森の踏切番日記

ただのグダグダな日記です

こんぴらさんでブラタモリ(2/3)

ブラタモリ』#60こんぴらさん(2/3)

~人はなぜ“こんぴらさん”を目指す?


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🐶こんぴらさんでブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記の続き

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人気の神社になって境内に起きた「とんでもないこと」って一体なんでしょう?

 

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ヒントはこの道です。さらに登ると…


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すぐにまた曲がる。


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江戸時代の頃からずっと続いていたものです。


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琴陵「いっぱいいまして」

 

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更に上へ行くと…


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[江戸時代初期の図]


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[大正時代の図]

どうしてでしょう?

 

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大正解


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草彅「江戸時代の初め」


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草彅「ところが、こんぴらさんの人気が高まるにつれ」


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草彅「そこで新たに置くスペースをつくったんです」


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残りあと40段です。


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近江「あとちょっとですね」


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タモリ「登りきりました」

 

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まずは、お参り。

 

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🔍金刀比羅宮Google マップ

 


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最近これやらないなあ。

 

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久し振りの草彅クンを探せ。

 

 

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こんぴらさんがどんな場所にあるのか見てみましょう。


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いい眺め。


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ここで前回の「さぬきうどん」編で登場した長谷川先生が再登場。

 

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内陸に入っているけど海が見える。

ということは、海からもよく見えるということ。


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 長谷川「形も面白いんですね」

 

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画面左の低い山がたぶん愛宕山で、そこから右へ、琴平山象頭山大麻山(おおさやま)からなる独立山を総称して、象頭山あるいは琴平山(あるいは金比羅山)と呼ぶようです。ややこしい。国土地理院の地図で確認すると標高は、愛宕山が232m、琴平山が524m、象頭山が538m、大麻山が616.3mとなります。

 
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象頭山琴平山)周辺の地形図

 

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こんぴらさんへ向かう讃岐街道からの眺めが象のように見えるということだそうな。


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ところで、江戸時代の人は本物の象を見たことがあるのかな?

 


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『山海見立相撲 讃岐象頭山歌川広重

たしかに象に見えるw

 


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『六十余州名所図会 讃岐象頭山遠望』歌川広重

 

象の眼の笑ひかけたり山桜 与謝蕪村

 

 


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享保14年渡来象之図』国立国会図書館

 

江戸時代までに何回か象が来日した記録がありますが、初めて多くの人の目に触れたと思われるのが、享保13年(1728)に来日したアジアゾウでしょう。この時、全国的に象ブームが起きたそうな。

どうしても本物の象が見たい将軍徳川吉宗が中国商人に発注したとかで、享保13年の6月に広南(今のベトナム)から7才の牡と5才の牝の2頭のアジアゾウが長崎に上陸。長旅の疲れからか牝の方は間もなく死亡しました。

翌年3月、牡象は長崎を出発。4月には京の都に到着し、中御門天皇の上覧がありました。官位がないと上覧はかなわないので、この時象に「広南従四位白象」の官位が与えられたとか。

当時14歳だった伊藤若冲は象を見ることができたでしょうか。若冲の象はあまり写実的ではないので、見られなかったのかもしれません。

それはともかく、象は東海道を東へ旅し、箱根の山も越えて、5月に江戸に到着。江戸市民の熱狂的な歓迎を受けたとか。八代将軍吉宗江戸城大広間の前庭で象を観覧しました。余は満足じゃ。

象は浜御殿で飼育されましたが、寛保元年(1741)には農民に払い下げられ、寛保2年(1742)に病死しました。

その後幕末まで日本人が本物の象を見る機会はなかったということなので、江戸時代の多くの日本人は、本物の象を見たことはなかったということになります。絵を見たり話を聞いたりして想像をふくらませたことでしょう。

 


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伊藤若冲が80歳頃(1795)に描いた白象図。若冲の象はいくつかの作品で見られますが、どれもだいたいこういう感じです。これはこれで好きですけど。

 


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相国寺釈迦三尊像 普賢菩薩伊藤若冲(1765)

当時の日本人にとって、象といえば仏教だったと思います。普賢菩薩の乗り物である白象が連想されたと思います。象頭山松尾寺は、大宝年間(701~704)に役小角が開基したという伝承があるようですが、象頭山も元々は仏教がらみの命名ではないかと思います。

 


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こちらは、タイ王国パタヤの象村でのアジアゾウのショー。 

 


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不完全ながらメサ


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近江(めさ?)


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先生わかりません (^_^;)


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メサ(mesa)は卓状台地ともいいます。

上位に硬い水平な地層があって、下位に柔らかい地層があると、下の地層が侵食されて急崖を形成し、上部は侵食されないためにテーブル状の台地となります。これを卓状台地あるいはメサといいます。

象頭山もかつてはメサだったと考えられます。


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花崗岩でできたくぼみがあったと考えられます。


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なるほど。

 


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ちなみに、屋島高松市)もメサです。

出典:屋島 - Wikipedia(by 屋嶋の仙人)

 


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こちらは、モニュメント・バレー(米国)のメサ

※メサがさらに侵食が進み、右奥に見えるような孤立丘になったものはビュート(butte)と呼ばれます。

 


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長谷川「マサになってて柔らかいんですね」


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近江(メサとマサ?)


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毎回混乱してないかい?


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「まさご」ともいいます。


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山の形が独特で、しかも周りと比べて高くて目立つ山だということが、こんぴらさんが信仰された理由の1つだということです。

タモリ「不完全メサがよかったんですよ」

近江「ちょうどいいあんばいで」

 

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でも、なぜ御本宮が頂上ではなくてここにあるのでしょうか?


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長谷川「実は、おっしゃるとおりなんです。これ以上はね、ちょっとってとこなんです」

 


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急な崖。


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御本宮は花崗岩の地層と安山岩の地層の境にあった?


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まさに頃合いのいい場所なんです。


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ちなみに、御本宮がある辺りの標高は国土地理院の地図で見ると、236mです。さらに583段の石段を登った奥社の巌魂(いづたま)神社の標高は、421mになります。巌魂神社は、1905年(明治38)に現在の位置に遷座されました。

 


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👺奥社の断崖に彫られた天狗とカラス天狗

 


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人がこんぴらさんを目指した理由は、お参りだけじゃない?


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俗🎵


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聖があれば、俗もある。

 


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分かるんですと。


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歌舞音曲とか、お酒とか。 

遊郭もあっただろうな。

 

そういえば、レオマワールドってあったなあ。

あれまだあったっけ?

・・・・・・

ニューレオマワールドになってた!

