森の踏切番日記

ただのグダグダな日記です/2018年4月からはマイクラ(BE)日記をつけています/スマホでのんびりしたサバイバル生活をしています/面倒くさいことは基本しませんw

森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』~世界の果ては折りたたまれて世界の内側にもぐりこんでいる

MY LIBRARY ーーーーーーーー

ペンギン・ハイウェイ

森見登美彦

角川文庫(2012/11/25:2010)

★★★★☆

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は森見登美彦の小説が好きで、ほとんどの小説は読んでいると思うのですが、この『ペンギン・ハイウェイ』は特に大好きな作品の一つです。その大好きな作品が今夏アニメ映画化されて公開されるということで、少しばかり穏やかではない心境です。好きな小説が映像化されたり漫画化されたりすると、うれしいような迷惑なような複雑な気持ちになるものです。『夜は短し歩けよ乙女』のコミックは好きです。『有頂天家族』のアニメも大好きです。今回も予告編を見て宇多田ヒカルの曲を聴いただけでも切ない気持ちになって泣けてきます。

※以下の文章はネタバレを含みます。

 

 

 

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

 

 

 ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。

 だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。

 ぼくはまだ小学校の四年生だが、もう大人に負けないほどのいろいろなことを知っている。毎日きちんとノートを取るし、たくさん本を読むからだ。知りたいことはたくさんある。宇宙のことにも興味があるし、生き物や、海や、ロボットにも興味がある。歴史も好きだし、えらい人の伝記とか読むのも好きだ。ロボットをガレージで作ったことがあるし、「海辺のカフェ」のヤマグチさんに天体望遠鏡をのぞかせてもらったこともある。海はまだ見たことがないけれども、近いうちに探検に行こうと計画をねっている。実物を見るのは大切なことだ。百聞は一見にしかずである。

 他人に負けるのは恥ずかしいことではないが、昨日の自分に負けるのは恥ずかしいことだ。一日一日、ぼくは世界について学んで、昨日の自分よりもえらくなる。たとえばぼくが大人になるまでは、まだ長い時間がかかる。今日計算してみたら、ぼくが二十歳になるまで、三千と八百八十八日かかることがわかった。そうするとぼくは三千と八百八十八日分えらくなるわけだ。その日が来たとき、自分がどれだけえらくなっているか見当もつかない。えらくなりすぎてタイヘンである。みんなびっくりすると思う。結婚してほしいと言ってくる女の人もたくさんいるかもしれない。けれどもぼくはもう相手を決めてしまったので、結婚してあげるわけにはいかないのである。

 もうしわけないと思うけれども、こればかりはしょうがない。

 

 

この冒頭の一文がすごく良いと思います。これは名文です。主人公のアオヤマ少年は、知的好奇心が旺盛で理屈っぽい、精いっぱい背伸びをした、未来の可能性に期待で胸をふくらませている小学四年の男の子です。少年は、20世紀後半の奈良県北部を思わせる新興住宅地に父母と妹の四人で住んでいます。理想的な家族という印象です。少年はさまざまなことを研究対象にし、マメにノートに記録していますが、中でも歯科医院のお姉さんには興味津々です。お姉さんは良い匂いがします。少年はお姉さんのおっぱいから目が離せません。仕方ないよね、男の子だもん。私のイメージではお姉さんはアニメより美人です。少年はお姉さんと「海辺のカフェ」でチェスをする仲です。少年が住む新興住宅地に、ある日アデリーペンギンが大量発生します。原因はわかりません。ところが、歯科医院のお姉さんは、少年の目の前で缶コーラをペンギンに変えてみせます。

 

 風に吹かれながら、お姉さんはまぶしそうに額に手をかざした。

「私というのも謎でしょう」

 お姉さんは言った。「この謎を解いてごらん。どうだ、君にはできるか」

 

 

 

アオヤマ少年にはウチダ君という友達がいます。二人は探検隊を組織して街を探検し秘密地図を作ることに熱中しています。ウチダ君は宇宙について興味がある寡黙で大人しい子どもです。ウチダ君はブラックホールのことをいつも考えています。ウチダ君はおっぱいのことは考えません。この小説では、おっぱいが重要な位置を占めています。

ウチダ君は大人しい子なので、クラスのガキ大将のスズキ君からいじめられたりすることもあります。スズキ君はコバヤシ君たちクラスの男子を配下におき「スズキ君帝国」を築いていますが、アオヤマ少年はスズキ君に対しても知略を巡らせて立ち向かいます。理屈に合わないことを認めるわけにはいかないからです。そのために仕返しされることもありますが動じません。私は、アオヤマ少年やウチダ君タイプの子どもだったので、彼らには大いに共感するものですが、どちらかというとアオヤマ少年のような部分よりもウチダ君のような部分が大きかったように思います。アオヤマ少年は理想的な「科学の子」でウチダ君は現実的な理系男子という印象を受けます。

