森の踏切番日記

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『自己組織化とは何か 第2版』~薄皮をむいたミカンに醤油をつけたノリを巻いて食べる

12月の読書録03ーーーーーーー

 自己組織化とは何か 第2版

 都甲潔/江崎秀/林健司/上田哲男/西澤松彦

 講談社ブルーバックス(2009/04/20)

 ★★★☆

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本書の前著である『自己組織化とは何か』は1999年12月20日に刊行されたのだが、その後の複雑系の科学の進歩はめざましく、改訂の必要に迫られたということで、執筆陣も新たに書き下ろされたのが本書である。

私は、一昨年から複雑系の科学の歴史が知りたいと思って、複雑系の科学に関する一般向け解説書をいろいろ読んでいる。前著の『自己組織化とは何か』は、昨年の3月に読んで感想をこのブログにも載せた。引き続き本書を読もうと思ったのだが、気がついたら12月になっていた。まったく月日が経つのは早くて困る。

本書も刊行されてから9年近く経ち、「自己組織化テクノロジー」も益々発展していることと思うが、複雑系の科学の歴史を知る上では本書でも問題ないだろう。この第2版は、前著の内容から余分な枝葉を剪定してすっきりさせて、そこに2009年当時の最新の話題と応用に関する概説を加えた内容になっている。前著もそれほど簡単な内容ではなかったが、本書で新たに加筆された部分は、より専門的な解説になっていて、前著よりも高度な内容になったという印象である。以下、各章の内容を簡単に紹介したいと思う。

 

※前著についてはこちらを参照してください。

🔘『自己組織化とは何か』を読む(1) - 森の踏切番日記(第1章・第2章)

🔘『自己組織化とは何か』を読む(2) - 森の踏切番日記(第3章以降)

 

 


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第1章・自己組織化とはなんだろうか

この章は、前著の第1章をコンパクトにまとめた内容になっている。前著の第1章は、やや冗長な感じがしたのだが、すっきりさせたという印象である。具体的に云うと41頁あったのが、22頁になった。自己組織化とは「ランダムになろうとする力に秩序化しようとする力が打ち勝つこと」であるという解説は変わらない。

 

 

第2章・自己組織化のしくみ

この章は、前著の第2章〈自己組織化現象のしくみ〉とほぼ同じ内容である。非線形科学の基本的な解説だが、コンパクトにまとめられているので、いきなり本書から入ると少し分かりにくいかもしれない。

生物に見られる自己組織化は非平衡系であり、均等な状態からリズムやパターンが生まれる点が共通している。

 

 

第3章・粘菌は自己組織化する

この章は、前著の第3章〈細胞が示すインテリジェンス〉を書き改めた内容になっている。前著では、シャジクモ、細胞性粘菌、ヒドラ、真性粘菌を取り上げていたのだが、本書では真性粘菌にしぼって、自己組織化の観点からその性質を前著よりも詳しく解説している。

この真性粘菌(変形菌)という単細胞生物は、複雑系の科学に関する一般向け解説書を読むとよく出てくるのだが、まことに不思議な生物である。真核生物なのだが、動物的な面もあり、菌類的な面もあり、植物的な面もあるという原生生物である。研究ではモジホコリという粘菌がよく使われている。本書(第1刷)では、「モジホコリカビ」と記されているが、カビではないので今は正式には「モジホコリ」というそうだ。 

 

 

第4章・脳がつくるリズムとパターン

この章は、前著の第4章とほぼ同じ内容で、主にニューロンの自己組織化に関する解説である。ここまでは前著の内容をほぼ踏襲しているが、第5章からは内容が大きく変更されて、前著の第5章〈高等植物が作り出すリズムとパターン〉、第6章〈人工脂質膜の示すリズム〉、第7章〈自己組織化からカオス、そして複雑系へ〉が削除されている。

前著のサブタイトルは「生物の形やリズムが生まれる原理を探る」となっていて、主に自己組織化によって非平衡系に生じるリズム現象の紹介がメインだった。本書のサブタイトルは「自分で自分を作り上げる驚異の現象とその応用」となっていて、応用面に重点が置かれている。

