森の踏切番日記

ただのグダグダな日記です/2018年4月からはマイクラ(BE)日記をつけています/スマホでのんびりしたサバイバル生活をしています/面倒くさいことは基本しませんw

マジカル粘菌ワールド(3)~粘菌アルゴリズムなのだ

1月の読書録03ーーーーーーー

粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う (文春新書)

粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う (文春新書)

 

 ※マジカル粘菌ワールド(2)~粘菌のインテリジェンスなのだ - 森の踏切番日記の続き

 



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シート状の粘菌(source : Physarum polycephalum or Yellow Slime Mold (though not a fungus) - a item from 2008 (but still interesting) on how a brainless ameboid lifeform can… | Pinteres…

 

 

第5章  不安定性から読み解く秩序づくりのしくみ

管のない粘菌は薄いシート状になっています。シートの内部は一様にスポンジ状になっていて、個体状態(ゲル)のスポンジの空隙に液体状(ゾル)の原形質が詰まっています。ゲルとゾルは、化学組成的にはほぼ同じで互換性があります。粘菌の運動や形作りは、ゲルとゾルの相互変換を巧みに調節することでもたらされます。原形質はスポンジの中を流れますが、この時、前の記事で紹介した流量強化則(用不用の適応則)にしたがって、自己組織化して管ができあがります。

ここで、「不安定化」という見方を導入します。「不安定性」とは、「一様な状態がもはや安定ではなくなったこと」を指します。ここでは、一様なスポンジ状の構造が維持できなくなった状態のことになります。この時、不安定化を促進する要因と抑制する要因という相反する2つの要因が現れます。不安定化を起こすためには、促進要因が抑制要因に打ち勝つ必要があります。つまり、不安定性は相反する2つの要因のバランスでもたらされるわけです。

 

本書には「不安定化」の例として、歩行者の通路形成、植物の成長、つららの縞模様、交通渋滞などが紹介されています。交通渋滞については「渋滞学」というジャンルがあって、時間変化を離散的に扱うセルオートマトンを応用した数理モデルと時間変化を連続的に扱った常微分方程式数理モデルがあります。

自然渋滞は、車間距離の広いところと狭いところができることが第一で、それによって車間距離が狭いところでは走行速度が低下する現象と云えます。これは、車間距離が一様な状態が不安定化したために発生したのだと見なせます。自然渋滞は、車間距離40mが渋滞になるかならないかの臨界点になるそうです。それより車間距離が短くなると、渋滞の促進要因が抑制要因に打ち勝って、自然と渋滞が発生するというわけです。ここで扱われるのは非線形数理モデル複雑系科学になります。

 

◾反応拡散系

チューリング・マシンで有名な英国の数理科学者のアラン・チューリング(1912-1954)は、1952年に発表した “The Chemical Basis of Morphogenesis”(形態形成の化学的基礎)という論文で、「2つの仮想的な化学物質がある条件のもとで反応しながら拡散するとき、その物質の濃度分布は均一にならず、そこに濃淡の繰り返しパターン(反応拡散波)ができ、その波が生物の形や模様をつくりだす」という仮説を提唱し、反応拡散方程式という2変数の連立偏微分方程式を用いて証明しました。

これは、一様な細胞集団が不安定化して不均一になり、細胞ごとに違う役割を持つようになるしくみを示したものです。この時、ある波長で不均一化が起こり、それにより自発的に一定間隔の縞模様が現れます。この縞模様はチューリング・パターンと呼ばれています。

1970年代になると、この反応拡散系の不安定化現象が、シマウマの縞模様やキリンの網目模様をはじめ、貝殻の様々な模様にも適用できることがわかりました。また、BZ反応の自発的に化学的物質の濃度が不均一化する現象も反応拡散系の不安定化現象として注目され研究が進みました。不安定化を起こすには、小さな「ゆらぎ」が必要だということです。

ただし、チューリングの理論は、「シマウマの縞模様は反応拡散波である」という証明にはなりません。ところが、1995年に大阪大学教授の近藤滋先生によって、タテジマキンチャクダイという魚の縞模様がチューリングパターンであることが確認されました。「生きた反応拡散波」が発見されたわけです。この反応拡散系という見方はいろいろ応用がききます。神経が信号を伝えるメカニズムも反応拡散系の枠組みで解明されました。