全然知らんかったなあ。頑張ってはるんや。

こんぴらさんから割と近いんやったなあ。

それはそうとして…


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タモリ「ああ~、やってる、あれか」


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タモリ「出雲でもやっていた富くじ、ここでもやっていたんですか」


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富札と同じ番号の木札を駒箱に入れて、上部の穴から錐を突き入れて一枚を刺し取り抽籤しました。なので、富突とも呼ばれていました。


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富籤の勧進元は寺社にのみ許されていました。

 

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近江「10万円ぐらい…」

タモリ「いやいやもっとでしょう」

近江「100万円!」

タモリ「いやもっとでしょ」

近江「もっとですか!?」

タモリ「1000万円と言いたいですね」


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1等賞は銀六貫目。ということは、約750万円か。散財するのに手頃な感じだな。

 

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草彅「多くの人をとりこにした富くじ


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🐘次の記事へと続きます

 


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近江友里恵メサマサ混乱図

 

 

 

🐘伊藤若冲金刀比羅宮🐘

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伊藤若冲は、1764年(明和1)、49歳の年に、象頭山松尾寺金光院奥書院の上段の間に「花卉図」を、二の間に「山水図」を、三の間に「杜若図」を、広間に「垂柳図」を制作しています。

佐藤康宏氏は、『伊藤若冲 生涯と作品』(東京美術)で、「動植綵絵」などの制作に熱中していたであろう当時の若冲が、わざわざ讃岐まで出かけたとは思われないので、絵だけを送ったのではないかと推測しています。

また、当時、奥書院を私的生活の場としていた金光院の第十代別当・宥存は、少年時代に京都で若冲に就いて絵画を学んだことがあるので、その縁で依頼されたのではないかとも推測しています。

1844年(天保15)には、これらの障壁画は損傷がひどくなったため、「花卉図」だけが残され、他の三室の絵は撤去され、岩岱に新たな障壁画を依頼し、現在に至るということです。奥書院は、作品保護のため通常は非公開です。

※上の画像は『花卉図』より「梅」(金刀比羅宮

 


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金刀比羅宮奥書院上段の間『花卉図』伊藤若冲

(出典:金刀比羅宮

 

 

 

 

こんぴらさんでブラタモリ(1/3)

ブラタモリ』#60こんぴらさん(1/3)

~人はなぜ“こんぴらさん”を目指す?


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近江「混乱する~  (>_<)  」

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🐶あけましておめでとうございます

1月2日の夜7時20分から放送された『富士山・三保松原』は、おせちを食べながら、お酒を飲みながら、「めちゃイケ」と交互に視聴していたので、詳しくまとめるのはあきらめました。

※結局、簡略版を〈一富士二鷹三茄子のルーツは三保にあり? - 森の踏切番日記〉にまとめました。

 


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今回は、2日の朝に再放送された「富士山頂」「箱根」「京都祇園」「こんぴらさん」から、「こんぴらさん」をお送りします。

 

※「京都祇園」は過去記事にあります。

👉京都・祇園でブラタモリ(1) ~祇園町南側どす - 森の踏切番日記

※「箱根」は過去記事を大幅修正しました。

👉箱根でブラタモリ - 森の踏切番日記

 

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この回が放送されたときは、諸事情があってまとめることができなかったので、今回の再放送はうれしかったです。( ´∀`)

 

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タモリ「ここからが急ですね」


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近江アナは、こんぴらさん初体験。


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タモリさんは、4度目。


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タモリ「まず最初は」


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タモリ「おやじと一緒に来まして」


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タモリ「丸亀に着くやいなや嘔吐の連続」

 

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タモリ「その次の日、こんぴらさん登ったんですよ」

 

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しみじみ


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その代わりに無口になります。(さっき富士山頂編で見たw)


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タモリ「それに比べれば大したことない」


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こんぴらさん」の正式名称は「金刀比羅宮(ことひらぐう)」で、主祭神大物主神崇徳天皇です。

 

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奥社までは1368段あるそうな。

 

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「石段かご」さん。駕籠タクシーです。駕籠の重さは20kgくらいあるそうです。大門までの365段を上り下りします。料金は、登り5300円、下り3200円、往復だと6800円だそうです。体重制限は100kgくらいまでだとか。それ以上重い方は自力で登ってください。駕籠が行けるのは大門までですが、身体に障碍のある方は、身体障碍者手帳と金刀比羅宮の事前許可があれば、料金は高くなりますがもう少し上まで乗れるそうです。

 

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タモリ「なんで目指したんだろうね」


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大門までが急峻。


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石段かごさん、速い!


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生粋のこんぴらっ子。


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江戸時代の中頃から全国の庶民の間に信仰が広まって、「金毘羅参り」は伊勢神宮への「お陰参り」に次ぐ庶民の憧れになったそうな。この二ヶ所と京都の東西本願寺が江戸時代のお参りビッグ3となります。


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金毘羅祭礼図屏風


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明治元年神仏分離令までは神仏習合で、真言宗象頭山松尾寺金光院がありました。ご神体は神仏習合神である金毘羅大権現でした。つまり、江戸時代の金毘羅参りは、象頭山松尾寺金光院に詣でることでした。神仏分離令以降、「金刀比羅宮」と改称されて神道の神社になりました。

 


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百人一首之内 崇徳院歌川国芳

保元の乱で讃岐に配流された崇徳天皇が松尾寺金光院に参籠したことから、御霊信仰の影響で崇徳院が合祀されました。

  


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東海道五十三次 沼津』歌川広重

 山岳信仰修験道とも関わりがあって、天狗は金毘羅大権現の眷属とされています。崇徳院も天狗になったと云われています。上の絵のような天狗を背負った行人が金毘羅信仰を広めたとも云われています。

 

 
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金刀比羅宮 - Wikipedia金毘羅権現 - Wikipediaを参考にしました。

 
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タモリ「なんでこんな苦しいところを多くの人が目指したのか」

 


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参拝客は年間300万人だそうな。

 

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今日はこんぴらさんブラタモリ

 


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これは急な石段だわ。石段かごさんスゲえな。

 

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ようやく大門に到着。石段かごさんは通常ここまで。


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いい景色。


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土産とかを売ることができない。

 

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ところが…


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何か売ってた。


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べっこう飴?


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試食する二人。


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五人囃子ではなくて。


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800年くらい前から。


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五人百姓。鎌倉時代から飴だけを売り続けています。


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「加美代飴」というそうな。


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「こんぴら詣りにまた飴か」


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お宮の神事に従事していた五家を五人百姓といい、この五家の家筋に限り神域で商売をする特権が与えられたのだとか。


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みんたべ。


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御利益をおすそ分け。ついでに土産話もすると。


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伊勢神宮の「お伊勢講」と同じように「金毘羅講」もあったらしい。

 


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笑顔でしあわせ。こんぴらさん!!



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「僕も船に乗ってますからお札を貼っています」


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さすが船舶免許を持っているタモリさん。


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戦国時代には備讃瀬戸にある塩飽諸島を本拠地とする塩飽水軍が金毘羅大権現を深く信仰していました。


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江戸時代に入って徳川家康に安堵された彼ら塩飽の島民は、河村瑞賢が確立した西廻り航路の海運を一手に引き受けます。


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彼らが乗る廻船が金毘羅大権現の旗を掲げて諸国の港を巡ったことから、金毘羅大権現が航海の神として広く知られるようになったと云われています。幕末に太平洋を横断したあの咸臨丸の水夫も7割は塩飽の島民だったとか。

塩飽諸島 - Wikipediaを参考にしました)

 


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「ことおかやすひろ」さん


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地下室に降ります。


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船乗りならではの奉納がこの樽。


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お酒が入ってる。


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どのようなしかたで奉納されるか?