 

 

第5章・生命と人工生命の進化

この章は、前著の第8章〈人工生命がもたらすもの〉に対応していて、複雑系の科学から見た生命の起源と進化に関する説明がやや詳しくなっている。「進化は複雑適応系である」という解説は変わらないが、「無駄と冗長性こそが進化をはぐくむ土壌なのだ」と無駄の効用を強調している点が印象に残った。

前著ではこのあと、第9章〈マイクロマシン─自己組織化が生み出すミクロの世界〉、第10章〈分子素子への挑戦〉とナノテクノロジーの話題が取り上げられているが、本書では削除されている。代わりに本書で取り上げられているのが「自己組織化テクノロジー」で、第6章以降は自己組織化の科学の工学的応用の話題が解説されている。

 

 

21世紀科学のキーワードはバイオとナノ、さらに、バイオナノテクノロジーだといわれる。バイオが扱う分子はナノサイズであるから、バイオテクノロジーは、もともと、一種のナノテクノロジーだ。一方、高度に進んだナノレベルの加工技術(ものづくり)でできた部品を如何にして組み立てるかが、ナノテクノロジーの正念場である。解決のヒントは、すでにその課題を高度に実践しているバイオ系にあるはずだ。

さまざまなタイプの相互作用を利用しながら自己組織化する生体分子の精緻でダイナミックなワザは、現在私たちが手にしているテクノロジーの域をはるかに超える。バイオシステムを支配する自己組織化の理解と応用が、ナノテクノロジーの発展に必須なのだ。

 

 

第6章・生体パーツの自己組織化を操る

生体システムで成り立つ自己組織化の例として、リボソームから放出されるタンパク質の「折りたたみ」に関する説明などがあるが、メインは細胞接着を制御する最新技術の解説で、培養細胞を用いる神経回路網の研究や培養細胞周辺の生化学的・空間的環境をナノテクノロジーで制御することによって細胞の自己組織化を誘発する技術の紹介で、細胞シートや人工血管など医療の分野での応用が研究されているという。さらに、細胞の自己組織化を操る技術は、デバイス工学やロボット工学へと発展していくことが期待されているという。

 

 

第7章・味覚を再現する 

第7章と第8章では、自己組織化を利用して作られた味覚センサーとにおいセンサーについて詳しく解説されている。 味覚と嗅覚は化学物質を受容して生じる感覚で、これを再現するためには化学物質とうまく相互作用できる表面を構築するテクノロジーが要となるという。

まずは、脳が実際にどのようにして味覚や嗅覚を認識しているのかを知らなくてはならないので、そのしくみが解説されている。進化の段階からいうと原始的な脳である扁桃体にも味覚や嗅覚の情報が入ることが特徴的である。扁桃体は、快不快、好悪、情動などに関係する部位であり、味覚や嗅覚が感情と密接に関連した感覚であることがわかるという。

 

第7章では、味覚センサーのしくみについて解説されている。前著では第1章で簡単に紹介されただけだったが、本書ではこれが詳しく解説されている。脳が認識する味覚は主観的であいまいであるが、味細胞で受容されるパターンはあいまいさが少ないという。味細胞で受容される基本味が、酸味・塩味・苦味・甘味・うま味の五味で、これらの味物質は舌の生体膜で受容される。味覚を再現するためには、類似した構造の生体膜を人工的に作り上げればよいことになる。そこで脂質の自己組織化を利用してつくられたのが脂質高分子モザイク膜であり、これが味覚センサーで用いられる人工味細胞だという。

単に化学物質の量を測ったからといって、「味」がわかったことにはならない。味は相互作用し、互いに弱め合ったり強め合ったりするからである。たとえば、苦いコーヒーに砂糖を入れると、苦味が減る(抑制効果)。また、うま味成分のグルタミン酸ナトリウム(MSG)にごく少量のイノシン酸ナトリウム(IMP)を加えるとうま味が飛躍的に増す(相乗効果)。人工味細胞は、このような効果も再現できるという。

