森の踏切番日記

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蔵本由紀著『非線形科学 同期する世界』~体内時計と時計遺伝子など

10月の読書録07ーーーーーーー

 非線形科学 同期する世界

 蔵本由紀

 集英社新書(2014/05/21)

 ★★★☆

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本書は、2007年に刊行された『非線形科学』(集英社新書)の続編にあたる。この前作については、ちょうど去年の今頃の読書録で紹介した(➡経験世界の非線形科学 - 森の踏切番日記)。引き続き本書を読もうと思っていたのだが、気がついたら一年経っていた。月日が経つのは早いものだ。前作は非線形現象全般を紹介する非線形科学入門書という感じの内容だったが、本書は非線形現象の中でも特に著者の専門である「同期現象」にテーマを絞って、前作の〈第四章 リズムと同期〉を更に詳しく解説した内容になっている。

※リズム~規則的に繰り返される現象、周期現象

※同期(synchronization)~複数のリズムのタイミングが合うこと

 

同期現象は自然界に偏在するありふれた現象なのだが、「全体が部分の総和としては理解できない」典型的な非線形現象なので、「全体が部分の総和として理解できる」線形現象を扱ってきた従来の数理科学の手法ではなかなか解明できなかった。それが20世紀の後半になって、カオス理論や複雑系の科学の登場とコンピュータの進化によって、非線形現象を数学的に記述する手法が考え出され、理論的に扱うことが可能になったのである。同期現象は生命科学とも密接な関係があり、また人工システムの様々な分野にも応用が期待される。同期現象の科学は21世紀の科学なのである。本書では、同期現象の数理面に携わってこられた著者が様々な分野の研究内容を紹介されていて興味深い。以下、本書の内容を簡単にメモしておこうと思う。

 

 


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第一章  身辺に見る同期

◼同期現象を初めて科学的に考察したのは、「ホイヘンスの原理」でおなじみのクリスチアーノ・ホイヘンス(1629-1695 オランダ)。1656年、振り子時計を初めて実際に製作したホイヘンスは、1665年に、壁に固定された二つの振り子時計が「共感」することを発見した。

 

メトロノームの同期実験→揺れやすい板の上に置かれた二つのメトロノームの振り子は同期する。

※位相(phase)~周期現象において一周期中の位置を示す無次元量

※結合振動子~相互作用で結びついている振動子(リズムの担い手)の集まり

※自然周期~振動子が本来持っている周期

(自然周期が完全に一致しない限り、同期するためには適当な相互作用が必要)

※同相同期~二つの振動子の位相差がゼロである同期(メトロノームの同期)

※逆相同期~二つの振動子の位相差が半周期ずれる同期(振り子時計の同期)

 

◼1877年、「アルゴン(Ar)の発見」でおなじみのレイリー卿(ジョン・ウィリアム・ストラット 1842-1919 英)が「音波が(逆相に)同期すること」を発見した。

→パイプオルガンの音程の近い二本のパイプを近づけて並べ、同時に音を発生させると、二つの音程が完全に一致するうえに、二つの音が打ち消し合って、消え入るほどの音になる。

 

◼ロウソクの炎の同期実験

ロウソクの炎の振動の同期 - YouTube

 

◼音の同期には、音波の振動が同期する場合の他に、音の強弱が周期的に変動するリズムが同期する場合がある。代表的な例が動物の鳴き声。

→二匹以上のオスコオロギが寄り集まると、鳴き声が揃い(同相に同期して)コーラスになる。一方、二匹のカエルに発声をうながすと交互に鳴く。つまり、逆相に同期する。それでは、三匹になるとどうなるか。

※フラストレーション~二者の最も安定した関係が三者以上になると実現できなくるような状況のこと。

そこにどのような「妥協」が成立するかが研究対象になる。

 

◼日常生活に密接に関係しているリズムの一つに体内時計(概日リズム circadian rhythm )がある。

※地球の自転による昼夜のリズムは安定した周期現象であり、生物の体はそれを明暗のサイクルとして感じる。これに同期する体内時計は、究極的には遺伝子発現の周期的変動に由来する。つまり、細胞内分子の離合集散のリズムが天体運動のリズムに歩調を合わせている。そして、これら二つのリズムの仲立ちをするのが光なのである。

※かつて、ヒトの体内時計は25時間周期だと考えられていたが、この根拠となる実験には不備があり、20世紀末に行われた新しい実験の結果、ヒトの体内時計の自然周期は平均値が24時間+11分であり、個人差も小さいことが分かった。

※鳥や昆虫にとって体内時計は方位を知るための「太陽コンパス」の役割も果たす。

 


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第二章  集団同期

◼集団リズム~多数の振動子の位相が揃う現象

  • メトロノームの集団同期
  • ミレニアム・ブリッジ騒動
  • 聴衆の拍手がひとりでに揃う現象
  • ホタルの集団の発光の同期

『非線形科学』メモ(2) - 森の踏切番日記YouTube の動画のリンクがあります)

※集団リズムは、リズムを担う対象にかかわらず、ミクロリズムが多数寄り集まりさえすれば、一つの大きなリズム (マクロリズム)を自律的に生み出す。つまり、普遍的な現象である。

※各振動子が他の全ての振動子と同じ強さで結合する「平均場のモデル」を考える。平均場のモデルが適用できる集団では「個と場の相互フィードバック」が分かりやすい形で実現される。つまり、平均場が各振動子の動きを支配すると同時に、各振動子の動きの全体が平均場を作り出す。

→このフィードバックには、正のフィードバックと負のフィードバックの両方が含まれる。このような相反するフィードバック機構を内在させたシステムには、プラス傾向とマイナス傾向の相対的な優位性が逆転する臨界点が存在する。集団同期によって静かな集団状態から振動する集団状態に突然変化する現象を「同期相転移」と呼ぶが、この突然の転移はその臨界点で起こる。

→この現象を数学的に記述するモデルを理論生物学者のウインフリが考え出したが、不十分なものだった。著者がこのウインフリのモデルに修正を加えて作り出したのが「蔵本モデル」と呼ばれる数式(位相差の正弦関数)で、同期相転移の存在を理論的に示すことに成功した。

 

◼振動子ネットワークとしての電力供給網

※電力ネットワークの安定性の研究への応用

(同期の破綻は大規模停電につながるおそれがある) 

 


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第三章  生理現象と同期

集団リズムとしての心拍

※心拍のリズムは右心房上部にある洞結節と呼ばれる部分にあるペースメーカー細胞集団によって生み出される。そのリズムは刺激伝導経路を通じて心室に伝えられ、同じリズムでの心室の収縮によって血液が全身に送り出される。ペースメーカー細胞集団は外部から受ける刺激により不規則に揺らいでいる。(つまり、ドキドキしたりする)

※少しの刺激で一過的に強く応答する性質を「興奮性」という。興奮現象は、細胞膜とそれを取り巻く環境の電気化学的性質に由来する。(膜電位の一過的な大変動が興奮)

※心臓の細胞のうち、大多数の細胞は発振能力を持たない興奮性細胞である。筋肉細胞や神経細胞なども興奮性を持つ。興奮を何度も繰り返すようになった細胞がペースメーカー細胞だと云える。これは細胞が振動子としてふるまうことを意味する。(膜電位の振動)

※正常な心臓では、ペースメーカー細胞群が送り出すリズムが刺激となって、興奮性細胞も同じリズムで活動し、全体として同期している。心臓が全体として同期できなくなる場合が、頻脈や不整脈

→興奮波が心室の小部分で渦巻きになって、そこだけリズムが速くなった状態が頻脈の症状で、それが引き金になって心室全体がカオス状態に陥ってしまった場合が心室細動

→AEDは電気ショックによって、心室を電気的にリセットして正常な状態に戻す装置。

※正常な心筋に電気的衝撃を与えて渦巻き波を出現させることも可能。

※興奮性の場に関する研究の実験に使われるのがベルーゾフ・ジャボチンスキー反応(BZ反応)。

『非線形科学』メモ(2) - 森の踏切番日記YouTube の動画のリンクがあります)

 


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洞結節は右心房(right atrium)の上部にある

(right ventricle が右心室、aorta が大動脈、pulmonary artery が肺動脈)

 

 

体内時計と時計遺伝子

※哺乳類では、体内時計を生み出す中枢は脳の視交叉上核という部分にある。視交叉上核は米粒よりもずっと小さい二つの神経核が対をなしている。それぞれの神経核はおよそ1万個の神経細胞の塊で、それが約24時間周期の安定した強いリズムを送り出している。それらは「時計細胞」と呼ばれている。時計細胞のリズムは「遺伝子発現のリズム」に由来する。

→それぞれの遺伝子に書かれた情報に基づいて特定のタンパク質が合成されることを「遺伝子発現」という。一般に、ある遺伝子の発現は他の遺伝子の発現に影響を与える。これは、遺伝子どうしで相手の発現を促進したり抑制したりしていると見なすことができる。

→こうした相互調整によって、遺伝子のグループはネットワークを作っているが、このネットワークの活動が周期的に変動する場合がある。それが遺伝子発現のリズムである。

※網膜に入った光の情報は視覚野に送られるが、網膜には視覚に関係した光受容細胞とは別の光受容細胞があって視交叉上核にも光の情報が送られるので、視交叉上核は明暗のリズムを感じとることができる。

※肝臓、腎臓、心臓、脳など体の各器官にも時計細胞集団が分布している。これらの「時計」を末梢時計、視交叉上核の時計細胞集団を中枢時計と呼ぶ。末梢時計は明暗のサイクルを感じとることはできないし、それらのみで集団同期することもできない。それらは中枢時計のリズムに支配されている。末梢時計のリズムも遺伝子発現のリズムに由来する。

※概日リズムを生み出す基本的なしくみは、すべての時計細胞で共通している。その際に中心的な役割を果たしている遺伝子群を時計遺伝子と呼んでいる。 

→AはBを活性化させる作用があり、BはAを抑制する作用があるとする。Aが活性化するとBはどんどん活性化する。Bが活性化するとAは抑制される。Aが抑制されるとBの活性化が止まる。Bの活性化が止まるとAは再び活性化する。Aが活性化すると……

→時計遺伝子に正の転写因子と負の転写因子があり、活性化が進むと巡り巡って抑制作用が働き、この抑制作用が巡り巡って活性化をうながす、というフィードバックループが約24時間周期で繰り返されることによって概日リズムが生み出される。(このメインループとは別に逆位相のループもあり互いに連動している)

→体内の各器官にある末梢時計では、この中核的な時計遺伝子ネットワークが他のさまざまな遺伝子に働きかけ、それらから作られるタンパク質の量を周期的に変化させている。

→たとえば、脳内の松果体と呼ばれる小さな内分泌器官ではメラトニンというホルモンが作られるが、その分泌は夜間に盛んになり人を眠りに誘う。

→ある時間帯にある決まった生理機能が活発になったり沈静化されたりするためには、末梢時計が中枢時計と一定の位相関係を保つ必要があり、それは同期していてこそ可能。

 


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視交叉上核(SCN:Suprachiasmatic Nucleus

 


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松果体(Pineal gland)

(cerebral cortex は大脳皮質、hypothalamus は視床下部、pituitary gland は脳下垂体、optic chiasm は視交叉)

 

 

◼電気魚の集団リズム

電気魚が発生する電気信号のリズムほど精度の高いリズムはない。

 

◼細胞を振動させる機構には、膜電位の振動、遺伝子発現のリズムの他に細胞内に起こる化学反応の振動がある。中でもエネルギー代謝のリズムは重要。

※解糖~糖を分解してATP(アデノシン三リン酸)を作ること

※解糖反応の振動

※解糖する酵母集団の集団同期

※集団リズムを消失させる二大機構

  • 脱同期~振動子の位相がランダムにばらつく
  • 動的クオラムセンシング~すべての振動子が振動子として機能しなくなる

※クオラムセンシング(Quorum Sensing)~同種の細菌の生息密度に応じて細菌が産生する化学物質の量を調整する機構のこと。一部の真正細菌に見られる。緑膿菌が有名。動的クオラムセンシングは、クオラムセンシングの意味が拡張されたもの。

 

インスリン分泌のリズム

※インスリンを分泌するのは膵臓にあるベータ細胞と呼ばれる細胞。糖尿病1型は自己免疫のためにベータ細胞が壊されるタイプで、若年に発症するのが特徴。大半の糖尿病は2型で、さまざまな原因でインスリンの分泌が不十分になる。

※ベータ細胞も興奮性の細胞。興奮現象の電位パターンを活動電位というが、ベータ細胞の活動パターンは、突発的な活動電位の連続発射とその休止が交互に現れる。この突発的に現れる活動電位の束をバーストと呼ぶ。(このようなリズムは中枢神経系のニューロンにも広く見られる)

→インスリンは、バーストが続く限り放出され続け、バーストがやむと放出も止まる。ベータ細胞の振動周期は通常1~2分。

→ベータ細胞は膵臓内に散在しているランゲルハンス島の80%を占めていて、各細胞塊に約2000個あるが、このリズムは集団同期している。ただし、膵臓内に散在している約100万個のランゲルハンス島間では、このリズムは同期しない。