チューリングの理論の「ある条件」というは、次の2つの仮定のことです。

仮定1.物質Aは、自身と物質Bの合成を促す。物質Bは、物質Aの合成を抑制する。

仮定2.物質Aの拡散速度は、物質Bのそれよりも早い。

 


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タテジマキンチャクダイ(英名 Emperor angelfish)

 

 

 

🔘原形質流動

ここで粘菌の話に戻って、原形質の流れについて補足しておきたいと思います。変形体の内部では原形質が絶えず移動しています。変形体のどの部分でも原形質の流れは数分周期で向きが反転します。この周期的な流動を惹起する力は、変形体を覆っている外層(ゲル)が収縮と弛緩をリズミカルに交代させていることからきています。

外層のある部分が収縮すると、その部分の内部の圧力が上がります。すると、原形質(ゾル)はそこから押し出され、弛緩している別の部分の外層を膨らませます。また、2つの場所が同時に収縮しようとすれば、原形質は圧力の弱い方に流れていきます。

つまり、どこかで外層が縮めば別の部分の外層が膨らむことになります。これを1ヶ所に注目すると、収縮と弛緩が周期的に交代し、それに合わせて原形質の流れも行ったり来たりするわけです。ある方向に変形体が移動するということは、原形質が往復運動しながらも差し引き移動方向に余分に流れているということになります。

 

細胞内の化学成分のATP(アデノシン三リン酸)に注目して観察してみると、変形体が同心円状にダラーッとしているときは、ATP濃度は周辺部で高く、中心部では低くなります。

変形体が移動しているときは、進行している先端部では原形質が盛り上がって、ほぼ一様にシート状に広がります。後部では、管構造が形成されてネットワークを作ります(この記事の始めの「シート状の粘菌」の画像)。原形質の厚みは後ろに向かうにつれて薄くなります。このとき、細胞内のATP濃度は、進行端で高く後方に向かうにつれて低くなります。つまり、構造上の方向性と対応した方向性(極性)を持ちます。

同心円状のダラーッとした変形体の一部に、忌避刺激である青色光を当てると、粘菌は刺激部位から逃げようとします。このとき、ATP濃度はうねりを伴いながらも、進行端で高く後部で低いという極性分布へ遷移します。このように粘菌は、新たな行動を起こす時には、その化学パターンを変化させるようです。細胞内の化学成分も粘菌の収縮弛緩リズムに伴って振動しているのだそうです。

 

原形質の往復運動に対応する外層の収縮リズムは、外層を構成する化学物質の多重周期性の化学反応が反映していると考えられます。この収縮リズムは、あるサイズ(核の数で百個程度)以上になると現れます。つまり、変形体は振動子の集団だと見なせるわけです。

変形体の収縮リズムの特徴をまとめると次のようになります。

  1. 常に振動する
  2. この振動子は集団としてさまざまな振動パターン(定在波型、時空カオス型、回転らせん波、シンクロ型など)を示す。
  3. 振動パターン間を自発的に遷移する。

最初の2つの性質は、互いに結合している振動子からなる体系(結合振動子系)で一般的にみられるものです(BZ反応もその一例)。3つ目の性質は、生物らしさを表すもので、そのメカニズムの解明は今後の課題です。

ここで興味深いのは、回転らせん波が発生すると、変形体の管構造が破壊され均一化するということです。心臓の心室細動でも心室に渦巻き波が発生することが思い出されます。

 

粘菌が忌避・誘因刺激に応答する際にも、振動パターンの遷移が見られます。粘菌が同心円状にダラーッとしている場合、外部環境が均一だと、振動周期は同じでも周辺部と内部では位相が逆転した振動パターンを示します。