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海に浮かんでる。


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船から落として流した。


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地元の漁師さんが拾って代参した。


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草彅「船乗りたちの信仰の証拠」


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草彅「瀬戸内海に流しました」

草彅「樽を流した人も樽を届けた人も」

 

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そういうことにしておかないと誰も持っていってくれないよな。


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海上自衛隊は、練習艦の実習や処女航海のときなどに流し樽をするようです。

 

 

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護衛艦あさぎり(出典:防衛省・自衛隊

2012年に練習艦から現役復帰。母港は舞鶴基地

 


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迷惑奉納品?


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むげにできない。後ろ苦笑い。


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岩手の人が用材にと奉納したという「流し木」だそうな。無事流れ着いたのがすごい。途中の浜にうち上げられても、その土地の人が、また流してあげるという風習があったようだが、黒潮をどうやって乗り切った?


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正直使えない。


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こんぴらさんへの代参といえば、清水の次郎長親分の代参で参拝した森の石松が有名ですな。


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タモリ「信仰だけしてくれっつうんだよね」


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草彅「たくさんの人が目指すようになった事、よ~く分かりました」

ていうか、船の模型に興味津々のタモリさん。


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信仰が広まったのはいいけれども、境内で「とんでもないこと」が起きてしまいました?


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🐶次の記事へと続きます

 

 

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杖は無料で貸してくれるそうな。

 

 

 

 

🐶おかげ犬🆚こんぴら狗🐶

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東海道五十三次 四日市歌川広重

江戸時代には、伊勢神宮へお陰参りに行けない飼い主の代わりに、飼い犬が代参したという話があるそうな。この犬のことを「おかげ犬」と呼ぶそうな。上の浮世絵に描かれた犬がその「おかげ犬」なのです。

絵を見るとおかげ犬だと分かるように首にしめ縄を巻いてもらっています。また、お金とお伊勢参りの旨が書かれた書付を入れた袋もぶら下げていたようです。お陰参りへ行く人たちについていったようです。

道中でも人々から食事をもらったり、泊めてもらったり、世話をしてもらえたようです。上の絵の犬は、旅人から饅頭か何かをもらっています。そういう親切がお伊勢さんの御利益をもたらすと信じられていたのでしょう。伊勢神宮では、ちゃんとお札をもらって帰路についたそうです。

今では、「おかげ犬サブレ」とか「おかげ犬張り子」とか「おかげ犬ストラップ」とかおかげ犬グッズが伊勢土産で売られていて人気なのだとか。

 


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金刀比羅宮のこんぴら狗像

こんぴらさんにも犬が代参した話があるそうな。この犬を「こんぴら狗」と呼ぶそうな。金刀比羅宮でも、こんぴら狗の置物とか絵馬とかミニこんぴら狗付きのお守りとかがあるそうな。

 


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『金毘羅狗図』掛軸(部分)作画・平林春一

(出典:金刀比羅宮


 

 

 

 

川上弘美著『なめらかで熱くて甘苦しくて』の感想~万物は流転する

12月の読書録02ーーーーーーー

 なめらかで熱くて甘苦しくて

 川上弘美

 新潮文庫(2015/08/01:2013)

 ★★★★

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なめらかで熱くて甘苦しくて (新潮文庫)

 

 

私は、本を購入するとき、単行本よりは文庫本を、新品よりは古本を優先する。つまり、あまりお金をかけないケチ臭い性格をしている。なので、このブログに載せる感想もほとんどは旧刊本になる。ブログに感想を載せる場合、新刊本の感想を書いた方がアクセス数は稼げるだろうと思うが、このブログは別に金銭が発生するようなブログではないので、特に無理はしない。

数年前から、購入する本の半数以上はブックオフ・オンラインを利用している。ネットで古本を購入する場合、当たり外れがあるのは仕方のないことで、たまに状態の悪い本が送られてくることもある。特にラノベの場合、状態の悪い本に当たる確率が高いように思う。ラノベはすぐに読めてしまうし、ほとんど二度読みはしないので、そういう時は諦めることにしている。

逆に、新品同様の状態の良い本が安く手に入ることもあるし、たまにすごくいい匂いのする本に当たることもある。この『なめらかで熱くて甘苦しくて』がまさにそういった本で、文庫本からほのかにいい匂いがただよってくる。これは女性のコロンか何かの匂いだろう。このタイトルでこの匂い、官能的である。

 

 

本書には五つの短編が収められているが、それぞれのタイトルがラテン語で、「aqua」(水)「terra」(土)「aer」(空気)「ignis」(火)「mundus」(世界) となっている。「水」「土」「空気」「火」といえば、ギリシア哲学の四元素で、中世ヨーロッパの錬金術の基本概念でもある。「世界」は、これら四つの元素から成り立っているというのが、その考え方である。五つの短編は内容的には全く関連性はないのだが、このタイトルの付け方から見ると、本書には一貫したテーマがあるように思われる。

 


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四元素のシンボル(火・水・空気・土)

 

 

aqua

田中水面(みなも)は、小学三年生の五月に転校してきた小学校で、「あたし、前世の記憶があるの」という田中汀(みぎわ)と友達になる。それから高校一年までの性と死に関係する身辺の出来事が断片的に語られる。

その中でも水面と汀が生まれた年に行方不明になり、三ヶ月後に山林で全裸死体となって発見された田中渚という女の子の話は水面の心に深く残っている。水面と汀の関係は、成長期の女の子にありがちなベタベタした関係ではないのだが、水面の記憶に深く残るエピソードがいくつか語られる。汀は水面より少し大人で水面の一歩前を歩いていて、時折、水面の手を引いてあげる優しさを持っているように思われる。

「世界は大きくてあたしたちは小さすぎる」

思春期にある水面にとって性も死も身近な存在でありながら実感が伴わないのだが、世界における自己の存在の儚さを感じとった刹那に、あたかも相転移が起きたかのように、それらが彼女の心に迫ってくるのである。彼女が流す涙は自分自身のためでもあり全ての生命のためでもあるのだろう。そうして彼女は浄化されるのだ。この短編は思春期に誰もが経験するその相転移の瞬間を見事に描いているように思う。この相転移に可塑性はない。後戻りはできないのである。

登場人物の名前を列挙すると、寒川先生、村江道子、沢先生、雨宮先生、寺村洋子、須藤雪子、立川咲子、皆川真美、松浦章子、水面の母・清子、水面の父・三津夫、井戸哲也、田中渚、小湊泰子、河合由真、望月勢津子、立山洋太、坂中流花、池田妙子、清子の姉・澄子、と全て水に関係のある文字が含まれている。この中で気になるのは「井戸」である。イド(id)と云えば、フロイトエス(Es)のことである。エスは無意識の領域である。専門的なことはよく知らないが、性(エロス)と死(タナトス)にイドとくれば、これはもうフロイトである。

 

