10月の読書録07ーーーーーーー
非線形科学 同期する世界
集英社新書(2014/05/21)
★★★☆
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本書は、2007年に刊行された『非線形科学』(集英社新書)の続編にあたる。この前作については、ちょうど去年の今頃の読書録で紹介した(➡経験世界の非線形科学 - 森の踏切番日記)。引き続き本書を読もうと思っていたのだが、気がついたら一年経っていた。月日が経つのは早いものだ。前作は非線形現象全般を紹介する非線形科学入門書という感じの内容だったが、本書は非線形現象の中でも特に著者の専門である「同期現象」にテーマを絞って、前作の〈第四章 リズムと同期〉を更に詳しく解説した内容になっている。
※リズム~規則的に繰り返される現象、周期現象
※同期(synchronization)~複数のリズムのタイミングが合うこと
同期現象は自然界に偏在するありふれた現象なのだが、「全体が部分の総和としては理解できない」典型的な非線形現象なので、「全体が部分の総和として理解できる」線形現象を扱ってきた従来の数理科学の手法ではなかなか解明できなかった。それが20世紀の後半になって、カオス理論や複雑系の科学の登場とコンピュータの進化によって、非線形現象を数学的に記述する手法が考え出され、理論的に扱うことが可能になったのである。同期現象は生命科学とも密接な関係があり、また人工システムの様々な分野にも応用が期待される。同期現象の科学は21世紀の科学なのである。本書では、同期現象の数理面に携わってこられた著者が様々な分野の研究内容を紹介されていて興味深い。以下、本書の内容を簡単にメモしておこうと思う。
第一章 身辺に見る同期
◼同期現象を初めて科学的に考察したのは、「ホイヘンスの原理」でおなじみのクリスチアーノ・ホイヘンス(1629-1695 オランダ)。1656年、振り子時計を初めて実際に製作したホイヘンスは、1665年に、壁に固定された二つの振り子時計が「共感」することを発見した。
◼メトロノームの同期実験→揺れやすい板の上に置かれた二つのメトロノームの振り子は同期する。
※位相(phase)~周期現象において一周期中の位置を示す無次元量
※結合振動子~相互作用で結びついている振動子(リズムの担い手)の集まり
※自然周期~振動子が本来持っている周期
(自然周期が完全に一致しない限り、同期するためには適当な相互作用が必要)
※同相同期~二つの振動子の位相差がゼロである同期(メトロノームの同期)
※逆相同期~二つの振動子の位相差が半周期ずれる同期(振り子時計の同期)
◼1877年、「アルゴン(Ar)の発見」でおなじみのレイリー卿(ジョン・ウィリアム・ストラット 1842-1919 英)が「音波が(逆相に)同期すること」を発見した。
→パイプオルガンの音程の近い二本のパイプを近づけて並べ、同時に音を発生させると、二つの音程が完全に一致するうえに、二つの音が打ち消し合って、消え入るほどの音になる。
◼ロウソクの炎の同期実験
◼音の同期には、音波の振動が同期する場合の他に、音の強弱が周期的に変動するリズムが同期する場合がある。代表的な例が動物の鳴き声。
→二匹以上のオスコオロギが寄り集まると、鳴き声が揃い(同相に同期して)コーラスになる。一方、二匹のカエルに発声をうながすと交互に鳴く。つまり、逆相に同期する。それでは、三匹になるとどうなるか。
※フラストレーション~二者の最も安定した関係が三者以上になると実現できなくるような状況のこと。
そこにどのような「妥協」が成立するかが研究対象になる。
◼日常生活に密接に関係しているリズムの一つに体内時計(概日リズム circadian rhythm )がある。
※地球の自転による昼夜のリズムは安定した周期現象であり、生物の体はそれを明暗のサイクルとして感じる。これに同期する体内時計は、究極的には遺伝子発現の周期的変動に由来する。つまり、細胞内分子の離合集散のリズムが天体運動のリズムに歩調を合わせている。そして、これら二つのリズムの仲立ちをするのが光なのである。
※かつて、ヒトの体内時計は25時間周期だと考えられていたが、この根拠となる実験には不備があり、20世紀末に行われた新しい実験の結果、ヒトの体内時計の自然周期は平均値が24時間+11分であり、個人差も小さいことが分かった。
※鳥や昆虫にとって体内時計は方位を知るための「太陽コンパス」の役割も果たす。
第二章 集団同期
◼集団リズム~多数の振動子の位相が揃う現象