アオヤマ少年のクラスには、私のイメージではクルクルした天パのロングヘアで、西洋人形のように可愛くて、しかも頭も良いハマモトさんというチェスが強い女の子がいます。彼女もスズキ君の横暴に対して毅然としています。スズキ君は自分に従わないアオヤマ少年を目の敵にしていますが、ハマモトさんを、いじわるをしながらも、苦手にしている様子です。ま、好きなんでしょう。

 

 

アオヤマ少年はさまざまなことに興味を持っていますが、研究の中心となるのが、ペンギンとお姉さんに関する謎と街を流れる水路の謎です。後者の研究には「プロジェクト・アマゾン」という名前がついています。アオヤマ少年はウチダ君と二人で、学校裏を流れる水路の水源を突き止めるために水路をたどって探検します。子ども時代は誰もがこういう探検をするものです。そうして世界を広げていくものです。この水路探検は懐かしい気持ちになります。少年は、本を読むことで世界を広げ、探検することで世界を広げます。どちらも大事なことです。

前者の研究につけられた名前が小説のタイトルになっている「ペンギン・ハイウェイ」です。ペンギン・ハイウェイとは、ペンギンたちが海から陸に上がるときに決まってたどるルートのことだと本で読んでステキだと思ったアオヤマ少年がペンギンの出現に関する研究に名付けたのです。科学研究の基本は「実験と観察」ですが、彼がこの基本に忠実に従っているところにも好感が持てます。

アオヤマ少年の周囲には彼の知的好奇心をあたたかく見守る大人たちがいますが、特に彼の父親の押しつけずにヒントを与える教育方針には共感します。父親が少年に教えた問題を解くときに役立つ三つの考え方はステキです。

  • 問題を分けて小さくする
  • 問題を見る角度を変える
  • 似ている問題を探す

 

「まず、問題は何か、ということをよく知らないといけない」

「問題が何か、ということが分かるのは、たいてい何度も間違ったあとだ。でも訓練を積んだ人は、だんだんそれを見つけ出すのが上手になる」

 

 

アオヤマ少年とハマモトさんはチェスで好勝負したことがきっかけで急接近します。とは言うものの、ラブラブというわけではありません。なぜなら、アオヤマ少年はお姉さんにゾッコンだからです。恐るべし、おっぱいの魅力。アオヤマ少年がハマモトさんについて語るとき「ロボット」という言葉を使っていることが気になります。ハマモトさんがアオヤマ少年のことをどう思っているかは分かりませんが、粗暴なスズキ君よりも親近感を持っていることは間違いありません。

大学の理系の先生を父に持つハマモトさんは理知的でクールな女の子です。彼女もまた研究対象があってノートに記録しています。彼女の研究対象は、彼女自身は〈海〉と呼んでいる不思議な球体の物質です。〈海〉はアオヤマ少年たちが「ジャバウォックの森」と呼んでいる深い森の中の草原にあります。ハマモトさんはアオヤマ少年に相談して、ウチダ君も含めて3人で協同研究することになります。

スズキ君帝国は、アオヤマ少年とウチダ君から取り上げた地図を使って、水路を下る探検を始めました。水路の源流を目指すアオヤマ少年たちとは反対方向なのですが、スズキ君にからかわれたハマモトさんは憤慨して、アオヤマ少年たちの探検に参加すると言い出します。

水泳の授業でスズキ君帝国にプールの中で海パンを脱がされた時にとったアオヤマ少年の態度には好感が持てます。ハマモトさんのリアクションも良いなあ。

お姉さんにはペンギンを作る能力がありますが、ペンギン以外のものも作ることが出来ます。「海辺のカフェ」で停電になったときにはコウモリを出しました。雨の日、傘をクルクル回すと、傘からたくさんの植物が成長していきました。これらの場面はイメージ豊かでファンタジックです。お姉さんが作り出したミニシロナガスクジラは水路を泳いでいきます。ペンギンたちと〈海〉には何か重要な関係があるのではないかとアオヤマ少年は考えます。

 

 

夏休みに入っても、スズキ君帝国の反帝国派に対する嫌がらせは続きますが、アオヤマ少年は動じません。アオヤマ少年は知識欲が旺盛で論理的に物事を考えますが、人情の機微には疎いところがあります。スズキ君がハマモトさんのことを好きなのは、誰にでも分かることなのですが、アオヤマ少年だけ気がついていませんでした。しかも、その事をスズキ君自身に言ってしまうという無神経なところがあります。このアオヤマ少年の欠点は、妙に納得できて笑いを誘います。