この粘菌の一部をあたためて刺激(誘因刺激)してみます。すると、刺激した領域で振動位相が逆転します。それから、反転位相の領域は周辺に広がっていきます。逆に冷やした場合(忌避刺激)にも同様の位相の逆転が見られます。誘因刺激の場合は位相波は刺激部位から外側へ向かって伝播するのに対し、忌避刺激の場合は逆に刺激部位に向かって内側に伝播します。つまり、位相波の伝播方向が、誘因・忌避刺激の識別の指標となっていることが分かります。ブドウ糖アミノ酸などの誘因刺激でも、塩味物質、苦味物質、青色光、紫外線照射などの忌避刺激でも同様の変化を引き起こします。以上のことから、位相波の伝播方向が好き嫌いの行動判断と対応していることが分かります。

 

こうした真性粘菌変形体の性質から着想を得たアメーバ型ロボットの研究もされています。これは、同じ形をした複数の機械ユニット(モジュール)の集合体で、モジュラーロボットの一種です。完全な自律分散制御によってアメーバのような運動を実現させることを目標とした研究だということです。

 

※参考

◾『自己組織化とは何か 第2版』都甲潔/江崎秀/林健司/上田哲男/西澤松彦(講談社ブルーバックス

◾『非線形科学 同期する世界』蔵本由紀集英社新書) 

 

 

※BZ反応(ベロウソフ・ジャボチンスキー反応)

1,4-Cyclohexanedione Belousov-Zhabotinsky Reaction - YouTube(by SteinbockGroup)

 

 

 

第6章  ヒトは粘菌に学べ

この章では、著者の「日々の研究生活における一人の職業科学者としての心の内」が述べられています。研究することの苦労と喜びが語られるとともに、学問に対する心構えが説かれています。

「目の前に答えはある。それが何の答えなのかがわからない。適切な問いを探すことが我々の問いである」

これは、逆問題の考え方です。

一般に、学ぶとは、「自分自身が今いる世界から外へ出る」ことだと思われます。

これは、知的感受性の問題です。好奇心と知的感受性を持つことの大切さが述べられています。知的感受性は、とても大事。

スポーツの上達には、基本動作の繰り返し練習が不可欠なように、新しい概念の習得にも脳の繰り返し練習が必要です。

脳の機能から考えても、繰り返し練習するしかないと思います。もちろん、どの分野でもプロとアマチュアでは、そのレベルが違うわけですが。

科学では、よく「観察」をします。観察することの本態とは、「何かを見ること」ではなくて、「何を見たらよいか気づくこと」です。

学生時代には、このことになかなか気づけないものです。私自身の学生時代の反省を込めて云わせてもらうと、やはり「素直さ」と「謙虚さ」が大切だと思います。

「一次近似を粗くとる」ことをその感受性を磨くための方法として提案してみたいと思います。

最初から細部を詰めてしまわないで、まず、全体の傾向を大まかにつかんでみるということです。また、独創的な研究者は、発想を転換する能力に長けていると述べられています。さらに大まかなゼロ次近似を見極めるセンスについても述べられています。あと、テイラー展開は、とても大事。

学校では、二つのことを教えてくれます。一つは社会の一員としてルールを身につけるための「標準化」』(社会性の理解)、もう一つは「自分自身の独創性」です。

型にはめるのが「標準化」で、型からはみ出すのが「独自性」です。型がなければ、はみ出す部分も出てきません。著者は、「この二面性がバランスよく成立しているのが良い学校」だと述べています。その上で、「はみ出す部分こそ大切に」すべきだと説いています。「標準化」はシステムの協調性のために必要ですが、「独自性」という多様性がなければ、システムは劣化してしまうということでしょう。

最後に、粘菌研究で知られる南方熊楠が親友に宛てた手紙の一節が引用されています。ここでも、その一節を紹介しておきましょう。

宇宙万有は無尽なり。ただし人すでに心あり。心ある以上は心の能うだけの楽しみを宇宙よりとる。宇宙の幾分を化しておのれの心の楽しみとす。これを智と称することかと思う。

 


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南方熊楠(のレリーフ

 

 

 

🔘粘菌迷路解きアルゴリズム

粘菌の迷路解きを表す方程式を紹介しておきましょう。この方程式には Physarum Solver(フィザルムソルバー)という名前がついています。フィザルムはモジホコリのことです。


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(引用元:我々は脳がすべてをコントロールしていると思っていないか?~書評「粘菌~偉大なる単細胞が人類を救う」 - 毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

 

