森の踏切番日記

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筒井康隆『読書の極意と掟』を読む~書籍の大海を漂流する幸福

読書録2018ーーーーーーーーー

読書の極意と掟

筒井康隆

講談社文庫(2018/07/13:2011)

★★★★

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読書の極意と掟 (講談社文庫)

 

 

本書は2011年1月に朝日新聞出版より刊行された単行本『漂流 本から本へ』が改題され、文庫化されたものです。『読書の極意と掟』というタイトルは、先に講談社文庫入りした『創作の極意と掟』と揃えようとしたのでしょうが、元のタイトルの方が本書の内容に相応しいように思われます。なぜなら、本書の内容は文庫本のオビにあるとおり、「小説界の巨人が惜しげもなく開陳した自伝的読書遍歴」ですから。少なくとも著者は、読者に読書の「極意」や「掟」を解説しようと意図して本書を執筆したとは思われません。

著者の経歴や読書傾向については、これまでにもエッセイや日記で折にふれて紹介されていますし、小説の中にも反映されていますので、筒井康隆ファンからするとおなじみの内容が多いと云えますし、取り上げられた本もおなじみの本が多いとも云えますが、読書遍歴を中心とした自伝的な内容の本はこれまでには無かったので、ファンとしては、やはり、是非読みたい一冊です。

本書は、著者の半生を五つの時代に区分して五章に分けられていますが、それぞれの章のタイトルは、「幼少年期(1934年~)」「演劇青年時代(1950年~)」「デビュー前夜(1957年~)」「作家になる(1965年~)」「新たなる飛躍(1977年~)」と、なっています。

 

 

第一章 幼少年期(1934年~)

ここでは19作品が取り上げられています。この中では、『のらくろ』(田河水泡)と『西遊記』(弓館芳夫)が幼年期の著者に絶大な影響を及ぼしたことは、よく知られています。江戸川亂歩は『少年探偵團』と『孤島の鬼』が取り上げられています。『孤島の鬼』、どんな話だったか忘れてしまったなあ。『勇士イリヤ』(謝花凡太郎・画)が取り上げられているのも目を引きます。『イリヤ・ムウロメツ』は図書館で借りて読みましたが、これだけ思い入れのある作品だとは初めて知りました。手塚治虫の『ロスト・ワールド(前世紀)』は、この時代の全ての子どもたちに絶大な影響を及ぼしたことでしょう。著者が初めて読んだ本格的SFはウェルズの『宇宙戦争』だったとか。他に、漱石の『吾輩は猫である』、デュマの『モンテクリスト伯』、マンの『ブッデンブロオク一家』といった有名どころから、サバチニの『スカラムッシュ』、バイコフの『牝虎』、イバーニェスの『地中海』といった私の知らない作品まで、著者がこの時期から幅広い読書をしていたことを物語る選択になっています。

「いい作家が出る条件は、いい家柄に生まれ、その家に沢山の本があり、その家が没落することである」という文壇の定説には、私も納得します。

私が幼少年期に絶大な影響を受けた本の一つに著者の『霊長類南へ』があります。初めて著者の作品を読んだときの衝撃は忘れられない。

 

第二章 演劇青年時代(1950年~)

著者の高校大学時代にあたるこの章では17作品が取り上げられています。この中では、フロイド(『精神分析入門』)、ヘミングウェイ(『日はまた昇る』)、カフカ(『審判』)、ハメット(『血の収穫』)が著者に及ぼした影響は有名でしょう。私は著者に影響されて高校時代にヘミングウェイを読みました。カミュの『ペスト』を読んだのも著者の「コレラ」を読んだからでした。心理学系に興味を持ったのも著者の作品に出会ったことがきっかけでした。私が著者から受けた影響は絶大なものがあります。

この時代は、著者が演劇にのめり込み、役者を志望し、そして、挫折する時代です。読書傾向も演劇の糧になるためのものが中心になります。飯沢匡の『北京の幽霊』や福田恆存の「堅壘奪取」が取り上げられているのが目を引きます。クリスティは『そして誰もいなくなった』が取り上げられていますが、『アクロイド殺し』は著者の作品に影響を与えています。私は推理小説にも謎解きやトリックの面白さだけでなく小説としての完成度や面白さを求める方ですが、これもまた、著者に影響されたのかもしれません。

