森の踏切番日記

ただのグダグダな日記です/2018年4月からはマイクラ日記をつけています/スマホでのんびりしたサバイバル生活をしています/面倒くさいことは基本しません

高野山の町でブラタモリ(2/3)

ブラタモリ』#84高野山の町(2/3)

高野山はなぜ “山上の仏教都市” に?


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タモリ「オンアビラウンケンバサラダトバン」

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🔘高野山の町でブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記の続き


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その昔、青巌寺(今は金剛峯寺)の柳の間で豊臣秀次切腹しました。


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デカ!


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タモリ「いろいろ仕事してますね」

ホントにね。


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土は使っていない。何故でしょうか?


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声デカ!


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関西には、こういうオッサン多いけどな。


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はあ。


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この奥に秘密が!?


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右いろりの間、左台所。


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大きいお釜が三つ並んでいる。

近江「100人分くらい?」

タモリ「250ぐらい、いくんじゃないですか?」


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タモリ「二石!」


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炊くための薪も大量にいるよな。


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毎日、薪割りしてたんやろな。


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2000人分!


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今よりもはるかにお坊さんが多かったにしても、一度に2000人分とは。


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江戸時代には、高野山全体で何人くらい住んでいたのかなあ。2万人くらいは住んでいたのかなあ。


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「#82高野山」より

現在の117寺でお坊さん約1000人としたら、単純に計算すると、約1万7000人か。


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江戸時代の話ね。


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お寺さんやもんなあ。


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荘園の時代は、もっと大きかったでしょう。

平清盛の大田荘も後に高野山の荘園になったしなあ。


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織田信長高野山の荘園を解体して武装解除するために、織田信孝に包囲させたことがあります。


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豊臣秀吉は、最初は高野山の所領を没収しましたが、後に改めて所領を与えて保護し、興山寺、青巌寺を建立しております。


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徳川家康高野山を保護しました。


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石高 - Wikipediaによると、

天保期における日本の総石高は約3055万石、

うち天領が約419万石(13.7%)、

皇室御領は約4万石、

(宮家と公家を合わせても、約10万石だったと記憶しております)

寺社領は約29万石でした。

その中でも高野山は最も石高が大きかったようです。

奈良の春日大社興福寺も2万石クラス。東照宮が1万4000石弱、増上寺が1万石クラスだったそうです。


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九度山とか、高野山領やったもんなあ。


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お寺さんやもんなあ。


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昭和の中頃まで?


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お寺さんやもんなあ。


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あれしかないやん。


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台所の横にあるお坊さんが実際に食事していた場所。


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棟梁「ダイニングルームというか」

タモリ「ダイニングキッチンDKですね」


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白衣という白い衣を着ている。


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階級を表す衣を脱いでいる。


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なんか来た。


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お坊さんの所作がキレキレなもんで。


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こうやくんも大好きw


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こうやくん

(出典:こうやくん - ご当地ゆるキャラとグルメ情報館


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ですよね~


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屋内でも十分凍ったと思う。


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そろいました。


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なんでしょう?


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女人禁制。


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男だらけ。


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1000年以上出生率ゼロだった。


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そりゃそうだ。


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力ずく?


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この階段の上に秘密が!?


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寺生(てらせい)さんというそうな。


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平安の昔から高野山の各お寺に全国から学生が集まり、住み込みで勉強していた。


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「会下(えか)」という長屋だそうな。


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個室。学費免除。生活費もらえる。


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ただし、男だらけ。


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いやいや。


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思わず突っ込むタモリさん。


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近江(突っ込まれちゃったw)


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近江、反省ソワカ


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お寺さんやもんなあ。


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次の記事へと続く

 

 

 

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高野山の町でブラタモリ(1/3)

ブラタモリ』#84高野山の町(1/3)

高野山はなぜ “山上の仏教都市” に?


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近江「今回は、棟梁に全部持っていかれました」

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高野山シリーズ3週目にして、ようやく金剛峯寺の登場。


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高野山真言宗の総本山。


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タモリさんお賽銭借りパク疑惑発覚。


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近江(タモリさんに貸したお賽銭が千倍になって戻ってきますように。なむなむ)


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今回の旅のお題


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和歌山県伊都郡高野町


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🔍金剛峯寺Google マップ


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高野町のHPによると、高野町の今年8月末現在の人口は3160人。1701世帯。男1528人、女1632人、となっておりました。女性の方が多いやん。

人口2300は、3200の間違いでしょう。3人に1人がお坊さんということは、お坊さん人口は約1000人ですか。非お坊さんの男性は500人だけですか。


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非お坊さん男性500人のうちの1人、宮大工棟梁、一級建築士で、生まれも育ちも高野山の尾上恵治さん。


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リアクションでか!


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なんか大工さんて声デカいイメージがあるけど、そのまんまやな。


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近江(面白い人w)


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金剛峯寺というのは、もと高野山の一山の総称だった。


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明治維新により、1869年(明治2)豊臣秀吉の寄進で建立された青巌寺と興山寺を合併して金剛峯寺と改称した。それが今の金剛峯寺


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高野山は日本で唯一の山内町(さんないちょう)。つまり、お寺さんの中に町がある。


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高い山の上にこれだけの規模の仏教都市をつくるのは大変なこと。

ところが、高野山は人が生きていくために必要なあるものに奇跡的に恵まれていた。

町を歩けば、その答えが分かる?


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草彅「今日は高野山の町でブラタモリ!」


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なぜにカボチャ🎃?


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棟梁がつくったんかい。

あ、南都銀行


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こっちは紀陽銀行。左は陀羅尼助丸?


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タモリ「だいたい川」


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今は暗渠。


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おど川。


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土日は渋谷より外国人率が高い?


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水不足で困ったことがないとな。


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あいさつは人をつなぐ魔法の言葉?


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不動院さん。


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こうやくん

職業・高野聖(こうやひじり)

性格・賢く、しっかり者。たまに、うっかりすることも。

特技・出会った人を笑顔にする。

だとさ。

ここでクイズです。

こうやくんの好きな食べ物はなんでしょうか?

(答えは次の記事にあります)


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産業技術総合研究所・名誉リサーチャー(地質学)で、高野山の地質を研究している栗本史雄さん。


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近江「おお…」(よろめいた)


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許可を得て撮影しています。


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水源に到着。


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朴(ホオ)の葉を高野山の町に見立てる。


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ホント、葉っぱみたい。


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高野山を作っている岩はなんという岩か?


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難しいと言いながらも答える森田氏。


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先生、がっかり。


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なるほどね。


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泥岩のおかげ。


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よ~く分かりました。

ところで、


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そうですね。


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熊とか、鹿とか、猪とか?