→ところが、膵臓全体からのインスリン放出量は周期的に変動する。その周期はベータ細胞のリズムの周期より長い。(2型糖尿病患者では、このリズムが乱れていると言われる)

→これは、バーストの発生停止のリズムより長い周期のリズムをそれぞれのベータ細胞が持っていて、そのリズムで全ランゲルハンス島が集団同期していると考えられる。実際、ベータ細胞は二つのリズムの複合的な活動パターンを示すことが分かっている。

(まだまだ未解明の部分があって詳しいことはよく分からない)

 

パーキンソン病の症状と集団同期

パーキンソン病は脳のニューロンが変質することによる。主な症状は、思うように動作ができなくなることで、大脳基底核に異変が生じることにより起こる。

→原因はドーパミンの欠乏。パーキンソン病ドーパミンを作り出す黒質緻密部と呼ばれるニューロングループが徐々に死滅していくために生じる。ドーパミンが不足すると大脳基底核の機能である運動抑制解除が難しくなる。

大脳基底核内部(視床下核)の振動子としてふるまうニューロンの集団が同期して集団リズムを生じる可能性が常にあるのだが、ドーパミンが不足すると、この集団リズム(ベータリズムという)を抑えることができなくなる。

→運動が抑制されるとベータリズムが生じるが、静止状態から運動状態に移るとき、健康な人ならばこのリズムは消える。それが、消えるべきときに消えてくれなくなるのがパーキンソン病の症状だと云える。

パーキンソン病の症状を改善する外科的治療法に脳深部刺激法がある。これは脳の深部(主に視床下核)に電極を埋め込み、高周波の電気刺激を送ることで、ニューロン集団のベータリズムを脱同期させる治療法である。

 


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大脳基底核(Basal Ganglia){尾状核(Caudate nucleus被殻(Putamen)淡蒼球(Globus pallidus)}

視床(Thalamus)扁桃体(Amygdala)側坐核Nucleus accumbens)


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大脳基底核の構造

視床下核(Subthalamic nucleus黒質(Substantia nigra)

 

 

第四章 自律分散システムと同期

※一般に、複雑なシステム全体を制御する方式として、集中管理的・中央集権的な制御方式と自律分散的・地方分権的な制御方式があるが、本章では後者に見られる同期現象が紹介されている。

 

中枢パターン生成器(CPG)が担う身体運動

※脊髄にある特別の神経ネットワークを中枢パターン生成器(CPG:central pattern generator)と呼ぶ。四足動物や人間の歩行パターンは、このCPGによって生み出されると考えられている。CPGは一種の振動子ネットワークと見なすことができる。大脳の関与なしにCPGが環境に適応する能力があることが実験によって示されている。

※生き物のロコモーション(空間移動)はCPGによって制御される。CPGは大脳とは独立に、自律的に身体運動の基本的パターンを生み出す。それに加えて、複雑に変化する環境にも適応できる能力も持っている。

(もちろん、視覚野などの大脳皮質が重要な役割を果たしていることも明らか)

ヤツメウナギが水中を移動する際の波打ち運動も脊髄のCPGによって生み出される。

※ムカデやヤスデなどの多足類の移動のメカニズムは、ミミズの蠕動による前進運動のメカニズムと本質的に同じ。ムカデやヤスデも足で歩いているというよりも蠕動運動で移動していると見る方が自然。(なので、考え過ぎて足がもつれて歩けなくなるということはない)

→これもCPGの活動によるもので、非常にシンプルな数式できれいに説明できるという。(『脚式と非脚の這行ロコモーションにおける運動モードスイッチング共通力学』黒田茂、田中良巳、中垣俊之)

 

◼自律分散システムとしての粘菌

※真性粘菌のアメーバ運動は完全な自律分散制御によっている。

変形菌 移動 - YouTube(by 星夢絵里亜)

 

◼真性粘菌変形体をモチーフとした大自由度アメーバロボットの研究(東北大学実世界コンピューティング研究室)

 

◼交通信号機のネットワーク

→自律分散制御方式の研究

※自律分散制御システムの特長は、したたかさ、打たれ強さ、回復力(レジリエンス)。

→一部が機能停止になっても集団全体の機能にあまり影響しない。

 

 

 

非線形科学 同期する世界 (集英社新書)

非線形科学 同期する世界 (集英社新書)

 

 

 

 

😺本書を読む直前に、今年のノーベル医学生理学賞が生物の体内時計の仕組みを発見した米ブランダイス大のジェフリー・ホール名誉教授ら三人に授与されることが決まったという報道があったので、グッドタイミングだった。本書では分かりやすく簡潔に解説されていたが、いろいろ調べてみると、実際のメカニズムは複雑なようだ(転写翻訳のネガティブフィードバックループという言葉とかが使われていた)。肝臓の体内時計に関する記事も見つけた。サーカディアンリズムをテーマにした本も読んでみたいと思った。

😺多足類の移動の研究やアメーバロボットの研究など自律分散システムの研究も興味深い。本書には出てこないが、東北大学実世界コンピューティング研究室の「自律分散制御によって駆動させるヘビ型ロボット」も面白そうだ。電力ネットワークや交通信号機ネットワークなど複雑な人工システムへの応用は複雑で難しいと思った。🐥

 

 

 

 

筒井康隆『着想の技術』を再読 ~商品としての価値が無くなった教養

10月の読書録06ーーーーーーー

 着想の技術

 筒井康隆

 新潮文庫(1989/09/25:1983)

 ★★★☆

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八月に筒井康隆の『創作の極意と掟』(講談社文庫)を読んだときに本書の事が出てきたので確認しようと思ったら手元になかった。未読だったかと思いブックオフ・オンラインで探して読んでみたところ読み始めた瞬間に内容を全て思い出した。というか内容は覚えていたのだが本書で読んだことを忘れてしまっていたのだ。図書館で借りて読んだのだった。こういう事がたまにある。図書館で本を借りまくって読み散らしていた頃に何を読んだか全ては覚えていないのだ。

 

 

 

本書は1979年(昭和54)から1981年(昭和56)にかけて発表された12編のエッセイを収録したものである。特に「虚構と現実」「夢──もうひとつの現実(虚構)」「楽しき哉地獄」の3編が印象深くよく覚えていた。この3編を含めて創作に関する内容のエッセイが多いのが本書の特徴である。この時期は著者が『虚人たち』(1981年4月刊行)を雑誌『海』に連載していた時期(1979年6月~1981年1月)と重なりこれまでのナンセンスブラックユーモアスラプスティックなどの作風から虚構性を突き詰めた実験的な小説を中心とした作風へと転換しようとしていた時期にあたる。

 

「虚構と現実」は『虚人たち』の連載が始まる直前に書かれたもので『虚人たち』のための創作ノートともいえる興味深い内容になっている。また「『虚人たち』について」はその『虚人たち』刊行後のNHK・テレビコラム「現代小説の実験」(1981年9月18日)からのもので分かりやすい自著解説になっている。この2編は『虚人たち』を読み解く上で参考になるエッセイである。

 

「夢──もうひとつの現実(虚構)」は雑誌『波』に連載された夢に関するエッセイである。前半は「夢──もうひとつの現実」と題され「現実の延長または理想的現実」として夢を論じた内容になっている。後半は「夢──もうひとつの虚構」と題され「無意識からのアイディアによって現実を再構成するという芸術などの創造過程と同じ働きをするもの」として夢を論じた内容になっている。

特に興味深くてよく覚えていたのは後半部の「小説化した夢」と「夢をもとにした小説」を紹介したパートである。「中隊長」「ながく連なった座敷」「温泉隧道」「傾斜」「熊の木節」「桃太郎と西遊記」「ふたりの印度人」など夢から着想を得て作品化されたものが紹介されているのだ。著者の短編小説に「鍵」という印象深い作品があるのだがこれも一部を夢から着想を得て描かれたものだということで納得したものだった。

夢といえば中高生の頃に読んだジュブナイルミラーマンの時間』だったと思うが夢の中でスーパーマンになって空を飛ぶのだがどういうわけか空中の見えない階段を上るような飛び方になってしまうという話があって似たような夢を見たことがあったので強く印象に残っている。学校の図書室で借りて一度読んだきりで今では内容をほとんど忘れてしまったのだがその部分だけ覚えている。著者の後の作品にも夢の中の浮遊感を感じさせる作品が幾つかあってそれも印象深い。

 

「楽しき哉地獄」は雑誌『SFアドベンチャー』に連載されたエッセイである。この中の「着想──わが『できそこない博物館』」はよく覚えていた。星新一の本に『できそこない博物館』というボツネタを集めてそれらが何故ボツになったのか解説した本があるのだがこのエッセイはその筒井康隆版なのである。この中の「酔っぱらい大突撃」や「人世に三人在れば」などは作品として読んだような気がするのだが気のせいだろうか。このエッセイの中でブラックユーモアの作品がますます書けなくなる傾向にあると嘆いておられるのが印象的。 

21世紀の日本においてはお笑い芸人のおふざけにすら差別的だとか言いがかりをつける良識ぶった連中が幅をきかせて全く気持ちの悪い時代になったものである。

「知の産業──ある編集者」は行き詰まりかけていた著者に作風を転換するきっかけを与えた編集者についての文章である。この編集者というのは当時雑誌『海』の編集長だった塙嘉彦という人である。この人が三カ月毎の『虚人たち』の連載の三回目直後に亡くなったことで著者は痛恨の思いをこめてその人の思い出を語っていたのが印象深くこれもよく覚えていた。

また「ジャンル──専門と専門家」などの舌鋒鋭く世間の阿呆どもを批判する文章は痛快でこの頃の著者は攻撃性において全盛期だったと言っても過言ではないだろう。これぞ筒井康隆という文章である。

 

今回読み返して印象に残ったのは「商品としての教養」と題された著者の書物感を述べた一編である。かつて書物が「毒」であり「危険物」だった時代があった。また「教養」であり「力」だった時代があり「知識」だった時代があったのだが今や「教養」は商品化され大衆化され娯楽化され消費され「知識」は「雑学」となり単なる「情報」となり「流行」に過ぎなくなった。書物には「娯楽」という一面もあるが「娯楽」と「教養」が等価となった時代においては「娯楽の教養化」が進みそれ故に水準の低下が進みついには本能的欲望(性と食)に向かう。このような社会・時代においては最早書物の「毒」「教養=力」「知識」は顕現され得ず書物は過去の書物のメタファーのパロディに過ぎなくなる。つまり読者の書物に対する意識構造の変化の方が書物そのものの変化以上に重要なのである。という感じの論旨なのだがこれは1981年に書かれたものである。

 

文化というのはそもそも毒でもあり薬でもあるものなのだ。毒にも薬にもならないものは文化とは云わない。殺人事件のような重大事件が起きたときそのきっかけとなった文化をうれしそうに攻撃する連中がいるが毒が回ってしまう奴も出てくるのが文化というものなのだ。毒だけを排除して利だけを得ようというのは虫が良すぎる浅ましい根性であると云わねばなるまい。「教養」と「知識」は別物である。「知識」はそれだけでは単なる情報に過ぎない。「教養」は人間に品格を与えるものであり「知識」を具体的な行動に活用するにあたっての規範となるべきものである。「教養」はやはり耕されなければならないものであり「知識」はそのための肥料でもある。従って両者は不可分の関係にある。21世紀の日本においては「教養」は商品価値が無くなってしまった感がある。元来「教養」というのは貴族階級(あるいは上流階級)の所有物でありアクセサリーの一種であった。それが大衆化されれば変質するのは必然だろう。人間というのは放っておけば出来る限り楽をしたがるものであり水は低きに流れるものである。民主主義が有効に機能する前提として知的市民階級の成熟が期待されたのだろうがそれが幻想に終わってしまえば民主主義が危機に陥るのも必然か。格差社会においては「教養」は再び勝ち組(新たなる上流階級)のステイタスとしての装飾品のひとつとなり下がり負け組(新たなる下層階級)は知的生活からは益々遠ざかることになる。知的生活から遠ざかるが故に彼らが知性を軽視する傾向が益々強まるのである。誰かさんの思うつぼ。「教養」が貴族階級(あるいは上流階級)の所有物であった頃学者の「知識」は「芸能」の一つに過ぎなかった。21世紀の日本において「知識」が「芸能」として扱われるのも無理ないか。21世紀の日本における書物の危機は読者の意識構造の変化以上に情報技術の革新的変化による方が大きいわけだからこれはもう抗えない変化であり書物という形態の文化は衰退するしかないだろう。今や読書はマイナーな趣味でしかない。やがて衰退しきった頃に希少価値が生まれ再び脚光を浴びたりするのではないか。

 

