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光圀伝(上・下)
角川文庫(2015/06/25:2012)
★★★★
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🔘光圀伝・上
「なぜあの男を自らの手で殺めることになったのか」老齢の光圀は、水戸・西山荘の書斎でその経緯と己の生涯を綴り始める。父・頼房の過酷な“試練”と対峙し、優れた兄・頼重を差し置いて世継ぎに選ばれたことに悩む幼少期。血気盛んな“傾奇者”として暴れる中で、宮本武蔵と邂逅する青年期。やがて文事の魅力に取り憑かれた光圀は、学を競う朋友を得て、詩の天下を目指す──。誰も見たことのない“水戸黄門”伝、開幕。
《雄風》右隻
🔘光圀伝・下
「我が大義、必ずや成就せん」老齢の光圀が書き綴る人生は、“あの男”を殺めた日へと近づく。義をともに歩める伴侶・泰姫と結ばれ、心穏やかな幸せを摑む光圀。盟友や心の拠り所との死別を経て、やがて水戸藩主となった若き“虎”は、大日本史編纂という空前絶後の大事業に乗り出す。光圀のもとには同志が集い、その栄誉は絶頂を迎えるが──。“人の生”を真っ向から描き切った、至高の大河エンタテインメント!
《雄風》左隻
😺テレビドラマでイメージされる水戸黄門ではなく史実に基づいた徳川光圀の生涯を描いた時代小説の決定版と云えば、この作品であろう。個性的な登場人物が多く読み応えのある作品だった。特に若い頃の荒ぶる虎のごとき光圀が良い。
😺何故、光圀は寵臣だった藤井紋太夫を自らの手で殺めなければならなかったのかということが、本書の大きなテーマとなっているのだが、その理由のとんでもなさには、ちょっと笑った。
😺本書については、文庫版の筒井康隆の解説が的を射ており、これを読んでしまっては、そちらを読んで下さいと云うしかない。
この作品は、物語として語られることによって、逆に伝記という形式に内包される文学性が露にされた例であると言える。それは例えば人生論であり死の意味であり時間感覚であるのだが、たとえ語り口、章立て、次章への誘引、改行、会話と地の文の配置などが時代小説乃至エンターテインメントの定石通りであったとしても、そこから紡ぎだされた虚構性が単なる虚構性を超えた前衛性を指向するものであれば、もはや文学性を持たざるを得なくなるのは優れたSFと同様だ。
😺この解説には直木賞について触れている部分があるのだが、ついでに引用しておこう。
作者冲方丁、直木賞だけはとっていないようだが、これはよく理解できる。直木賞は思想性があったり前衛的であったり要するに作者の意図が難解であるために不明であったりすると落とされる傾向にあるので、これはむしろ誇るべきことであろう。
😺水戸市は、この作品で大河ドラマの誘致を目論んでいたが、冲方丁が妻に対する暴行の容疑で逮捕されたことを受けて話が立ち消えになったという出来事があったが、結局、冲方丁は不起訴になった訳だし、よくわからん事件だったが、その後、大河ドラマ誘致の話はどうなったのだろうか。こういう作品をこそ大河ドラマにしてほしいものである。
徳川光圀(若い頃)
徳川光圀自筆の和歌
花下勧酔と題し「春風のにほひ吹まく 木のもとに 雪をめくらす 花乃盃」とある。
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