- メトロノームの集団同期
- ミレニアム・ブリッジ騒動
- 聴衆の拍手がひとりでに揃う現象
- ホタルの集団の発光の同期
(『非線形科学』メモ(2) - 森の踏切番日記に YouTube の動画のリンクがあります)
※集団リズムは、リズムを担う対象にかかわらず、ミクロリズムが多数寄り集まりさえすれば、一つの大きなリズム (マクロリズム)を自律的に生み出す。つまり、普遍的な現象である。
※各振動子が他の全ての振動子と同じ強さで結合する「平均場のモデル」を考える。平均場のモデルが適用できる集団では「個と場の相互フィードバック」が分かりやすい形で実現される。つまり、平均場が各振動子の動きを支配すると同時に、各振動子の動きの全体が平均場を作り出す。
→このフィードバックには、正のフィードバックと負のフィードバックの両方が含まれる。このような相反するフィードバック機構を内在させたシステムには、プラス傾向とマイナス傾向の相対的な優位性が逆転する臨界点が存在する。集団同期によって静かな集団状態から振動する集団状態に突然変化する現象を「同期相転移」と呼ぶが、この突然の転移はその臨界点で起こる。
→この現象を数学的に記述するモデルを理論生物学者のウインフリが考え出したが、不十分なものだった。著者がこのウインフリのモデルに修正を加えて作り出したのが「蔵本モデル」と呼ばれる数式(位相差の正弦関数)で、同期相転移の存在を理論的に示すことに成功した。
◼振動子ネットワークとしての電力供給網
※電力ネットワークの安定性の研究への応用
(同期の破綻は大規模停電につながるおそれがある)
第三章 生理現象と同期
◼集団リズムとしての心拍
※心拍のリズムは右心房上部にある洞結節と呼ばれる部分にあるペースメーカー細胞集団によって生み出される。そのリズムは刺激伝導経路を通じて心室に伝えられ、同じリズムでの心室の収縮によって血液が全身に送り出される。ペースメーカー細胞集団は外部から受ける刺激により不規則に揺らいでいる。(つまり、ドキドキしたりする)
※少しの刺激で一過的に強く応答する性質を「興奮性」という。興奮現象は、細胞膜とそれを取り巻く環境の電気化学的性質に由来する。(膜電位の一過的な大変動が興奮)
※心臓の細胞のうち、大多数の細胞は発振能力を持たない興奮性細胞である。筋肉細胞や神経細胞なども興奮性を持つ。興奮を何度も繰り返すようになった細胞がペースメーカー細胞だと云える。これは細胞が振動子としてふるまうことを意味する。(膜電位の振動)
※正常な心臓では、ペースメーカー細胞群が送り出すリズムが刺激となって、興奮性細胞も同じリズムで活動し、全体として同期している。心臓が全体として同期できなくなる場合が、頻脈や不整脈。
→興奮波が心室の小部分で渦巻きになって、そこだけリズムが速くなった状態が頻脈の症状で、それが引き金になって心室全体がカオス状態に陥ってしまった場合が心室細動。
→AEDは電気ショックによって、心室を電気的にリセットして正常な状態に戻す装置。
※正常な心筋に電気的衝撃を与えて渦巻き波を出現させることも可能。
※興奮性の場に関する研究の実験に使われるのがベルーゾフ・ジャボチンスキー反応(BZ反応)。
(『非線形科学』メモ(2) - 森の踏切番日記に YouTube の動画のリンクがあります)
洞結節は右心房(right atrium)の上部にある
(right ventricle が右心室、aorta が大動脈、pulmonary artery が肺動脈)
◼体内時計と時計遺伝子
※哺乳類では、体内時計を生み出す中枢は脳の視交叉上核という部分にある。視交叉上核は米粒よりもずっと小さい二つの神経核が対をなしている。それぞれの神経核はおよそ1万個の神経細胞の塊で、それが約24時間周期の安定した強いリズムを送り出している。それらは「時計細胞」と呼ばれている。時計細胞のリズムは「遺伝子発現のリズム」に由来する。
→それぞれの遺伝子に書かれた情報に基づいて特定のタンパク質が合成されることを「遺伝子発現」という。一般に、ある遺伝子の発現は他の遺伝子の発現に影響を与える。これは、遺伝子どうしで相手の発現を促進したり抑制したりしていると見なすことができる。
→こうした相互調整によって、遺伝子のグループはネットワークを作っているが、このネットワークの活動が周期的に変動する場合がある。それが遺伝子発現のリズムである。
※網膜に入った光の情報は視覚野に送られるが、網膜には視覚に関係した光受容細胞とは別の光受容細胞があって視交叉上核にも光の情報が送られるので、視交叉上核は明暗のリズムを感じとることができる。