みたいなことをうつらうつらと考えた。私自身が読書を趣味としているのは子供の頃からの習い性に過ぎない。本を読むという行為自体に親しんでいるし心地よいというだけのことである。死に至るまでの退屈な時間が潰せれば何でもよいのである。私は今でも十分に知識欲はあるのだが今さら専門書を読むのは限りなく面倒くさい。私がよく読む一般向け解説書はお手軽なファーストフード的なエセ教養に過ぎないのだがそれで十分である。そこからあとは知りたいことをネットで調べればよいわけだし本格的にやろうとは思わない。

筒井康隆の作品やエッセイや日記などを読んだ後はいつも元気が湧いてくる。著者の攻撃的な筆致に影響されるとみえる。たまに読まないと具合が悪くなるような気がする。

 

 

 

 

夜と昼は

ネガとポジ

繰り返し訪れる 

 

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M.C.Escher “Day and Night”

 

 

 

 

本書の文庫版の解説は何故か女優の斉藤由貴である。以前読んだのは単行本だったのでこれは初見だった。1989年7月ということは彼女が22歳の時である。肩書きがアイドルではなく既に女優になっている。どうやら彼女が『虚航船団』に惚れ込んだという記事がきっかけで依頼されたらしい。本書は筒井康隆の本の中では比較的お堅い内容であり彼女が困惑している様子がありありとうかがわれて面白かった。ということでお約束のこの画像でも貼っておこう。

 

 

 

 


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着想の技術 (新潮文庫)

着想の技術 (新潮文庫)

 

 

 

 

 

 

 

『デート・ア・ライブ17 狂三ラグナロク』のあらすじと感想

10月の読書録05ーーーーーーー

 デート・ア・ライブ17 狂三ラグナロク

 橘公司

 ファンタジア文庫(2017/08/20)

 ★★★

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デート・ア・ライブ17 狂三ラグナロク (ファンタジア文庫)

〈Nibelcole〉

 

 

前作『デート・ア・ライブ16 狂三リフレイン』に引き続いて、本作を読んだ。やっと最新巻が読めた。ふぅ💨

 

本作のサブタイトル「狂三ラグナロク」のラグナロク(Ragnarøk)は、北欧神話世界における終末の日のことで「神々の黄昏」と訳される。本書のあとがきによると、決戦感が欲しくて、語感がかっこいいからサブタイに決めたとか。北欧神話の用語もいろんな所で使われているから、いろいろ被るよね。

表紙はなんと、ニベちゃん。敵対勢力のボスであるDEMインダストリー業務執行取締役、アイザック・ウェストコット(アイク)が持つ全知の魔王〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉から生まれた擬似的な精霊がニベルコル、通称ニベちゃんなのだ。ニベちゃんは狂三の分身体同様量産タイプなのでウヨウヨ出てくる。「ベルゼバブ」ってスマホで打つと「べるぜバブ」が先に出てくるね。

ベルゼバブは、キリスト教世界における魔界の君主でハエの王とも呼ばれる大悪魔・ベルゼブブ(Beelzebub)にちなむ。天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉の反転体にぴったりのネーミングだ(ラジエルは宇宙の神秘の知識をまとめた書物を携えた座天使長の名前にちなむ)。

十六世紀のフランスでニコール(Nicole)という名前の少女にベルゼブブ(フランス語形は Belzébuth ベルゼビュート)が取り憑いて生まれたといわれる子供の名前がニベルコル(Nibelcole)なのだ。ニコールとベルゼビュートでニベルコル。なんだかなあ。この小説のニベルコルは、この事件に基づいた命名だろう。

ということは、二亜がニコールということになるのかな? だから二亜? ニコールは子供の頃を修道院で過ごしたという記述が「ベルゼブブ - Wikipedia」にあるのだけど、だから二亜の霊装はシスターだったのかな。

 

 

それでは、あらすじと感想を始めます。

まずは断章として、アイクとエリオットとエレンとカレンの四人の物語が語られる。四人は「魔術師(メイガス)」の一族の末裔なのだ。彼ら一族は、普通の人々から迫害され山間の小さな村でひっそりと暮らしていたのだが、四人が幼い頃に襲撃され滅んでしまった。生き残った四人は、いつの日か、人類を放逐し、魔術師のための世界を創ることを誓う。

月日が流れ、彼らは十分な資産と隠れ蓑を手に入れ、魔術の研究に没頭した。そしてついに、「精霊術式」を行い精霊を生み出すことに成功したのだ。精霊は全身に淡い輝きをまとった少女の姿をしていた。この精霊は、人が思い描いたことを現実化する随意領域を持っている。その空間は地球を覆い尽くすほどの規模を誇っているという。それこそが「隣界」と呼ばれるもう一つの世界なのだ。

「それが、我々の世界だ。我々は隣界で以て、この世界を上書きする」

 

本章は、前作のラストの続きで時崎狂三の場面から始まる。狂三は、影の中に呑み込んだ〈ファントム〉が自分の力を分け与えてまでも精霊を増やした理由をいぶかしがる。

一方、〈フラクシナス〉に回収された五河士道は、琴里たちに狂三の目的を話す。士道と士道の実妹・崇宮真那は狂三の話に出てきた「崇宮澪」という名前に心当たりがあるのだが、記憶が失われていて思い出せない。そこで天使〈封解主(ミカエル)〉の力を使って士道の記憶の扉を開けようとしたが失敗に終わる。

狂三が影の中に呑み込んだ〈ファントム〉は村雨令音の姿をしていたが、〈フラクシナス〉には普段通りに令音の姿がある。ただ、琴里が令音を見て奇妙な違和感を覚えたという思わせぶりな記述がある。

ここは深読みせずに、

〈ファントム〉=始原の精霊=崇宮澪=村雨令音 

と、素直に解釈しておこう。始原の精霊の霊力については未知だが、「隣界」という随意領域を持っているくらいだから、なんでもありの可能性すらある。狂三の影の中に呑み込まれた令音も〈フラクシナス〉にいる令音も本体でない可能性すらある。

 

少年はある日、空間震と呼ばれる大爆発に遭遇する。彼は運良く無事だったが、何もかもが吹き飛んだ爆心地で美しい少女を見つける。彼女は一糸まとわぬ姿で大地にうずくまっていた。

少女は言葉を持たなかった。少年は少女に自分の上着を着せ、彼女を背負って、大混乱に陥った街をあきらめ、幸運にも無事だった自宅に連れ帰る。さて、どうしよう?

そこへ、妹の真那が帰宅する。互いの無事を確認して安心したものの、半裸の少女の存在を真那は誤解する。必死に弁解する少年。くしゃみをする少女。仕方ねーですね。真那が部屋着を持ってこようとしたその時、少女の周りに淡い光の粒子が纏わり付いたかと思うと、真那が着ているセーラー服と同じものが出現した……

 

士道は久し振りに琴里に手荒く起こされ目覚める。そこへゴスロリ眼帯の狂三の分身体が現れる。彼女は独断で、二月二十日にDEM社が、その総力を持って士道を殺しに来ることを伝えに来たのだ。それは狂三の心を挫くための作戦でもあった。

狂三の分身体がもたらした情報を受けて、〈フラクシナス〉では、司令・琴里を始めとするクルー、精霊たち、AIマリア、士道による作戦会議が開かれる。DEM社の目的は士道殺害により精霊たちを反転させ、その霊結晶(セフイラ)を奪うこと。精霊保護を目的とする〈ラタトスク〉とは、決して相容れない。琴里たちが取るべき手段はただひとつ、DEMを倒すことのみ。〈ラタトスク〉意志決定機関・円卓会議議長、エリオット・ウッドマンの賛同も得て、琴里たちは打倒DEMを誓うのだった。

そういえば〈ラタトスク〉も北欧神話に出てくる世界樹ユグドラシルに住む栗鼠の名前だったね。〈フラクシナス〉はひとひねりあるみたいだけど。

 

少女は瞬く間に言語を習得して話ができるようになった。少女は自分が何者なのかわからないと言う。少年と真那は、取りあえず少女を崇宮家に同居させることにする。両親は長期の出張で長らく家を空けているので問題はない。少女は名前を持たなかった。少年は出会った日が三〇日だったからというアレな理由で、少女に「ミオ」という名前をつけた。対外的なことも考えて、フルネームは「崇宮澪」と決まった。澪は、自分の名前を口すると、涙が溢れてくるのを押さえることができなかった……

 

対DEM作戦会議の翌々日。精霊たちは決戦までの間延びした時間の中でそれぞれの過ごし方をしていた。折紙と真那は陸自のASTを説得に行くが簡単な話ではない。十香と六喰は差し入れのおにぎりづくり。そこへ四糸乃と七罪が加わる。みんな何かの役に立ちたいのだ。とはいうものの、彼女たちのすることなのでなんだかおかしな方向に。二亜と美九と夕弦と耶倶矢の四人は、古今東西、エロくないのにエロく聞こえる言葉ー。ええと、マンゴスチン? パイタン? そこへ十香たちから連絡が入り、二亜たちもおにぎりづくりに参戦。

一方、〈フラクシナス〉では、クルーたちが作業に追われていた。琴里もいらだち気味。士道は時間を持て余していた。休むことも仕事のうちというやつなのだが、平均的日本人な小心者の士道は落ち着かないのだ。士道は狂三のことを心配する。琴里は〈ファントム〉の目的をいぶかしがる。令音は「くだらないことかもしれないよ」とつぶやいて、肌身離さず持ち歩いているクマのぬいぐるみの頭を撫でる。そこへ差し入れのおにぎりを持って十香たちがやって来る。士道のおにぎりの具は何だったのやら。

日付が変わった深夜、決戦に備えて狂三も準備に余念がない。一方、十香と語らう士道は何かを思いついた様子。

ゲームとかはやらないので分からないのだが、AIマリアはやはり或守鞠亜のキャラとかが反映されているのだろうか。マリアは前作より、かなり人間くさくなったような気がする。二亜とのからみはそこそこ面白かった。 

 

少女が澪となってから二週間後、少年は澪を外へ連れ出した。好奇心で目を輝かせる澪。そんな彼女を見ながら思案を巡らせる少年。彼女は自分の存在を「精霊」のようなものだと言う。澪には、わからないことが多すぎる。澪がクレーンゲームに興味を示す。

「取ってやろうか?」

少年は苦労してクマのぬいぐるみをゲットする。少年はクマのぬいぐるみを澪に手渡す。

「──ありがとう。嬉しい。私、あなたのことが『好き』」

少女の微笑み…… 

 

その日の朝がやってきた。空間震警報が鳴り渡り無人となった天宮市上空に旗艦〈レメゲトン〉(魔術書の名前にちなむ)以下三〇隻もの空中艦を擁するDEMインダストリー空中艦隊が姿を現す。迎え撃つ〈ラタトスク〉の空中艦は〈フラクシナス〉以下五隻。

DEM艦隊から機械人形〈バンダースナッチ〉第一陣が射出される。そこへ現れた狂三の分身体たちが〈バンダースナッチ〉に取りついて破壊していく。さらに、DEM艦隊が地上から砲撃を受ける。なんと、天宮市の幾つもの民家が街路がビルが銭湯の煙突がスーパーマーケットが魔力砲にトランスフォームして砲撃を始めたのだ。

余裕を見せるウェストコットは、〈バンダースナッチ〉第二陣、魔術師(ウィザード)部隊、エレン、アルテミシア、〈ニベルコル〉たちを出動させる。兵力に勝るDEM艦隊は圧倒的物量でもって〈ラタトスク〉を殲滅させるつもりなのだ。

 

狂三分身隊に襲いかかるニベルコル隊。どちらも同じ顔した集団だから、なんか絵面がすごそう。

DEM社の要請を受けて出動した日下部燎子隊長以下AST隊員たちは、捨て駒にされそうになったところを精霊たちに助けられて混乱する。

〈バンダースナッチ〉相手に奮闘する折紙と真那。ASTを助けたあと二人に合流する四糸乃と六喰。彼女たちの任務は、DEMに記憶処理を施されたと思われるアルテミシアを捕獲するという困難なミッションだ。〈フラクシナス〉には琴里と二亜。その前方にいる美九と七罪は皆をアシスト。十香と八舞姉妹は〈ニベルコル〉に対応する。

 

折紙に襲いかかるアルテミシア。迎え撃つ折紙。真那や四糸乃、六喰は雑魚どもの対応に追われて加勢できない。折紙は〈絶滅天使(メタトロン)〉を駆使して応戦するが、苦戦を強いられる。その時二亜から、エレンが接近中という絶望的な通信が!

