森の踏切番日記

人生LARKしたい

「夏目漱石の妻」第2回の感想

土曜ドラマ夏目漱石の妻]視聴

 第2回「吾輩は猫である

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🐱吾輩は、ドラマを見て感想を書くという習慣がないので、前回、あまりたいした感想は書かなかったのだが、今回もドラマを見ながら思ったことをちょっとだけ書いてみようと思う。

 
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🐱尾野真千子は、監督から自由な演技を求められ、

「カットをかけないことがあり、延々とアドリブで演技を続けていました」

とコメントしている。夫婦喧嘩のシーンなどは、勢いでいった方が良いだろうから、そうしたのだろうな。二人の息が合わないと出来ないことだな。

 

🐱金之助帰国直後に二人で寝転んで10万円が欲しいと叫んでいたシーンの終わりの方なんかアドリブだったのかなあ、と思いながら見ていた。

 

 
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🐱今回の正岡子規のシーンは、もう一つだった。残念。子規は、もっと冷笑的な人物である印象がある。現実の子規のカリエスによる苦痛は、もっとすごかったらしい。

 

🐱鏡子が子規を見舞いに行ったのは事実だが、子規の病状は既に悪化していて、二言三言、言葉を交わしただけだったそうだ。鏡子がこの事を漱石にあてた手紙に書くと漱石は鏡子に感謝する旨の返事を書いている。

 

 

🐱中根重一は東京医学校を出ているので医学の知識があった。ドラマにおける中根重一の境遇は、ほぼ事実である。漱石は友人の管虎雄から借金をして中根重一を援助している。漱石は困った人を見ると助けずにはいられない人だったと鏡子も筆子も書き残している。

 

🐱館ひろしがよかったと思う。今回、一番印象に残った。

 

 

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🐱英国留学時代の漱石の様子を心配した鏡子は実際には管虎雄に相談に行っている。管は、「手紙が書けるうちは大丈夫ですよ」と慰めている。

 

🐱ドラマに出てきたエピソードはほぼ原作に忠実だが、ストーリー展開をわかりやすくしたり、登場人物を整理したりするためのドラマ的演出はあったと思う。ドラマはドラマなので特に不満は無いけれど。

 

 

🐱鏡子は漱石が精神病になってしまったと生涯思い込んでいたので、鏡子の『漱石の思ひ出』を原作にするとああいう描き方になるのは仕方ないかなあ。当時の精神医学はそれほど進歩していなかったことは考慮しなければならない。ちょっとしたことで外基地にされてしまうこともあったのだ。現在では、漱石の神経衰弱は鬱病の発作だったとされている。

 

🐱鬱病の人間に、無理矢理人付き合いをさせ、無理矢理教壇に立たせ人前にさらし、無理矢理頭の固い教授連の相手をさせたらどういうことになるか考えただけでもゾッとする。漱石自身も自分ではどうすることもできなかったに違いない。

 

🐱狂気を演じるというのは、役者にとってやりがいのある演技だろうと思うが、単調に陥りやすいので難しいだろうなあと思った。長谷川博己は熱演だったなあ。尾野真千子も負けてなかったなあ。

 

🐱ヒトの脳が心を作り出すシステムというのは、ものすごく微妙なものなのだと思う。我々の心はカオスの縁を綱渡りしているようなものなのではないかと思う。

 

 
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🐱明治時代は今よりもずっと男権社会だったということも忘れてはならない。漱石だけが暴力的な夫であり父親であった訳ではない。当時の男性は家庭内では概ね暴力的であったのだ。教師も体罰は当然のことだと思っていたのだ。この国はそういう国だったのだ。

 

🐱暴力というのは、ヒトの本質的な問題だから簡単にはいかないよなあと思う。

 

🐱実際、鏡子は夫から暴力を受けたことに対しては、(子供を守ろうという気持ちは強かったが)それほど気には病んでいない。自分の何処がいけないのか納得できなかっただけなのだ。夫は病気だからということで納得することができたのだろう。原作から引用すると、

「頭さえ鎮まれば、貧乏な中にも比較的楽なのでした」

鏡子は、少々のことではびくともしやしないのだった。

 

 
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🐱高浜虚子は明治7年(1874)2月生まれで、漱石の七歳年下になる。明治25年夏に、松山の正岡子規の実家に遊びに来た漱石と初対面している。漱石から見れば、親友の弟子ということになる。

 

🐱ドラマの高浜虚子は、なんか虚子ぽい感じがした。虚子が「吾輩は猫である」を朗読して二人が大笑いするシーンは事実だが、あのシーンは良かった。

 

 
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🐱思ったより長くなってしまった。

ブラタモリの近江友里恵は何故、前回広島での赤白の横縞に続いて、今回宮島で赤白の縦縞のシャツをチョイスしたのかについての感想もあったのだが、今日はここまでにしよう。確かにカープカラーやけどね。🐥

 
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😽トリケラトプスです。 

 

 

 

📄関連日記漱石英国留学時代)

夏目金之助の鏡子への手紙 - 森の踏切番日記Z

鏡子夫人のラブレター - 森の踏切番日記Z

夏目金之助、狂せり!? - 森の踏切番日記Z

 

📄関連日記(千駄木時代)

「吾輩は猫である」誕生 - 森の踏切番日記Z

 

 

 

 うつむいて膝に抱きつく寒さかな

 

🐱上の俳句は、明治29年1月3日、子規庵で初めて開かれた句会で披露されている。句会の参加者は、鳴雪、漱石、子規、虚子、飄亭、可全、碧梧桐、それに、森鴎外。豪華メンバーである。翌日、漱石は新年会に招待されて中根邸を訪ねている。🐥