 

terra

なめらかだった景色の中に光る砂粒のようなざらざらしたものが混じり、次第にざらざらが増えて景色が荒れてくる。しまいには景色は消え、世界ぜんぶが砂粒に変わってしまう。それがわたしの貧血だ。

私は小学生の頃よく貧血を起こしたので、この描写は懐かしい感じがする。同時にチクチクした感覚が頭の中に広がっていき突然意識がブラックアウトするのだ。気がついたときには保健室のベッドで横になっていたものだ。死ぬときはこんな感じだろうかと思ったりしたものだった。

ひとりぼっちの女の子がいた。彼女はからっぽだった。彼女は自分の中を満たしたくて、男とセックスをした。それでも満たされることはなかった。彼女はひとりぼっちなので、自分独りで架空の会話が出来るくらいに独り言が得意だ。ある日、彼女は思いがけなく死んでしまった。信号無視のクルマにはねられたのだ。生きている実感が持てないさみしい女の子は死んだ実感も持てないだろう。

「つまらないなあ、死ぬと」

人間は大地から生まれたという神話もあるが、人間の身体は有機物であり主に炭素Cと水素Hと酸素Oと窒素Nから成り立っているので、土の中の有機物と変わりはない。昔は土葬だったで、文字通り土に還った。火葬にしても、二酸化炭素や水や二酸化窒素などに分解され、巡り巡って土に還る。死んでしまえば、意識も記憶もこの世界から抹消されてしまう。そしてまた、別の何かになるのだ。

この短編は、プラトンの『饗宴』に出てくる有名なアリストパネスの話を思い出させる。村上春樹の『海辺のカフカ』でも大島さんがカフカ少年に話し聞かせている話である。

「昔の世界は男と女ではなく、男男と男女と女女によって成立していた。つまり今の二人ぶんの素材でひとりの人間ができていたんだ。それでみんな満足して、こともなく暮らしていた。ところが神様は刃物を使って全員を半分に割ってしまった。きれいにまっぷたつに。その結果、世の中は男と女だけになり、人々はあるべき残りの半身をもとめて、右往左往しながら人生を送るようになった。」

村上春樹著『海辺のカフカ』より)

人間はもともとは二人分が背中合わせに一体(アンドロギュノス)になっていたというのである。だから、独りでは満たされないし、求め合うのだと。 それだからこそ、「全きものに対する憧憬と追求とはエロスと呼ばれている」のであると。従って、求め合う片割れと巡り会い一つになった、ただその時にのみ人は満たされ幸福を得ることができるのだと。

死ぬ時は、いつも半端。誰でも半端。

 

 

aer

ヒトのオスがどうしても実感することができないのは、妊娠と出産である。こればっかりは経験のしようがないし、ヒトは自己が経験しないことに共感することはなかなか出来るものではない。子供に対する感情がオスとメスで差があるのは仕方のないことだと考える。世間には、「イクメン」とか言って単純なオスをおだてて育児に参加させようという陰謀が渦巻いているが、そんなに簡単なものではないだろう。ヒトのオスには本質的に「育児」というスペックは装備されていないのである(個人差はあります)。

この短編は、とてもやわらかくて熱くてよくわめく「しろもの」を生み育てる過程が論理的かつユーモラスに描かれていて興味深かった。コドモを生み育てることの大変さは分かっているつもりだが、ハハの立場で考えることはオスにはなかなかできないし、オスはこういう小説を読む機会もなかなかないのである。この小説はオスこそ読むべきかも知れない。

ヒトは「どうぶつ」の一種だが、日常生活において、自己が「どうぶつ」であると自覚することはほとんど無い。ところが、妊娠するとヒトが「どうぶつ」であることを嫌が上でも自覚するようだ。と同時に、幸せな気分で何も考えなくなるようにできているようだ(個人差はあります)。それもこれも陣痛と出産という難事業を乗り越えるための自然の仕組みであるようだ。

しあわせになったのには、やはり理由があった。無駄のないどうぶつの体。

出産してからも大変である。最早しあわせ気分の時代は終わった。取り越し苦労が絶えない。これは気分の問題である。考えすぎると育児ノイローゼとかになりかねないから、あまり考えすぎない方がいいですよと言いたくなる。オスにとって首の据わっていない赤ん坊というのは、フニャフニャしていて本当に扱いづらい。落としたら大変だし、なるべく触りたくない。私は、赤ん坊というとどうしてもそういう気分になる。この小説でもオスの出番は少ない。

「わたしという全体集合Iにアオという部分集合Pは内包される」という数学的表現が私には分かりやすかった。P⊂Iである。やがて赤ん坊は部分集合Pではなくなり、「重なりの多い和集合PとQ」へと変化する時期が訪れる。P∩Qとなるのだ。そうしてただの「しろもの」が「ニンゲン」へと変化するのである。お乳が出ている間はハハは中途半端に「どうぶつ」であるようだが(個人差はあります)、ハハももとの「私」に戻る。年々共通部分P∩Qは小さくなっていく。

こうした母と子の関係は神話的であるし、およそ神話というものは母子関係のメタファーを内包する。そして、神話は繰り返されるのである。この小説は、母性愛を神聖視していないところが良い。私は、個人的な経験により、母性を信用していない。そういったものは、全て気のせいである。 

 

 

ignis

昔の人は、光と熱と電気をあまり区別して考えなかった。それらは全て「火」の属性なのである。錬金術の時代から近代科学の時代への過渡期には、燃焼とはフロギストン(燃素)という物質が物体から放出されることだと考えられていた。火には水とは異なる浄化作用があるように思う。

男と女がいた。二人が年に一度ほど歩きに来る道があった。茶畑の中をひとすじに通る道を、三時間ほどかけて二人は歩く。その道には小さな犬のようなものがいる。犬ではないかもしれない。それはやたらまぶしく光っている。ほんの時たま、すれちがう人も光っている。道もよく光る。

自分でつくれないものを縁って言うんです。

男と女は、三十年よりもっと長く一緒に過ごした。傷つけながら。傷つけられながら。する時はずいぶんさみしい。することは行為に過ぎない。したからといって、溶け合うわけではない。結局、「する時」も半端なのか。

どうせこの世には自分と同じ気持ちの人間なんかいるわけない、いるわけがないんだから。

それでも、男と女はずっと一緒にいるのである。そのことに理由も意味もない。それが自然だからなのだろう。自然現象には理由も意味もない。遠い遠い過去において、何ものかが揺らいで火の玉となって膨張していっただけのこと。

幸せな時には、幸せのことは考えない。

人は死ぬ。いつか死ぬ。いつ死ぬかは分からない。明日死ぬかも知れないし、3分後に死ぬかも知れない。死にたくはないが、死ぬこと自体はあまり怖くはない。みんな死んでしまうから。できれば苦痛を伴わずに死にたいと願うだけである。もしかしたら、ずっと死なないかもしれない。そう考える方が、私は恐怖を覚える。

茶畑にかこまれた道は、東から西、西から東へと、長くつらなっている。彼岸と此岸の境界線上にある道。カオスとコスモスの縁にある道。どこかへと向かう道。そして、何処へも辿り着かない道。男も女も光っている。