※味の素の場合、MSGが97.5%に対して、IMPが1.25%、グアニル酸ナトリウム(GMP)が1.25%、と表示されている。IMPとGMPは5′-リボヌクレオタイドナトリウムという混合物として生産される。MSGが昆布のうま味成分、IMPが鰹節のうま味成分、GMPがシイタケのうま味成分だが、工業的には昆布や鰹節やシイタケから生産されるわけではない。

 

この人工味細胞を利用して開発されたのが味認識装置で、開発したのが本書の著者の一人である都甲潔教授なのである。現在この装置は、食品や医薬品メーカー、研究所、大学などに普及しており、味の数値化や商品の品質保証に活躍しているという。

都甲先生によると、味はバーチャルなものだという。先生には『プリンに醤油でウニになる』『ハイブリッド・レシピ』などの著作もある。ここで、「プリン+醤油=ウニ」以外の味覚センサーも保証する味の組み合わせをいくつか挙げておこう。

 

 

①麦茶+牛乳+砂糖

 

=コーヒー牛乳

 

 

②牛乳+酢

 

=ヨーグルト

 

 

③牛乳+たくわん

 

=コーンスープ

 

 

④トマト+砂糖

 

=イチゴ

 

 

⑤キュウリ+蜂蜜

 

=メロン

 

 

⑥豆板醤+マヨネーズ

 

=辛子明太子

 

 

⑦薄皮をむいたミカンに醤油をつけたノリを巻く

 

=イクラ


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第8章・嗅覚を再現する

におい分子は嗅細胞の生体膜で受容される。嗅覚の特徴はその高い感受性にある。嗅覚も味覚と同じく化学物質を受容する感覚だが、味覚のように基本臭に分類するというような単純なものでないようだ。

味覚の場合は、酸味だと腐った味、苦味だと毒の味、と判断するするように生理的な意味があり、先天的に決まっていることが多いと云える。それに対して、嗅覚は経験や学習、状況によって快不快が決まり、後天的な要因が多いと云える。

味細胞は上皮細胞が変化したものであるのに対して、嗅細胞は神経細胞が変化してできた細胞なので、直接インパルスを発することができる。嗅細胞がにおいを受容するメカニズムは味覚よりも複雑である。ヒトの場合、嗅細胞の数は500万個(イヌは2億個)といわれており、約350種類のレセプター(受容体)が存在すると推定されている。1つのにおい物質は多種類のレセプターと結合し、各レセプターは数種類のにおい物質を受容する。

これをコード化して考えてみると、たとえば、におい物質の構造や化学的性質などの特性を3種類(A、B、C)選んで、それぞれのパターンを分類して番号(A001~100、B101~200、C201~350)を与えるとすると、それぞれのにおい物質が3つの番号を持つことになる。レセプターはそれぞれ固有の番号を持ち同じ番号のにおい物質を受容するとする。におい物質は数十万種類あるともいわれているが、1つのにおい物質が3つのレセプターと結合する場合は、上の場合だと150万通りになる。これはかなり単純化したモデルで、実際のメカニズムとは異なるが、約350種類のレセプターだけで十分対応できるといってもよいだろう。

特性基で分類する場合、たとえば、水酸基を有するアルコール類(お酒のにおいなど)とフェニル基を有する芳香族化合物(シンナー臭など)に対して、両方の特徴を有する芳香族アルコール(バラのにおいなど)がある。この2つの特性基を部分構造と考えると、2次元モデルでにおいを表現することができる。3~4の部分構造を有する化学物質は多数存在し、この場合は、3次元モデルや4次元モデルになる。特性基は数多く種類があるので、その組み合わせに応じて、においの多次元モデルが存在することになる。この点が嗅覚は、視覚(3次元)や味覚(5次元)とは大きく異なり複雑である。

このように複数の異なるレセプターから構成される化学物質のにおい情報を「においコード」と考えると、においコードを計測できれば「においコードセンサー」が開発できることになる。ただし、このセンサーは、においの生じる元々の化学物質を同定、または再構築はできない。化学物質の持つ性質の一部しかわからないからである。

