森の踏切番日記

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三上延『ビブリア古書堂の事件手帖~扉子と不思議な客人たち』の感想~貧すれば鈍す

読書録2018ーーーーーーーーー

ビブリア古書堂の事件手帖

~扉子と不思議な客人たち~

三上延

メディアワークス文庫(2018/09/22)

★★★★

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ビブリア古書堂の事件手帖 ~扉子と不思議な客人たち~ (メディアワークス文庫)

 

 

 

本書は、三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズの後日譚になります。前作の『ビブリア古書堂の事件手帖7~栞子さんと果てない舞台』から1年7ヶ月振りの新作になりますが、『ビブリア古書堂の事件手帖8』という続編ではなくて後日譚になるようです。前作のあとがきに「それぞれの登場人物たちの前日譚や後日譚をかなり考えて」いると書かれていますので、本書はその一環なのでしょう。何はともあれ、栞子さんたちと再会できたことは、ビブリア古書堂シリーズのファンにとっては喜ばしいことです。

前作の作品内の時制は2011年の7月から8月でしたが、本作は2018年の秋、つまり、本書が刊行された時点での「現在」になっています。私の推定では、五浦大輔は1987年生まれなので31歳、篠川栞子は1985年生まれなので33歳になったことになります。

前作のラストで栞子さんにプロポーズして受け入れられた大輔ですが、10月には入籍して篠川大輔になって篠川家で新婚生活を始めたようです。義母となった篠川智恵子との関係も良好なようで、智恵子の仕事を手伝うこともあるようです。そして、何よりも大きな変化は、結婚の翌年、2012年に2人の間に長女・扉子が生まれたことでしょう。扉子という変わった名前には「様々なことに興味を持ってほしい、沢山の扉を開けて欲しい」という両親の願いが込められているとのことです。そう聞くと、よい名前だなと思われてきます。扉子ちゃんは、今年(2018年)6歳になるわけですが容姿は母親そっくりで、大の読書好きなところも母親そっくりです。ということは祖母・智恵子にもそっくりということにもなります。大輔のDNAは何処?

本書には4編の短編が収められていますが、すべて同じ日に、母・栞子が好奇心旺盛な娘・扉子に本にまつわる物語を語って聞かせるという体裁になっています。

 

 

 

第一話 北原白秋  与田準一編『からたちの花  北原白秋童謡集』(新潮文庫

ここで語られるエピソードは、大輔と栞子が結婚した直後の2011年11月の出来事になります。主人公は、ビブリア古書堂の常連客の一人、坂口昌志の姪(兄の娘)の平尾由紀子という初登場の女性です。ビブリア古書堂シリーズは五浦大輔を語り手として描かれていたので、三人称で平尾由紀子の視点で描かれているところが新鮮に感じられます。

ここで描かれている坂口昌志は第1巻から登場する主要登場人物ですが、このシリーズの中心となる事件には関わりの無い脇役的存在でした。彼の妻のしのぶの方は、第3巻の第二話「タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの」で、その過去と家族との軋轢が詳しく描かれましたが、坂口昌志の方はシリーズ中では過去や家族との関係などが深く掘り下げられることがありませんでした。そこで、この短編が書かれたのでしょう。

坂口昌志は、若い頃に犯罪を犯して服役した過去を持つ男ですが、根っからの悪人ではなく、人生のどこかで何かが狂ってしまって道を踏み外してしまったということなのでしょう。彼は本来は実直な人間なのですが、不器用な性格なのでしょう。本編では、本人にはどうすることも出来ない不幸な境遇の中で、もがくように生きざるを得ない彼の前半生が明らかにされますが、その中で唯一「やさしくしてくれた兄」というフィクションが彼の心の支えとなっていたことがうかがわれます。

一連の会話の中で、主人公が謎に気づき、謎が解け、長年の誤解が解けるという流れが自然で、謎が解けることによって、過去がまったく変わって見えてくるという脳内の劇的変化がよく伝わってきました。

まったく関係ありませんが、北原白秋山田耕筰といえば、私は「この道」が深く印象に残っています。シーナ&ロケッツがロックバージョンで歌っているからです。すごくいい曲です。

 

 

第二話 『俺と母さんの思い出の本』

こちらは、2011年12月の出来事で、五浦大輔の視点で描かれています。この短編にはテーマが二つあって、一つは、オタク文化における母親の無理解からくる母と息子の軋轢と和解の物語で、今一つは、貧すれば鈍して、人生を誤ってしまう男の物語です。第一話も和解の物語でしたが、ビブリア古書堂シリーズは、前述の「タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの」を始め、和解の物語が比較的多いかなという印象です。作者の好きなパターンなのかなと思います。「貧すれば鈍す」パターンも比較的多いかなと思います。これは、人が道を踏み外す典型的なパターンだからでしょう。

