森の踏切番日記

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綿矢りさの『勝手にふるえてろ』を読んでみた~種の保存と多様性

2月の読書録02ーーーーーーー

 勝手にふるえてろ

 綿矢りさ

 文春文庫(2012/08/10:2010)

 ★★★☆

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勝手にふるえてろ (文春文庫)

 とどきますか、とどきません。光りかがやく手に入らないものばかり見つめているせいで、すでに手に入れたものたちは足元に転がるたくさんの屍になってライトさえ当たらず、私に踏まれてかかとの形にへこんでいるのです。とどきそうにない遠くのお星さまに向かって手を伸ばす、このよくばりな人間の性が人類を進化させてきたのなら、やはり人である以上、生きている間はつねに欲しがるべきなのかもしれない。みんなの欲しがる気持ちが競争を生み、切磋琢磨でより質の高いものが生みだされていくのですね。でも疲れたな。まず首が疲れた。だってずっと上向いてるし。いつからだろう、さらなる飛躍という言葉が階段を駈けのぼるイメージではなくなり、遠くで輝くものを飛び上がってつかみ取り、すぐに飽きてまるきり価値のないものとして暗い足元へ放る、そしてまた遠くへ向かって手を伸ばす、その繰り返しのイメージに変わってきたのは。

 

 

この小説の語り手は、江藤良香(えとうよしか)、二十六歳、B型、株式会社マルエイの経理課所属、彼氏なし、貯金なし、嫌いなのはひま人、好きなのはシチュー、最近はまっているのはインターネットのウィキペディアで絶滅した動物について調べること、おたくのくせにテクノ好きで、未だバージンという女性。

 

そんな彼女には彼氏が二人いて、といっても本命のイチ彼は、中学二年の時に同じクラスだったというだけの関係で、話したことも三回しかないというその貴重な思い出を反芻しながら、ずっと片想いで脳内だけの恋愛相手。

 

イタいといえばイタいが、本人がそれで幸せならば、それでいいのではないかと思う。他人がとやかく言う筋合いのものではない。

 

中学時代の彼女は、教室の片隅でひっそりと棲息する恐竜時代の哺乳類のような女の子だった。イチ彼は、いじられキャラだったようだが、彼女はそんな彼をクラスの人気者として認識していた。

 

ニ彼の方は、会社の同期で営業課に所属していて、元体育会系の暑苦しい男。彼女はニ彼からデートに誘われ、コクられる。でも「好き」とは言われなかった。デートでの二人の会話の噛み合わなさが面白い。

 

二回目のデートで元カノの話をするニ彼のデリカシーはどうかと思う。ニ彼はどこからどう見ても典型的なサラリーマンで昭和の匂いさえする。こいつとは表面的な付き合いはできても親友にはなれないなと思わせる。

 

彼女の心の中のツッコミが面白い。彼女は妄想過多だが、脳内で妄想が優勢になると現実への対応が難しくなる。彼女はおたく期間が長かった後遺症で、時折対人関係に不慣れな面が現れる。

 

不注意で火事を起こしそうになって死にかけた彼女は、いつ死んでも後悔しないようにと、思わぬ行動力を発揮し、クラス会を実現させ、イチ彼と再会を果たす。

 

妄想の世界で安住していれば彼女も穏やかな日常を過ごせたのだろうが、ニ彼にコクられたことで刺激されて、脳内が混乱したようだ。ここから彼女の迷走が始まる。

 

イチ彼は、いじられ生活が長かったせいか、元々の性格なのか、他人との間に壁を作るタイプのようだ。自分の領域を固く守っているように見受けられる。彼とは表面的な付き合いはできても親友にはなれそうにないと思わせる。

 

イチ彼も同じ上京組だと知った彼女は、上京組のメンバーで飲み会を開くように話を誘導し、後日、その飲み会でイチ彼と絶滅動物の話で意気投合して盛り上がるが、彼との間に隙間を感じてしまう。

 

恋愛に限らず理想をとるか現実をとるかという問題は、正解のない問題だろうと思う。理想を求めて上手くいくケースもあれば、上手くいかないケースもある。現実的に対応して上手くいくケースもあれば、上手くいかないケースもある。どちらが正しいということはない。結果論でしか言えないことだろうと思う。

 

恋愛の行き着く先は生殖であり、生殖は種の保存のためのプログラムである。種の保存のためには多様性が担保されなければならない。自然界は弱肉強食とか適者生存とかいわれるが、必ずしも強者や適者の遺伝子だけが残されていくわけではないのだ。

 

例えば、来留美のような美人ばかりがもてて、美人の遺伝子ばかりが残されるということはない。美人の遺伝子が残る確率が高いのは確かだが、良香のような絶滅危惧種の遺伝子も多少は残されるように出来ているのだ。「美人」という価値観は絶対的なものではなくて、時代によって変わる相対的なものでしかない。今の美人が千年後も美人と判定されるとは限らない。

 

地球上の生命は、過去五回に及ぶ大量絶滅をはじめ何度も絶滅と繁栄を繰り返してきた。様々な環境の激変に対応するためには様々な選択肢を用意しておかないと全滅してしまう恐れがある。自然というのは常に一見無駄な冗長性を持つものなのである。だから、ニ彼のように希少種に惹かれるタイプも一定の割合で存在するのだろう。

 

この小説での彼女の選択が彼女にとって最善かどうかは分からない。それはまた別の話なのだ。この小説は読んでいる間はおもしろく読んだのだが、いざ感想を書こうとしたら上手く書けなかった。実は、結論が文庫版の辛酸なめ子さんの解説と同じになってしまうのだ。私も彼女にとっては、「脳内二股をキープした方が幸せ」だと思う。凡庸な人生を送るにはニ彼のような凡庸な男が相手の方がよいとは思う。結婚してからも妄想の恋愛はできる。彼女は現実と妄想を上手く使い分けるスキルを身につけるとよいと思う。

 

別に絶滅してもいいじゃないと思うことがある。種の保存なんて単なるプログラムなんだし。遺伝子は残らなくても身体の構成物質はリサイクルされるのだし。どうせ、つかの間の生なのだから、自分の好きなように生きればいいじゃないと思うこともある。そういう意味では同時収録された短編「仲良くしようか」の方が好みの小説だった。

 

 

 

 

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)