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仏教だもんね。


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ですよね~


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じゃあまいりましょうか。


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次の記事へと続く

 

 

📄この記事の前

🔘高野山と空海さんでブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

🔘高野山と空海さんでブラタモリ(2/3) - 森の踏切番日記

🔘高野山と空海さんでブラタモリ(3/3) - 森の踏切番日記

 

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箱根火山のカルデラの成り立ち他 『日本列島100万年史』を読む(2)北海道・東北・関東

9月の読書録02ーーーーーーー

 


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🐱「ブラタモリ」ファンの必読書? 『日本列島100万年史』を読む(1)日本列島の成り立ち - 森の踏切番日記の続き

 

 

 

第2章 北海道

◾北海道は、氷期にはユーラシア大陸とサハリン経由でつながっていたが、津軽海峡は、完全に陸化はしなかったようだ。そのため、津軽海峡を境にして動物の分布が大きく異なる。また、植物の分布も異なる。


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約2万年前の氷河期最後(更新世後期)の日本列島。白い部分は植物が生息していない地域。

日本列島の旧石器時代 - Wikipediaより

 

 

1.大雪山と氷河期

大雪山では、寒冷地に特有な地形が紹介されている。「凍上現象」「構造土」「周氷河現象」「永久凍土」「周氷河性波状地」などの言葉が出てくる。

 


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カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)大雪山国立公園

出典:環境省_大雪山国立公園


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柱状節理

出典:環境省_大雪山国立公園


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高山植物(イワウメ)

出典:環境省_大雪山国立公園


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ニペソツ山のエゾナキウサギ

※日本列島では北海道にしかいない。「氷河時代の生き残り」と呼ばれている。氷期に高緯度地方からやって来て、氷期が終わると、涼しい高山に避難したまま取り残されてしまったといわれている。

 

 

2.石狩平野と泥炭地

◾北海道最大の川である石狩川は、大雪山系に発し、層雲峡から上川盆地を下り、神居古潭を過ぎて石狩平野に出る。河川改修される以前の石狩川は、勾配のゆるい石狩平野を延々と蛇行を繰り返しながら流れていた。その結果、石狩川下流三日月湖が数多く残っている。

石狩川の後背湿地にあたる篠津原野付近における泥炭層の厚さは最大5㍍以上といわれている。泥炭は湿地で植物が枯れた後に分解されずに繊維の状態で堆積したもので、スポンジのように軟らかく水を含んでいる。

➡泥炭地は農地に適さないので、排水路の整備と客土で大規模な土地改良が行われた結果、現在のような水田地帯に姿を変えた。

➡また、河口付近は土砂が堆積し、砂丘と浜堤の列が形成され、内陸側は排水が悪く湿地帯になっていた。

 

🐱これを読んでブラタモリの札幌編を思い出した。札幌市は扇状地の上につくられたとか、泥炭地とか、やっていたように記憶している。


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NHKブラタモリ #22札幌」2015年11月7日放送

 

 

◾興味深かったのは、約4万年前に起きたという支笏火山の大噴火である。現在の支笏湖は、この大噴火でできたカルデラなのである。また、千歳空港付近の台地状の地形は、このときの降下軽石火砕流が堆積したものだという。この火砕流台地が広がる前は、石狩低地帯が、太平洋側の苫小牧まで続いていて、石狩川の河口も太平洋側にあったという。それが、支笏火山の火砕流でせき止められて、日本海側の石狩湾に河口を移したのだそうだ。


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🔍支笏湖Google マップ

 

 

 

第3章 東北

1.三内丸山遺跡と縄文海進

青森市西部にある三内丸山遺跡は、縄文時代前期から中期にかけての、今から約5900年前~4100年前に継続した大規模集落の遺跡である。

 

◾ここで興味深いのは、青森平野の地下に十和田火山の噴火による二つの火砕流の堆積物があることである。古い方が約3万6000年前の噴火による「十和田大不動火砕流」で、新しい方が約1万5000年前の大噴火による「十和田八戸火砕流」である。

 

🐱これを読んで、先日放送されたブラタモリ十和田湖奥入瀬編を思い出した。十和田湖は、日本唯一の二重カルデラ湖という話をしていた。46億円のうちの1,000円という話をしていたのは、この話題のときだった。

 


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NHKブラタモリ #81十和田湖奥入瀬」2017年9月2日放送

十和田湖の外側の大きなカルデラ湖は5万5000年前から1万5000年前の噴火活動によってできたカルデラで、中湖はおよそ6200年前の噴火で外側の水が流れ込んでできたという。AD915年にも大噴火を起こした。 


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奥入瀬渓流の柱状節理

 

 

◾十和田八戸火砕流が発生した1万5000年前は最終氷期の時代で、海面は今より100㍍ほど低いところにあった。このため、青森平野は今よりも沖合まで陸地が広がっていた。そこに火砕流が流れてきて森を埋めてしまったという。

氷期が終了し、温暖な気候に変わると海面が上昇し、約8000年前~7000年前には現在の海岸線よりも内陸まで海が入っていた。三内丸山遺跡に縄文集落が形成され始めたときは、そのような状態だったと考えられている。集落は台地上にあり、現在の青森市街の場所は、大部分が海となっていた。その後、徐々に陸化が進み、集落は少しずつ海から離れていったという。

 

◾縄文海進は、7000年前~6000年前がピークで、平均気温は現在よりも2~3℃ほど高く、海面の高さも現在よりも3~5㍍ぐらい高かったといわれている。房総半島の先端部にサンゴ礁があったことが分かっている。

 


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地形学者・東木龍七 (1892-1943) による1926年時点の関東平野の地図に縄文海進時代の海進領域(斜線部)を重ねた地図。海水準の変化を裏づける研究としては世界に先駆けたものだったという。

 

 

2.奥羽山脈三陸リアス海岸

◾太平洋プレートは、日本海溝に対してほぼ直交して(東から)沈み込んでいる。それにより、上側のプレート(東北日本)は東から強く圧縮され、南北方向にシワが寄る。このシワを東西方向の断面で見ると、東側の盛り上がった部分が北上山地などの山地で外弧隆起帯、くぼんだ部分が中央低地、さらに西側の盛り上がり部分が奥羽山脈で火山フロントと内弧リッジと考えることができる。

 

◽東側の北上山地阿武隈山地は、中生代(2億5000万年前~6500万年前)の古い堆積岩や花崗岩からなる。

◽西側の奥羽山脈や出羽丘陵は、新第三紀の中でも中新世(2300万年前~530万年前)の火成岩や堆積岩を土台として、その上に第四紀(260万年前以降)にできた火山が南北に延びて、火山フロントを形成している。

 


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東側の古い地層から金が産出した。


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NHKブラタモリ #56平泉」の画像より。


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👉平泉でブラタモリ - 森の踏切番日記

 