昔、男と女がいた。どこかで聞いたことのある話が多いと思えば、あの有名な古典のオマージュであったか。これは、燐火のような物語である。

 

 

mundus

これは「子供」とその家族の物語である。子供の家族は祖父母と父母と兄二人である。祖父には愛妾が二人いた。父親にはどこででも寝てしまう癖があった。

「それ」が豪雨の中、橋を渡ってきたのは、子供が三歳の時のことだった。それは、そのまま子供の家に居ついた。祖母が気になる「ラスト」という店の話、母親の家出の話、どこででも寝てしまう父親が拾った猫の話、祖父のアカヤマイの話、父親の帽子の話、などの話が断片的に語られる。子供の住む町は度々洪水の被害に遭う。

主人公は、子供ではなくなっても最後まで「子供」と呼ばれている。ここまでの四編の主人公は女性だったが、この短編では主人公の性別は明らかではない。「子供」と呼ばれることで一般化されている。

 

それの背の高さはすぐに変わった。洪水の季節に向かう頃になるとずんずん背が伸びた。洪水の季節が過ぎると少しずつ縮んだ。

それは子供にとって、「なめらかで、熱くて、甘苦しくて、決して知らないふりのできないもの」だった。

それが上の兄と溶け合うさまを目撃した子供はうらやましく思った。それとまじりあう時はひどく苦しそうだが、まじりあってしまえば反対に深い快楽を得るようだ。それが気になる子供は、それについて離れなくなった。子供は川沿いの道を歩いているとき、それとはじめて溶け合った。溶け合うと、からだ全体に何かが満ちて、とてつもない快感を得るようだ。

ときおり、それは水にのって流れていってしまった。それが行ってしまうと、子供は所在なくなった。所在ないのに、気持ちが満たされた。

それは形の定まらない、柔らかそうなものだった。それはきらきらと光った。それの背中には羽根がはえていた。猛禽類の羽根がすりきれてささくれたような羽根だった。黒地に黄色い線が入っていた。それは、雨の降る日には不安定になった。

作中、「それ」について様々なことが語られるが、語られれば語られるほど、それが何者であるか分からなくなる。それは橋を渡ってやって来たが、橋はこの世と異界との境界に架けられるものである。つまり、それは異界からやって来たということだろう。それは何者なのか。

 

「世界」は何で出来ているか。世界を構成する物質は元素で出来ている。元素は素粒子で出来ている。古代ギリシアの哲学者や中世ヨーロッパの錬金術師たちは「土」「水」「気」「火」の四元素で出来ていると考えた。しかしながら、世界をそういった元素に分解して分析しても世界のことは何も理解できない。

「歴史」は何で出来ているか。記憶と記録で出来ている。記憶と記録は事実を内包しているが事実そのものではない。事実は記憶され記録された時点でそれは事実ではなくなり物語となる。従って、すべての歴史は物語である。

この小説は、ある「世界」の「歴史」を物語っている。物語の断片の一つ一つを分析してもこの「世界」を理解することはできない。しかしながら、この「世界」の「歴史」はこれらの物語で成り立っている。

 

「雨が降る」を英語で言うと、“It rains.” である。文法的に云うと、この rain は自動詞で、it は非人称代名詞と呼ばれる。しかし、もともとはそうではなくて、人知を超越した何者かが「雨を降らせる」という意味だったに違いない。「それが雨を降らせる」のである。「それ」とは、人知を超越した何者か、つまり、森羅万象のことであり、古代の人はそこに神的なものを感じたのである。「それ」は、畏怖の対象であった。

it はドイツ語では Es である。フロイトの Es である。「それ」とは、無意識の領域である。意識は階層構造を持っている。無意識の領域を深く沈潜するとそこには、集合的無意識が存在する。専門的なことはよく知らないが、「それ」はユングの元型のようなものかも知れない。

森羅万象は突きつめれば宇宙である。宇宙は階層構造を持っている。宇宙があり、その下の階層に超銀河団があり、その下の階層に局所銀河団があり、その下の階層に天の川銀河があり、その下の階層に太陽系があり、その下の階層に地球があり、その下の階層に人間社会があり、その下の階層に個人の意識があり、その下の階層に無意識があり、その下の階層に集合的無意識がある。集合的無意識は宇宙につながっていると仮定すると、ウロボロスのような円環構造が出来上がる。

「それ」とは、森羅万象でもあり、無意識でもある。「それ」は四元素から生み出された創発的なスピリットのようなものであるかも知れないし、第五元素エーテルかもしれない。あるいは、スピリットのようなものであり、かつ、エーテルであるかもしれない。「それ」は、一にして全であり、全にして一なる存在であり、確かに宇宙に偏在するモノではないだろうか。

 

それは、子供が生きているうちに去ってしまったようである。いつ去ったのかは明らかにされていないが、水路が整備され、水の流れが定まってしまった時ではないかと推測する。もう町に洪水は起こらなくなったのだ。それは、単なる非人称代名詞になってしまったのである。文明化された世界ではそれは存在できないのだろう。だから、異界へ帰ったのだ。だが、子供の裡(意識)には、それとの思い出は多く残っているのである。子供の魂(意識)の深いところで、子供はそれとかすかにつながっている。子供はやがて土に還る。

私は、この短編集を21世紀の錬金術の書として読んだ。この錬金術は、物質的な金や不老不死の薬やホムンクルスを作り出すためのものではなく、いわば、魂の錬金術と云えるものである。対立しあうものを結合させ溶け合わせる錬金術である。私たちは魂(意識)の深いところで「それ」を介して宇宙とつながっている。そして、万物は流転する。この短編集は、そういう物語なのである。(強引w)

 

 

 

なめらかで熱くて甘苦しくて (新潮文庫)

なめらかで熱くて甘苦しくて (新潮文庫)

 

 

 


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錬金術におけるウロボロスウロボロスは蛇またはドラゴンで、二匹の場合もある。中のヘキサグラムが四元素を象徴している。他の図は日月と五惑星を象徴していると思われる。通常は、中央に水銀を象徴する水星(Mercury)が入り、日月と他の四惑星が周囲に配される。他にも、中央に金を象徴する太陽が配されたり、中央にプロビデンスの目が描かれたり、様々なバリエーションがある。

 

 


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ハガレン』に出てくるこのシンボルの元ネタな。

 

 

 

 

 

 

 

『ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン』をようやく読んだ

12月の読書録01ーーーーーーー

 ヒア・カムズ・ザ・サン

 小路幸也

 集英社文庫(2017/04/25:2015)

 ★★★

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ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン (集英社文庫)

 

 

小路幸也東京バンドワゴンシリーズは、文庫本になれば読むことにしています。ところが今年は、文庫本が出た4月頃はバタバタしていたこともあってか、すっかり忘れていました。先日ようやく思い出して、あわてて読んだ次第です。今年中に読めてよかった。