〈海〉に関する研究は夏休みになって本格化するのですが、なかなか正体が掴めません。アオヤマ少年ら3人がジャバウォックの森で過ごす夏休みの情景は、子ども時代の夏休みの透明感のある記憶を刺激します。彼らの「観測ステーション」は秘密基地めいています。ハマモトさんは青色のレゴブロックだけで壁を作ることが好きです。彼女は、女の子同士で女の子らしい遊びをすることに興味がないのかもしれません。そんな気がしました。この青色のレゴブロックだけというエピソードは著者の他の作品にも見受けられます。何か実体験に基づいているのでしょうか。

そんなある日、スズキ君帝国による観測ステーション襲撃事件が起こります。と同時に〈海〉に異変が起こります。ペンギンたちを引き連れてアオヤマ少年を助けに現れたお姉さんは、ハマモトさんとウチダ君の前でペンギンを作り出してしまいます。

 

「世界の果ては折りたたまれて、世界の内側にもぐりこんでいる」

アオヤマ少年の父のこの言葉が気に入りました。父は少年にさまざまな問題の正体は結局は1つの問題かもしれないことを示唆します。

「毎日の発見を記録しておくこと。そして、その発見を復習して整理すること」

すごく大事なことだと思います。

 

アオヤマ少年がお姉さんにペンギンを作り出す能力があることを秘密にしていたことをハマモトさんは咎めますが、アオヤマ少年は協同研究にお姉さんも参加することを提案します。ハマモトさんは難渋します。これは、お姉さんをライバル視しているというよりも、警戒しているという感じです。ウチダ君は基本オロオロしています。スズキ君は、襲撃事件の時に不思議な体験をしたようで、様子がおかしくなります。

お姉さんは、ハマモトさんと親睦を深めるために〈海〉研究グループの3人をプールに連れて行きます。お姉さんは観測ステーションに出入りするようになりますが、ハマモトさんは疑り深くお姉さんを警戒します。ペンギンを作り出してから元気がなくなっていくお姉さんを心配するアオヤマ少年ですが、お姉さんに関する研究を洗い直して、〈海〉とお姉さんの体調との間に関連があることを発見します。けれども、ハマモトさんとは口論になってしまいます。

 

「アオヤマ君はおっぱいが好きだから、お姉さんのことが好きなんでしょ?」

「ぼくはおっぱいが好きであることは認める。でもお姉さんを好きであることとはべつだ」

「でもお姉さんにはおっぱいが存在している」

「おおいに存在してるね」

「もういい!」

 

プールでアオヤマ少年がウチダ君に「ハマモトさんはおっぱいが存在しないね」と言ったのが、ハマモトさんにも聞こえたに違いありません。ハマモトさんは負けず嫌いですね。ハマモトさんは、アオヤマ少年に対して like 以上の感情はないと思います。こうして、観測ステーションでおっぱい論争が巻き起こる中、街には更なる異変が始まっているのでした。

 

 

アオヤマ少年とハマモトさんが独自の研究対象を見つけて自分のノートに楽しそうに記録しているのを羨ましく思ったウチダ君も何か研究対象を見つけてノートに記録し始めますが、恥ずかしがって何を研究しているか誰にも教えようとしません。ハマモトさんがご機嫌ななめになったので、アオヤマ少年とウチダ君は2人でプロジェクト・アマゾンの探検を進めることにしましたが、ウチダ君はその探検中に彼が何を研究しているのかアオヤマ少年に明かします。彼の研究は「死」に関することでした。渋い。ウチダ君はこわがりで臆病な面がありますが、そんな彼だからこそ「死」に注目したのかもしれません。彼の仮説では「ぼくらは誰も死なないんじゃないかな」ということになります。なかなか面白い仮説です。私は8歳の時に死に対して淡白であろうと決めました。なので、人が死んだくらいでは悲しみません、悼みはしますが。自己の死に対しても淡白でありたいものです。アオヤマ少年は5歳の時に決して怒らないと決めたということですが、何がきっかけだったのか気になります。

アオヤマ少年とウチダ君は、水路の源流を求めて水路を延々とたどっていき森に入ります。その森で白くてぶよぶよした不気味な生き物と遭遇します。その生き物はペンギンを食べてしまいます。さらにおかしなことに、その森を抜けるとジャバウォックの森の〈海〉がある草原へ行き着いてしまいました。スズキ君が返してくれた地図によると、水路の果てを求めて探検したスズキ君たちもジャバウォックの森の〈海〉のある草原に行き着いています。水路には源流も果てもなく、循環しているのでしょうか。アオヤマ少年は、〈海〉のある草原は存在してはいけない場所なのではないかと疑います。