 

 

◾2万年前の最終氷期最盛期には、海水面が現在よりも120㍍ほど下にあった。河川によって土地が削られ、沿岸部には急な谷ができた。その後、氷期が終わる1万5000年前から徐々に海水面が上がり、谷に海が入り込んできて徐々にリアス海岸となった。現在のような姿になったのは、7000年前の縄文海進のピーク頃と考えられている。つまり、リアス海岸は沈降海岸ではないということである。

➡将来、このまま海水面が変化しなければ、リアス海岸は、やがて砂州が形成されて埋め立てられてしまうと考えられるという。

 

 

 

第4章 関東

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1.関東平野はなぜ広いのか

関東平野の面積は、およそ1万7000k㎡にもなり、日本の国土の約4.5%を占める。平野部だけでみると、関東平野は日本の平野部の約18%を占めている。また、関東平野には日本の総人口のおよそ3分の1にあたる人が住んでいる。

➡日本の平野は、基本的には低地と台地と丘陵で構成されている。関東平野は、中央部が沈降し周辺部が隆起する「関東造盆地運動」という地殻変動を受けている。そこに利根川や荒川、多摩川などの大きな河川が流入し、関東山地や東北日本の山地から供給された岩屑が、この沈む低地に堆積して関東平野ができている。

 

◾一般に大きな河川の河口部や内陸にある盆地に平地や低地はできる。まず、くぼみのある容れ物のような地形ができて、そこを土砂が堆積して埋めていくことで平坦地が形成される。

➡その容れ物のような地形を作っているのが活断層活断層が上下にずれることで、断層を挟んで地盤に大きな落差ができ、土砂の容れ物ができる。河口部であれば平野ができ、内陸の山地に囲まれたところでは盆地ができる。

 

🐱これは、ブラタモリでよく登場するタモリさんの大好物の「ヘリ」や断層崖のことですな。


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別府の場合はプレートの運動で引っ張られた裂け目にできた。


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👉別府温泉でブラタモリ - 森の踏切番日記


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京都盆地は東西の断層の間が沈み込み、両端は隆起した。


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👉京都・清水寺でブラタモリ(2) ~音羽の瀧の? - 森の踏切番日記


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濃尾平野は養老断層のある西側の方が低くなっている。


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👉名古屋・熱田でブラタモリ(1/2) - 森の踏切番日記

 

 

🔘これに対して関東平野には、平野の縁をはっきり区切るような大きな断層が存在しない。では、関東平野はどのようにしてできたか。

◾海溝で海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込むとき、海底や海溝に溜まっている堆積物が上のプレートに取り残され、付加体を形成する。

➡プレートの沈み込みにともなって付加体はどんどん成長し、溜まると盛り上がっていく。これを外縁隆起帯または前弧リッジと呼ぶ。

➡やがてその部分が、(日本の場合は)日本列島の一部になっていく。(この部分が高い山や陸地を作っている)

➡前弧リッジの内側には沈降した前弧海盆ができる。これは、沈み込むプレートが下に向かって行くため、上のプレートは引っ張り込まれて少し凹むことによる。

➡この海盆が陸地に現れたのが関東平野だったのだ。前弧リッジにあたるのが三浦半島や房総半島なのである。

 


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この図の前弧海盆(前弧堆積盆)は海中にある。

出典:日本列島の地質と構造|地質を学ぶ、地球を知る|産総研地質調査総合センター / Geological Survey of Japan, AIST

 

 

🔘何故、前弧海盆が陸上に現れたかというと、それには伊豆バー(前の記事を参照)が影響している。

◾伊豆バーが過去数百万年のあいだ本州に衝突し続けたために、フィリピン海プレートの北端部と本州との間のプレート境界は北に押し曲げられ、陸にずっと近いところに移動してしまった。

➡そのため、本来海の中にあるべき前弧海盆が内陸側にでき、山地から川で運ばれた土砂がこれを埋めて広い関東平野ができたというわけである。

関東平野の地下には、関東山地と同じ中・古生代(5億5000万年前~6500万年前)に形成された基盤岩を覆って、新生代第三紀以降の堆積物が最大で3000㍍以上の厚さで堆積している。260万年前から始まった第四紀の最も古い地層は、地下1000㍍ほどの深さにある。

 

🔘関東平野の概形は、数十万年前からあまり変化していない。関東平野の中心は沈降しているが、次々に新しい土砂が堆積して沈降した分を埋めてしまうので、平野の高さ自体は変わらない。

◾12万年前の最終間氷期と呼ばれる温暖期には、海が関東平野内部に広く侵入。

➡7万年前以降、氷期になって海水準が低くなるにつれて陸地が広がっていった。

➡最終氷期最盛期の2万年前には海面高度が現在よりも120㍍ほど低下、東京湾は全て陸地となり、今の利根川にあたる古東京川が、深さ50㍍ほどの大きな谷を作った。当時は浦賀水道あたりに海岸線があったと考えられる。

氷期が終わり、地球が温暖化すると、内陸に海が再び侵入。7000年前の縄文海進のピークには海が埼玉県北部付近まで侵入した。

 

関東平野の開発が始まったのは、徳川家康が関東に移封されてから。当時の利根川は荒川と合流して東京湾に注いでいた。それを家康から家光まで三代かけて利根川を銚子に流すように付け替えた。現在の江戸川は、当時の利根川の名残である。

 

 

2.武蔵野台地と東京低地

武蔵野台地では、関東ローム層からわかる台地の歴史を取り上げている。

武蔵野台地の武蔵野段丘、国分寺崖線、立川段丘、府中崖線、多摩川低地という何段もの段丘地形は、約12万年前から2万年前にかけて地球が次第に寒冷化していく中で、海や川の作用と火山活動の変化により形作られた。

➡そこを神田川渋谷川、目黒川などが削ることで谷を作ったが、淀橋台(六本木周辺の高台)の方が古く、地層も削られやすかったために、よりでこぼこの激しい地形となった。

 

武蔵野台地の東に広がる東京低地の地下は沖積層という地質学的に最も新しい地層からできていて、武蔵野台地とは地質がかなり異なる。

沖積層は厚いところで60㍍以上あり、上部は、地下水を多く含む緩い砂の層が分布し、その下には非常に軟弱な泥層が分布する。泥層は、縄文海進時代に海底で堆積してできたものである。

➡東京低地は全般に地層が軟弱で、1923年の関東大震災ときには大きな被害となった。

 

 

3.天下の険、箱根火山

◾ハワイのような、プレート境界とは異なる場所に火山島としてできるタイプの火山の寿命は数百万年近くとされるのに対して、日本のように、プレートの沈み込んでいる場所にできるタイプの火山の多くは、数十万年程度の寿命と考えられている。

