森の踏切番日記

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今村昌弘『屍人荘の殺人』を読んだら評判通りの傑作ミステリ・オブ・ザ・デッド!

1月の読書録04ーーーーーーー

 屍人荘の殺人

 今村昌弘

 東京創元社(2017/10/13)

 ★★★★

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屍人荘の殺人

 

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。

緊張と混乱の一夜が明け──。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった……!!

 

 

 

 

🔘登場人物

葉村譲

神紅大学経済学部1回生。ミステリ愛好会会員。正統派のミステリ好き。孤独を苦痛に思わない性格。親友と呼べる友人はいない。自己評価は根暗。左こめかみに傷がある。この傷の原因となった出来事は彼の人格形成に大きな影響を与えている。この小説の語り手だが、ワトスン役にしてはミステリの知識が豊富。

※神紅大学は関西では名の知れた私大という設定。神紅大学には「ミステリ研究会」という正規のサークルがある。

 

明智恭介(あけちきょうすけ)

神紅大学理学部3回生。ミステリ愛好会会長。愛すべきミステリバカ。長身で、やや面長だが精悍な顔つきとリムレス眼鏡が印象的(福山雅治か!)。「神紅のホームズ」と呼ぶ人もいるが、本人は喜んでいない。論理的な推理を得意とするが、推理が飛躍し過ぎることもある。空気は読まないが、男気はある。「なにかあった時のために」大型免許も持っている。

※彼が「ミステリ愛好会」を立ち上げた。葉村は入学早々、明智にスカウトされてミステリ愛好会に入ったが、会員は彼ら二人だけである。葉村は、明智のブレーキ役を自任している。

 

剣崎比留子(けんざきひるこ)

神紅大学文学部2回生。幾多の事件を解決に導いた探偵少女だが、ミステリの知識はほとんどない。葉村の第一印象は「佳麗」。横浜の名家の令嬢。薙刀道と合気道をたしなむ。彼女の全貌は未だ謎に包まれているという印象。話し方は理知的で、「取引しましょう」が口癖のようである。お嬢様的な面もあり、天然ぽい面もある。つまり、ヒロインとしての属性は全て兼ね備えている。葉村には「比留子」と呼ばせる。

※彼女は特殊な「巻き込まれ」体質を持つが、この設定は藤野可織の「ピエタとトランジ」に登場する少女・トランジとの類似性がみられる。

 

◾進藤歩(しんどうあゆむ)

神紅大学芸術学部3回生。映画研究部部長。眼鏡をかけて気の弱そうな真面目そうな風貌をした痩軀の男性。七宮には頭が上がらない。

 

星川麗花(ほしかわれいか)

神紅大学芸術学部3回生。演劇部部員。進藤の恋人。緩くウェーブのかかった栗色の髪とアイドルのような愛嬌のある顔立ち。合宿で撮影するホラー・ビデオに出演。

 

名張純江(なばりすみえ)

神紅大学芸術学部2回生。演劇部部員。鋭い空気をまとった理知的な印象の美人。神経質な性格。合宿で撮影するホラー・ビデオに出演。

※なばりすみえ→ナーバス

 

高木凛(たかぎりん)

神紅大学経済学部2回生。映画研究部部員。ボーイッシュなショートヘアとくっきりした目鼻立ちが印象的な美女。背が高い。男勝りな性格。

 

静原美冬(しずはらみふゆ)

神紅大学医学部看護科1回生。映画研究部部員。大人しい性格。小柄。

 

下松孝子(くだまつたかこ)

神紅大学社会学部3回生。映画研究部部員。ふわふわパーマ金髪ポニテきっちりメイクのギャル風外見。打算的で強かな性格。

※下・孝→したたか

 

重元充(しげもとみつる)

神紅大学理学部2回生。映画研究部部員。縁の太い眼鏡をかけた肥満気味の男。水分はコーラしか飲まない。あるジャンルの映画のマニア。

 

七宮兼光(ななみやかねみつ)

神紅大学映画研究部OB(3、4年前に卒業)。紫湛荘オーナーの息子。顔立ちは整っているが、肌が白く顔のパーツがそれぞれ小さい上に髪を後ろに撫でつけているので仮面を被っているような印象を与える。拳でこめかみをコンコン叩く癖がある。小柄。父親は有名な映像制作会社を経営している。

 

出目飛雄(でめとびお)

神紅大学OB。七宮の友人。両目の間が広くモヒカンに近い髪型をしていて、魚類を彷彿とさせる。後輩に対しては態度がデカい。

 

立浪波流也(たつなみはるや)

神紅大学OB。七宮の友人。オールバックの髪を後ろで結び、よく日焼けしたワイルドな二枚目。

 

管野唯人(かんのゆいと)

紫湛荘の管理人。眼鏡をかけた誠実そうな雰囲気の男性。三十前後に見える。

 

浜坂智教(はまさかとものり)

儀宣大学生物学准教授。

 

班目栄龍(まだらめえいたつ)

岡山の資産家。班目機関の設立者。

 

 

 

🔘紫湛荘(しじんそう)

この小説のタイトルにある「屍人荘」も「しじんそう」と読むのが正しい。紫湛荘は、沙可安湖(さべあこ)北湖畔の山麓にある。沙可安湖はS県にあり、琵琶湖の五分の一程度の大きさで、三日月形🌙をしている(地図で見ると漫画の笑った口に見えるようだ)。合宿初日には、山の向こうの自然公園でサベアロックフェスが開催されていた。神紅大学のある街から紫湛荘までは、JRに何時間か乗って、私鉄に乗り換えて30分で最寄りの駅に着く程度の距離がある。