高速で一直線にアルテミシアの応援に駆け付けようとするエレンに衝撃が襲う。エレンの行く手を阻むように空中に立った魔術師は、金髪の若い男、かつてエレンやウェストコットたちとともにDEMを創設した同志にして、裏切り者。

 

天宮市街に点在する魔力砲の破壊という塩っぱい任務に当てられた〈ニベルコル〉たちはブーブー言いながら地上に降りた。そこへ十香と八舞姉妹が現れる。「遊び相手」が出てきて喜ぶ〈ニベルコル〉たち。だが、十香たちは攻撃を仕掛けようとしない。なぜなら、彼女たちは護衛に過ぎないからだ。〈ニベルコル〉の相手をするのは他ならぬDEMのターゲット、五河士道その人だったのだ。

まさかのターゲットが無防備にも最前線に出てきて〈ニベルコル〉たちは驚くが、すぐさま攻撃に転じる。士道に肉薄する一体の〈ニベルコル〉。その時、

「──愛してるよ」

予想外の言葉に、一瞬隙を見せた〈ニベルコル〉を抱き寄せ唇にキスする士道。恍惚の中で淡い光とともに消えていく〈ニベルコル〉。その光景を見ていた付近の〈ニベルコル〉たちまでもが同じように消えていく。

 

これは、マリアが解析した〈ニベルコル〉対処法なのだ。擬似的とはいえ〈ニベルコル〉も精霊には変わりないので士道の力で封印できるという理屈なのだ。普通は、相手が心を開いた状態でなければ封印出来ないのだが、〈ニベルコル〉は〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉が生み出した精霊で、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉は、もともと二亜の天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉だったわけで、その霊結晶(セフイラ)は全てが二亜から奪われたわけではないのだから、二亜の好感度と連動しているという理屈なのだ。はあ。

また、〈ニベルコル〉は、一にして全、全にして一の群体生命なので、一人がキスされると、それを見ていた他の個体にも効果が現れるのだ。はあ。

 

「──さあ始めようか〈ニベルコル〉。俺とおまえの、戦争(デート)の時間だ」

封印を免れた〈ニベルコル〉たちが怒り心頭に発して、一斉に襲いかかる。天使の力を借りて対応する士道。唇を奪われた個体が、その光景を目撃した個体が、次々と光の粒になる。警戒して遠くから飛び道具で応戦する〈ニベルコル〉たちには、投げキッス! 逃げまどうニベちゃんズ。

「逃がさないぜ──子猫ちゃん」

──そして、愛の嵐が巻き起こった。

なんだ?この小説!

その姿、まさに精霊無双。

斜め上を行ったね。

周囲の〈ニベルコル〉の大半が光と消えたが、未だ〈ニベルコル〉の姿は地上に溢れている。場所を移動しようとした士道の背後から現れたのは、狂三だった。

ニベちゃんズは書物の形をした魔王〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の頁からできているので、なんか水に弱そうだな。

 

その日、いつものように街を歩いていた少年と澪に謎の外国人集団が襲ってきた。どうやら澪を追ってきたらしい。澪の手を引いて逃げる少年の前に金髪黒服の欧米人の男が立ちふさがる。ところが、仲間からウッドマンと呼ばれたその男はなぜか二人を見逃してやる。さらに逃げ続けた二人だったが、ついにくすんだ銀髪の男(アイクだろ)に追いつめられてしまう。その男は、真那を人質にとったことをほのめかす。澪は観念して追っ手の方へ行こうとするが、少年は澪の手を引いて逃げ出す選択をする。男が銃を構える。少年の胸を熱い感触が襲う。がくりと崩れおちる少年……

 

折紙とアルテミシアの一騎打ちは、折紙が劣勢ながらも膠着状態が続いていた。そこへASTが現れる。アルテミシアの応援要請を受けたAST隊員たちが一斉射撃を行ったのは、そのアルテミシアに向けてだった。それが燎子の結論だった。その一瞬の隙を逃さず折紙はアルテミシアに斬りかかる。その攻撃を受けながら折紙を斬り付けるアルテミシア。相打ちかと思われたその時、鍵の形をした六喰の天使〈封解主(ミカエル)〉がアルテミシアの側頭部に突き刺さる。よみがえる記憶の波。

 

戦場の真っ只中で分身体ではない本物の精霊・時崎狂三と出会った士道は、狂三に命を助けてもらったことに感謝の言葉を告げる。〈ニベルコル〉と戦いながら、狂三を説得しようとする士道と抗弁する狂三。士道は狂三との出会いを無かったことにしたくないと告げる。士道は狂三の天使の力で狂三の記憶を追体験したとき、狂三の士道に対する熱い乙女の感情までも感じとってしまっていたのだ。

士道が思いついた士道と狂三双方の希望を叶える方法とは、まず、士道が狂三の霊力を封印する。それから、士道が霊力を使って〈刻々帝(ザフキエル)〉で三〇年前に戻る。そして、始原の精霊をデレさせて、その霊力を封印する。そうすれば、その霊力を使って歴史をやり直すことができるはず。しかも、展開を取捨選択し、悪かったことだけやり直して、ご都合主義的な理想的な歴史を作り出すことが出来るはず。士道の言葉に、動きが止まる狂三。

その時、一人の〈ニベルコル〉に結集し、紙の鎧を纏った〈ニベルコル〉となった〈ニベルコル〉が凄まじいスピードで狂三に迫ってきた。狂三の銃弾は紙の鎧に弾き返され、士道の投げキッスも通じない。紙の鎧は〈ニベルコル〉の目元を覆い隠していたのだ。腕部の鎧を円錐状に変形させた〈ニベルコル〉の右腕が狂三の胸元に迫る!

その瞬間、狂三の影の中からあの眼帯の分身体が現れ狂三をかばう。狂三の視界に鮮血の華が咲き乱れる。冷静さを取り戻した狂三は時間を巻き戻す【四の弾(ダレット)】を〈ニベルコル〉に撃ち込み紙の鎧をバラバラの紙へと戻す。その隙を狙って唇を奪う士道。〈ニベルコル〉は甘い声を残し光の粒と消える。なんだかなあ。

一度は消そうかと思った分身体に助けられて危機を脱した狂三は、DEMを退け、士道から命の危機が去った後なら霊力を封印されても構わないと士道に告げる。その言葉に喜び、狂三に手を差し出す士道。狂三がその手を取るように手を伸ばしたその瞬間──

 

少年が凶弾に倒れた瞬間、澪は怒りと悲しみと混乱に支配され、周囲を破壊しその場を逃れた。澪は霊力で少年の傷を塞いだが少年は最早目覚めなかった。澪の霊力をもってしても命を取り戻すことだけは出来なかったのだ。澪は悲嘆に暮れた。彼が澪の中でどれほどかけがえのない存在だったか。ひたすら考え続けた澪は一つの結論にたどり着いた。

「──作り直せば……いいんだ」

澪は少年の身体を自分の身体の中に取り込んだ。澪の胎内で少年の身体を再構成しようというのだ。そして、澪の精霊の力を分け与える。ヒトの身体はあまりに脆いから少しずつ与えなければならない。最初に用意する力は「力を吸収するための、力」一つだけでよい。それから一つずつ力が手に入れられるように「種」を撒いておけばよい。澪はそれをそばで見守っていればよい。少年が全ての力を手に入れたそのとき、彼は何者にも害されぬ力と永劫にも近い命を持った、澪の永遠の恋人となるだろう。

「だから……待っててね。──シン」

 

戦場の中。士道に手を伸ばしつつあった狂三の胸元から、狂三のものではない別の手が現れた。狂三が苦しげな声を発する中、少しずつ腕が伸び出てくる。思わず狂三の名を呼ぶ士道。やがて姿を現した『それ』は──

というところで To Be Continued となる。

 

 


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え~! 狂三はどうなっちゃうの?

あとがきによると、今回は作者が「前々から書きたかったシーンがいろいろ書けて非常に楽しかった」とか。なんだろ? 古今東西とか精霊無双とかだろうか。特に、ラストの部分は構想時から考えていたシーンだったとか。つまり、これが書きたくてここまでやってきたということになるか。将棋にたとえると、狂三という大駒を捨てて詰ませにかかったという感じがする。(あるいは、新たなステージへの入口となるのか)

そんなこんなで、今作は濃厚な内容で読み応えがあった。始原の精霊の誕生、それに崇宮澪と崇宮兄妹との関わりが明らかになり、村雨令音に関する幾つかの伏線(クマのぬいぐるみとか令音が士道を「シン」と呼ぶこととか)が回収された。妹が真那だから、「シン」は「真」、あるいは真がつく「真一」とかだろうか。士道に合わせて「真路」かもしれない。

ていうか、シン死んでんじゃん。士道は、崇宮澪から生まれたってことじゃん。令音の士道に対する態度に母性的なものが感じられるのも納得できる。この場合、シンと士道は同一の存在とは言えないよね。クローンと変わりないよね。

始原の精霊の霊力ならば、狂三のように時間を巻き戻してやり直すことも可能だと思うが、それだとシンはいつか死んでしまうから澪としては不満なのだろう。愛するものに不死の力を与えようとするところは神話的だといえる。澪は精霊というよりは神的な存在に近い感じがする。

士道はシンであってシンではない。澪は「愛」という概念の理解の仕方を間違えてしまったようだ。その辺りが、今後の展開に関わってくるのかどうか。

精霊の存在理由も明らかになったが、全ては士道のためだったとは、これまでの全てを覆す驚きの理由だった。この真実を知ったとき士道の自我はどういう反応を示すのか、そこが問題だ。

それにしても、悪いのはシンを殺したアイクだよな。結局、自分で話をややこしくさせたってことになるよな。

 

士道の狂三に対する「好き」は、他の精霊に対する「好き」と同質のものだろうか。それが気になる。士道は男女間の愛として究極の選択を迫られたとき誰を選ぶのか。それが気になる。「みんなを幸せに」というのは、男女の愛とは別物だと思うし。「みんな好き♥」というのは、単なる性欲の権化だと思うし。

 

さて、『それ』は素直に考えると、〈ファントム〉、つまり、崇宮澪だろう。あのタイミングで出てきたのはなぜだろうか。士道に分け与えるべき霊結晶はあと二つとすると、澪の計画は達成間近ということになる。「最後まで」と言っていたが、全てのケリをつけるつもりなのか。

謎として残っていることのひとつに、〈ファントム〉と〈フラクシナス〉の令音の関係がある。素直に考えると〈フラクシナス〉の令音も崇宮澪なのだろう。狂三の体内から出てきた『それ』が崇宮澪の本体だとすると〈フラクシナス〉の令音は、単なる分身体のようなものなのだろうか。逆の可能性もあるし、どちらも本体で偏在できるという可能性すらある。作者の設定が読みづらい。

士道や琴里たちをずっと見守っていた〈フラクシナス〉の令音がキーパーソンになる展開を一応想像してみる。彼女が澪の暴走を止めるストッパーの役割を果たすとか、そんな感じの展開はアリかナシか。

崇宮澪の計画は、士道の思惑を越えたものだし、アイクの思惑さえ越えたものだといえるだろう。この先の展開がどうなるのか。個人的には、狂三の運命が一番気になる。次回作は、来年の初め頃だろうか、春頃だろうか。それまでは、いろいろ展開を想像して楽しむことにしようと思う。

 

 

 

デート・ア・ライブ17 狂三ラグナロク (ファンタジア文庫)

デート・ア・ライブ17 狂三ラグナロク (ファンタジア文庫)

 

 

 

 

 

 

『デート・ア・ライブ16 狂三リフレイン』のあらすじと感想

10月の読書録04ーーーーーーー

 デート・ア・ライブ16 狂三リフレイン

 橘公司

 ファンタジア文庫(2017/03/20)

 ★★★

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デート・ア・ライブ16 狂三リフレイン (ファンタジア文庫)

〈TOKISAKI Kurumi〉

 

 

今回は、久し振りに時崎狂三がメインキャラクターということで、ストーリーが大きく動くことを期待して読み始めた。

 

 

まず、序章で精霊になる前の狂三について語られる。十七歳の狂三は、あるきっかけで崇宮澪と知り合う。

「崇宮」は五河士道の実妹の崇宮真那と同姓。「澪」はこれまでに話題に出てきた「ミオ」と呼ばれる謎の人物と同じ音。「澪」という漢字も気になるところ。

 

前作は最悪の精霊・時崎狂三が士道たちのクラスに復学したところで終わったが、本章はその続きから始まる。放課後、士道は屋上で狂三と話をしようとするが、強い目眩を覚える。

上空には本気で士道を殺(と)りにきたDEM社のエレンがいたが、真那が迎え撃つ。エレンに20人の〈ニベルコル〉が加勢するが、狂三の分身体が真那に味方する。

我に返った士道は違和感を覚えるが、狂三の提案を聞く。

「──わたくしと士道さん、相手をデレさせた方が勝ち……というのはいかがでして?」

狂三の目的は士道が体内に蓄積した10人分の霊力を士道ごと食らうこと、つまり、士道の死を意味する。

士道の目的は、狂三の霊力を封印して、罪の償いをさせて、その上で狂三に幸せな生活を送ってもらうこと。両者は相容れない。士道は、この勝負を受けて立つことにする。

ここまでの文章に不自然な個所があり、作者が何か仕掛けていることがわかる。どうでもよいことだが、〈ニベルコル〉をうっかり〈ニコルベル〉としてしまいそうになる。

 

その夜、五河家に一同集合して対策を話し合う。二亜と折紙の話から狂三が霊力を狙う目的は、30年前に現れたという始原の精霊をぶっ殺して、その精霊の存在を「なかったこと」にすることだと分かる。狂三の天使〈刻々帝(ザフキエル)〉を使えば時間を越えることができるが、そのためには膨大な霊力が必要なのだ。

