3月の読書録04ーーーーーーー
いまさら翼といわれても
角川書店(2016/11/30)
★★★☆
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🐱本書は、著者の人気シリーズである〈古典部〉シリーズの現時点での最新作となる連作短編集である。前作『ふたりの距離の概算』からは、6年5ヶ月振りの新作ということになる。
🐱先月、YouTubeでアニメ『氷菓』を全回見て懐かしんだのだが、新作が出ていたことは知らなかった。書店で実写映画化のポップをたまたま見かけて、新作が出ていることにようやく気がついた。映画の方は、期待していない。何はともあれ、再び古典部のメンバーの話を読めるのは喜ばしいことである。
🔘箱の中の欠落
初出・「文芸カドカワ」2016年9月号
🐱高校2年の6月の出来事で語り手は折木奉太郎。『ふたりの距離の概算』が、高校2年の5月末のマラソン大会の話だったから、その後ということになる。
🐱生徒会長選挙で開票した結果、生徒総数よりも37票も多い投票があったという謎を折木奉太郎が解く。分かってしまえば、な~んだという話なのだが、意外と気がつかないことであり、さり気なくヒントも盛り込まれていて、日常の謎型ミステリのお手本のような佳作である。
🐱6月の夏へと向かう夜の街を折木奉太郎と福部里志がぶらぶら歩きながら謎を語り合うのだが、時には話が脱線したり、途中でラーメン屋に立ち寄ったりして、高校時代の何でもないけれども妙に忘れられない思い出という感じがよく表現されていると思う。生あたたかい空気の肌ざわりや夜の街の匂いなどの記憶を刺激する文章である。
🐱それにしても、このラーメン屋の雰囲気がよい。ちょっと食べてみたくなる。『夏期限定トロピカルパフェ事件』の激辛タンメンといい、著者の作品に出てくるラーメンはなんか美味しそう。
🔘鏡には映らない
初出・「小説野性時代」2012年8月号
🐱高校2年1学期(おそらく早々)の出来事で、語り手は伊原摩耶花。彼女が何故折木奉太郎を軽蔑していたのか、その理由が明らかにされる。
🐱きっかけは、中学校の卒業制作で作ったレリーフにあった。大きな鏡のフレームに施す彫刻を各クラスが分担して受け持ち、各クラスでは各班が分担して受け持つのだが、奉太郎の班では奉太郎が一人で受け持ち、超手抜きのレリーフを提出して生徒全員から顰蹙を買ったことがあったのだ。
🐱高校に入って、古典部で一年を共に過ごして、以前より奉太郎の性格が理解できるようになった摩耶花は、この件には何か理由があったのではないかと気がつき調べ始める。
🐱その真相は奉太郎と里志の男気を感じさせるエピソードなのだが、自分が誤解していたことを知った摩耶花は素直に奉太郎に謝罪する。そんな摩耶花の真面目さが清々しい一編である。
🐱本シリーズの当初は、摩耶花はあまり好きではなかったのだが、シリーズが進むにつれて彼女の不器用な性格や真面目さが理解できるようになり、好感度が増していった。本編も少し自意識過剰気味な思春期の女の子の心情がよく描けていると思う。著者にとっても愛着のあるキャラクターなのだろう。それにしても、著者は女子かというくらい女子を描くのが上手いな。
🔘連峰は晴れているか
初出・「小説野性時代」2008年7月号
🐱高校1年のある日の出来事で語り手は折木奉太郎。作中、図書館を出るときには日が暮れていたとあるので、日が短い季節だろう。本書収録作の中では、最も早く発表された短編で、アニメ『氷菓』にも取り上げられているので内容の方は知っていた。
🐱日常の何気ない会話から疑問が浮かび上がり、珍しく奉太郎が自発的に図書館で調べ物をする。そんな奉太郎が気になる千反田えるは奉太郎に同行する。
🐱奉太郎が、自転車通学のえると並んで図書館へ向かうのをはばかり、えるを先に行かせるところが印象深かった。田舎の高校は、ちょっとしたことでも火の無いところに煙が立つからなあ。えるの中では奉太郎の好感度が増すエピソードだったようだ。
🔘わたしたちの伝説の一冊
初出・「文芸カドカワ」2016年10月号
🐱高校2年5月の出来事で語り手は伊原摩耶花。『ふたりの距離の概算』で摩耶花が漫研をやめたことは分かっていたのだが、その経緯を明らかにした一編である。
🐱まず傑作なのが、奉太郎が中学1年の時に書いたという『走れメロス』の読書感想文である。なんと、あの一編から王の改心を喜ばない政敵の存在を推理しているのだ。なかなかの名推理だと感心した。著者の学生時代もこんなだったのだろうかと思わせる。また、この感想文をコンクールに出品したという国語の先生の変人振りもリアリティがある。モデルとなる先生でもいたのだろうか。或いは、著者の分身だろうか。
🐱摩耶花が漫研をやめたエピソードの方は、ちょっと苦い青春の1コマである。派閥争い、特に、女子高生の派閥争いとなると、陰湿そうな感じがするが、摩耶花には理解者がいてくれた事が救いとなる。漫画家を目指しながらも今一つ自信が持てなかった摩耶花が覚悟を決めるところは、青春小説としても佳作であると思う。それにしても、漫画を描く子はそんなに蔑まれるものなのか?
