11月の読書録07ーーーーーーー
非線形科学
集英社新書(2007/09/19)
1611-07★★★★
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著者の蔵本由紀(よしき)先生は、1940年生まれ。京都大学名誉教授。国際高等研究所副所長。非線形科学の第一人者。専門は、非線形動力学・非平衡統計力学。
本書の「まえがき 」によると、
非線形科学の「定石」をごく平易な言葉で語り、それを通して、この科学の全体像を浮かびあがらせようと試みた
とのことである。
著者は、現代科学の成果を認めながらも、そこに「何か足りないもの」があるのではないかと指摘している。そのため科学全体にバランスの欠如がみられるという。このバランスの回復を促す復元力が非線形科学であると主張している。
プロローグでは、まず「非線形システム」とは、「自らの状態に応じてその変化を自己調節しているシステム」であると定義していて、フィードバックについて説明している。
また、「非線形」をやや違った意味で用いる場合もあり、それは、「比較的単純な性質をもった要素が多数集合してできる集団に対して」使われる場合であるとしている。
例えば、十分に小さい波立ちは、線形システムで記述することができるが、波立ちが大きくなると、波を構成する各要素(正弦波)の振るまいがもはや独立ではなくなり非線形システムになるということである。
線形システムは、「全体の性質が要素の性質の単純な合成からわかる」ので「理論的には比較的簡単に取り扱える」が、「意外性をもった現象は現れにくい」といえる。
意外性をはらんだ現象、すなわち、「自己組織化とよばれるような、システムが生きもののように自らを組織化していく現象」は、「構成要素どうしが強く関係しあう非線形システムにこそ生じる」という。
この「要素どうしの強い相互作用」というのが「非線形」の問題の特徴であるといえる。そして、現代物理学の最前線は「ほとんど例外なく非線形の問題に立ち向かっているといってもよいほど」なのである。
次に、「非線形科学」が非線形の問題の中でどのような位置を占めるかを説明している。
第一に、それ(非線形科学)は動きを含んだ現象にもっぱら関心を寄せます。このことをはっきりさせるために、この科学を「非線形ダイナミクス(動力学)」とよぶ場合もしばしばあります。第二に、この科学は現代物理学がともすれば軽んじてきたマクロ世界の現象に強い関心を示し、そこが主戦場になっています。
それは、
私たちの足もとに広がるごくふつうの世界をもう一度新しい目で見直そうとする姿勢に支えられているからだといえます。
また、「非線形科学」というものを
生きた自然に格別の関心を寄せる数理的な科学
とみなしてはどうかと提案している。ここでの「生きた自然」とは、必ずしも生き物を指しているわけではなくて、「あたかも目的をもっているかのように形や動きを生成し、おのずから組織していくような自然現象」という意味である。そこには、「つねに新鮮な驚き」があり、
本書で紹介するのも、そのような驚きを原動力とする探究心がもたらした科学的成果の数々です。
「創発」についての例えが分かりやすい。
ある人の顔を構成する目、口、鼻などの部分についてどれほど詳しい情報をもっていても、その人固有の「顔つき」はわかりません。顔つきはこれらの要素の位置から生まれる新しい性質であり、要素自体についての知識には含まれないサムシングだからです。
「顔つき」と同様に、結晶化や磁化などの現象は、「構成要素の間の緊密な相互作用から生まれる新しい性質」であり、「このような性質の発現を広い意味で創発」とよぶことができるのだという。「非線形科学」が最も強い関心を寄せるものが、「創発の中でもとりわけダイナミックな創発」だそうだ。
著者は、要素還元主義的な「現代科学の驚異的な発展」と発展途上の「創発の科学」との不均衡を放置すると、「さまざまな望ましくない結果」がもたらされるのではないかと危惧している。また、現代科学全体に「錯綜した地上の複雑現象にはもはや探求すべき原理的な問題はないという思い込み」があったのではないかと指摘している。それは、「創発という視点を欠いた見方」なのだそうだ。
さらに、著者は、
「では、創発という概念をよりどころにした複雑現象の科学は、原理を探求する基礎科学としてほんとうに成り立つのか、その根拠は何か」
と、問いかけている。
《目次》
第一章:崩壊と創造