ここでは、ゲームとかラノベとかコスプレといったオタク文化が詳しく語られています。これらは作者のテリトリーだからでしょうか、筆が乗っているという印象です。キーとなる本は変化球で攻めてきていて、『ファイナルファンタジーⅤ』の中の「はるかなる故郷」(植松伸夫作曲)という曲が大きな役割を果たします。この曲は、ゲームをやらない私でも知っています。聴けば分かります。念のため、YouTubeで検索して、ピアノ演奏で聞いてみました。しんみりしました。いろんな人がいろんな楽器で演奏して動画を上げていて、この楽曲の人気の高さが分かりますが、Minecraftの音ブロックで再現している人までいました。ようやるわ。私が好きなのは、歌詞付きの “MY HOME, SWEET HOME” のバージョンです。フィンランドのボーカルグループが英語とサーミ語(ラップランド少数民族の言葉)で歌っていて、本当に北欧の民謡なんじゃないかと思わせられます。とても日本人が作曲したとは思えないレベルです。

それにしても、親友面しているヤツに限って信用ならないということは、よくありますなあ。借金を踏み倒したりとか…

 

 

第三話 佐々木丸美『雪の断章』(講談社

この短編は、三人称の文体で書かれています。主人公は、第1巻から登場しているシリーズ主要登場人物の一人の小菅奈緖で、2011年8月の出来事が語られていますが、第5巻の第一話「彷書月刊」のエピソードと密接に関わり合っています。

彷書月刊」は、これまた第1巻から登場しているシリーズ主要登場人物の一人の志田にまつわる2011年4月下旬の出来事でしたが、志田は5月には姿を消してしまいます。小菅奈緖は、第1巻の第二話「小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』」のエピソードでせどり屋のホームレス・志田と知り合って以来、志田を「先生」と慕っていたのですが、この突然の志田の消失に動揺します。そこに現れたのが紺野祐汰という少年で、志田と面識があるといいます。奈緖は、紺野少年と志田の消息の手掛かりを捜すことにしますが、次第に紺野少年に違和感を覚え始めます。そして、この短編の時制では「今」にあたる8月に奈緖は友人の篠川文香と一緒に志田と再会を果たすことができたのですが、志田は紺野祐汰という名前をまったく知らないと言います。果たして、奈緖が紺野少年に抱いた違和感の正体とは?

ま、引きこもりでも恋がしたい、よね…

志田は、奈緖と文香の二人と会った後、ビブリア古書堂に行きます。その時の模様は第7巻の第三章に描かれています。そこで、志田は大輔に奈緖と文香の二人に会ったと言っています。ということは、この短編のプロットは前作の時点ですでに出来上がっていたのかもしれません。現実の世界では、人それぞれの人生にそれぞれの物語があります。小説だって主人公が関わるメインストーリーだけでなく、登場人物それぞれに物語があるはずです。このビブリア古書堂シリーズでも大輔と栞子が様々な事件に巻き込まれている裏で、奈緖には奈緖の物語が進行していたというのがこの第三話のエピソードです。私は、こういうサイドストーリーが割と好きです。

 

 

第四話 内田百閒『王様の背中』(樂浪書院)

この最終話だけは作品内の時制で最近のエピソードになります。おそらく2018年の1月か2月の出来事でしょう。本作では唯一、扉子ちゃんも話の中に登場します。この短編も三人称の文体で書かれていて、主人公は舞砂道具店三代目店主の吉原孝二です。彼は第7巻で篠川母子に立ちはだかった吉原喜市の息子で、第7巻の第三章では父の運転手としてビブリア古書堂を訪れています。吉原喜市は、前作で栞子に敗れた後すっかり老け込んでしまったようで息子が跡を継いだのですが、商売はうまくいっていないようです。

この話は、典型的な「貧すれば鈍す」パターンです。冷静に考えれば、うまくいくわけがないことは明々白々であるのに、視野が狭まり思考が短絡的になって、自分にとって都合がいいようにしか物事を考えられなくなり、魔が差してしまう過程が詳しく描かれています。

人が道を踏み外してしまうパターンには他に「執着」がありますが、古書をテーマにしたミステリでは「執着」をテーマにしたものが多いのではないかと思います。本シリーズで云えば、『晩年』にまつわるエピソードが典型的な執着の物語でしたし、吉原喜市も執着で身を滅ぼしたと云えるでしょう。話としては、やはり執着をテーマにした方が人間の心の深いところにある闇に触れる恐ろしさを感じさせられるという意味で読み応えがあると思います。それに対して「貧すれば鈍す」パターンは、人間の愚かさを感じさせられるという意味で喜劇的な印象が強いと思います。本作に収められた4編はどれも小説としての完成度が高く、謎が解けた瞬間の爽快感が味わえる秀作ぞろいですが、贅沢を云えば鳥肌が立つような「執着」の物語も読んでみたいという気もします。

「王様の背中」は内田百閒らしい人を食ったような童話で、私は好きです。

 

本作では扉子ちゃんという新キャラが登場し、サブタイトルが「栞子さんと~」から「扉子と~」に変わったことですし、後日譚にしておくのは惜しいと思います。ビブリア古書堂シリーズも小路幸也の『東京バンドワゴン』シリーズのように長く続いて欲しいと願います。

それにしても、ビブリア古書堂の事件手帖があれだったとは… 五浦大輔は、本は読めないくせに意外と筆まめなんだな…

 

 

 

 

 

 

 

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