真那の話では、彼女がエレンの襲撃を予測できたのは、前夜に狂三から教えられたからだという。分身体を使っての諜報活動が得意な狂三が士道の霊力をDEM社に横取りされたくなかったからだろうという結論になるが、士道はイマイチ納得できない。

この場面は、説明的だが合間にギャグを挟みながら進めて読者を飽きさせない工夫をしている。ただ、二亜が前に出てくるとギャグのセンスがどうもなあ…

 

翌朝から狂三の攻勢が始まる。狂三の大人の色気に守勢気味の士道。女子力の高い士道は昼休みのお弁当攻撃で反撃に転じるが、狂三も意外と女子力が高かった。狂三も士道にお弁当攻撃を仕掛ける。十香、折紙、八舞姉妹が息をのんで見守る中、このお弁当対決は激しい攻防の末、引き分けに終わったのだった。勝負は、次の水曜日、バレンタインデー決戦に持ち越される。

この場面は、作者の筆が乗っていて面白かった。もう少しパロディ的に大げさにやっても良かったと思う。合間に狂三の分身体たちの思わせぶりな会話が入る。

 

その日の夜、精霊マンションの一室で、琴里を議長に精霊オールスターズによる狂三対策会議が開かれる。会議の結果、バレンタインデーには狂三のチョコに対抗して、みんなも士道にチョコを贈ることと、当日までに士道に大人の魅力に対する耐性を付けさせることが決定する。

 

そして、深夜、士道の布団の中には一二九トリオが忍び込んでいた。そのあと士道は、「一応」精霊の〈ニベルコル〉たちに襲撃され惨殺される。という悪夢を見る。階下へ下りると士道を待っていたのは、なぜだか大人に成長した精霊たちのお色気攻勢だった。一二九トリオは抜け駆けしたペナルティで逆に子供になっていた。魔女っ子が一人いると便利だわ。ここのたたみかけ方も良かった。最後のトドメも効果的。大人化した四糸乃が良いなあ。オトナ四糸乃の♡♡♡エプロン💓 嫁にしたいっ! よしのんはいらんけど。

 

数時間後、琴里たちは、士道にトドメを刺した村雨令音とともに、チョコの材料を買いに製菓材料専門店にやってきていた。ここで令音の恋バナが語られる。過去に忘れることができない恋人が一人だけいたそうな。

この場面の「現実は伏線とか展開とか気にせずに襲ってくるしー」という二亜のセリフが意味深。創作には伏線とか憑きものだしー。

そんなところに現れたのが狂三だった。彼女もチョコの材料を揃えに来たのだ。

 

それからおよそ一時間後、精霊マンション一階の厨房スペースには、精霊たちとともに狂三の姿があった。狂三の提案で一緒にチョコ作りをすることになったのだ。なぜだかそういうことになったのだ。製菓材料専門店ではさり気なく琴里をフォローしていた令音が〈フラクシナス〉ってスマホで打つと〈フラグ死なず〉って出てくる!に戻ったことで、琴里に悲劇がっ!

普段は精霊たちにいろいろこの世界のことを教える立場にある琴里だが、なんといってもまだまだ十四歳の女の子、チョコの作り方を知らなかったことに気がついて頭がテンパリング、ドタバタを繰り広げる。ここは七罪がチョコの作り方を知っていて、なんとかチョコ作りが始まる。琴里は、狂三が微笑ましげに見守っているかのような気がしたのだった。

「……まさかね」

 

そして、二月十四日の朝がやってくる。士道は精霊たちからチョコをもらい、狂三の分身体たちは意味深な会話を交わし、あっという間に放課後になり、士道と狂三の決戦(デート)が始まる。

デートコースは、昨年の6月にしたデート(第3巻)と同じコースをたどるものだった。といっても、あの時のデートの相手は実は狂三の分身体だったわけで、真の狂三とは初めてたどるコースということになる。ということでランジェリーショップ・アゲイン。

ここで確認のため第3巻を読み返す。やっぱり第3巻は出来が良いなあ。この小説は「半眼を作る」という表現がやたら出てきて気になるのだが、第3巻でもやはり使われている。表現力の幅が狭くね?

デート開始からおよそ二時間、第3巻の時はせわしないデートだったが、今回は余裕のあるデートでいい感じ。ところが、なぜか狂三は極度のストレス下にあるようだ。

午後十時、二人はあの時と同じルートを巡り「思い出」の公園にたどり着く。そこでチョコを交換する二人。女子力の高い士道もチョコを用意していたのだ。士道はもう士織でいいのではないかと思う。

二人はいい雰囲気になるが、狂三の心に何か大きな壁があって、霊力を封印する状況にはならない。士道は意を決して狂三に始原の精霊を倒そうとしている理由を尋ねる。廃ビルの一室に連れて行かれた士道は、狂三の天使〈刻々帝(ザフキエル)〉の力によって狂三の記憶を追体験する。

 

十七歳の狂三は、「正義の味方」を自称する崇宮澪から、精霊を倒し世界を救ってほしいと頼まれ、精霊の力を与えられた。その日から狂三は澪とともに世界を救うために怪物のような精霊と戦い、倒していった。しかし、ある日狂三は知ってしまった、自分が倒した精霊が実は親友だったことを。そして、これまで倒した精霊も実は全て人間だったことに気づいてしまった。

澪の目的は霊結晶(セフイラ)を精製することにあった。本来の霊結晶は人間の属性とは相容れないものなのだが、人間の身体を何度か通すと精製されるのだ。精製された霊結晶を適性のある人間に与えれば、きちんと自我を持ったまま精霊になれるが、精製される前の霊結晶を与えられた人間は暴走してしまう。それが、狂三が倒した怪物のような精霊だったのだ。狂三は澪に利用されただけだった。

次に気がついたときには、狂三は記憶を失って現界した。狂三は天使〈刻々帝(ザフキエル)〉の力を使って記憶を取り戻し、全てを思い出した。そして決意したのだ。たとえ、どんな犠牲を払ってでも、時間に干渉する力を持つ天使〈刻々帝(ザフキエル)〉を使って、歴史を作り直すことを。

精霊とは、精製された霊結晶によって始原の精霊・澪の力を分け与えられた人間ということになる。ここで、第15巻で反転体の十香が言っていたことの意味がはっきりする。そして、DEM社は霊結晶を元の状態に戻そうとしているということになる。

 

狂三は士道に「士道の命」が欲しいと懇願する。狂三の記憶を追体験してしまった士道の心は揺さぶられる。

「──わたくしの霊力(いのち)以外のすべてを、あなたに、捧げますわ」

一糸纏わぬ姿となった狂三が士道に迫る……

その時、一応精霊の〈ニベルコル〉たちが襲撃してくる。狂三は一撃のもとに「贋作風情」を撃退するが、倒れ込んでしまった。

 

あわてる士道の前に狂三の分身体が姿を現す。彼女が言うには、狂三は疲れ切っているのだという。そこにもう一人、五年前のゴスロリ眼帯の分身体が現れ、驚愕の事実を士道に語る。

士道が狂三と屋上で話した二月九日の放課後、実は士道はDEM社の襲撃でエレン・メイザースの手によって殺されていたのだ。

狂三は炎の精霊・琴里に攻撃され深手を負った際、士道に助けられたことがあった(第4巻)。その時狂三は、影の中に逃げる寸前、お礼代わりに意識を失った士道の唇にキスを残した。狂三はその戦いで天使の文字盤の『Ⅵ』を失ったのだが、それは士道とキスしたことによって霊力の一部を封印されたためだった。

死んでしまった士道に我知らずキスをした狂三は、その霊力を取り戻した。【六の弾(ヴァヴ)】は撃った対象の意識のみを過去の身体に飛ばす弾だった。狂三はその弾を使って二月八日に意識を飛ばし、士道の死を回避したのだ。

以来、この六日間で士道は二〇四回殺されている。その度狂三は【六の弾(ヴァヴ)】を自らに撃ち込み意識を過去に飛ばし、士道の死を回避し続けていたのだ。狂三の精神は限界に近づこうとしていた。

狂三は、すぐに士道を「喰おう」と思えばできたはず。でもそれをしなかったのは、士道にはちゃんと納得してもらった上で「命を借り」たかったのだろう。士道の命を「喰らう」ために士道の命を救うという行為を繰り返すうちに彼女の心境が変化していったということもあるだろう。彼女は本質的には誠実な人柄なのだろうとも思える。彼女は士道に既に心を開いているようだが、デレたというよりも、情が移ったという感じがする。「食べちゃいたいくらい好き」っていうのもありか。

とここで狂三が目を覚まして、士道の前から消えてしまう。士道は、今度は自分が狂三を救う番だと心に誓う。

この場面で「半眼を作りながら」という表現(326頁)は良くない。こういう自動的な記号的な表現は多用すべきではないと思う。特にデリケートな場面では、もっと表現に気を配るべきではないだろうか。

 

とあるビルの屋上で、狂三がおしゃべりな分身体ともめているところに〈ファントム〉が現れる。〈ファントム〉の正体を察した狂三は〈ファントム〉を攻撃する。その攻撃で障壁を剥がされて実体を現した〈ファントム〉の姿は、狂三も士道も琴里もよく知るあの人物だった。その姿を見て全てを理解した狂三は〈ファントム〉を影の中に引きずり込む。

というところで、To Be Continued となる。 

 

 
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前作までで精霊は、十香、四糸乃、狂三、五河琴里、八舞姉妹、美九、七罪、鳶一折紙、二亜、六喰と、一から十まで出そろっている。精霊はこれで打ち止めなのだろうか。スピンオフなどのキャラは分からないが、映画では万由里がいるから「万」は使用済みだとして、この先、「百」とか「千」とか「億」とか「兆」とか「京」などの名を持つ精霊は登場するだろうか。私自身、昔々考えたキャラに「那由多」と名付けた前科があるが、登場するだろうか。

察しのよい読者は、前作までに原始の精霊の名前をある程度予想できたことだろうと思う。「澪」という名前には「零」という字が含まれている。そして、「零」という字には「令」という字が含まれている。精霊の名前が一から十までなのだから、始原の精霊の名前は「零」が関係するだろうと思っていた。「ミオ」が「澪」とは思いつかなかったが、「零」から「令」を連想するのはそれほど難しいことではない。

第4巻の終章で『何か』(ファントム)は、狂三の目的が 三十年前に飛んで始原の精霊を亡き者にすることを聞いて知っている。物語の展開から考えても、このまま狂三にやられてしまうはずもない。第11巻で〈ファントム〉は仮の姿で現れることもできることが分かっているので、「澪」と「令」の関係もこの段階では、はっきりとは言えない。

 

今回は久し振りに満足のいく内容だった。やはり、このシリーズは狂三に尽きる。あとがきによると、狂三は『デート』で最初に出来たキャラクターらしい。作者が高校二年の頃に書いた小説に狂三の原型となるキャラクターが存在しているという。納得のいく話だ。このシリーズのキャラの中では狂三が一番造形がしっかりしているし、キャラが複雑で深みがある。作者にとっても思い入れのあるキャラクターなのだろう。

 

 

この次は、なんだか『リゼロ』が読んでみたくなってきたのだが、どんなもんだろうか。

 

 

 

 

 

 

📄この記事の続き

『デート・ア・ライブ17 狂三ラグナロク』のあらすじと感想 - 森の踏切番日記

 

📄関連日記

まとめ読み『デート・ア・ライブ』(1)~(12) - 森の踏切番日記

まとめ読み『デート・ア・ライブ』(13)~(15) - 森の踏切番日記

まとめ読み『デート・ア・ライブ アンコール』(1)~(6) - 森の踏切番日記

 

 

 

 

 

吉村昭の『高熱隧道』を読む(2)

10月の読書録03ーーーーーーー

高熱隧道 (新潮文庫)

高熱隧道 (新潮文庫)

 


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吉村昭の『高熱隧道』を読む(1) - 森の踏切番日記の続き

 

 

仙人谷に向かって本坑を掘削しはじめた阿曽原谷側工事班の岩盤温度は、依然130℃台を記録し、日によっては、140℃を大幅に越えることもあった。仙人谷側の岩盤温度も12月に入ると遂に100℃を突破、上昇の気配を一向に止めない。

ところが、逆に工事は快調に進んだ。ポンプで汲み上げる渓流の水温が氷点近くまで下がって冷却効果が増したのだ。また、防熱のためのエボナイト管をファイバー管に変え、複数のダイナマイトを縦に一列に並べ、それを二本の割竹ではさむことで作業を効率化させた。

この頃から、技師や人夫たちの中に招集令状をうけて下山する者が増えてきた。

12月20日、阿曽原谷側工事班と仙人谷側工事班の距離は540mにちぢまった。仙人谷側坑道の岩盤温度も130℃を突破、阿曽原谷側坑道の岩盤温度は常時140℃台を記録するようになった。熱湯の噴出による火傷事故も何度か発生し、その度に工事は中断され、工事の進度が鈍りはじめた。