 

🔘火山の一生

①サラサラ(低粘性)で高温の玄武岩質マグマを噴出し、富士山のような成層火山(複数回の噴火が積み重なってできた円錐状の火山)を形成。

安山岩質や流紋岩質などのドロドロ(高粘性)のマグマの噴出により、火砕流を発生させる爆発的な噴火を起こし、カルデラを形成。

カルデラの中に小さな火山(中央火口丘)群ができるようになる。

④活動を終える。

 


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箱根火山はカルデラ火山。


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しかも「複合カルデラ

👉箱根でブラタモリ - 森の踏切番日記

 


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箱根山 - Wikipediaより

 

 

 

🔘箱根火山は、約65万年前に活動を始めた老齢の火山で、カルデラ形成と火砕流の噴出が繰り返された複雑な歴史を持っている。

◾箱根火山は、元々は峰をいくつも持つ火山の集合であったと考えられる。

➡約25万年前(中期更新世中頃)には、サラサラの玄武岩質マグマから爆発性の高い安山岩質ないしは流紋岩質マグマに変わった。

➡箱根火山に最初にカルデラが形成されたのもこの時期である。この時期のカルデラを「古期カルデラ」、その縁部分を「古期外輪山」と呼んでいる。

➡その後、23万年前~12万年前には、古期カルデラ内にある鷹巣山浅間山の噴火活動によって溶岩が流れ出し、古期カルデラは埋められた。

➡古期カルデラ内に芦ノ湖と同じような湖があったが、後に埋まって消失した。この湖を「先芦ノ湖」と呼んでいる。

関東ローム層の下の方の層には約13万年前~10万年前の箱根火山起源の軽石や火山灰の層がある。

➡6万年前、古期カルデラの中で、軽石を噴出する大規模で激しい噴火(プリニアン噴火)が起こり、最後のカルデラが形成された。これを「新期カルデラ」と呼んでいる。

➡この時の噴出した軽石を含む大規模な火砕流は、箱根火山の裾野に堆積し丘陵や台地を作った。また、カルデラ壁を乗り越えて周囲に流出し、約40km離れた、達磨山の船原峠や富士宮まで到達した。(横浜まで流れついたという報告もあるそうだ)

➡新期カルデラ形成後、カルデラ内部で中央火口丘(神山、駒ヶ岳、台ヶ岳など)の活動が始まった。駒ヶ岳、台ヶ岳などは溶岩ドームで、二子山は2つのピークを持つ。これらが数回、小規模なプリニアン噴火をして軽石を噴出したことが分かっている。

カルデラ内の低い部分には水が溜まり、新たに「古芦ノ湖」が形成された。少なくとも3万年前にはすでに存在していたことが分かっている。

➡3000年前、溶岩ドームが多くを占める中央火口丘の中で唯一の成層火山である神山が噴火により大崩壊した。

➡崩壊した岩屑は西側に流れ込み、カルデラの底を埋め、古芦ノ湖を南北に分断した。北側の湖が干上がって湿地になったのが仙石原である。南側の湖は逆に拡大して陸地になっていたところも再び湖になった(せき止め湖)。

➡神山が崩壊した跡が大涌谷で、その南には尖ったピークを持つ現在の神山がある。これは、火山体の斜面が崩壊してなくなり、マグマが通る火道だけが残ったもので、これを「溶岩岩栓」と呼ぶが、非常に特殊な地形である。


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神山が山体崩壊してできた火山麓扇状地

 


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箱根火山の成り立ち

 

 

4.御殿場泥流足柄平野

◾箱根の東、酒匂川が流れる足柄平野は、相模湾の中にあるプレート沈み込み境界である相模トラフの陸上延長部が、酒匂川が丹沢山地や富士山から運んできた土砂で埋められた、世界に類をみない特異な平野なのだそうだ。

◾約2900年前、富士山の東側斜面で大きな山体崩壊が生じた。このとき発生した泥流の堆積物を「御殿場泥流」という。この泥流は御殿場付近で二手に分かれて、ひとつは東に流れて足柄平野に下り、もうひとつは南に流れて三島扇状地に達した。

➡この崩壊の総量は大まかな見積もりであるが3立方キロメートルと推定される。(1888年磐梯山崩壊の体積が1.2立方キロメートル)

➡崩壊は山頂を含む大規模なものだったが、その後の山頂噴火で急速に埋められて修復したと考えられている。

(他にも、足柄平野の特徴について詳しく解説されている)

 

 

 


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1888年山体崩壊した会津磐梯山


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📄この記事の続き

🗻南海トラフ地震で富士山が噴火? 『日本列島100万年史』を読む(3)中部 - 森の踏切番日記 

 

 

 

 

 

 

「ブラタモリ」ファンの必読書? 『日本列島100万年史』を読む(1)日本列島の成り立ち

9月の読書録02ーーーーーーー

 日本列島100万年史

 山崎晴雄・久保純子

 講談社ブルーバックス(2017/01/20)

 ★★★★

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本書は、講談社ブルーバックスの通巻2000番目になる。私が初めて読んだブルーバックスは、202番の『電波でみた宇宙』(森本雅樹) だった。私が読んだ中で番号が一番小さいのは、101番の『量子力学の世界』(片山泰久) で、これは名著だった。印象に残っているのは、241番の『相対論的宇宙論』(佐藤文隆松田卓也) で、これは挿し絵がなんと松本零士だった。なつかしい。

 

本書の副題は「大地に刻まれた壮大な物語」となっている。私が購入したのは第三刷(2017/02/10)だが、1ヶ月で第三刷とはブルーバックスでは異例の売れ行きといってよい。「ブラタモリ」人気で地形に興味を持つ人が増えてきたということだろう。私もその一人だが。テレビ、特にNHKの影響力は、やはり大きい。

森田一義氏も本書を読んでいる可能性がある。何故かというと、本書の「おわりに」に

「年」がわかりにくければ「円」で比較してみてください。46億円稼ぐのは超大金持ちですが、260万円なら……という感じでしょうか。

という記述があるのだ。NHKブラタモリ #81十和田湖奥入瀬」における森田氏のコメントは、これによく似ている。もちろん、森田氏も独自に思いついた可能性もあるし、地形学ではよく使われるたとえである可能性もある。

 


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46億年のうちの1000年についてお金でたとえる森田氏。


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NHKブラタモリ #81十和田湖奥入瀬」より

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第1章 日本列島はどのようにして形作られたか

◽まずは日本列島がどのようにして形作られたかの解説から始まる。プレートテクトニクスの説明は分かりやすかったが、日本列島の成り立ちは複雑でややこしかった。

プレートテクトニクスについては、鎌田浩毅先生の『地学ノススメ』は現代日本人の必修科目(1) - 森の踏切番日記を参照のこと)

