなるものですが、水月湖は浅くならないのです。太平洋プレートがユーラシアプレートに沈み込もうとする力で、福井県南部地方には三方断層と呼ばれる活断層があります。三方五湖のある三方断層西部はこの力によって、年平均およそ1㎜の速さで沈降を続けているということです。それに対して、水月湖に1年でたまる地層の厚さは平均するとおよそ0.7mmなのだそうです。ですから水月湖はいつまで経っても浅くならないのです。ここにもプレートの力が関わってくるとは驚きです。

こうした条件に恵まれた水月湖には、厚さにして45m、時間にして7万年分もの年縞が、乱されることなく静かにたまっているのだそうです。年縞のない時代も含めれば、15万年もの長い歴史が水月湖の土に記録されているといいます。水月湖は、まさに奇跡の湖なのです。

本書の著者ら研究者グループは2006年の掘削で「完全連続」な年縞堆積物試料を回収することに成功し、詳細な分析を行いました。地質年代の「ものさし」となるためには「完全連続」でなければ意味がありません。そして、2012年に水月湖の年縞は「世界一正確な年代が分かる堆積物」として認められたということです。

この年縞堆積物を分析して何が分かるかというと、過去の気候変動です。年縞の中にはいろいろな化石や鉱物が含まれていて、過去に起きた気候変動について知るための有力な手がかりになるということです。特に重要な手がかりとなるのは花粉です。年縞に含まれる花粉を分析することによって、当時の水月湖周辺の植生を再現することができます。この植生の変遷を追うことによって、過去の気候変動を知ることができるのだそうです。

 

 

ミランコビッチ理論とは

地球の気候変動のメカニズムについて、まず驚かされるのが、地球の大きな気候変動に地球の公転軌道の形の変化や地軸の歳差運動などが関係しているというスケールの大きさです。地球と太陽の位置関係はたえず変化していて、地球の受け取る太陽エネルギーの量や分布が周期的に変化し、これが結果として気候の周期的な変動に関係しているというのです。これをミランコビッチ理論というそうです。

地球の公転軌道は、10万年の周期で真円に近づいたり楕円になったりします。公転軌道が楕円になると地球は温暖になり、真円に近づくと氷期になるのだとのことです。また、地軸の歳差運動というのは、地球の自転軸が、倒れかけたコマのように、円錐を描いて運動することですが、これは2万3000年かけて1周するのだそうです。これは夏と冬のコントラストの強さに影響するのだということです。こうした周期をミランコビッチ・サイクルといいます。ミランコビッチ・サイクルには、他に地軸の傾きが発生する4万1000年の周期があります。

とはいうものの、地球の気候変動のメカニズムはそれほど単純ではありません。他にも様々な要因がからんできます。たとえば、最近の300万年は大きく見ると寒冷化が進行していて、しかも寒暖の振幅が増大する傾向があるのだそうです。これは、ヒマラヤ山脈の隆起や地球と太陽の位置関係の変化が関係するという考え方が有力なのだといいます。

グリーンランドの厚い氷床を分析すると過去6万年の気候変動の様子が分かります。それによると、最近の1万1600年ほどは、基本的には安定して温暖な状態を保っていますが、それ以前の氷期は、基本的には寒冷でありながら、急速に温暖化する時代を何度も含んでいる不安定な時代だということが分かったのだそうです。この原因は分かっていませんし、温暖化に周期性が見つかりません。これがカオスなのかも断言できないということです。

ミランコビッチ理論自体も、数百万年前までは通用しますが、それ以上さかのぼると様々な要因が複雑にからみあって作用するために誤差が発散してしまうのだそうです。

また、南極の氷床で復元された気温の変動と地球の公転軌道の周期を比較すると、前者は後者の周期によく一致していることが分かりますが、公転軌道がなめらかできれいな波形なのに対して、気候変動の方はノコギリの歯のような複雑な不定形になり、両者の関係は単純ではないということです。著者は、気候変動が非線形的で「カオス的遍歴」と呼ばれる現象に似ていることを示唆しています。