◾熱平衡の世界の多様性/非平衡開放系/開放系としての地球/など
第二章:力学的自然像
◾決定論とゆらぎ/定常、振動、カオス/散逸力学とアトラクター/分岐現象/など
※熱対流現象を例にとりながら、科学者たちが非線形現象を理解するために、「どのような姿勢で臨み、どのようなアプローチを試みてきたか」を紹介している。
第三章:パターン形成
◾BZ反応/「劣化」しない反応系/振動のメカニズム/興奮のメカニズム/二因子系の振動/対称性の自発的破れ/発展方程式の縮約について/など
※自然のパターン形成能力はどこから来るのか具体例を通して紹介している。特に、化学反応系の散逸構造や運動に焦点を当てている。
第四章:リズムと同期
◾振り子時計と概日リズム/同期のメカニズム/集団同期現象/相転移としての集団同期/など
※リズム現象(規則的に繰り返される現象)は身近な現象だが、根源的な重要性をもっている。この章では、リズムと同期現象のさまざまな例を紹介し、それらを理解するための「ごく基本的な考え方」を紹介している。
第五章:カオスの世界
ローレンツ・カオス/パイこね変換/カオスへの道筋/逐次分岐/個体群生態学とカオス/カオスと同期現象/時空カオス/など
※カオス概念の初歩的な説明。
第六章:ゆらぐ自然
臨界ゆらぎ/べき法則にしたがうさまざまなゆらぎ/フラクタルなゆらぎとフラクタル次元/正常なゆらぎの別の顔/ネットワーク理論/スケールフリー・ネットワーク/など
※ゆらぎ(不規則にゆらいでいる形や動き)も身近な現象だが、ここ数十年の間に「伝統的なゆらぎの概念は一新された」という。カオスも新しいタイプのゆらぎであり、さらに、もう一つの新しい見方についても紹介している。
著者がプロローグで発した問いについてエピローグで、「この問題への確かな答えを、私たちはいまだ手にしていない」と自答している。
古典物理学は、物理法則(不変構造)を見出すことによって、人間が五官で感知できる現実世界(経験世界)を理解してきた。
科学の言葉で自然を描くとは、「不変なものを」通して変転する世界、多様な世界を語るということにほかなりません。
それによって、ほぼ満足に経験世界が理解されたように思われていたのだが、実際は、まだまだ大きな不変構造が隠れ潜んでいたのだ。
ところが、現代物理学の関心は、別種の不変構造、すなわち、「物質のミクロな構成要素」という不変構造に向かっていったのである。そして、人類に「物質文明の驚異的な繁栄」がもたらされたのである。
この成功が、
「物理学がそのすべてのエネルギーを傾注すべきものはミクロの世界であり、ミクロな要素こそ扇の要であって、そこさえ押さえればこの世界は原理的に理解可能である」
という自然観の信仰が生まれたと、著者は分析している。それは、知識体系を素粒子物理学が根本にあり複雑多様な経験世界が末端にある樹木のイメージとするものであり、著者は、これを「恐るべきこと」だとしている。
樹木のイメージでは、多様なものを統合しようとすると、根もとに向かう方法でしか考えられません。
このような樹木のイメージは旧式だという。なぜならば、
樹木の根もとにさかのぼることなく、枝葉に分かれた末端レベルで横断的な不変構造を発見できるという事実を、非線形科学は確信させて
くれたからであるという。それゆえ、樹木にかわる新しいイメージを描くべきであると提案している。
一面的に肥大した科学は、脆弱さをもっています。
著者によると、非線形科学で見出された不変構造は現象横断的(全く関係の無い現象が共通の不変構造をもつ)であり、隠喩に近い働き(意外性)をもっているそうだ。
新しい不変構造の発見によって、個物間の距離関係が激変し、新しい世界像が開示される。このような機能が科学にはあるという事実は、もっと広く知られてよいことだと思います。
最後に、複雑な現象世界にまだ潜んでいるに違いない不変構造を発掘することが、「今世紀の科学の主要な課題の一つ」であると結んでいる。
🙀著者が言うほど平易な内容ではないので予備知識があった方が理解しやすいだろうと思う。数式はほとんど使われていないが、要所では書かれてあり、それがよかった。具体的な解説で分かりやすかった。ここまで、複雑性の科学関係の一般向け解説書を何冊か読んでみても、もやもやした感じが残ったのだが、本書を読んでずいぶんスッキリしたように思う。🐥
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