◽本書では、日本列島の成り立ちは、1900万年前~1500万年前に起きた日本海開裂から始まる。それまでは大陸の一部だったようだ。

※日本列島の地質系統はそれよりもはるかに古い。ここでは、日本列島の形状の成り立ちについて解説されている。

 

 

日本海開裂と日本列島の誕生

ユーラシア大陸の東の端で、沈み込む海洋プレートと、その上の大陸プレートとの間のマントルに対流が発生する。

➡その湧昇流で大陸プレートが引き伸ばされる。

(→低地が出来始める)

➡ついには分裂し、下の海洋プレートが現れ拡大する。

(→海が侵入する)

ということらしい。メカニズムとしては大西洋が現れたのと同じだが、マントル対流の規模が小さかったようだ。

 

日本海開裂によって分断された東側の細長い大陸地殻は、現在よりも大陸に近く直線状だったが、回転しながら東側へ移動し始めた。(日本海の拡大)

➡この時、現在の東北日本は反時計回りに、西南日本は時計回りに回転し、2つの弧に分断され(観音開きモデル)、両者の間には大地溝帯フォッサマグナ)が形成された。

➡海洋プレートの沈み込みによる圧縮力は弱く、日本列島は全体に外側に引っ張られる力が加わり、地殻が引き伸ばされた。このとき、日本列島の地殻の中に大規模な正断層が生じた。

フォッサマグナは、その後の火山活動や堆積作用で厚く埋められた)

 


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出典:産総研:首都圏における長周期地震動増幅の可能性

 

 

◾その後、日本海は開裂を止め、圧縮も伸張もない中立な状態で、およそ1000万年が経過。

➡300万年前頃から、日本列島付近は強い圧縮を受けるようになった。これは西南日本の下に沈み込むフィリピン海プレートの運動が変化したためと考えられている。

➡正断層が、地殻の弱い部分となって逆断層として動き出す。その多くが活断層として活動を続け、山地と平野・盆地などの地形境界となって日本列島の地形の凹凸を作っている。

 

◾日本列島南東側の太平洋の海底では、西北西に移動する海洋性の太平洋プレートが、西側にある海洋性のフィリピン海プレートの下に潜り込む。(前者の方が古くて重いため)

➡そのため、フィリピン海プレートの東縁には、海洋プレートでありながら、火山活動で形成された厚い火山性地殻が形成される。これを伊豆バーと呼ぶ。

➡伊豆バーは、フィリピン海プレートの北西への移動にともなって北上し、ついには日本海開裂後の本州に衝突。

古生代から中生代に形成されていた西南日本の東西に延びる地質構造は、南から押されて北側にへこみ湾曲した。

➡伊豆バーの衝突にともなって、その上にあった沈みにくい火山性地殻が次々と本州にぶつかる。

➡900万年前頃本州に衝突して日本列島に付加したのが、富士山の北にある御坂山地。

➡500万年前頃には丹沢山地が付加。

➡100万年前頃には伊豆半島が付加。

こうして、現在のような弧状列島の原型が現れた。

 

 

日本列島周辺のプレート


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出典:地震本部地震調査研究推進本部

 


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出典:地震本部地震調査研究推進本部

提供元:海上保安庁

 

※太平洋プレートと大陸プレートとの境界が北から千島海溝、日本海溝

※太平洋プレートとフィリピン海プレートとの境界が伊豆・小笠原海溝で、その西側に伊豆バーが形成される。伊豆・小笠原諸島は伊豆バーに沿っている(伊豆・小笠原弧)。

フィリピン海プレートと大陸プレートとの境界は、伊豆半島より東が相模トラフ、西が南海トラフ南西諸島海溝と続く。

※海洋プレートが沈み込むところには細長い溝ができるが、そのうち6000㍍よりも深いものを海溝、それより浅いものをトラフと呼ぶ。南海トラフは、陸に近接しているため陸からの堆積物に埋められて浅くなった。

 


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※南西諸島の成り立ちについては、奄美の森でブラタモリ(2) - 森の踏切番日記を御覧下さい。

 

 

 

火山と火山フロント

◽弧状列島の特徴を最も表しているのが火山である。

◾火山は地下のマグマがマントル内から上昇して噴き出したもの。

➡このとき、地下10㎞ほどの深さにマグマ溜まりができる。

➡地殻深部からの供給でマグマ溜まりがいっぱいになると、地殻に加わる力が変化した際にマグマが地表に噴き出してくる。これが噴火。

 

◾マグマは、マントルを構成するかんらん岩が溶けてできたもの。

➡温度と圧力の関係から、岩石が最も溶けやすくなるのは、深さ100km付近と考えられている。

➡ただし、マグマができるには、さらに融点を下げる触媒が必要。その触媒となるのが、実は水。

➡地下深部に水を供給するのは、沈み込んだ海洋プレート(スラブ)。

➡つまり、深度100km付近で沈み込むスラブからマントルに水が供給されると、岩石の融点が下がってマグマが形成される。

➡形成されたマグマは周囲より密度が低いため浮力で上昇し、マグマ溜まりにマグマを供給し、地表に火山が出現する。

➡島弧の海溝側の沈み込むプレートの深度がこれより浅い部分の地表には火山はできない。

➡この火山ができはじめる境界を火山フロントという。

 


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出典:地震本部地震調査研究推進本部

※海溝から火山フロント(海溝側火山列)までを前弧(非火山性外弧)、火山フロントから大陸側を背弧(火山性内弧)という。

※背弧側にある火山列を背弧側火山列という。

 

 

◾火山の形成には他に、中央海嶺に沿って海底火山が形成される場合とマントル深部からのマグマの供給(湧昇流)で形成される場合がある。 後者の例としては、ハワイ島白頭山済州島などがあり、ホットスポットと呼ばれる。

➡地下深部のホットスポットは動かないので、プレートの移動にともない、点々と火山ができる。やがて、火山をのせる海洋プレート自体が重くなり、火山島は海中に沈み海山となり、海山列を作る。(例・天皇海山列)

アイスランドは、中央海嶺ホットスポットが重なった珍しい例。

 


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出典:地震本部地震調査研究推進本部

※ハワイ島から北西に延びているのが天皇海山列。ミッドウェー付近で北北西に向きを変えている。これは、太平洋プレートの運動方向が急に変わったためと考えられる。

 

 

 

海溝が山を作る

◾海洋プレートの沈み込み部分では、海洋底に堆積した地層は地球の内部に入ることができず、引き剥がされて陸側プレート側の海溝斜面にくっつけられてしまう。これを「付加体」と呼ぶ。

➡付加体は、陸から遠く離れた海域で堆積した細粒な深海底堆積物と大陸側から海溝に運ばれたやや粗粒な堆積物で構成される。

 