🔘長い休日
初出・「小説野性時代」2013年11月号
🐱高校2年のおそらく6月下旬の日曜日の出来事で語り手は折木奉太郎。久し振りの晴れ間の休日、珍しく調子のいい奉太郎は柄にも無く散歩に出かける。塀の上の猫に挨拶をするとは、まったく、いつもの奉太郎ではない。彼が向かった先は、十文字かほの家でもある荒楠神社である。用もないのに長い石段を上るとは、まったく、いつもの奉太郎ではない。神社に着いてみると、そこにはかほの家に遊びにきていたえるがいた。実は、金曜日のえると摩耶花の会話で、この日えるが荒楠神社にいることを聞いていたのである。本人は、
「まるで、聞いてなかった」
と、語気を強めるが、無意識に聞いていて、無意識に記憶して、無意識に荒楠神社に来たと思われる。そうでなければ、この日の奉太郎のらしくない行動は説明できないであろう。本人に自覚が無いようだが、恋とはそういうものである。
🐱社務所のかほの部屋で三人で生き雛まつりの時の写真を見ながら一時を過ごした後、かほは買い物に出かけ、えるはお稲荷様の祠の掃除をするというので、行き掛かり上、奉太郎は手伝うことにする。掃除の合間に、奉太郎は、えるから彼のモットーである
「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」
をどうして言うようになったのか尋ねられる。
🐱奉太郎の話によると、それは小学6年の時のある出来事が原因になっているようである。謎の方は、謎というほどのものではないが、彼が省エネ主義になった理由の方は共感できる。確かに教師というものは、使いやすい児童・生徒を使う傾向がある。奉太郎がばかにされたと思うのも無理がないと云えよう。それでも、困っている人を見れば放ってはおけないのが彼の本質なのだろうし、えるもそこに奉太郎の美点を見出しているものと思われる。表題には二通りの意味を持たせている。
🔘いまさら翼といわれても
初出・「小説野性時代」2016年1月号、2月号
🐱主に高校2年夏休み初日の出来事を描いていて語り手は一部を除いて折木奉太郎。
🐱夏休み初日に行われる市主催の合唱祭でソロパートを任されていた千反田えるが本番前に行方不明になってしまう。摩耶花の連絡で会場に向かった奉太郎は、夏休み前のえるの様子、里志と摩耶花からの情報、課題曲の歌詞、バスで一緒に会場まで来たという老女の証言などからある結論にたどり着き、えるを迎えに行く。
🐱表題は真面目で責任感が強いが故に折れてしまったえるの心情を表している。彼女は、教科書通りの勉強は出来るが応用がきかないタイプで、本人もそれを自覚している。突然の状況の変化に対応しきれずに混乱してしまったものと思われる。彼女のようなタイプの女生徒には、いかにもありそうなエピソードでリアリティがある。
🐱彼女が無事合唱祭で歌うことが出来たのか結末は描かれていない。時間が経てば落ち着くだろうが、この日の精神状態では難しいかもしれない。奉太郎がどう対応したのか、私、気になります。
🐱日常の謎型のミステリは、謎自体がどうしても弱くなるので何か別の要素を加えないとなかなか面白い作品にはならないと思うのだが、本シリーズの場合は青春小説としてもよく出来ているし、シリーズが進むにつれて四人の主要登場人物の内面が深く描かれていき、それが魅力になっていると思う。まだまだ、四人の成長を見守りたいものである。是非、続編も書いていただきたい。
🐱ファンアートの世界では、奉太郎とえるの間には女の子が、里志と摩耶花の間には男の子が生まれて、一緒に神山高校に進学することになっているようだ。ピンタレスト(Pinterest)で画像を見つけたのだが、なかなかよく出来ていて感心した。🐥
📄Pinterestは、こんな感じ
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