これだけでは何のことか、さっぱり分からないので、説明を加えておきましょう。まず、右上の図は迷路をグラフで表したものです。迷路の行き止まりや分岐点を節点N_i (i=1,2,…) とし、特にエサ場所に相当する節点をN_1,N_2とします。節点N_iとN_jを結ぶ辺E_ijの長さをL_ijとすると、迷路解きの問題は「N_1とN_2を結ぶ経路を見いだせ」という問題になり、「その中で最小の長さのものを求めよ」というのが、最短経路探索問題になります。

 

このグラフを水道管ネットワークと見なします。ただし、この水道管は流れる水の量によってその太さを変える特殊な水道管とします。節点N_1から一定の流量Q_0で水を流し込み、N_2から同量の水を抜く状況を考えます。この水流はハーゲン・ポアズイユの流れ(血管のような円管中の流れ)であることを仮定すると、管E_ijをN_iからN_jに向かって流れる水の流量Q_ijは、節点N_iでの圧力をp_iとするとき、

 Q_ij=(p_i-p_j)D_ij/L_ij   

となります。ここでD_ijは、コンダクティビィティ(伝導率)を表す指標で、管の半径の4乗に比例し、流体の粘性係数に反比例します。つまり、管の太さと密接に関係しています。この式は、与えられたL_ij,D_ijに対して圧力p_iを求め、それをもとにネットワーク上の流れQ_ijを決めるという意味です。

 

ここで、各節点に流入する水の量と流出する水の量はバランスしていないといけないので、上の図の「流れの方程式」が成り立ちます。ただし、上の図の流れの方程式は、Q_0=1の場合です。つまり、一般式では、

 j=1のとき、左辺=-Q_0

 j=2のとき、左辺=+Q_0

 j≠1,2のとき、左辺=0

となります。左辺は節点N_jを流出入する水の総量を表しています。N_1,N_2以外の節点では、

 流入量-流出量=0

となるわけです。

 

太さの変化の方程式」は、流量に対する管の太さの適応的変化を表す微分方程式です。ここで、関数f(Q)は流量に対応したコンダクティビィティ(伝導率)を与える関数です。これは、増加関数でf(0)=0を満たすもの、例えば、

 f(Q)=Q^μ

を考えます。

最も簡単なf(Q)=Q(μ=1の場合)について、シミュレーションを行うと、まず袋小路の経路が消失し、その後に最短経路が求まり、粘菌の迷路解きの過程まで再現します。μ=1の場合には、必ず最短経路が残ることが数学的に保証されているのだそうです。

 


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粘菌の迷路解きの過程(source : Le métro de Tokyo et les routes des États-Unis modélisés par Physarum Polycephalum, un micro-organisme unicellulaire | SCIENCE | Pinterest

 

上の図の迷路の場合、図eでは4通りの経路選択の組み合わせがありますが、μ=1の場合には、最短経路が残ります。ところが面白いことに、|μ|>1の場合には、収束は早くなりますが、必ずしも最短経路が残らなくなります。0<μ<1の場合には、可能な経路が全て残ります。

 

粘菌には、自分のからだの量に対してエサが豊富にある場合は冗長な経路を作る、といったように状況に応じて適応的に振る舞う性質がありますが、そのような振る舞いもフィザルムソルバーで再現することができます。そのためには関数f(Q)としてシグモイド型関数

 f(Q)=Q^γ/(1+Q^γ)  (γ>1)

をとると、からだの量の大小に対応するQ_0の大小に応じて、最終的に残る経路の冗長性を変えることができます。つまり、Q_0が大きいと最終経路は図eになり、Q_0が小さいと最終経路は図fになります。このように関数f(Q)を工夫することによって、粘菌の鉄道網シミュレーションにもフィザルムソルバーが適応できるわけです。

 

※参考

◾日本ロボット学会誌 Vol.32 No.6, pp530~535, 2014『粘菌の経路探索における最適化』小林亮広島大学

 

 


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Fuligo septica(カワホコリ)

 

 

 

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『自己組織化とは何か 第2版』~薄皮をむいたミカンに醤油をつけたノリを巻いて食べる - 森の踏切番日記

 

※BZ反応についてはこちらを参照してください。

『非線形科学』メモ(2) - 森の踏切番日記