※肝臓、腎臓、心臓、脳など体の各器官にも時計細胞集団が分布している。これらの「時計」を末梢時計、視交叉上核の時計細胞集団を中枢時計と呼ぶ。末梢時計は明暗のサイクルを感じとることはできないし、それらのみで集団同期することもできない。それらは中枢時計のリズムに支配されている。末梢時計のリズムも遺伝子発現のリズムに由来する。
※概日リズムを生み出す基本的なしくみは、すべての時計細胞で共通している。その際に中心的な役割を果たしている遺伝子群を時計遺伝子と呼んでいる。
→AはBを活性化させる作用があり、BはAを抑制する作用があるとする。Aが活性化するとBはどんどん活性化する。Bが活性化するとAは抑制される。Aが抑制されるとBの活性化が止まる。Bの活性化が止まるとAは再び活性化する。Aが活性化すると……
→時計遺伝子に正の転写因子と負の転写因子があり、活性化が進むと巡り巡って抑制作用が働き、この抑制作用が巡り巡って活性化をうながす、というフィードバックループが約24時間周期で繰り返されることによって概日リズムが生み出される。(このメインループとは別に逆位相のループもあり互いに連動している)
→体内の各器官にある末梢時計では、この中核的な時計遺伝子ネットワークが他のさまざまな遺伝子に働きかけ、それらから作られるタンパク質の量を周期的に変化させている。
→たとえば、脳内の松果体と呼ばれる小さな内分泌器官ではメラトニンというホルモンが作られるが、その分泌は夜間に盛んになり人を眠りに誘う。
→ある時間帯にある決まった生理機能が活発になったり沈静化されたりするためには、末梢時計が中枢時計と一定の位相関係を保つ必要があり、それは同期していてこそ可能。
視交叉上核(SCN:Suprachiasmatic Nucleus)
松果体(Pineal gland)
(cerebral cortex は大脳皮質、hypothalamus は視床下部、pituitary gland は脳下垂体、optic chiasm は視交叉)
◼電気魚の集団リズム
電気魚が発生する電気信号のリズムほど精度の高いリズムはない。
◼細胞を振動させる機構には、膜電位の振動、遺伝子発現のリズムの他に細胞内に起こる化学反応の振動がある。中でもエネルギー代謝のリズムは重要。
※解糖~糖を分解してATP(アデノシン三リン酸)を作ること
※解糖反応の振動
※解糖する酵母集団の集団同期
※集団リズムを消失させる二大機構
- 脱同期~振動子の位相がランダムにばらつく
- 動的クオラムセンシング~すべての振動子が振動子として機能しなくなる
※クオラムセンシング(Quorum Sensing)~同種の細菌の生息密度に応じて細菌が産生する化学物質の量を調整する機構のこと。一部の真正細菌に見られる。緑膿菌が有名。動的クオラムセンシングは、クオラムセンシングの意味が拡張されたもの。
◼インスリン分泌のリズム
※インスリンを分泌するのは膵臓にあるベータ細胞と呼ばれる細胞。糖尿病1型は自己免疫のためにベータ細胞が壊されるタイプで、若年に発症するのが特徴。大半の糖尿病は2型で、さまざまな原因でインスリンの分泌が不十分になる。
※ベータ細胞も興奮性の細胞。興奮現象の電位パターンを活動電位というが、ベータ細胞の活動パターンは、突発的な活動電位の連続発射とその休止が交互に現れる。この突発的に現れる活動電位の束をバーストと呼ぶ。(このようなリズムは中枢神経系のニューロンにも広く見られる)
→インスリンは、バーストが続く限り放出され続け、バーストがやむと放出も止まる。ベータ細胞の振動周期は通常1~2分。
→ベータ細胞は膵臓内に散在しているランゲルハンス島の80%を占めていて、各細胞塊に約2000個あるが、このリズムは集団同期している。ただし、膵臓内に散在している約100万個のランゲルハンス島間では、このリズムは同期しない。
→ところが、膵臓全体からのインスリン放出量は周期的に変動する。その周期はベータ細胞のリズムの周期より長い。(2型糖尿病患者では、このリズムが乱れていると言われる)
→これは、バーストの発生停止のリズムより長い周期のリズムをそれぞれのベータ細胞が持っていて、そのリズムで全ランゲルハンス島が集団同期していると考えられる。実際、ベータ細胞は二つのリズムの複合的な活動パターンを示すことが分かっている。
(まだまだ未解明の部分があって詳しいことはよく分からない)
◼パーキンソン病の症状と集団同期