この年(1938年:昭和13年)、ここまでの人命の損失は31名で、工事着工以来の死者は85名に達していた。

 

12月27日深夜、第二工区志合谷で大事故が発生する。鉄筋5階建て(実際は4階建て)の宿舎が百人近い人員とともに一瞬にして消えてしまったのだ。

正確な行方不明者の数は84名だった。坑内にいた49名は無事だった。宿舎は、専門家の意見も参考にして雪崩が発生しない絶対安全な場所に頑丈な建物を建設したはずであった。

猛吹雪の中、救出作業は難航した。年が明けて、1939年(昭和14)1月10日、ようやく雪の除去作業が終わったが、宿舎跡からは遺体は一体も発見されなかった。それどころか、建物の残骸すら発見されなかった。辺り一帯の雪の掘り出し作業が続けられたが、2月に入っても遺体も残骸も見つからない。2月下旬になって、宿舎はホウ雪崩(泡雪崩)に遭遇したことが分かった。遺体と残骸は、奥鐘山の岩棚に積み重なって発見された。

 

泡雪崩は、表層雪崩の一種で、乾いた新雪の雪粒と空気の混合体が圧縮されて塊となって落下するもので、雪煙が時速200km以上の速度で流下する(全層雪崩は時速40~80km)。それが障害物に激突すると、圧縮された空気が爆発し、その衝撃力は建造物を破壊するほどの大きさになり、爆風をともなう。本書によると、爆風は秒速1000m以上になる可能性もあるという。

この事故では、泡雪崩は宿舎から700mの距離にある峻嶮な山の傾斜で発生したと推定される。宿舎は、運悪く急斜面を流下した泡雪崩の通過線上に位置していて、泡雪崩の衝撃力によって宿舎の二階から上部が破壊され、爆風により直線的に吹き飛ばされ、前方の比高78mの山を越え、宿舎地点から580mの距離にある奥鐘山の大岸壁にたたきつけられた。その直後、宿舎裏の山の雪が雪崩れて宿舎跡を埋めたということのようだ。

3月に入り、雪融けを待って遺体の収容作業が始まった。小説では遺体は全て収容されたことになっているが、実際の記録では、宿舎利用者124名のうち無事だったのは32名、重軽傷者8名、遺体が収容されたのは37名、行方不明者47名となっている。

泡雪崩 - Wikipediaなども参考にしました)

 


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宿舎の位置を赤印辺りだとして、後方の急斜面(緑線は尾根)から泡雪崩が襲い、宿舎は対岸の比高78mの尾根を越えて、奥鐘山の岸壁にたたきつけられたということになる。想像を絶する話である。(青線は川、黒の破線は軌道トンネル、黒の実線は日電歩道)

Google Earthストリートビューが、赤印辺りにあるのだが、辺りの山は急峻な地形だった。

 


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奥鐘山(出典:奥鐘山 - Wikipedia

 


今度ばかりは、富山県庁も県警察部も工事の全面的な中止の意志が固かったが、志合谷事故の犠牲者全員に天皇から金一封が下賜されたことから風向きが変わり、3月22日、工事再開指令が通達された。
3月28日、工事再開。仙人谷・阿曽原谷間の軌道トンネル工事は残り280mになっていたが、工事の遅れを取り戻すため水路本坑工事も並行して推し進められることになった。

4月10日、工事着手以来の犠牲者に対する慰霊祭が行われる。

5月に入っても岩盤温度の上昇はやまず、仙人谷坑道でも阿曽原谷坑道と同じように岩盤温度が140℃を越え、さらに上昇の気配をみせていた。仙人谷側は坑内が奥にいくほど下がっていて、冷却のために放水した水が排水ポンプによる排水では追いつかず、45℃の湯が絶えず人夫たちの腰あたりまでひたしていた。人夫たちの顔は苦痛でゆがんでいた。

6月5日、阿曽原谷側坑道の岩盤温度が162℃を記録する。火薬係の人夫たちが再び怯えはじめたので、ダイナマイトをはさむ割竹を四本に増やし、ダイナマイトを装填する穴に、細竹を冷凍機にさし入れて作った氷の棒を事前にさし込んで温度を下げる工夫をした。

以後、岩盤温度は常時155℃前後を記録する。坑内温度も上昇し、人夫たちの熱に対する忍耐も限界に達した。6月初旬には熱中症による死者も出るようになった。

6月末日、軌道トンネル工事は、残り100mを切る。

7月5日、阿曽原谷側坑道の岩盤温度が165℃を記録、最高記録を更新する。

7月中旬、不発ダイナマイトの自然発火による事故で、2名死亡、7名重傷。県警察部からは、最早何も言ってこない。この事故の後、次第に坑道内に重苦しい緊張感がただよいはじめ、人夫たちの表情も殺気立ってくる。

8月10日、軌道トンネル工事は、残り29m になる。岩盤温度は両側とも154℃。ここから懸賞金をかけて、仙人谷工事班と阿曽原谷工事班の激しい掘進競争が始まる。こうなると、熱いとか、事故が怖いなどと言ってる場合ではない。人夫頭にとってはプライドがかかっている。人夫たちは狂ったように作業を続けた。

8月17日、両班の距離は6mを切る。坑内作業を指揮する技師たちの表情が重苦しくなる。設計図通り貫通した際に両側の中心線が正確に重なり合わなければ意味がない。中心線の完全な一致が技師たちの誇りであり喜びなのだ。

8月20日早朝、仙人谷側工事班の先着でついに貫通する。その日の午後、貫通祝いが行われた。測定の結果、坑道の食い違いは横にわずか1.7cmの誤差だった。技師たちは喜んだ。

2日間の特別休暇の後、人員は二分され、水路隧道の掘削工事と貫通した軌道トンネルの仕上げ工事に取りかかる。

この年の5月11日にノモンハン事件が勃発している。9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵入、第二次世界大戦始まる。技師・人夫の出征のため、工事現場の人員不足が深刻化する。人夫の平均年齢も上昇し、中年以上の者が圧倒的に多くなる。

 

秋になり、陸軍省から阿部信行陸軍大将が視察に訪れる。

すでに軌道トンネル工事は完了し、欅平・仙人谷間の全ルートが開通、レールの敷設も終わろうとしていた。レールの敷設が終われば、ダム構築用資材は、第三工区の竪坑のエレベーターで運び上げられ、約5738mの軌道トンネルを運搬車で一気に運ぶことができる。

水路隧道工事は、第一工区が遅れているだけで、第二、第三工区は1、2ヶ月中に貫通が予定されていた。翌年中には、全ての工事が完工することが確認された。

 

11月中旬、第三工区水路隧道工事が完工期限よりも1ヶ月早く貫通、続いて第二工区水路隧道工事も貫通された。第二工区水路隧道工事は、阿曽原谷に近づくにつれて岩盤温度が急上昇し、最高温度は148℃を記録した。第一工区と違って人夫たちは高熱に順応していなかったので、工事はしばしば中断した。熱湯噴出事故のため、5名死亡。

11月20日、黒部渓谷は一夜にして雪におおわれた。

12月に入って、第二工区の人夫たちも第一工区の工事に合流したが、第二工区で148℃を経験した人夫たち以外は、第一工区の高い坑内温度に耐えきれなかった。

前年の泡雪崩事故を受けて、宿舎は補強され周囲に石の壁も作られたが、降雪が本格的になると、人夫たちはおびえはじめた。 

 

1940年(昭和15)1月9日午後、阿曽原谷で発生した泡雪崩が、またしても宿舎を直撃した。建物は倒壊し火災が発生した。焼失したのは6階建ての阿曽原谷宿舎の4階以上の木造部分だった。泡雪崩は裏山のブナ林を通過、ブナの木はなぎ倒され、爆風によって空中に舞い上がり、一斉に宿舎に突き刺さったのだ。調査の結果、平均して直径70cm、長さ20mのブナの木が推定300本、宿舎から渓谷一帯に散乱していた。死者28名。

監督官庁からは何の指令もなく、2月初旬には工事が再開された。阿曽原谷宿舎は放棄され、坑道内の避難所を拡張して寝泊まりすることになった。坑内温度は平均32℃で雪崩の危険がないことに人夫たちは安心したが、湿度が高く虱が大発生した。

主人公の工事課長は、阿曽原谷事故以後人夫たちの間にこれまでとは異なった気配が広がってきているように思えてならなかった。

 

4月末日、水路隧道を掘進する仙人谷側・阿曽原谷側両坑道間の距離がついに100mになった。岩盤温度は上昇を続け、5月上旬には、阿曽原谷側坑道で166℃を記録、最高記録を更新した。仙人谷側坑道では湯のたまる量が多くなり人夫たちを悩ませた。

5月中旬、爆発事故が仙人谷側坑道で起こり、3名死亡、5名重傷。3日後、阿曽原谷側坑道で熱湯噴出事故が起こり、2名死亡。人夫たちは、事故が起こってもはっきりした反応を示さなくなり、その顔もほとんど無表情に近かった。主人公は、彼らの沈黙と強ばった表情におびえた。

5月末日、両班の距離が残り38mとなる。

6月4日、両班の間で激しい掘進競争が開始された。その作業には無言の殺気が感じられた。軌道トンネル掘進競争で敗れた阿曽原谷工事班の進度はすさまじかった。

6月14日早朝、ついに阿曽原谷工事班の先着で、阿曽原谷・仙人谷間約705mの水路隧道は貫通された。その日の夕方、人夫たちの不穏な空気を恐れた工事課長の主人公、上司の事務所長、日本電力工事監督主任の3人は、一目散に軌道トンネルを下った。

 

1940年(昭和15)11月21日、仙人谷ダム完成をもって、黒部第三発電所建設工事は完工。第一・第二工区の人命損失は233名、全工区の犠牲者は300名を越えた。

 


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関西電力黒部専用鉄道の阿曽原・仙人谷間のコンクリートで覆われた区間

(出典:仙人谷ダム - Wikipedia


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関西電力黒部専用鉄道の阿曽原・仙人谷間の素掘り区間

(出典:関西電力黒部専用鉄道 - Wikipedia

 

 

本書のあとがきによると、著者は黒部第四発電所建設工事の大町トンネル(関電トンネル)工事現場を見学した際、岩盤に取り組む技術者や労務者の自身とは明らかに異質な世界に住む人間の姿に大きな衝撃を受けたという。そのとき味わった「はかない人間としての自分の存在を見せつけられたような萎縮した卑屈感と孤独感」が、この小説の主題に反映されている。

この小説の登場人物は、作者の創作である。小説としては、第二工区担当土木会社に勤める工事課長を主人公に、技師たちと人夫たちとの人間関係を中心に描かれている。

 

技師と人夫。そこには、監督する者と従属する者という関係以外に、根本的に異なった世界に住む違和感がひそんでいる。それは、一言にしていえば、技師は生命の危険にさらされることは少ないが、人夫は、より多く傷つき死ぬということである。と言うより、人夫たちには、死が前提となっているとさえいってよい。

 

技師たちの立場は、主人公の上司である事務所長の「おれたちトンネル屋は、トンネルをうまく掘ることさえ考えていりゃいいんだ」という言葉に尽きる。 人夫の死にいちいち感情移入していては、トンネル屋はつとまらないのだ。

登場する若手技師二人のうち一人はそうした世界に染まっていくが、もう一人は最初の泡雪崩事故の後、精神に変調をきたして雪山に消えていく。人の死の重みに耐えきれなかったのだ。

一方、人夫たちが高熱に喘ぎ、死の危険にさらされながらも工事現場から離れないのは、高い日当がもらえるからにほかならない。彼らは生きるために、家族に少しでも楽な暮らしをさせてやりたいがために働いているのである。

技師たちは、人夫たちが持つ潜在的な不満や憎悪に対して、常に細心の注意を払わなければならない。主人公は、工事が進むにつれて、彼らの怒りがいつか暴発するのではないかという恐怖心を募らせていく。

著者は、この両者の決して相容れない、しかし、互いに依存し合わなければならない、死と隣り合わせの現場を目の当たりにして、この地下世界では自身の方が異質な存在であることに卑屈感と孤独感を味わったのだろう。

 

この渓谷は、人の住みつくことを頑強に拒否している。はげしい造山運動を繰り返す黒部渓谷は、思うままに雪崩を起し崖くずれを発生させて、人を近づくことを許さないのだろう。

 

本書を読んで深く印象に残ったことの一つに黒部峡谷の自然の恐ろしさがある。それでも、人はそこに分け入っていくのである。この隧道工事史上稀に見る難工事が、十五年戦争中(満州事変から敗戦まで)に行われたという事情がなければ、果たして完工されたであろうか。国家のために国民が犠牲になるのは当然のことであると考えていたのが当時の大日本帝国である。戦後の日本国であっても、国家的事業とあらば完工させるだろう。国家とはそういう性質のものである。この第三発電所の完成がなければ、第四発電所の建設もなかった。その事を考えると、この高熱隧道の完工は大きな意味をもつと云えるだろう。