◾沈み込みの際、新しい堆積物は古い堆積物の下に潜り込むように堆積する。

➡その結果、古い堆積物はどんどん隆起して「前弧リッジ」あるいは「外縁隆起帯」と呼ばれる高まりを作る。

➡この高まりは、大陸側から海溝へ流れ込む砂や泥を堰き止め、その背後にそれらが堆積した平坦な面が形成される。これを「前弧海盆」または「深海平坦面」と呼ぶ。

➡付加体はさらに成長すると、最後には造山帯として山脈を作る。

➡このため、アンデス山脈やロッキー山脈などの新しい造山帯は大陸の縁にある。

➡日本列島も大陸の縁にできた新しい造山帯であり、付加体の形成が繰り返されてきた。

 

◾西南日本の外帯(中央構造線の南側で九州南部から関東平野まで続く)では、付加体堆積物が帯状の地質構造になったと考えられる。これらの地質帯を海洋プレート側から、「四万十帯」「秩父帯」「三波川帯」と呼ぶ。

◽四万十帯は、白亜紀から第三紀(1億4500万年前~260万年前)に大陸の縁に作られた付加体で、外帯山地と呼ばれる九州、四国、紀伊半島関東山地の山地を形作っている。

◽高尾山には、この四万十帯の地層が現れていて、深海堆積物から引き剥がされたチャートと呼ばれる硬い岩石や、陸上から供給された砂岩などの岩体が混じりあい、付加体の特徴がよく表れている。

秩父帯はジュラ紀(2億年前~1億4500万年前)の間に作られた付加体。

◽三波川帯は古生代から中生代ジュラ紀(5億5000万年前~2億年前)に作られた付加体の堆積岩が、白亜紀に変成作用を受けてできた岩石(変成岩)で形成されている。

 


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出典:日本列島の地質と構造|地質を学ぶ、地球を知る|産総研地質調査総合センター / Geological Survey of Japan, AIST

 

 


地震はどうして起きるのか

地震の正体が地下の断層運動だと科学的に証明されたのは1960年代のことだった。

◾断層運動とは、地殻の中にある断層(割れ目)を挟んで、地殻を構成する両側の岩石が食い違う現象のこと。このことを慣習として「断層が動く」と表現している。

➡このとき、地下の断層面上で断層が最初に動き始めるポイントを地震震源という。

➡断層が動く原因は、地殻の歪み。地殻を構成する岩石には、いろいろな方向から力がかかるが、それによって生じた歪みが限界に達すると地殻内で強度の弱い部分(弱線あるいは弱面)である断層でずれが生じる。

➡力のかかる向きと断層面の傾きの方向によって、断層のずれ方が変わり、逆断層、正断層、横ずれ断層の3タイプがある。

➡現在の日本列島周辺では、大陸プレートと海洋プレートが押し合い、岩盤が水平方向に圧縮されている。そのため、逆断層や横ずれ断層によって引き起こされる地震が大部分である。

➡ただし、地殻を引き伸ばす力が働く火山地域や、巨大地震などの影響で、地殻に局所的に引き伸ばす力が働く地域では、正断層による地震が発生することもある。

 


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出典:地震本部地震調査研究推進本部

 


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出典:地震本部地震調査研究推進本部

 


◾プレート境界地震(海溝型地震)は、プレートの沈み込みによる歪みを一気に解消するので、頻繁に巨大地震が発生する。 

 

◾内陸直下地震は、地殻内の活断層の活動が主な原因。

➡プレートの沈み込みで日本列島にかかる地殻内部の力の大部分は、プレート境界地震で解放されるが、内陸部にはその残余の力がかかる。

➡何回ものプレート境界地震の繰り返しで内陸部には歪みが徐々に蓄積される。

➡最後にそれが地殻の弱線である活断層の活動で解放される。

 

活断層の特徴は、活動によって地表に地震断層と呼ばれる断層地形を残すこと。

活断層は将来活動する可能性のある断層と考えられるが、その根拠は、地表付近で最近の地質時代に活動の繰り返しの証拠があること。従って、「未知の」活断層は存在しない。

活断層はその活動の繰り返しによって、通常の河川侵食では考えられない独特の断層地形を発達させる。

 

◾プレート境界地震などの大地震の際、日本列島沿岸部では海岸部が隆起沈降することがある。これを地震地殻変動という。

➡海洋プレートの沈み込み運動で、上盤側(陸側)地殻が下に引っ張られて沈降する。

➡その歪みの限界に達したとき、プレート境界断層がずれて大地震を発生させる。

➡同時に、下に引っ張られていた上盤側地殻は反発して元に戻る。(弾性反発説)

➡従って、地震で隆起した上盤側地殻は、地震後また沈降し始め、次の地震まで沈降運動が続き(「逆戻り」という)、次の地震でまた隆起するということを繰り返す。

➡隆起量が逆戻りの沈降量を上回ることが多いので、沿岸地域は長期的には隆起を続けている。(原因は不明)

➡その結果、海岸段丘は古いほど、それが最初に形成された高度よりもはるかに高いところに位置している。

 

 

 

◾ここまでは、地殻内部で引き起こされる「内的営力」による地形の変化だったが、気候変動など地表面より上に原因がある「外的営力」による地形の変化もある。

 

海水準変化による海岸線の変化

地質年代で、260万年前から現在にいたる時代を第四紀と呼ぶ。

➡日本列島の地形形成に最も大きな影響を与えた外的営力は、この第四紀における海水準の変化である。

➡この海水準の変化は、北半球の大陸上に形成された大陸氷床(氷河)の拡大縮小が原因で引き起こされたもので、氷河性海水準変動と呼ばれている。

 


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過去500万年間の氷期間氷期の変動を示す堆積物の記録(横軸・単位100万年前、縦軸・地球上の氷床量の指標)

氷河時代 - Wikipediaより

 

 

◾温暖だった中生代以降、地球は徐々に寒冷化していく中で、第四紀は、北半球に氷床ができ始めた時期という特徴がある。

➡第四紀前半は、北半球の大陸氷床は小規模で、およそ4万年周期で溶けたり発達したりを繰り返していた。

➡ところが、100万年前頃に「気候のジャンプ」というエポックがあり、それ以降、氷床の発達は大規模になった。

➡氷床の拡大縮小の周期は約10万年に延び、寒冷の振幅も大きくなり、明瞭な氷期間氷期のサイクルが出来上がった。

◽気候のジャンプの原因は、上昇を続けるヒマラヤ山脈が、北半球の大気の循環に影響を与えるほどの高度になったためだと考えられている。

氷期には、氷床の発達のため、海水量が徐々に減り、海水準(海面の高さ)は低下していく。

 