※パーキンソン病は脳のニューロンが変質することによる。主な症状は、思うように動作ができなくなることで、大脳基底核に異変が生じることにより起こる。
→原因はドーパミンの欠乏。パーキンソン病はドーパミンを作り出す黒質緻密部と呼ばれるニューロングループが徐々に死滅していくために生じる。ドーパミンが不足すると大脳基底核の機能である運動抑制解除が難しくなる。
→大脳基底核内部(視床下核)の振動子としてふるまうニューロンの集団が同期して集団リズムを生じる可能性が常にあるのだが、ドーパミンが不足すると、この集団リズム(ベータリズムという)を抑えることができなくなる。
→運動が抑制されるとベータリズムが生じるが、静止状態から運動状態に移るとき、健康な人ならばこのリズムは消える。それが、消えるべきときに消えてくれなくなるのがパーキンソン病の症状だと云える。
→パーキンソン病の症状を改善する外科的治療法に脳深部刺激法がある。これは脳の深部(主に視床下核)に電極を埋め込み、高周波の電気刺激を送ることで、ニューロン集団のベータリズムを脱同期させる治療法である。
大脳基底核(Basal Ganglia){尾状核(Caudate nucleus)被殻(Putamen)淡蒼球(Globus pallidus)}
視床(Thalamus)扁桃体(Amygdala)側坐核(Nucleus accumbens)
大脳基底核の構造
視床下核(Subthalamic nucleus)黒質(Substantia nigra)
第四章 自律分散システムと同期
※一般に、複雑なシステム全体を制御する方式として、集中管理的・中央集権的な制御方式と自律分散的・地方分権的な制御方式があるが、本章では後者に見られる同期現象が紹介されている。
◼中枢パターン生成器(CPG)が担う身体運動
※脊髄にある特別の神経ネットワークを中枢パターン生成器(CPG:central pattern generator)と呼ぶ。四足動物や人間の歩行パターンは、このCPGによって生み出されると考えられている。CPGは一種の振動子ネットワークと見なすことができる。大脳の関与なしにCPGが環境に適応する能力があることが実験によって示されている。
※生き物のロコモーション(空間移動)はCPGによって制御される。CPGは大脳とは独立に、自律的に身体運動の基本的パターンを生み出す。それに加えて、複雑に変化する環境にも適応できる能力も持っている。
(もちろん、視覚野などの大脳皮質が重要な役割を果たしていることも明らか)
※ヤツメウナギが水中を移動する際の波打ち運動も脊髄のCPGによって生み出される。
※ムカデやヤスデなどの多足類の移動のメカニズムは、ミミズの蠕動による前進運動のメカニズムと本質的に同じ。ムカデやヤスデも足で歩いているというよりも蠕動運動で移動していると見る方が自然。(なので、考え過ぎて足がもつれて歩けなくなるということはない)
→これもCPGの活動によるもので、非常にシンプルな数式できれいに説明できるという。(『脚式と非脚の這行ロコモーションにおける運動モードスイッチング共通力学』黒田茂、田中良巳、中垣俊之)
◼自律分散システムとしての粘菌
※真性粘菌のアメーバ運動は完全な自律分散制御によっている。
※変形菌 移動 - YouTube(by 星夢絵里亜)
◼真性粘菌変形体をモチーフとした大自由度アメーバロボットの研究(東北大学実世界コンピューティング研究室)
◼交通信号機のネットワーク
→自律分散制御方式の研究
※自律分散制御システムの特長は、したたかさ、打たれ強さ、回復力(レジリエンス)。
→一部が機能停止になっても集団全体の機能にあまり影響しない。
😺本書を読む直前に、今年のノーベル医学生理学賞が生物の体内時計の仕組みを発見した米ブランダイス大のジェフリー・ホール名誉教授ら三人に授与されることが決まったという報道があったので、グッドタイミングだった。本書では分かりやすく簡潔に解説されていたが、いろいろ調べてみると、実際のメカニズムは複雑なようだ(転写翻訳のネガティブフィードバックループという言葉とかが使われていた)。肝臓の体内時計に関する記事も見つけた。サーカディアンリズムをテーマにした本も読んでみたいと思った。
😺多足類の移動の研究やアメーバロボットの研究など自律分散システムの研究も興味深い。本書には出てこないが、東北大学実世界コンピューティング研究室の「自律分散制御によって駆動させるヘビ型ロボット」も面白そうだ。電力ネットワークや交通信号機ネットワークなど複雑な人工システムへの応用は複雑で難しいと思った。🐥