 

 

 

 

 

吉村昭の『高熱隧道』を読む(1)

10月の読書録03ーーーーーーー

 高熱隧道

 吉村昭

 新潮社(1967/06/20)

 ★★★☆

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我が家の押し入れには、祖母や伯父が遺した昭和の本がしまってあるのだが、その中に吉村昭の作品が何冊かあって、以前読んだことがある。読んだのは、『戦艦武蔵』『大本営が震えた日』『零式戦闘機』『陸奥爆沈』『海の史劇』『関東大震災』『漂流』の七作品である。いずれも史実に基づいた濃密な作品で深く印象に残っている。

もう一冊、『高熱隧道』もあったのだが、これだけは未読だった。トンネルを掘るだけの話だし、他の作品に比べると地味な印象なので、スルーしたのだろう。すっかり忘れていたのだが、先日のNHKブラタモリ』の放送で、黒部ダムが取り上げられているのを見て思い出した。そこで、押し入れから発掘して読んでみることにした。

 


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黒部峡谷

※本書では「黒部渓谷」と表記されているので、以下の文では「黒部渓谷」と表記します。

 

 

この小説は、日本電力株式会社が計画し、1936年(昭和11)8月中旬に着工した黒部第三発電所建設工事の中でも、稀にみる難工事となった隧道工事を中心に工事の過程と人間模様を、工事課長を務める土木技師の視点で描いた作品である。

本書のあとがきによると、著者は本書を執筆する十年ほど前に黒部第四発電所建設工事のおこなわれていた黒部渓谷を訪れたことがあるという。その時、欅平から仙人谷まで隧道の中を走る軌道車(関西電力黒部専用鉄道)に乗り込んだ著者は、異様な熱気と湯気を体験した。それが、著者が高熱隧道の存在とその工事が隧道工事史上きわめて稀な難工事であることを知るきっかけになった。

著者は二十日近く黒部渓谷に滞在し、貫通を急いでいた大町トンネルの工事現場の光景に大きな衝撃をおぼえた。著者は何度か作品化を試みるが、その都度失敗したという。やがて、著者の胸中に高熱の充満する隧道と大町トンネルの工事現場の光景が結びついて生まれたのが本書だということだ。

著者はこのあとがきで、工事過程については出来る限り正確さを期したが、登場人物は創作であることを断っている。

 

ここでは、この記録小説のおもに「記録」の部分を抽出し、難工事の経過を再現してみようと思う。

 


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黒部ダム完成後の黒部川発電所関西電力のみ)

NHKブラタモリ』より)

 


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宇奈月から欅平下部までの区間黒部峡谷鉄道本線)が約21km。

欅平下部から上部まで竪坑エレベーターが約200m。欅平上部から仙人谷までの区間関西電力黒部専用鉄道)が約5.5km。

その先、黒部第四発電所を経て黒部ダムまでが約17km。

 


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黒部峡谷鉄道本線欅平駅付近

 


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(50年前の単行本なので少し黄ばんでますが) 

 

 

第三発電所建設工事は、第三発電所のある欅平から第四発電所より少し下流にある仙人谷ダムまでが工事区間だった。工事は三工区に分けられた。

第一工区は、上流の仙人谷でのダム構築・取水口・沈砂池の建設と仙人谷から下流方向の阿曽原谷付近までの水路・軌道トンネルの掘削。

第二工区は、阿曽原谷付近から下流方向の(折尾谷、志合谷を経て)蜆坂谷付近までの水路・軌道トンネルの掘削。

第三工区は、蜆坂谷付近から下流部分の水路・軌道トンネルの掘削と欅平に設けられる竪坑(エレベーターを使用)と発電所の建設工事。

これらの三工区は、落札に成功した土木会社三社がそれぞれ分担して請け負うことになった。主人公の勤める土木会社は第二工区を担当することに決まった。

第二工区の工事根拠地となる、志合谷は欅平から約7km、折尾谷はさらに約4kmの道程があった。

 


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日電歩道

(出典:水平歩道 - Wikipedia


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NHKブラタモリ』より)

 

 

当時の黒部渓谷は、地元の猟師でさえ足を踏み入れない秘境で、資材を運び込むだけでも困難がともなった。上の写真のような岩をうがった細道を伝って人力で資材を運び込まなければならず、転落死亡事故が絶えなかった。

Google Earth には、日電歩道辺りにも何ヶ所かストリートビューがあるのだが、それで見てみると本当に細い道で、まさに秘境という感じがする。

 


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こちらは、黒四ダム(黒部ダム)建設時の写真。

NHKブラタモリ』より)

 

 

1年目は、冬が訪れる前に全員下山して工事は中断した。

翌1937年(昭和12)4月、工事再開。

7月、盧溝橋で日中両軍が衝突、日中戦争が始まる。当然のことながら、人夫からも徴兵されるので人員確保も課題のひとつだった。

8月上旬、第二工区で本格的に隧道工事が始まる。工事は、まず、志合谷と折尾谷から横坑を掘削していき、本坑位置に達すると、そこから上流下流両方向へ向かって本坑工事を進める。上流側、下流側からも同様に工事が進められ、それぞれ中間地点辺りで貫通させるわけである。

ここで、最も工事量が多い第一工区を請け負った土木会社が、阿曽原谷横坑の岩盤温度の上昇を理由に工事放棄する。坑口から30m掘っただけで、65℃の岩盤に突き当たったのだ。付近が温泉湧出地帯であることは分かっていたが、想定外の出来事だった。

冬期に工事を停止すると、昭和13年11月末日の完工期限に間に合いそうもないので、第二工区では、工事課長の主人公を長とした二百人を越える越冬隊を組織し、地下宿舎を設けて、豪雪で閉ざされる冬期も工事を進めることになる。

年が明けて、放棄された第一工区の全工事を主人公が勤める第二工区担当の土木会社が引き受けることが決定する。

 

1938年(昭和13)4月、国家総動員法が公布される。

黒部渓谷には技師や人夫が大量に入山してくる。主人公が勤める土木会社の作業は、進行中の第二工区本坑掘削工事、新たに第一工区隧道工事、五カ所の根拠地に設けられる本宿舎建築工事の三つに分けられた。

主人公は、第一工区隧道工事の総指揮を一任される。第一工区では、ダム建設地の仙人谷への資材運搬を容易にするために、まず軌道トンネルを貫通させる。上流の仙人谷で本坑を掘り進める一方、下流からは阿曽原谷で横坑を260mうがって本坑地点に達し、仙人谷に向かって掘進することになっていた。

阿曽原谷横坑は坑口から60mの地点で岩盤温度が75℃を記録した。仙人谷の軌道本坑も30m掘っただけで岩盤温度が40℃を越えた。以後も、掘り進むに従って岩盤温度が上昇していく。人夫たちは、熱気のこもる坑内で作業しなければならなかった。

人夫たちが動揺し始めたので、工事を中断し地質学者に再調査を依頼する。調査の結果、高温の断層を越えれば温度は下がるだろうという地質学者の見解を信じて、人夫たちにポンプで汲み上げた水を放水し、人夫と岩盤を冷やしながら作業を進めることになる。換気用の竪坑も掘られた。これらの対策は効果があったが、水はすぐにお湯になった。

※作業をする人夫たちにホースで水をかける「かけ屋」と呼ばれる係も熱いので、その後ろに「かけ屋」に水をかける「かけ屋」を配置し、その「かけ屋」も熱ければ、さらにその後ろに「かけ屋」を配置した。

 

7月1日、阿曽原谷横坑は坑口から80m地点で、岩盤温度が95℃を記録する。地質学者の見解では、ここからは温度が下がるはずであった。

7月20日、岩盤温度が107℃を記録する。地質学者もあてにならないという結論になる。

7月28日、ダイナマイトが岩盤の熱のために装填中に自然爆発を起こす。死者8名。主人公の上司である工事事務所長は、バラバラになった肉塊を、顔まで血と脂にまみれながら筵に並べ、黙々と遺体の復元作業を続けた。工事は、その夜から中止された。

富山県庁と富山県警察部からは、工事中止命令が出される。岩盤温度が120℃に達していて、火薬類取締法違反が適用された。すでに70名近い人命も犠牲になっていた。ところが、中央からは工事再開の指示が出る。黒部第三発電所建設工事は、国家的要請からきわめて重要視されていたのである。

技師たちの研究の結果、坑内の冷却装置に工夫をこらし、排気装置も取り付け、ダイナマイトをエボナイト管に入れ自然爆発を防ぐことになった。また、医師に常駐してもらうことにし、作業シフトも改訂することにした。日本電力本社からは、隧道ルートの変更計画がもたらされた。ルートを少しでも熱が低いと期待される黒部川沿いの地表に近い方に引きつけたのだ。

※坑内の上部に導水用の鉄管を通し、各所にシャワーなどが設けられた。「かけ屋」は、シャワーを浴びながら放水できるようになり、「かけ屋」の「かけ屋」を配置する必要がなくなった。

 

10月1日、工事が再開される。だが、ダイナマイトを装填する火薬係の人夫たちは、ダイナマイトの自然発火を恐れて作業を拒む。主人公は人夫頭とともに自ら作業しダイナマイトを点火させる。発破は無事成功する。人夫たちは安堵し、作業は順調にすすめられる。

10月5日、ルート変更のため阿曽原谷横坑工事の掘削距離が短縮されたこともあって、新ルートの軌道本坑位置に到達する。そこから左右両方向に向かって本坑工事がはじめられることになる。

上流側の仙人谷坑口までは約719mの距離があるが、仙人谷からの坑道はすでに105m進んでいるので、残り約614mを両側から貫通を目指して掘り進むことになる。

下流方向へは、下流の折尾谷から掘り進んでいる第二工区工事班が順調に工事を進めていて、残り120mを余すだけになっていた。折尾谷工事班の坑道は岩盤温度も40℃程度だった。

上流方向への工事は困難が予想された。横坑突き当たりの岩盤温度がすでに132℃を記録し、仙人谷側工事班の岩盤温度は92℃まで高まっていた。この先岩盤温度がさらに上昇する覚悟をしなければならなかった。

 

第二工区の折尾谷から下流方向と第三工区の軌道トンネルが、予定期限通り次々と貫通されていった。

阿曽原谷横坑から下流方向に向かった工事班は、予想通り岩盤温度が低下し、順調に掘り進んだ。11月8日午前1時35分、はげしい掘進競争の末、折尾谷工事班の先着で折尾谷・阿曽原谷間も貫通した。

これをもって、欅平から阿曽原谷にいたる4464mの軌道トンネルは開通された。これらの区間では、引き続き、水路トンネルの掘削に全力で取りかかった。主人公を班長とする阿曽原谷・仙人谷間の工事区だけが取り残される形になり、主人公は焦りを覚えた。

しかし、これから越冬をしなければならない主人公たちにとって、阿曽原谷から下流の軌道トンネルの完成は、冬期も欅平を経て宇奈月までの通行が可能になり、精神的な安心感だけでなく、越冬中の工事にもよい影響を与えることが期待できた。各工事現場の本宿舎も、ほぼ完成し入居可能となった。

11月下旬、降雪が本格的になり、たちまち渓谷は雪におおわれた。技師・人夫全員の越冬が始まった。

 

ここまでで、この小説のまだ折り返し地点である。本当の試練はここからなのである。

 


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♨次の記事へと続く

 

 

📄関連日記

🔘黒部ダムでブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

🔘黒部ダムでブラタモリ(2/3) - 森の踏切番日記

🔘黒部ダムでブラタモリ(3/3) - 森の踏切番日記

 

 

 

 

 

新田次郎の短編小説「昭和新山」のあらすじ

MY LIBRARY ーーーーーーーー

 昭和新山

 新田次郎

 文藝春秋社(1971/11/05)

 ★★★★

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11月4日(土)放送のNHKブラタモリ #89洞爺湖』を視聴して、思い出したのが本書である。これは、1971年に刊行された新田次郎の短編集だが、表題作の「昭和新山」が、『ブラタモリ』で紹介された三松正夫をモデルにしているのだ。

記録文学を読むときに注意しなければならないのは、記録文学は、あくまでフィクションだということである。記録の部分は、だいたいにおいて事実に基づいて語られるが、全てが事実に基づいているとは限らない。また、記録に残らない部分はもちろんのこと、人間ドラマについては作者の創作が入る。

たとえば、新田次郎の作品でいえば、『孤高の人』や『八甲田山死の彷徨』などがそれにあたる。これらの作品には、作者の創作が含まれていて、事実とは異なる部分がある。これらの作品は文学作品なのである。

したがって、「昭和新山」についても、事実に基づいて描かれているが、小説として読まねばならない。その事を踏まえた上で、この短編は、概ね事実に基づいて描かれているなという印象を持つ。

 


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三松正夫(1888-1977)

NHKブラタモリ』より)

 

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昭和新山ができる前

NHKブラタモリ』より)

 

 

