森の踏切番日記

ただのグダグダな日記です

マジカル粘菌ワールド(2)~粘菌のインテリジェンスなのだ

 1月の読書録03ーーーーーーー

粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う (文春新書)

粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う (文春新書)

 

マジカル粘菌ワールド(1)~粘菌は不思議な生き物なのだ - 森の踏切番日記の続き

 

 

第3章  ヒトもアメーバも自然現象

動物と植物では命令系統システムが大きく異なります。動物の場合は脳という情報処理機能に特化した中枢器官を持ち、各器官の分業専門化が進んだ中央集権的な命令系統システムになっています。また、循環機能も心臓という一つのポンプだけが担っています。それに対して植物は、中枢器官を持たず、循環機能も至る所にある多数の小さいポンプが担っています。植物の命令系統システムは地方分権的だと云えます。

これは、どちらが優秀なシステムかということではなくて、それぞれが生き残り戦略として選択したシステムだと云えるでしょう。しかしながら、中央集権的なシステムは中枢が機能不全に陥れば、直ちにシステムは崩壊してしまいます。動物の場合は死に至るわけです。動物の中では最も原始的な脳を持つと云われているプラナリアは、頭部と尾部を切断しても両方から完全な個体が再生されます。これは脳の中枢的役割がそれほど発達していないから可能だと云えるでしょう。

そこで粘菌です。プラナリアよりもさらに原始的で脳も神経も持たない粘菌もまた再生能力の高い生物です。1匹の粘菌をギタギタに切り刻んでも、それぞれの小片が個体として生きていけます。逆に2匹の粘菌が融合して1匹になることもできます。ぷよぷよくっついて大きくなることもできます。しかも、立ち直りが早い。つまり粘菌は、どの一部分も1匹として独立して生きていける能力を持ちながら、大きな個体の一部としての役割を果たすこともできるわけです。

このようなシステムを「集中管理システム」に対して、「自律分散システム」といいます。これは、システムの各部分に備わっている自律的な能力と、それらの間に生まれる協調性をできるだけ生かそうとする制御システムなのです。

動物の制御システムは集中管理システムですが、その中枢である脳自体は複雑なシステムでありながら中枢部分はありません。脳自身は自律分散システムと見なすことができます。また、各器官の働きも中枢機能によって全て制御されているわけではなく自律的な機能もあります。こうした集中管理システムと自律分散システムの階層的構造が動物の複雑なシステムを作り上げていると云えるでしょう。

本書では、アリの行列や魚の群れなどが自律分散システムの例として紹介されていました。鳥や魚の群れには、その時々に先頭に立つ個体はいますが、リーダーはいません。こうした群れは、例えば、隣り合う個体とは適当な距離を保つといった、ごく簡単ないくつかの法則から生み出されるようです。局所的な相互作用が全体の行動の創発をもたらした結果、群れとなるのです。

ところが、ある川魚の脳に手術を施して協調性を失わせると、好き勝手に泳ぎ回るようになります。すると面白いことに、群れ全体がこの独りよがりな魚に追随するようになるのだそうです。永続的なリーダーがいないはずの群れに「欠陥」が生じると、絶対的なリーダーが生まれるということは興味深いことです。民主主義というのは、誰がリーダーになってもよいし永続的なリーダーは現れないシステムだと思いますが、「欠陥」のある個体が出現すると…

 


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🔘粘菌のインテリジェンス

粘菌の変形体はアメーバ状にダラーッと広がっていて定まった形を持ちませんが、状況に応じて柔軟に形を変えることができます。粘菌はエサを見つけると、(前の記事のYouTubeの動画のように)そこに集まる習性があります。円形に広がった粘菌の両端にエサ(研究ではオートミールを使用)を置くと、粘菌は両方のエサ場に集まって栄養分を吸収します。その時、二つのエサ場をつなぐように太い管を作り、こんな感じ〔〇━〇〕になります。こうしたフォーメーション替えは自律分散的におこなわれ、粘菌の各部分はその場に応じた役割を担います。面白いことに、エサが豊富にあると、たいていの場合、エサ場をつなぐ管が切れて二匹に分裂するのだそうです。食べるのに夢中になってしまうのでしょうか?