 

夏休みが終わった新学期早々、スズキ君があの不気味な生き物を捕まえて学校へ持ってきます。スズキ君はいじわるをして〈海〉研究グループにはその生き物を見せてくれませんでしたが、アオヤマ少年は、その生き物を見た子から話を聞いて、それはお姉さんが作り出したジャバウォックだと断定します。

放課後、〈海〉研究グループの3人がジャバウォックの森へ行ってみると、〈海〉は信じられないほどの大きさに膨張していました。これまでも膨張と収縮を繰り返していた〈海〉ですが、これほど膨張したことはありませんでした。

スズキ君の行動がきっかけで騒ぎが大きくなってしまい、ジャバウォックも〈海〉も子どもの手から取り上げられて大人の本格的な調査対象になってしまいます。調査隊の中にはハマモトさんの父親もいます。スズキ君は、ジャバウォックのことだけでなく、〈海〉のことを大人にしゃべってしまいました。その事を察したハマモトさんは激怒します。ハマモトさんがどれだけ〈海〉の研究を大切にしていたかが分かります。まったくハマモトさんは父親似です。

大人たちの眼をかいくぐってジャバウォックの森へ潜入した〈海〉研究グループですが、結局見つかってしまい、大目玉を食らいます。その翌日、熱を出して寝込んでしまったアオヤマ少年は、ボンヤリした頭で問題を整理します。お見舞いに来たお姉さんが告白します。

「私は人間ではないのよ」

翌朝、すっかり元気を取り戻したアオヤマ少年は登校中に改めて問題を整理し直し「エウレカ」に至ります。放課後、調査隊に事故があったと連絡が入り児童は校内待機になります。事故が〈海〉に関係していて行方不明者の中に父親が入っていることを確信したハマモトさんはアオヤマ少年にすがります。この問題の解決にはお姉さんの力を借りるしかないことを悟っているアオヤマ少年は学校を抜け出すことにします。好きな女の子から平手打ちを食らい「一生許さない」と言われるという一生忘れられない思い出を作ったスズキ君は名誉挽回のため協力します。最後に対立していた両者が和解するというのは定番とはいえ気持ちの良いものです。どさくさに紛れてハマモトさんのお尻を触ったアオヤマ少年ですが、お姉さんのおっぱいと扱いが違いすぎます。ハマモトさんたちは捕まってしまいましたが、スズキ君の協力でアオヤマ少年は、「海辺のカフェ」でうつらうつらと少年を待っていたお姉さんと会うことができます。少年は〈海〉とお姉さんの関係について自分が立てた仮説を説明します。

 

結局〈海〉とは何だったのか、少年の仮説が正しいかどうかは分かりません。しかしそれが、我々の世界に属するものではないことだけは確かです。お姉さんの役割は、ペンギンを作り出し〈海〉を我々の世界から消すことにあります。お姉さんは自分の役割に自覚的ではないのでジャバウォックも作り出してしまいます。〈海〉とお姉さんは1つの系として成り立っているようです。だから、〈海〉が消えてしまえば、お姉さんも消えてしまいます。お姉さんが自分の正体に自覚的でなかったことは、特に不思議なことではないように思います。誰かがお姉さんに彼女の役割を指摘することが重要なのだと思います。私には〈海〉自身がお姉さんを生みだしたように思われます。少年とお姉さんが無数のペンギンを引き連れて、巨大ドームへと成長した〈海〉に飛び込んでいくクライマックスシーンは、イメージ豊かでファンタジックで印象深いです。「海辺のカフェ」は本当に海辺のカフェだったんだ。少年とお姉さんの別れの場面はあっさりしていますが、静かな余韻が感じられます。

疑問に思うのは、〈海〉はいつ現れて、お姉さんはいつから存在し始めたか、ということです。少年はお姉さんに恋をしますが、少年はいつどこでどういうきっかけでお姉さんと出会って、恋をし始めたのでしょうか。お姉さんは謎めいた存在ですが、それはペンギンを作り出すから謎めいているのではなくて、存在そのものが謎めいていると云えます。お姉さんは「謎」が人格化した存在と言ってもよいでしょう。少年はこの世界の謎そのものに恋をしたという見方もできると思います。だから少年が選ばれたということもできると思います。古今東西、この「謎」に恋をして生涯追い求めた天才は何人もいます。少年にはそういった天才たちの面影を見ることができるように思われます。私は子ども時代に宇宙の謎や生命の謎について考えたとき決まって切ない気持ちになったものでした。この気持ちは私の中のどこかに今も残っているような気がします。

 

「世界の果てを見るのはかなしいことでもあるね」

 

 

 

 

 

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)