このシリーズは通常4編の短編が収められていて、本書はシリーズ10作目になります。4作目の長編『マイ・ブルー・ヘブン』と8作目の短編集『フロム・ミー・トゥ・ユー』は番外編と云える内容なので、本編としては8作目ということになります。

内容の方は相変わらずです。まあ、それが良いのですが。東京の谷根千辺りで明治18年創業の古本屋「東京バンドワゴン」を営む堀田家の今どき珍しい大家族と周囲の人たちが繰り広げる、笑いあり涙ありのホームドラマです。毎回巻末に、「あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ」とあるように、このシリーズは、1961年生まれの著者が少年期に見ていたであろう昭和40年代から50年代のテレビのホームドラマを彷彿とさせる内容です。

 

本シリーズが始まったとき、小説内の時間は単行本第1作の刊行年月と同じ2006年4月だったと推定されます。これは、『マイ・ブルー・ヘブン』で本シリーズの語り手である堀田サチ(五条辻咲智子)が昭和20年の時点で18歳だと言っていることが根拠となります。当時は数え年だったので、サチさんは昭和3年生まれでしょう。シリーズ1作目では、サチさんは既に亡くなっていて幽霊として読者に語りかけているわけですが、76歳で亡くなって2年になるとありますから、1928+76+2=2006 となります。

ただし、18歳というのが満年齢だとしたら、2005年になります。これは、それほど重要なことでもないと思いますので、どちらでもかまわないでしょう。以下、2006年説を採用して話を進めますが、これは飽くまで私個人の勝手な解釈です。

 

シリーズ1作目では堀田家は、サチさんの夫・堀田勘一(84)、勘一の長男・我南人(65)、我南人の長女・藍子(40)、我南人の長男・紺(39)、我南人の次男・青(31)、藍子の長女・花陽(17)、紺の妻・亜美(39)、紺の長男・研人(15)の8人家族でした。

それが、今作までに、紺の長女・かんな(4)、青の妻・すずみ(27)、青の長女・鈴花(4)、藍子の夫・マードック(40?)、それに『マイ・ブルー・ヘブン』で登場した戦災孤児で堀田家に同居していた元女医の大山かずみ(74)が加わって、13人に増えています。もっとも、藍子・マードック夫妻と大山かずみは、堀田家の隣にできた「藤島ハウス」に住んではいますが。ペットも、猫の玉三郎、ノラ、ポコ、ベンジャミンの4匹に、犬のアキとサチが加わっています。

 

今作は、小説内の時間では第1作目から数えて6年目になる2011年の8月後半から始まることになります。現実の時間よりもゆったりとは流れていますが、時間は着実に流れていますので、出会いもあれば別れもあります。上に紹介した登場人物に付いているカッコ内の数字は2011年に誕生日を迎えての年齢になります。

第1作目では、小学4年生だった研人も中学3年生になり高校受験を控えています。研人はカノジョのメリーちゃんと同じ私立高校へ行きたいのですが、そこはかなりの難関校で、研人の学力ではかなりヤバそうです。そんなわけで、メリーちゃんと猛勉強をする研人の高校受験のエピソードが今回の全体テーマになっていると云ってよいでしょう。そこにニューアルバムをレコーディング中の我南人のエピソードがからんでくる感じです。

 

「猫も杓子も八百万」は8月後半の話で、幽霊騒ぎのエピソードに「東京バンドワゴン」の値札付きの本を持ち込んだ遺品整理屋という男性と大人しそうな少年がからんできます。お祓いをしようとした元神主の祐円さんが倒れたりします。そして、かんなちゃんが撮った写真に霊が…

 

「本に引かれて同じ舟」は10月の話で、図書館で勝手に増える本の怪のエピソードに堀田家の裏庭を盗撮する謎の若い女性と堀田家の裏に住む増谷青年の恋バナがからんできます。祐円さんの神社で結婚式があったり、おめでたの報告があったりもします。祐円さんは、小料理居酒屋〈はる〉で一人晩ご飯を食べながら「東京バンドワゴン」で買った本を読む老婦人が気になる様子。

 

「男の美学にはないちもんめ」は、クリスマスから年末にかけての堀田家の恒例行事の報告のあと、年が明けて2012年元旦から話が始まります。初めて描写される堀田家のお正月の情景にほのぼのとさせられますが、正月休みが終わって、宮内庁の役人とかいう客がやって来たところから風向きが怪しくなってきます。その話が巡り巡って、我南人のバンドがレコーディング中のニューアルバムの発売に横槍が入るのです。どうする我南人?

飼いならされて毒気を抜かれたロックなんて、ロックじゃないよねぇ。ただのクソだよねぇ。と、私は思います。

他にも、猛勉強中の研人に気づかいをみせるバンド仲間の友情話とか、すっかり更生して我南人の事務所で働いている会沢夏樹が、一回り大きな男になるためにある決断をするエピソードとかがからんできます。

 

「ヒア・カムズ・ザ・サン」は3月の話で、研人の高校受験の結果が分かります。そこに、引き続き夏樹のエピソードがからんできます。受験の結果が出たことで研人とメリーちゃんの間がギクシャクしてしまうのですが、研人の中学校の卒業式が終わった夜、煮え切らない態度の研人に従姉だけど姉弟のように育った花陽がブチ切れます。そこに二人の祖父である我南人が登場して決めゼリフを言います。

「LOVEだよねぇ」

“Here Comes The Sun” は、ビートルズ・ナンバーの中で、私の好きな曲トップ10に入ります。ジョージ・ハリスンの曲では一番好きな曲です。春になると聞きたくなる曲トップ10にも入ります。ジョージの “LOVE” がいっぱい詰まったこの名曲は、この季節のこのエピソードにピッタリの曲と云えるでしょう。

 

このシリーズは、往年のホームドラマへのオマージュだけあって、ストーリーの構成が型にはまっているのが特徴だと云えます。私は毎回の朝の賑やかな食卓風景の描写が好きです。小料理居酒屋〈はる〉で出てくる季節の料理も楽しみです。

内容的には甘っちょろいと云えば甘っちょろい話が多いので、これが例えば時代設定が江戸時代の人情話だったりしたら、多分読まないだろうと思います。昭和テイストでも時代設定が現代だからこそこの小説の存在意義があるように思います。私は年に何回かシュークリームとかプリンとか甘~いものを無性に食べたくなることがあるのですが、このシリーズを読むのはそれと似たようなものでしょうか。たまには、甘味も欲しいものです。

 

 

今回は、『マイ・ブルー・ヘブン』時代のことを思い出させるようなエピソードがいくつか出てきました。『マイ・ブルー・ヘブン』ではジーン・オースティンが歌う “My Blue Heaven” が出てきますが、私はノラ・ジョーンズがカバーしたバージョンが好きでスマホにも入れています。

実は、本書のことを思い出したのは、ユーチューブで映画『日の名残り』と映画『わたしを離さないで』の動画を探していたときに、たまたまこの動画を見つけたからでした。大瀧詠一が歌う “My Blue Heaven” は、まさに天竺気分で心地よいです。これはもうオススメです。

 

 

私の天竺~My Blue Heaven_大瀧詠一 - YouTube  by boy mrharrykeel (3′58″)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉祥寺でブラタモリ(3/3)

ブラタモリ』#94吉祥寺(3/3) 

~なぜ人は吉祥寺に住みたがるのか?