昭和新山」あらすじ

最初の地震はひそやかな音を立てて去った。外を歩いていたら気がつかないでいる程度の地震であった。電灯がかすかに揺れた。

小説「昭和新山」は、1943年(昭和18)12月28日、北海道有珠郡壮瞥町の郵便局長・美松五郎(三松正夫がモデル)がかすかな地震を感じるところから始まる。

五郎は明治43年の噴火を思い出す。その時に火山学者の助手を務めて以来、五郎は火山に興味を持って、有珠火山帯を歩き回って調査していた。温泉を発見したこともあった。その彼のことを、この地方の人はよく知っていた。

その日から連日、鳴動、地震が続き年が明ける。五郎はそれを記録していく。昭和19年1月5日、国鉄胆振線が隆起のため不通になる。フカバ地区の北条忠良から井戸の水が熱くなったという報告が入る。この北条忠良は美松五郎の周辺人物を代表する創作人物と思われる。また、洞爺湖で大きな渦巻きが目撃される。この辺りは、事実に基づいているが、細かい部分は創作があるようだ。

室蘭測候所長と伊達町警察署長が郵便局を訪れる。警察署長は、戦時中の警察の典型的な人物像。測候所長は、軍部が神経質になっていることを伝える役目。

 

2月に入っても鳴動が続く。フカバ地区で次々と異常が起きる。大地に亀裂、地皺、隆起が増える。この異常は、九万坪の西部が隆起の中心で、そこからフカバ地区と九万坪地区の楕円形の範囲に限られた。亀裂のため北条忠良の家が傾く。

 

3月に入っても専門家は一人もやって来ない。五郎は自分で観測することに決める。経緯儀がないので、裏庭の一カ所に観測点を設けて、目測でその日その日の状況をスケッチすることにした。それとともに、定期的に変動地の巡回も続けた。五郎は美術学校に行きたいと父に願ったほど絵が好きだったので、その技術が役に立った。実際、三松正夫は少年期に日本画を習いおぼえたという。火山の詳細なスケッチが残されている。

 


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NHKブラタモリ』より )

 

 

4月に強い地震が起こった。5月になると地震の回数は急に減った。だが、フカバ、九万坪地区付近における亀裂、地皺、隆起は続いた。6月に入ってすぐ、五郎は田口博士を迎える。九万坪地区の隆起は日を追って増加した。

 

6月23日の午前8時15分、東九万坪で最初の噴火が起こる。五郎は爆発を目の当たりにする。噴煙、轟音、火柱。郵便局にも灰が降る。フカバ地区の農民が次々とやって来て、状況を報告、五郎に指示を仰ぐ。噴煙は1㎞の高さまで昇った。五郎が噴火現場に行ってみると、直径50mほどの火口湖ができていた。

五郎はまだ熱い火口湖に近づきながら、戦地にいる二人の息子や間もなく生まれるであろう孫のことを思う。五郎の家族については、事実に基づいているかどうか不明。

孫の誕生とその母の死を知らせる電報が届く。火山爆発に関する一切の報道は禁止された。憲兵隊からは、爆発の事実を火山学者以外に知らせてはならないと厳命される。田口博士をはじめ、火山学者たちが次々とやって来る。五郎は彼らの案内に立った。

招かざる客もやって来る。伊達町警察署長が警官を引き連れてやって来たのだ。彼らは隆起地区に非常線を張って、人が火口湖に近づかないように警戒した。非常線をたくみに突破し、火口近くに日参する五郎は、彼らから目の敵にされた。

 

その後も大爆発がしばしば起こった。大爆発が起こるたびに新しい火口ができた。地形の隆起はその速度を増したようだった。8月近くになるとフカバ地区の家のほとんどは倒壊寸前となった。農民たちは安全な場所に家を移築した。火口近くの建物は熱石の落下で焼失した。九万坪地区は地皺と地割れと降灰と落石で全滅に近い状態だったが、農民たちは農地に執着した。

※6月23日から7月29日までに10回の大噴火があり、最初の4回の噴火で4つの火口ができた。

 

8月に入って間もなく、夜の11時を過ぎたころ大爆発が起こった(8月1日の第11次大噴火)。爆風、黒煙、火柱、雷電、地鳴り、震動。焼石が降る中を農民たちは逃げまどった。降灰は遠く苫小牧まで及んだ。郵便局の屋根にも20㎝も灰が積もった。フカバ地区は壊滅的打撃を受け、農地は灰の下に埋もれた。この大爆発で、フカバにいた招かざる客たちは伊達町に逃げ帰った。8月半ばになって、五郎の妻が札幌の死んだ嫁の実家にいた孫娘を連れ帰ってくる。 

※8月には大噴火が3回、中噴火が1回あった。20日の中噴火で第5火口形成。26日の第13次大噴火で、幼児1名が火山灰で窒息死した。

 

9月になっても爆発は続いた。爆音、火柱、黒雲、雷光、竜巻。それでも、火口から2km以上離れると、まず命に別条はないとみられた。フカバ地区と九万坪地区は完全に崩壊した。北条忠良はまだ頑張っていたが、五郎が説得して、ようやく退避する。

熱風が山林を襲い山火事を起こした。山林は荒廃した。9月の末にも大爆発があった。大爆発があったあとは、五郎は必ず新火口を確かめに行った。火山は爆発毎に様相を変え、凄惨な様相から怪奇な様相へと移行していくようであった。その日も火口を見に行った五郎は、灰なだれに遭遇し、九死に一生を得る。 

※9月は、8日に第14次大噴火で火山弾による火災発生。16日に中噴火で第6火口形成。9月末の大爆発は、10月1日午前零時半の第15次大噴火で第7火口形成。

 

10月31日の夜の大爆発は、それまでの爆発と異なり、華麗であった。黒雲、火球、電光。爆発は1時間後にやんだ。この第17回目の大爆発が、新生火山の最後を飾るものとなった。翌日、五郎は2番目の息子の戦死公報を受け取る。

※10月16日に第16次大噴火、30日に第17次大噴火。これを最後に降灰をともなう噴火は収束した。

 

その後、新山は急に肥りだす。日々の観測でその成長ははっきりしていた。新山の頂はもとの畑の面より150mほども隆起していた。小爆発は間歇的に繰り返され、噴煙と熱気と灰の泥濘で、五郎は火口に近づくことができなかった。

12月4日の朝、五郎は溶岩塔(溶岩ドーム)を初確認する。溶岩塔は日に日に生長を続けた。溶岩塔が推上するにしたがって新山全体がいちじるしく肥り出した。

昭和20年に年が変わると、溶岩塔の発達は、さらにいちじるしくなった。溶岩塔が推上するにつれて、7つの火口は押しつぶされた。

3月になると、溶岩塔自体の高さが50mになり、その近くに副岩塔が現れた。主岩塔と副岩塔は背丈を競うように生長した。白煙と小爆発と崩壊、それに灰の混ざった泥土で、五郎は新山に近づくことができなかった。

溶岩塔は1日に1.5mの速さで生長、新生火山は日々姿を変えていった。夜になると亀裂から放射される赤熱溶岩の光が新山を真紅色に染めた。

 

8月15日、終戦の重大ニュースを聞く。

翌日、小雨の中を五郎は新山に向かった。今日こそ、溶岩塔正体を見届けようと思ったのだ。熱板の上を歩くような地肌、熱湯の泥池、噴気の柱、紅の炎、刺激性のガス。五郎は、ようやく溶岩塔を見届ける。その日から、新生火山の活動は衰え始める。

9月20日、五郎は新生火山の停止を確認する。地震発生から1年9ヶ月にわたって活動を続けていた新生火山は、もとの地面より264mの高さに達したところで、その生長を停止した。

それからおよそ2ヶ月後、五郎は孫娘の父である長男の戦死公報を受け取る。

 


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昭和新山活動前(上)と活動停止後(下)

NHKブラタモリ』より)

 

 

終戦後も五郎の火山観測は続けられた。予後の観測の重要性を熟知していたからである。 

鉱山師が新生火山の硫黄に目をつけた。彼らは、昭和21年春頃から許可を待たずに採掘にかかった。その事が我慢ならなかった五郎は、新山を守るために新山の土地を買い取ることにする。北条忠良は五郎のことを「ばかな人」だと言う。

昭和23年、オスロで開かれる世界火山会議で、田口博士(田中館秀三がモデルか)は五郎の観測記録を発表することにする。新山にはまだ名前がついていなかったが、五郎の提案で「昭和新山」と決められた。オスロの会議では、五郎が観測した新山生成の過程を示した図(新山隆起図)は世界で唯一の火山誕生の記録として高く評価され、「ミマツダイヤグラム」と命名された。このことが、日本の新聞でも報道されてから、昭和新山の名はようやく一般に知られるようになった。

昭和26年6月、美松五郎は郵便局長を辞した。

 


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マツダイヤグラム(着色はNHKによる)

NHKブラタモリ』より)

 

 

昭和30年代になると、昭和新山は観光の対象となる。昭和35年を過ぎて観光ブームが始まると、昭和新山を訪れる人が急に増えた。この頃には火口の跡はわからなくなっていた。洞爺湖を訪れる人は例外なく昭和新山を見たがった。洞爺湖を一巡する道路から、昭和新山観光用の完全舗装道路が完成されてからは、年間50万人を優に越す観光客が昭和新山に訪れるようになった。

観光業者からは、昭和新山を高値で買い取りたいという申し出が相次いだ。その噂を聞いた北条忠良は、「局長さんは、ほんとうは利口だったんですね」と言った。北条は、観光道路が完成したときに土産物屋を開店し大もうけしていた。

21歳を迎えた昭和新山は、美しく変貌した。降灰のため枯死した付近の森林は回復し、昭和新山の麓一帯も樹木が生い茂っていた。昭和新山が吹き出した灰には植物の生長に効果のある成分が多量に含まれていたのだ。孫娘も美しく成人した。五郎には新山と孫娘が姉妹に見えた。観光業者からの申し出を全て断ったことを知った北条は、「やはり局長さんはばかですね」と言った。

「ばかかもしれないが、そのお陰で大ぜいの人が儲けているからそれでいいではないか」

五郎は笑っていた。

 

孫娘は大学を卒業した年の秋、結婚した。婿の紫郎(三松三朗がモデル)は、生物学を専攻する大学の助手だった。翌年の夏、東京に新居を持った孫娘夫婦は壮瞥で一夏を過ごすことにした。紫郎は五郎の資料整理を手伝ううちに、すっかり昭和新山に魅せられてしまう。その夏の終わり頃、五郎は紫郎を誘って昭和新山に登った。学生時代山岳部にいた紫郎は五郎を助けながら頂上をめざした。

「ありがとう、おかげでどうやら登ることができた。昭和新山は24歳になった。だがこれ以上この足で登って見てやるわけにはいかないだろう。此処に来るのもこれが最後かもしれない」

と、頂上に立った五郎が言う。紫郎は、その言葉を聞いて決心する。

「ぼくが、あとをつづけましょう」

 


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三松正夫さんについて語る現在の三朗さん

NHKブラタモリ』より)

 

 

この小説は、1969年に発表された。昭和新山が24歳の年である。つまり、発表された時点では、「現在」までが描かれたことになる。新田次郎がこの小説を書こうとした動機、この小説の主題は、最後の紫郎の決意にあるのではないかと思った。

昭和新山の記録に関しては、細かい部分で事実と異なる部分があるが、おおむね事実に基づいていると思われる。三松正夫の著書を参考にしたと思われる箇所もある。人間関係についてはどこまで事実に基づいているか分からないが、一面の真実を描いているように思われる。

昭和新山は、太平洋戦争で戦局が悪化した時に活動を始め、日本国の敗色が濃厚になるにつれて、活動が活発化し、最後は不気味な溶岩ドームを発達させ、敗戦とともに活動を終結させた。偶然とはいえ、まことに象徴的に思われる。そして、ついた名前が昭和新山である。戦後は日本の復興とともに緑が回復していく。これもまた、象徴的に思われる。きっと、多くの人が、そのように感じたことだろうと想像する。

昭和新山 - Wikipediaを参考にしました)

 

 

昭和新山はほんとうにすばらしい山だ。男子が一生を賭けても、惜しくない山だ」

 


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昭和新山

 

 

短編集『昭和新山』には、この他に、初めての南極観測越冬隊のために開発された保温洗滌式人体模型第一号(要するにダッチワイフ)にまつわる笑うに笑えない、でも笑ってしまう「氷葬」、日本にいた白熊を追いかける男を描いた「まぼろしの白熊」、ちょっとした油断から山で遭難する女性三人を通して山の恐さを描いた「雪呼び地蔵」、沖縄のかなしいさんにまつわる哀しい話を描いた「月下美人」、観光開発業者が開発することになった浜辺にある不法建築物に住む少女を描いた感傷的な「日向灘」が収録されている。バラエティに富んだ内容の6編だが、いずれも読み応えのある佳作である。

 

 

 

昭和新山 (文春文庫)

昭和新山 (文春文庫)

 

 

 

 

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