◾7万年前に始まった最終氷期(ヴュルム氷期)が2万年前には最盛期(最寒冷期)を迎えた。

北米大陸や北欧には大規模な氷床が発達し、2000㍍以上の厚さでこれらの地域を覆った。グリーンランドの氷床も現在より広がっていた。

➡その結果、世界中の海水準は現在よりも120㍍ほども低くなったと考えられている。

 

◾日本列島では、海水準の低下によって、東京湾や大阪湾、瀬戸内海などは干上がって陸地になった。

東京湾では、干上がった元の海底を利根川の延長である古東京川が流れ、新しい沿岸地域では、低下した海面に高さを合わせて河川が深い谷を掘り込んだ。

➡日本列島の周囲には、低下した海面に合わせて広い海岸平野が形成された。これが現在では海面下に没し、大陸棚になっている。

➡気温の低下による植生の変化や雨量の減少も地形の変化に影響を及ぼした。河川の上流域では谷を埋めて川床の高度を上げ、平野の出口では大きな扇状地を作った。下流部では川底が深く刻み込まれたので、氷期の河川の勾配は間氷期のそれよりずっと急勾配になった。

 

◾約1万年前に氷期が終わると、大陸の氷床は溶けだし、海水準は急速に上昇した。

➡それにより、氷期に作られた大きな谷の中には、洪水などで上流から運ばれた新しい地層(沖積層)が厚く堆積し、平野が作られた。

➡気温が上昇し、降雨も増加するので、谷の上流部では、河川が氷期に埋めた厚い堆積物を削り、峡谷を作るようになる。下流域では谷が埋められているので、川床勾配は緩やかになる。

➡川床勾配は氷期間氷期でシーソーのように変化し、これによっていろいろな段丘が形成された。

 


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出典:更新世の日本 - 世界の歴史まっぷ

※約2万年前は、宗谷海峡間宮海峡は陸続きになっていて、マンモスは北海道までやって来た。津軽海峡は深さが約140㍍あるので、当時でも完全に陸化しなかったようだ。なので、マンモスは本州までは行けなかった。(上の図はちょっと違うのでは)

※北海道と本州で動物の分布が大きく異なるのは、津軽海峡のせいで、この境界は「ブラキストン線」と呼ばれている。

ナウマン象は、なぜか本州にも北海道にもいたらしい。

※上の図の60万年前の地図で、日本海が干上がっているが、内海として存在していたはず。この図は、ちょっと違うと思う。

 

 

 

🔘このようにして、日本列島の地形はプレート運動にもとづく内的営力の上に、外的営力である氷河性海水準変化の影響を受け、さまざまな堆積作用や浸食作用が働いて形成されてきた。

 

 

 

🐱第2章以降は、日本列島の各地に見られる地形の形成過程や形成史が紹介されています。

  • 第2章:北海道
  • 第3章:東北
  • 第4章:関東
  • 第5章:中部
  • 第6章:近畿
  • 第7章:中国・四国
  • 第8章:九州

次の記事では、第2章以降の内容を紹介したいと思います。 

 

 


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次の記事へと続きマンモス

🔘箱根火山のカルデラの成り立ち他 『日本列島100万年史』を読む(2)北海道・東北・関東 - 森の踏切番日記

🔘南海トラフ地震で富士山が噴火? 『日本列島100万年史』を読む(3)中部 - 森の踏切番日記

🔘近畿三角帯と阪神淡路大震災の話 『日本列島100万年史』を読む(4)近畿 - 森の踏切番日記

🔘南海トラフ大地震が起きるしくみ 『日本列島100万年史』を読む(5)中国・四国・九州 - 森の踏切番日記

 

 

 

 

 

藤野可織『おはなしして子ちゃん』~キモカワイイ短編集

9月の読書録01ーーーーーーー

 おはなしして子ちゃん

 藤野可織

 講談社文庫(2017/06/15:2013)

 ★★★★

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藤野可織は、1980年京都生まれ。同志社大学大学院美学芸術学専攻博士課程前期修了。2006年「いやしい鳥」で第103回文學界新人賞を受賞、13年「爪と目」で第149回芥川賞受賞を受賞している。

芥川賞受賞前に京都新聞の文芸欄の「季節のエッセー」を担当していたので地元ではおなじみの作家である(現在は最果タヒが担当)。そんなこともあって、以前から気になっていた作家なのだが、小説を読むのは今回が初めてである。正直言って、もっと早く読めばよかったと後悔するくらい私の好みのタイプの短編集だった。

本作は、2013年に刊行された単行本が文庫化されたもので、全部で十編の短編が収められている。どれも発想が自由で、語り口がうまくて、ちょっと不気味だけれど、どことなくかわいい感じもする、ユニークな作風である。

 

 

 

おはなしして子ちゃん

 

 

 

私は、小学生の頃、理科準備室が好きだった。理科クラブに所属していたが、顧問の先生が来て指導することも無かったので、理科クラブの主な活動は理科準備室で遊ぶことだった。劇薬も使い放題で、硫酸とかを使った実験を児童だけでやったりしたものだが、今から思うと、あれはかなり危険な行為だった。ハンカチにアルコールを浸して火をつけて、「聖火リレー」とか言いながら廊下を走り回ったこともあった。よく叱られなかったものである。まったくのんきな小学校であった。それ故、児童のイジメにも気がつかない鈍感な小学校でもあったが。

理科準備室の隅の方にはホルマリン漬けの標本がいくつかあったことを憶えている。何の標本だったかよく憶えてないがカエルはあったと思う。ヘビもあったかもしれない。どれも古くて、白くて、崩れかかっていて、ぶよぶよしていたと思う。気持ち悪いのでみんなあまり近づかなかったと思う。ホルマリン漬けの標本といえば、やはり、回虫の標本だろうか。小学校にはあっただろうか。記憶が混沌としていて定かでない。白くてヒョロヒョロしたのがウジャウジャしてたり、サナダムシの長いのがウネウネしてたり、ああ気持ち悪い。

 

表題作の「おはなしして子ちゃん」は、そんなあまり思い出したくない気持ち悪い記憶を刺激する。いじめっ子の女の子といじめられっ子の女の子の話だが、猿のホルマリン漬けが出てくる。想像するだに気持ち悪い。「おはなしして子ちゃん」とは、いじめられっ子の女の子がホルマリン漬けの猿につけた名前である。この猿が「おはなしして」とせがむのである。いじめられっ子の女の子からその話を聞いたいじめっ子の女の子は、放課後ひとりで理科準備室に忍び込み、いじめられっ子の女の子に閉じ込められてしまうのだが、ホルマリン漬けの猿におはなしをせがまれて、自分の知っているおはなしを次から次へと話し始める。彼女には、話したいおはなしが山のようにあるのだ。ところが、どんなに話しても「おはなしして子ちゃん」は、話をせがみ続ける。自分のことを話し始めた女の子は、うまくおはなしができなくなる。彼女の家庭環境はあまり幸せとは云えない。