紫湛荘は3階建ての洋風建築である。玄関は南側にある。1階には、ロビー、食堂、大浴場、管理人室などがある。2階と3階にそれぞれ個室が8部屋ずつある。個室は10畳ほどの広さでユニットバス付き。各部屋は南面に雁行している。建物を上から見ると、東に銃口を向けたピストル形をしている。2階には広いラウンジもある。3階の同じ場所にはエレベーターホールと倉庫があり、倉庫には屋上への階段がある。定員4人のエレベーターが、1階のロビー、2階のラウンジ、3階のエレベーターホールを連絡している。他に東階段と西南側に非常階段がある。2階と3階は、ラウンジ(エレベーターホール)の中央エリアと東エリア、南エリアの3ヶ所に扉で区切ることができる。建物の南面は小さな崖になっていて、他の三方は藪山になっている。南面の階段を降りると駐車場と広場があり、バーベキューができる。

紫湛荘は昔オーナーが別荘として使っていたものを会社の研修施設兼保養所として増改築したもの。ペンションと呼ばれているが利用者は社員とその家族だけである。地下の隠し部屋で腐乱死体が発見されることはない。

 

 

 

 

🔘感想・オブ・ザ・デッド

そういえば最近、ガチガチのミステリを読んでないなと気がついて、なにか読もうと思っていたら、書店でこの本と目が合った。屍人荘の殺人? 館ものか? オビには何やらいろいろ1位になったとか書いてある。評判の本らしい。私は特にミステリファンというわけでもないし、話題作やベストセラーだからというだけで本を読むこともないし、単行本はめったに買わないのだが、このタイトルには妙に惹かれるものがある。たまにこういうことがある。この予感は当たる時もあるし、外れるときもある。本の最初に見取り図が載っている。実をいうと、私は家の間取りとか見取り図を見るのは結構好きなのだ。これは買おう。ということで、買って帰って、早速読んでみた。大当たりだった。こういう時は、本当に気分が良い。

 

この小説は、大学のミステリ愛好会のゆるい推理合戦から始まり、謎の美人探偵が登場し、映研の夏合宿に強引に参加するという学園ミステリの定番コースとも云える展開だが、ていねいに描かれていて、新人とは思えない技量の確かさが感じられて安心して読める。

ぎくしゃくした雰囲気の合宿は何かトラブルを予感させる。ホラー・ビデオの撮影、夜のバーベキューパーティーと続き、窃盗事件では明智恭介が論理的な推理を披露するが、ここまでは何事もなく、肝試しが始まる。ここまでで、だいたい全体の3分の1程度まで進んでいるのだが、ここから事態が一変する。まさか、あんな事が起きるとは! またたく間にクローズドサークルが出来上がる。しかも、その中で起きたのが密室殺人事件。つまり、二重の密室である。そして、緊迫した状況の中、連続殺人事件へと発展していくのである。

 

ミステリの場合、通常、犯人は登場人物の中にいるわけで、本格ミステリに慣れた人なら、冒頭の登場人物一覧を見ただけで、犯人の目星がついてしまうこともあると思う。当てずっぽうでも、何割かの確率で当てることはできる。しかしながら、ミステリの本質は、なぜその人物が犯人であるか、いかにして犯行を成し遂げたのか、というロジックにある。その点、このミステリは犯人を導く論理がエレガントで大変素晴らしかった。細かい部分まで注意が行き届いているし、ヒントの出し方もさり気ないし、混乱させる要素も無理がない。

また、心理的にこの人物が犯人に違いないと思わせる決定的な場面があるのだが、その場面には痺れた。この小説は、フーダニット(犯人は誰か)やハウダニット(犯行の手法)の面で際立っているだけでなく、ホワイダニット(何故そんなことをしたのか)についても、ていねいに描かれているところが良かったように思う。これは、犯人だけでなく、登場人物の行動全般に云えることである。小説なのだから人間の心理を描くのは当たり前といえば当たり前なのだが、ミステリの中には単なるパズルのような謎解きだけの小説として奥行きのないミステリもあるので、ミステリにも小説としての面白さを求める私には好感が持てた。

 

この小説の最大のびっくりポイントである「想像しえなかった事態」だが、この手があったかというやられた感と、今まで無かったのが不思議なくらいだという納得感があった。一昔前なら、奇抜すぎて評価されなかった可能性すらあるが、読み手の側もこの設定をすんなり受容できるほど、奴らが浸透したということだろう。まさに時宜を得た設定だと思った。しかも、この設定がミステリにも生かされているのだからプロの作家ですら脱帽するのも無理ないと思った。

一つだけ気になるのは、外側の事件は本当に解決したのかということである。外側の事件は、葉村たちにとっては、巻き込まれたとはいえ直接には関係のない事件なので、語り手の立場からは単なる環境に過ぎないのだが、この事件が終わった事件なのかどうかは微妙なところである。

巻頭の「(鮎川哲也賞)受賞の言葉」によると、著者は「本格ミステリに傾倒していたわけでは」ないということだが、おそらく謙遜が含まれていて、本格ミステリを十分に研究したことは疑いないだろう。また、本格ミステリに留まらず、幅広い作風を目指しているようにも思われる。これからも、誰も「読んだことのないミステリ」を作り上げて、読者を楽しませてくれるに違いないと思った。本作の登場人物での続編を期待したい。

 

 

 

 

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人