森の踏切番日記

人生LARKしたい

『道草』再読(1)

夏目漱石の妻」関連図書ーーー

 道草

 夏目漱石新潮文庫

 ★★★★★

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🐱『道草』は大正4年(1915)6月3日から9月14日まで朝日新聞に連載された漱石49歳の作品である。完成された作品としては漱石最後の作品となる。これは、漱石の自伝的な小説で明治36年漱石36歳頃の夫婦関係を中心に自身の兄姉、妻の父、養父母との関係をリアルに描いている。

 

🐱この作品は土曜ドラマ夏目漱石の妻」の影の原作ともいえる内容で、漱石から見た妻が描かれている。小説では妻の父中根重一と養父塩原昌之助の金銭問題は同じ時期として書かれているが、実際は時期がずれていて養父との問題はもう少し後の話である。

 

🐱今回は、この作品のあらすじを紹介したいと思う。

 

 

 

道草

「みんな金がほしいのだ」

 健三が遠い所から帰って来て駒込の奥に世帯を持ったのは東京を出てから何年目になるだろう。彼は故郷の土を踏む珍らしさのうちに一種の淋し味さえ感じた。

※健三は漱石自身がモデル。この時期の漱石は一高と帝大の講師を兼任しながら、文学論の執筆に精力を傾けていた。漱石(健三)にとっては、仕事も家族も親族も「研究」の邪魔をする存在でしかなかった。

彼を知っている多数の人は彼を神経衰弱だと評した。彼自身もそれを自分の性質だと信じていた。

 

 

ある小雨の降る日、健三は思いがけない人を見かける。縁を切ったはずの養父である。

しばらくして、養父島田の代理と称する男吉田が健三のもとを訪れ島田が会いたいと言っていることを伝える。健三はしぶしぶ承諾する。

島田は、度々健三の家にやって来るようになる。健三は仕方なく世間話に付き合う。

※島田は塩原昌之助がモデル。

 

 

健三は妻の御住(鏡子がモデル)との夫婦仲がしっくりいっていない。妻は第三子を妊娠中で体調が思わしくない。

※「妻は私が黙っていると決して向うから口を利かない女であった」『日記及断片』

※小説では小さなエピソードが次々と積み重ねられ、夫婦間の溝を具体的に描き出している。もともと育ち方も性格も違う為会話がかみ合わず、次第に会話が面倒になり、益々コミュニケーション不足になるという悪循環に陥っている。

 

すぐ叱る健三には子供も寄り付かなくて、健三は物足りなく思うのだった。

 

 

健三には腹違いの姉と兄がいたが、この二人ともしっくりいっていない。

姉(房がモデル)は喘息持ちで癇性でおしゃべりで下品な女だった。

健三は姉に毎月小遣いを与えていた。

 

健三家の家計は苦しく、妻は自分の着物を質に出す有様であった。

健三は仕事を増やすが言葉が足りない為に妻からは感謝されない。

 

姉の夫の比田は妻に対して冷淡で「本当に手前勝手な人」であり、一寸した相談事にも仔細ぶる男であった。

 

 

「学問ばかりして死んでしまってはつまらないね」

 

 

妻の御住はよく寝る女であった。

※「妻は朝寝坊である。小言を云うと猶起きない」『日記及断片』

 

健三は妻の態度を面当てと解釈し憎んだ。同時に妻のヒステリーを恐れていた。

 ※鏡子は漱石を病気だと思い込んでいたが、漱石も鏡子を病気だと思い込んでいた。

 

 

兄の長太郎(直矩がモデル)は小役人であった。病弱で遊び人で怠け者だった。健三の生家を継いだが家屋敷を売り払って借金を返済する始末であった。残りの財産は悪性の肺結核に罹った娘の為に使い果たしたが徒労に終わった。

彼は健三の外国で着古した洋服を貰って、それを大事に着て毎日出勤するのだった。

漱石はこの兄も援助していた。

※几帳面で「愚直に近い」一本気な性格で何よりも率直であることを愛する漱石は妻や親族とはそりが合わなかった。

 

 

島田の出現をきっかけに健三は幼少時を回想する。

「御前の御父ッさんは誰だい」

健三は島田の方を向いて彼を指した。

「じゃ御前の御母ッさんは」

健三はまた御常の顔を見て彼女を指さした。

これで自分達の要求を一応満足させると、今度は同じような事を外の形で訊いた。

「じゃ御前の本当の御父さんと御母さんは」

御常は健三の養母。こういうやりとりが毎日繰り返された。

 

 

島田がやって来たある日、御住は気分がすぐれず床に伏していた。その夜、静かに眠る妻を健三は心配そうに見つめる。

※この節(五十一)は漱石の鏡子に対する不器用な愛情表現がよく描かれている。

 

 

妻の病気には悩まされていた健三だが、島田のことについてはそれ程心配はしていなかった。健三はこの老人を因業で強欲な男ではあるがそれらの性癖を十分に発揮する能力は無いものとして見くびっていた。ただ時間を潰されることを迷惑に感じていた。

「世の中にはただ面倒臭い位な単純な理由で已めることの出来ないものが幾何でもあるさ」

ところが、島田はついに健三に金を無心する。健三は仕方なく財布にあるだけの金(五円)を渡してしまう。

 

 

そうした中、健三は妻と益々しっくりいかなくなる。

従って人目には、細君が何時でも品格のある女として映る代りに、夫はどうしても気違染みた癇癪持として評価されなければならなかった。

ある晩、健三がふと目を覚ますと、妻が髪剃を手にして天井を見詰めていた。健三は慌てて髪剃を投げ捨てる。しかし、彼には妻の真意が何処にあるのか分かりかねるのであった。

※この後、健三は妻が夏頃子供を連れて一時期実家に帰っていた頃を回想する。(小説の時制は秋)

🐱ドラマ第2回の離婚騒動を漱石の視点で描いている。漱石はとにかく「研究」に没頭したかったようだ。「研究」に逃げ込みたかったと云った方が良いかもしれない。

 

 

島田はちょいちょい顔を出すことを忘れなかった。健三はその度に金を渡していたが、島田はだんだん図々しくなる。

健三の心は紙屑を丸めた様にくしゃくしゃした。

健三は子供の草花の鉢などを無意味に縁側から蹴飛ばして後悔する。

「俺の責任じゃない。畢竟こんな気違いじみた真似をさせるものは誰だ。其奴が悪いんだ」

健三はまた、金のことを考えた。

「みんな金がほしいのだ。そうして金より外には何も欲しくないのだ」

 (つづく)

 

 

 

🙀ふう、疲れた。今日はここまでにしよう。

次の記事へと続く。🐥

 

 

 

道草 (新潮文庫)

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