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吉祥寺でブラタモリ(2/3) - 森の踏切番日記の続き

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横幅が36mだから、720m以上はありそうだな。


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近江(ええ~💦)


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すごい、まっすぐ。


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タモリ「よし、行きましょう」


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タモリ「家も大きいね」

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タモリ「こんな長い家ないよな」



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5分経過

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10分経過

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15分経過

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ようやく。

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徒歩20分。分速60mとして、1200m!


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はるかかなた


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ここからここまでボクの土地~!

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36m×1140mということは…

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1万2430坪!


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成蹊大学の西側ということは、吉祥寺北町3丁目辺り。もし今、これだけの土地を持っていたとすると、基準地価が56万3000円/㎡ぐらいですと。坪単価は約186万円ですと。ということは…

231億円!


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千川上水。五代将軍綱吉の時代につくられました。


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敷地の端に水が流れているなんて


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便利ですねえ。


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江戸時代の雰囲気を感じられる場所があるそうな。 


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ねぎ100円。サツマイモ200円、小松菜200円、トマト300円、大根200円・100円、富有柿200円。手頃な値段かな。


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髙橋さん。


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坪単価186万円の畑。


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ウドが本場

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なんか、テレビで見たことがあるような。


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だったんですと。

 


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明治以降、鉄道開通をきっかけに吉祥寺は急速に発展。


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大きな問題が?



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🔍吉祥寺駅Google マップ

またまた、ふりだしに戻る。


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安藤さん


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違う場所が予定されていたんです。


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駅をつくろうとしたところ、周辺住民が反対して、なかなか駅がつくれなかった。


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阿川弘之の『きかんしゃやえもん』思い出すなあ。トーマスじゃないんだよね。阿川佐和子パパの方なんだよね。


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こっちは、つくっていいよ、ということになった。


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どして?


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サンロード商店街


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活気のある商店街


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タモリ「お寺の入り口ですね」


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お寺さんか。

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なるほどね。


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タモリ「立派なお寺ですね」


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儲けとるな。


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五日市街道沿いに4つのお寺が隣り合っている。

実はこの4つのお寺も…

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昔のお寺さんは、敷地が広かったからなあ。


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タモリ「ああ、すごいな、これ」


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土地の持ち主は今でもお寺さんだそうな。


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坊主丸儲け。

 

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ちなみに、吉祥寺駅の北側、吉祥寺本町1-9-12の基準地価が549万円/㎡、南側の吉祥寺南町1-5-5の基準地価が264万円/㎡となっております。吉祥寺全体の平均は、130~150万円/㎡ぐらいです。


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お寺が土地の提供を申し出て


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1899年(明治32)吉祥寺駅開業

 

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1917年(大正6)井の頭恩賜公園開園


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1923年(大正12)9月1日、関東大震災

 

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武蔵野台地は地盤がかたいので、被害が少なかったか。


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そういえば、年明けには『田園調布』もやるみたいね。

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1933年(昭和8)京王井の頭線開業。


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ポンプは井戸用のポンプかな?


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粗品進呈かな?

 

 

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坊主丸儲け。


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今回は街歩きのブラタモリらしい内容でした。


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よく分かりました。

 


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象のはな子像


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今回の近江ちゃんは、髪の毛をくくってなかったからか、いつもに増して可愛かったなあ。

 

 

 

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1月2日は、さすがに無理だなあ。


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駒込一富士二鷹三茄子

という川柳があるそうだけれども、「富士山・三保松原」ということは、あまり関係ないか。愛鷹山は関係あるのかないのか。徳川家康は関係あるのかないのか。


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レギュラー放送は、1月13日の『宝塚』からですか。

 


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ヅカってる!

🎵宝塚でブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

 


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結局、簡略版をまとめました。

🍆一富士二鷹三茄子のルーツは三保にあり? - 森の踏切番日記

 

 

📄ブラタモリ関連日記

🔘目黒でブラタモリ - 森の踏切番日記

🔘こんぴらさんでブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

 

 

 

 

きかんしゃやえもん (岩波の子どもの本)

 



 

 

吉祥寺でブラタモリ(2/3)

ブラタモリ』#94吉祥寺(2/3)

~なぜ人は吉祥寺に住みたがるのか?


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吉祥寺でブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記の続き

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イノカシラフラスコモは、車軸藻類のシャジクモ科フラスコモ属。車軸藻類は、種子植物のような姿をしている藻です。雌器(生卵器)がフラスコのような形をしているのでフラスコモと名付けられたのだとか。ちなみに、雄器(造精器)は球形だとか。


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へえ~。


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よ~く分かりました。


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水がありますからね。


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吉祥寺周辺。村の名前がない。


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なぜ吉祥寺には人が住んでいなかったのか?


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それには井の頭公園の入り口の段差が大きく関係している?


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と言うことは…


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鷹狩にはピッタリ。

 

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水が手に入りませんでした。

ところが、あることがきっかけで


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状況が一変!?


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タモリ「あっ、これも井の頭公園ですか」

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タモリ・近江「へえ~」

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タモリ「いいですね。深いなあ、森がね」

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これは一体何でしょう?

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タモリ・近江「あっ!」

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江戸市街の発達により上水が不足してきたため、1653年(承応2)4月着工。1655年(明暦1)完成。赤坂見附までの全長約43km。

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四谷見附で二分し、一つは麹町を経て江戸城に、他は赤坂、虎門より、さらに南西部の武家屋敷や町屋に給水した。他にも多数の分水が行われ、新田が開発された。

神田上水玉川上水の二大上水は、明治初年には22万人に給水していた。1900年(明治33)東京市上下水道の竣工によってその大部分が廃せられた。

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歩いてみると…

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なぜなんでしょう?

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なるほどね。

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ということね。

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近江(ぶんすい?)

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お裾分けみたいな感じ

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いいっすかね

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きっかけとなったんですねえ。 

 


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ふりだしに戻る。

 

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吉祥寺という名前でありながら、吉祥寺というお寺は…


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ないんですね。


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そのきっかけは何かご存じですか?


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お江戸につきものですわな。


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吉祥寺に人がやって来たきっかけ。それは明暦の大火。


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周辺の住民は家を失いました。


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60軒ほどの家が引っ越してきたんです。


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吉祥寺村


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お寺さんの方の吉祥寺(曹洞宗)も移転し、現在も文京区本駒込三丁目にあります。

 


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クリスマスツリーきれい。


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駅周辺の商店街をのぞいてみると、駅に対してナナメ


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ハーモニカ横丁発見。


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亀井勝一郎の命名なのね。


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何に対してナナメになってる?