 

迷路問題(迷路の出口と入口を最短距離で結ぶ)

ここでイグ・ノーベル賞で有名になった粘菌の迷路解きが登場します。これは動画を見た方が分かりやすいので、YouTubeで見つけた動画を貼っておきます。この動画の迷路の形は、本書の図版で紹介されている迷路と全く同じです。

 

Slime Mold Physarum Finds the Shortest Path in a Maze - YouTube(by EffettoKirlian)

 

 

①粘菌が迷路いっぱいに広がったところでエサを入口と出口に置く。

②粘菌は、行き止まりの経路からは引き上げて、引き上げた分がエサ場に伸びる。

③迷路に太い経路を作り、2つのエサ場をつなぐ。この時、経路が一通りでない場合もある。その場合は、より長い経路の管はしだいに細り、消滅し、短い経路が残る。

④最終的に、2つのエサ場に群がる部分をつなぐ最短の太い管、という体形が現れる。

※ただし、常に最短経路が残るわけではない。

※エサが多いと最短経路の管も消滅し、2つの個体に分裂する。

 

この粘菌の迷路解きは、栄養の吸収と体内の連絡の双方が効率的になるように行動した結果だと云えます。これは粘菌に、状況を認識し、それに順応し、目的に向かって行動する一連の能力があると考えることができます。それが粘菌の「インテリジェンス(賢さ)」なのです。

ただ、迷路を解いたから粘菌が賢い、とだけいうと誤解を招くかもしれません。この場合、迷路を解いたこと自体ではなく、迷路の最短距離に管を残すことが粘菌の生理活動をより効果的にしているから賢いのだというべきでしょう。

 

鉄道網シミュレーション

それでは、エサ場をさらに増やしたらどうなるだろうというのが、粘菌に鉄道網を作らせる実験です。関東地方の形をした容器を用意し、関東圏の主要都市に対応する位置にエサを置きます。山手線内を大きなエサ場 とし、そこに粘菌を置きます。これも動画を見た方が分かりやすいので、YouTubeで見つけた動画を貼っておきます。この動画のエサ場の位置は、本書の図版と全く同じです。

 

Slime mold form a map of the Tokyo-area railway system - YouTube(by Harvard Magazine)

 

 

①山手線に置かれた粘菌は、周囲に広がっていき、エサを見つけると、残留部隊を残して、さらにエサ場を求めて広がっていく。

②これを繰り返して、いくつものエサ場にありつく。粘菌の動いたあとには太い管ができてエサ場がつながれる。

③やがて全てのエサ場をつなぐ管ネットワークが完成する。 

 

こうしてできた粘菌ネットワークは、JRの鉄道網と類似しているように見えます。これがどの程度JRの鉄道網と似ているかを比較するために、次の3つの評価基準を定めて比較します。

  1. 経路の最短性(経済性)
  2. 耐故障性(保険)
  3. 連絡効率

②は、どこかで管が断線したときに迂回路があるかどうかを表しています。③は、鉄道網全体のもつ都市間連絡効率の良さを表しています。最短ネットワークでは、②や③は最適にはなりません。逆に②や③を最適にするためには、①を犠牲にしなければなりません。こういう関係を「トレードオフの関係にある」といいます。こういう場合は、3者の妥協点を見つけなければいけません。このような問題を「多目的最適化問題」といいます。鉄道敷設計画などは典型的な多目的最適化問題です。

 

上の実験を更に現実に近づけるために、粘菌が光を嫌う性質を利用して、河川や海洋の位置には非常に強い光をあて、山地には標高が高くなるにつれて強い光を当ててみます。そうすると現実のJR路線に更に似てくるということです。著者によると、粘菌は、時々、東京湾アクアラインを建設することがあるそうです。結果的に、JRと粘菌の多目的最適化を比べてみると、ほぼ同程度になるようです。著者に言わせると、JRの鉄道網は「粘菌程度に良くできている」ということになります。

 