※「カオス的遍歴」については、次の記事を参照して下さい。

 

 

水月湖が語る15万年の気候変動

本書には著者たち研究グループが分析した結果から復元された水月湖の過去15万年の植生の変遷と、そこから導かれた気候変動が紹介されていますが、興味深いものがあります。まず、水月湖周辺の植生が周期的に大きく変化していることに驚かされます。そして、その周期が地球全体を支配する大きなリズムと対応していることにも驚かされます。

水月湖15万年の気候変動を再現すると、最近の1万年および12万~13万年前あたりに温暖のピークがあります。反対に、およそ2万年前が氷期の最寒冷期にあたります。この時期は今よりも10℃ほど寒かったそうです。20世紀の100年間の北半球の気温の上昇がおよそ1℃です。年平均気温の10℃の違いは鹿児島と札幌くらい違うそうです。温暖期と温暖期の間隔がおよそ10万年であることは、地球の公転軌道のミランコビッチ・サイクルと一致します。

また、氷期に向けて寒冷化が徐々に進行していく過程で、平均気温が2万3000年の周期で振動している様子が見てとれます。これは、地軸の歳差運動のミランコビッチ・サイクルと一致します。この振幅は徐々に小さくなっています。これは、地球の公転軌道が楕円から円に近づいているからだということです。つまり、現代は氷期に近づいていることになるはずです。

ところが、最後の氷期はおよそ1万1600年に終わり、現代まで温暖な気候が続いています。これ自体は自然に起こったものですが、現在の温暖期は例外的に長く続いていることが、多くの研究者から指摘されています。特に最近の8000年は異常なのだそうです。(ただし、過去にも例外的に温暖期が長く続いたことがあるそうです)

この原因についてある研究者が、アジアにおける水田農耕の普及とヨーロッパ人による大規模な森林破壊にあると主張して学界に衝撃を与えたということです。人間のこれらの活動が大気中の温室効果ガス(メタン及び二酸化炭素)を増加させたというのです。もしこれらの人間活動がなければ、地球は次の氷期に突入していたはずだいうことになります。

もし、これが事実だとすれば地球温暖化の問題は8000年前から始まっていたことになります。氷期が来なくてよかったということにもなりますが、これに産業革命以降の化石燃料の大量使用による地球温暖化の原因が加わり、将来において地球にどのような影響を及ぼすのかを考えると楽観はできないでしょう。

ここで興味深いのは、氷期の最末期には、単に気温が低いだけでなく気温の変動が大きく不安定だった気候が、あるときを境に突然終わって、安定した温暖な気候に変わったということです。水月湖の年縞も氷期と温暖期では堆積物の色と厚みが明瞭に変化しているということです。氷期の終わりは本当に急激な変化だったようです。著者はこのような変化を「複雑系相転移を想起させる」と表現しています。

水月湖の年縞堆積物から気候変動を読み解くプロジェクトは現在も進行中で、水月湖周辺で起こった気候変動の歴史を解明することを目指して研究が続けられているとのことです。今後も新たな知見が続々と得られることが期待されます。

 

 

これから何が起こるのか?

本書のサブタイトルは「過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」となっています。著者によると、現代の古気候学は未来の気候変動を視野に入れることを強く求められているとのことです。大きなサイクルで見れば、この先も過去の気候変動と同様のサイクルで変動していくものと思われます。しかしながら、近未来を考えるとき、現代の温暖な気候が終わるのか、それとも人類の活動による地球温暖化が進むのか、よく分からないという印象です。結局のところ、未来は常に想定外なのだなという感想を持ちました。そうであるならば、人類に最も必要とされるものは、不測の事態に臨機応変に対応できる柔軟性だということになります。

地球の活動は人間の想像力を越えたスケールなので、急激で大規模な変動が起きた場合には、どちらにしても対応できないでしょう。そうなれば、なるようにしかなりません。人類の叡智よりもしぶとさに期待したいものです。