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ということですね。


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江戸時代、ここに人がやって来た時のこと。


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五日市街道という江戸につながる街道を中心に…

 

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土地を区分けしました。

 

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なるほどね。


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歩いてみましょう。

 

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まっすぐです。


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長い直線。


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実はこれが江戸時代ここに移住してきた人たちの


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手前の家のある方が五日市街道。

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このなが~い短冊状の土地。


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こんなにもらえるなら住みたくなりますよねえ。


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街道沿いに敷地が並びました。

 

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2015年11月放送の『ブラタモリ #24軽井沢への道』でもありましたね。坂本宿でしたか。街道沿いの短冊状の敷地が並んだ街。街道を監視する役目もあったとか。

 


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次の記事へと続きます

 

 


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井の頭公園 辨財天

 


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夜のハモニカ横丁

 

 

 

 

吉祥寺でブラタモリ(1/3)

ブラタモリ』#94吉祥寺(1/3)

~なぜ人は吉祥寺に住みたがるのか?


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 近江(チキン・ジョージ?)

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久し振りの東京都内。


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吉祥寺は武蔵野市ですか。


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近江アナは吉祥寺に来たのは2回目ぐらい。


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タモリさんは3回目くらい。


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おやおやタモリさん。


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新番組『ブラタモリ途中下車しない旅』


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ずっと電車に乗ったまま。

ゲストはあの人たちだろうな。

 

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タモリ「実は俺あんまり住みたくないんですけどね」

近江「え~!」


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明星学園宮崎あおいの母校だ。

 


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宮崎あおい、結婚したなあ。

 


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都心へのほどよい距離。

駅周辺にはデパートや古くからの商店街がある。


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いいですよね。


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タモリ(電車乗りたい)

 

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早くも核心をつく森田氏。

 


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武蔵野市の人口は、14万6000人ぐらい。


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人口密度は、1万3300人/㎢ぐらいで、全国の市町村の第2位です。


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ちなみに、全国の市町村人口密度第1位は蕨市で、1万4400人/㎢ぐらいです。3位以下は、狛江市、西東京市大阪市三鷹市と続きます。

この順位は、市町村なので東京23区は含みません。東京23区の人口密度は、1万5100人/㎢ぐらいになります。東京23区内では豊島区が第1位で、2万2800人/㎢ぐらいです。


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今日は吉祥寺でブラタモリ


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吉祥寺といえば、楳図かずおでしょう。 

 


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タモリ「吉祥寺というお寺はどこにあるでしょう?」


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ここにはない?


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武蔵野市の吉祥寺に吉祥寺というお寺はないのか。


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家の購入

あなたはどのタイミング!?

貯金・子ども・実家


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吉祥寺辺りで家買うとどれくらいするのだ?

都心よりは安いだろうけど。

3LDKで3800万円ぐらいから?


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チチカカ〉に〈わちふぃーるど〉どちらも雑貨屋さんか。


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新しくなった焼き鳥屋の〈いせや〉


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タモリ「5、6メートルありますね」


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紅葉きれい。


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井の頭公園の正式名称


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いのかしらおんしこうえん


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三鷹という地名があるように、この辺りは元々は徳川歴代将軍の鷹狩のための鷹場だった。

そのため、江戸時代には井の頭池と一帯の林は幕府御用林として保護されていたが、明治維新後に東京府がそれを買収した。

1889年(明治22)宮内省御用林になる。


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1913年(大正2)帝室御料地から東京市に下賜される。


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1917年(大正6)5月1日、恩賜公園として一般公開される。

井の頭恩賜公園 - Wikipediaを参考にしました)


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歌川広重『名所江戸百景 井の頭の池 弁天の社』

 


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ここが実は目的地だったんです。


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近江アナからお賽銭を借りるタモリさん。

 


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 高野山の町でブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

 


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近江(タモリさんに貸したお賽銭が1万倍になって返ってきますように)


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井之頭辨財天尊

鷹狩に来た将軍徳川家光がこの場所を気に入って、廃れていたのを再建したのだとか。

井之頭池という名称も家光が命名したという説があるとか。


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弁才天はサラスヴァティーというヒンドゥー教の女神が仏教に取りこまれた名称なのだそうな。元々は川の化身で芸術や学問などの知を司る神様なのだそうな。

なので、「辯才天」が正しい表記だったのが、日本では「才」が「財」に通じることから財宝神の性格が加わって「辨財天」となったのだそうな。


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日本では神仏習合で日本の水の神様と習合したのだけれども、なかでも「宇賀神」という蛇神と習合して信仰されることが多かったのだそうな。

弁才天 - Wikipediaを参考にしました)


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井の頭池は武蔵野三大湧水池の一つ。

他の二つは、善福寺池(杉並区)と石神井公園三宝寺池練馬区)です。


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白蛇になった娘の伝説があるそうな。

今でもヘビとかいそうだな🐍


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近江(あれ?)


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なるほどね。


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成立年を調べてみたけれども、よく分からなかった。家光の代の寛永年間(1624~43)ごろまでには出来ていたようだ。延長およそ63kmとか。


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信仰と行楽


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神田上水水元絵図


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日本橋

 


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井之頭池から目白台の下、関口に至り、堰を設けて余水を江戸川(今の神田川/昔は飯田橋までは江戸川と言った)に落とし、上水は小日向台の麓に沿って小石川の水戸邸内に入り、後楽園内を流れて、上図の水道橋の大樋で神田川を渡り、神田、日本橋、京橋方面へ給水していた。 

小学館『万有百科大事典』より)

 


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角筈(つのはず)村。こちらは玉川上水の流路ですかね。右の方に書いてあるし。


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タモリ「これ面白いね、これは…」


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近江「ここが水源」

 


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でも、なぜここで水が湧くの?


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地形に詳しい助っ人の方


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武蔵野台地の傾斜断面図


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地中にしみこみます。


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ははあ。


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お茶の水」と呼ばれる湧水口。徳川家康が命名したという説があるとか。

この近辺には、湧水口が七ヶ所あったことから、かつては「七井の池」と呼ばれていたそうな。


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武蔵野市は現在でも水道水の80%を地下水で賄っていますとな。

 


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主にザリガニ 


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へえ~!


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アメザリ。松竹な。


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原因は色々あるみたいね。みんなが魚や鳥にエサをやり過ぎたりとか。


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井の頭恩賜公園100年実行委員会の水質浄化事業だそうな。


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ミドリガメとかカミツキガメとかブルーギルとかオオクチバスとか不法投棄の大量の自転車とか。


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死体は上がらなかったのか。


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何ですか? これ。


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イノカシラフラスコモと言われても…


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わざわざフラスコに入れてるし。

 


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🐍次の記事へと続きます 

 

 


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歌川広重『名所雪月花 井の頭の池 弁財天の社 雪の景』

 


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『江戸図屏風』より、水道橋と給水用の大樋。下を流れているのが神田川

 

 


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チキン・ジョージ(『14歳』楳図かずお

※「キチジョージ」という音からインスパイアされて生まれたキャラだとか。

 

 

 

📄ブラタモリこの記事の前

🏯彦根でブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

🏯彦根でブラタモリ(2/3) - 森の踏切番日記

🏯彦根でブラタモリ(3/3) - 森の踏切番日記