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Aは光を当てない場合。Bは光を当てた場合。CはBの結果をグラフ化したもの。Dは実際の鉄道網。Eは最短ネットワーク。Eの場合、例えば、前橋辺りから横浜まで行くには遠回りしなければならない。つまり、連絡効率が悪い。

(引用元:粘菌の輸送ネットワークから都市構造の設計理論を構築―都市間を結ぶ最適な道路・鉄道網の法則確立に期待―

 

 

用不用の適応則(流量強化則)

粘菌の管は、その管を流れる流れに応じて太さを変えます。管には原形質という粘った液が流れるので、管が太いほど流れやすくなります。流れの活発な管が太くなると、流れの抵抗が下がって、ますます流れやすくなって、ますます太くなります。逆に、流れの少ない管はどんどんやせ細ります。こうして粘菌の管は無駄を省いています。各管は、自分のところの流れだけに依存して太さを変えます。それぞれの管はばらばらに太さを変えるのに全体としては最短経路が出来上がるのです。これが自律分散システムの特徴であり、粘菌のネットワーク形成の核心だということです。

こうした粘菌のネットワーク形成を再現するアルゴリズムを作成してコンピュータによる数値計算でシミュレーションをします。私が一番知りたかったのは、このアルゴリズムだったのですが、本書には載っていませんでした。(結局ネットで検索して「日本ロボット学会誌」の広島大学小林亮先生の記事を読んだ)

 

組み合わせ最適化問題

粘菌の戦略は、まず最短ネットワークを基本設計として、余剰資源の分量に見合った分だけネットワークの全長を伸ばす。その時、なるべく効率的に耐故障性が上がるように経路を付加する、というものだとのことです。

これは、「エサ場所の数と位置が与えられ、ネットワークの全長が定められている時、耐故障性が最大になるようなネットワークの形を設計せよ」という組み合わせ最適化問題と呼ばれる問題の1つになります。経済性と連絡効率のトレードオフについても同様の問題が考えられます。

 

粘菌は、このような多機能ネットワークの問題を中枢無しの自律分散システムで解決しているわけです。こうした研究は、都市間ネットワークの形成やインフラ整備に応用されることが期待できます。また、カーナビなどにも応用できるでしょう。

 

 


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Trichia decipiens(ケホコリ)

 

 

 

第4章  粘菌のためらい─科学と文学のあいだ

この章では、粘菌にとって毒物であるキニーネを死なない程度の濃度にして、粘菌の行く手に置くと粘菌はどんな行動をとるか、という実験が紹介されています。横へは逃げられないようにしてあるので、粘菌には後戻りするか、キニーネ帯を乗り越えて前進するかの2択しかありません。たいていは、キニーネ帯の前でしばらくじっとしたまま留まるのだそうです。それから突然動き出すのですが、この時、粘菌によって、3つの異なる行動が見られるそうです。

  1. キニーネ帯から引き返す
  2. キニーネ帯を乗り越える
  3. 一部は乗り越え、他の一部は引き返す

このうちどの行動にでるかは、予測できないといいます。キニーネ帯に遭遇して留まる時間もバラバラだそうです。それぞれの行動も細かく観察すると、いろんなパターンがあり、中にはキニーネ帯を何度も行ったり来たりすることもあるといいます。パニクっているのでしょうか?

著者は、こうした粘菌の行動選択の性質は、人間の意志決定の原形ではないかと見ているようです。粘菌の行動選択のしくみは、数理的に記述することができるということです。つまり、運動方程式で表すことができ、その1つの運動方程式から様々な行動パターンが生じるということです。ここから、「心」とは何かという問題に考察は広がっていきます。

心とは何か、という問題は簡単には結論が出せない難しい問題です。心はヒトだけが持つもので、他の生物は心を持たないのか。他の生物にも心の原形のようなものがあるのではないか、と考えてみると面白いかもです。粘菌のライフスタイルは、「生き物らしさはどこにある?」と、私たちに問いかけているかのようです。

 

 

◾次の記事へと続きます

第5章  不安定性から読み解く秩序づくりのしくみ

第6章  ヒトは粘菌に学べ