井伏鱒二の「山椒魚」は納得の作品、横光利一の「機械」は、この作家の作品を読んだことのない私には意外な作品でしたが、読んでみたくなりました。チェーホフは「結婚申込」が取り上げられていますが、私もチェーホフの短編はただ事ではないと思ったことがあります。戯曲の方は読みながら脳内シアターで上演させる必要があるので非常に疲れるのですが、戯曲の読み方も著者の作品から教わったように思います。

ショーペンハウエルやカントなどは大学生の必読書という感じでしょうか。アプリオリとかアウフヘーベン(これはヘーゲル)といった哲学用語の意味くらいは知っておかないと恥をかきます。ショーペンハウエルというと、庄司薫を思い出します。私が高校大学時代に影響を受けた本といえば、『家族八景』、『腹立半分日記』、『虚人たち』など筒井康隆の全作品ということになります。

 

第三章 デビュー前夜(1957年~)

ここでは、フィニィ『盗まれた街』、ディック『宇宙の眼』、ブラウン『発狂した宇宙』、シェクリィ『人間の手がまだ触れない』といった納得の作品が取り上げられています。ブーアスティンの『幻影の時代』が著者に絶大な影響を与えたことはよく知られていますが、メイラーという作家の『裸者と死者』という作品が著者の作品、特に『馬の首風雲録』へ大きな影響を与えたという話は初めて知りました。三島由紀夫の『禁色』が取り上げられていることが目を引きます。著者は、この作品を読んで打ちのめされたといいます。こういう話を読むと、三島由紀夫はやはりすごい作家なのだなと思います。

 

第四章 作家になる(1965年~)

ここでは12作品が取り上げられています。この中では、オールディスの『地球の長い午後』と新田次郎の『八甲田山死の彷徨』は、私も強く印象に残った作品です。阿佐田哲也の『麻雀放浪記』も懐かしい。山田風太郎の明治ものは面白そうだと思いながら未だに読んでいないことを思い出しました。つげ義春の「ねじ式」が取り上げられていることも目を引きます。川端康成の「片腕」は、『創作の極意と掟』でも取り上げられている作品で、著者がこの作品を高く評価していることが分かります。こういう文章を読むとやはり川端康成はすごい作家なのだなと思います。リースマンの『孤独な群衆』とローレンツの『攻撃』は、示唆に富んだ本という印象です。

 

第五章 新たなる飛躍(1977年~)

この時代になると、コルタサル『遊戯の終り』、マルケス『族長の秋』、ドノソ『夜のみだらな鳥』とラテンアメリカ文学が当然のごとく並んできます。フライ『批評の解剖』やイーグルトン『文学とは何か』も、大江健三郎同時代ゲーム』や丸谷才一『女ざかり』も納得の選択です。なので、逆に、トゥルニエ『赤い小人』とディケンズ『荒涼館』が取り上げられていることが目を引きました。最後はハイデガーの『存在と時間』で、これもまた当然の一冊という感じです。

同時代ゲーム』といえば、私も読んでみたものの途中で挫折してしまった苦い思い出の本です。再挑戦してみようか。

 

 

さて、本書から読みとれる読書の「極意」と「掟」とは、どんなものでしょうか。正直云って、レベルが違いすぎて参考にならないw

読書に限らず何事もその道の達人というのは量も質もハンパ無いので、我々のようなヘナチョコはただただ圧倒されるだけです。本書に取り上げられた作品の背後にどれだけ膨大な読書があるか考えただけで呆然とさせられます。本書や著者の他のエッセイを読んで思うのですが、大江健三郎はさらに上を行く存在でしょう。上には上があるもんだ。優れた知性の持ち主というのは、好奇心の幅が広くて、しかも深く掘り下げて、あらゆることを自己に取り込んで糧とするものだと思います。最近の作家では平野啓一郎にも同じことを感じます。

たとえば、一般の高校球児がイチロー選手の野球に取り組む姿勢を学ぶことはできると思うのですが、イチロー選手の打撃や守備や走塁をそのまま真似しても野球が上達するとは思えません。本書から読書の「極意」や「掟」を学び得るとすれば、それは読書に取り組む姿勢ではないかと思います。

私が本を読むのは、それがお金のかからない暇つぶしだからに過ぎません。もちろん、真に良書を数多く読もうと思えば、お金をかけなければならないのですが、私の読書は、お金をかけなくてもよいレベルでしかありません。そんな中で、15才で筒井康隆の作品に出会えたことは、私の読書経験を少しでも豊かにしてくれたと思います。まことに感謝に堪えません。それにしても、世の中にはヘンテコでオモシロい本がたくさんあるものだ。

 

 

 

 

読書の極意と掟 (講談社文庫)

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