このにおいセンサーの開発のために考案されたにおいセンサー用電極に、自己組織的に単分子膜を形成できる物質を利用すると、対象物質を吸着させる穴を形成させることができ、人工のレセプターができるという。

 

一般に、コーヒーのにおい、ワインの香り、リンゴのにおい、という場合、これらは必ずしも1つの化学物質からは構成されない。それとは対照的に、1種類の分子による1つのにおいが重要となる場合がある。たとえば、フェロモンがそうであり、麻薬や爆薬のにおいがそうである。麻薬を検知する犬のように、嗅覚には単一の化学物質を超高感度で検出できるという側面もある。爆薬を検出する超高感度においセンサーも開発されている。

フェロモンの効果について、ドミトリー(寄宿舎)効果というのが本書で紹介されていて興味深かった。これは、共同生活をしている女性同士の月経周期が同期する、というものである。月経周期を延長させたり、短縮させたりするフェロモンあり、これが部屋を飛び交い互いを同調させるのだという。

 

 

第9章・生体パーツを取り込むデバイス技術

この章は、タンパク質や細胞を部品として使う技術の紹介である。そこで重要なのが、これらの生体由来の部品が元来有する自己組織化のプログラムをうまく誘導することであるという。タンパク質を部品として応用する研究で特に進んでいるのが、ある特定の反応だけを触媒とする酵素と、特定の分子とだけ正確に結合を形成する抗体であるという。

ミトコンドリアのエネルギー変換を真似たバイオ燃料電池の開発では、酵素や(酵素の詰まった)微生物を使った研究が進んでいる。これは、寿命が限られるなどの弱点があるものの安全性が高いので体内に埋め込んで利用することが期待できるという。また、バイオセンサーでも酵素の利用が進められていて、血糖値センサーが紹介されている。他にも抗体を利用するバイオセンシング技術やイオンチャンネルを利用したセンサーなどが紹介されているが、話がだんだん専門的になっていくので、少しゲンナリした。

細胞を部品とする応用研究の領域が、再生医療創薬、バイオアッセイ、バイオリアクター、新しい情報デバイス、マイクロロボットへと急速に展開し、目が離せない分野となっているのだそうだ。

※バイオアッセイ(bioassay)は、生体由来の材料を用いて生物学的な応答を分析するための方法のこと(生物検定)。 バイオリアクター(bioreactor)は、生体触媒を用いて生化学反応を行う装置の総称。

新しい情報デバイスの研究としては、半導体バイスと培養細胞を組み合わせた神経チップが紹介されている。これはサイボーグ工学の領域である。この研究が進展すれば、人工脳が生み出されるかもしれない。

マイクロロボットの研究としては、心筋細胞によって歩くマイクロマシンが紹介されている。細胞を取り込んだデバイスは、培養液中の栄養分をATPに変換して動くので電源を必要としない。小型化を必要とするシステムの部品にうってつけなのだという。こうした技術は、ますます進展していくことであろう。

 

 


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本書は、生体系が自己組織化を利用して出来上がった機能体であるという説明から始まって、生体を模倣した技術である自己組織化テクノロジーへの応用が多数紹介されていて工学的で比較的専門的な内容になっている。一般向き解説書としては少し難しい方かもしれない。バイオナノテクノロジーは最先端の分野であるし、どこへ向かおうとしているのか、興味深くはある。

味覚センサーでは、味は分かっても「おいしさ」は分からないらしい。「おいしさ」は味だけで決まるものではないからだろう。人の五感のうち、視覚、聴覚、触覚に対応するセンサーは、味覚や嗅覚のセンサーに比べると難しくはないので既にある。味覚センサーと嗅覚センサーが開発されたことにより、五感センサーが可能になったわけである。従って、人間の感覚をロボットで再現することが可能になったのである。いずれ、「おいしさ」が分かるロボットが出現するに違いない。

 

 

 

 

自己組織化とは何か 第2版―自分で自分を作り上げる驚異の現象とその応用 (ブルーバックス)

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