この話は、はじめはうまくいきませんでした。ひとこと話すごとに、息を吸っていいのか吐いていいのかがわからなくなり、手や足首が冷たくなってじんじんとしびれました。なにもかもが遠ざかっていくようでした。子猿さえ見えなくなりました。けれど、見えなくても目の前に子猿がいて、私の話を聞いていることだけは疑いを持ちませんでした。やがて、あたたかい血が激しく体中を駆け回る感触が訪れました。私はいつからか、とてもなめらかに話していました。私は、私の話を、遠い遠い外国の森での物語を話すように見事に話していました。

女の子は、自分のことを話すうちに、自己を客体化することに成功したのだ。私は、このことに感銘を受けた。猿の方は、おはなしをしてもらうことによって元気になる。そのあと、ホラーな展開が待ち受けているのだが。「おはなし」には、語り手も聞き手も救う作用がある。彼女は、今も「おはなしして子ちゃん」を求めているのだ。

 

 

ピエタとトランジ」のトランジは、ピエタのクラスに転校してきた常識はずれの推理力を持つ女子高生。彼女の行く先々で事件が頻発し死人が続出するという名探偵の宿命というかある意味不幸を呼ぶ少女。なので、友達がいない。ところがお気楽な性格の女子高生ピエタは、そんなトランジを面白がって友達になる。ピエタの学校でもトランジが転校してきてから、事件が頻発し死人が続出するという豪快な話。これは、長編で読みたい。

 

 

アイデンティティ」の助六は、鮭と猿をつなぎ合わせて人魚を作る職人。人魚工場で作られた人魚たちは海外に輸出される。実際、江戸時代には、人魚のミイラは日本の特産品で海外に輸出されていた。お寺さんとかによくある人魚のミイラもその類である。他の職人たちが作った人魚は、出来上がると人魚の自覚に目覚めるのだが、半人前の助六が作った人魚は人魚の自覚を持てない。


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「猿です」

「鮭です」

「いいえ、人魚です」

 

アイデンティティを持てない猿でも鮭でも人魚でもない存在の苦悩が面白くも哀しい。最後に博物館に展示された「それ」が語る言葉は重い。この短編集の中では最も気に入った作品である。

 

 

「今日の心霊」の語り手である「我々」は、撮った写真が必ず心霊写真になるという驚異の異能力を持つ女性micapon17を見守る謎の組織である。なぜか心霊写真を撮った当人には心霊がまったく見えない。そんなmicapon17がブログを始めて、自分が撮った写真を載せ始めたら、大炎上。彼女の撮ったピンボケ写真は、生きている人間よりも心霊の方が鮮明に写っていたりするのだ。この生者と死者の逆転が面白い。

この短編の中でも出てくるが、ビクトリア朝時代の英国などでは、愛する家族が死ぬと埋葬前に亡きがらを撮影する死後記念写真の習慣があったようだ。私も以前、そういう写真を集めた写真集を見たことがある。特に、死んだ子供がきれいに着飾られて顔もきれいに化粧されて椅子にもたれかかっている写真は鮮明に記憶に焼き付いている。あたかも眠っているかのように見えるのだが、やはり生者の寝姿とはどこか違うのだ。目を開かせて、あたかも生きているかのように写された写真もあったが、やはりどことなく異様な感じがした。

 

 

宇宙を航行する人工知能搭載宇宙船の独白といえば、円城塔の「バナナ剥きには最適の日々」が思い出されるが、「美人は気合い」も人工知能搭載宇宙船の独白である。「わたし」は、「たぶん、きっと」壊れている。名前は「たしか」水瓶103号。水瓶座のβ星サダルスウドの方角へ向けて航行しているという。「わたし」の任務は、胚盤胞を生命体が活発活動している星に届けること。ラストの「羅列」が効果的な作品である。

一般的な「美人」の基準は、時代によっても異なるし、地域によっても異なるが、「美人」の方が、遺伝子が次の世代に残り拡散する確率は高いだろう。「わたし」がいう「美しい」とは、「他者の知覚にこころよい衝撃を与える」ということである。

生物学的には、選択権がメスの方にある種が多いようだ。「美しい」オスが勝ち残るのである。日高敏隆先生によると、クジャクの場合、広げた羽の眼のような模様の数が一番多いオスがメスに選ばれるそうだ。それが、クジャクにおける「美人」の基準なのだ。

それでは、モテナイ君はどうするかというと、ある種の魚の場合、メスの振りをしてカップルに近づき、隙を見て卵巣に精子をかけ逃げするそうだ。涙ぐましい。意外に多くのモテナイ君の遺伝子も次世代に残っていくのだそうだ。

時代によって「美人」の基準は変わるから、今「美人」じゃない遺伝子が「美人」になる日が訪れるかもしれない。だから、今「美人」じゃない遺伝子もキープする必要があるのだろう。

 

 

エイプリル・フール」は、一日に一回だけ嘘をつかないと死んでしまう少女の話。ただし、それは彼女がそう言っているだけであり、それが本当かどうかは分からない。誰かを好きになるということは、相手の虚実をまとめて好きになるということ。好きになってしまえば、年齢も性別も関係ない?

それにしても、嘘がつけないというのは、人間社会においては致命的に不便なことだ。

 

 

「逃げろ!」の語り手の「俺」は、目に見えない敵に追われて必死に逃げたあげく通り魔殺人を繰り返している男。通り魔だけでなく、みんな目に見えない何者かに追われているのだ。RCサクセションの名曲「ベィビー!逃げるんだ」を思い出す。げるんだげるんだあ~🎵

オチがうまい作品である。

 

 

「ホームパーティーはこれから」の語り手の「私」は、夫の転職のため慣れない土地に引っ越してきたばかりで、面識のない夫の仲間を招いてのホームパーティーをすることになった専業主婦。「いつも一生(※ママ)懸命で明るい」彼女の心の拠り所はSNSでつながる高校時代からの親友たちとあの頃の「あたし」。彼女は、失敗が許されないパーティーのために朝から準備に追われている。ところが、準備が終わらないのにピンポンとインターホンが鳴ってしまう。なんか主婦って大変だなあ、というシチュエーションから始まって、途中からぶっ飛んでいく。

輝いていた頃の「あたし」を忘れられずに、「◯◯さんの奥さん」という記号にされることに対して必死に抵抗しながら、「いい奥さん」と呼ばれたいがために記号の中に埋没してしまう女性を描いた一種のホラーとして読んだ。「◯◯さんの奥さん」の繰り返しが効果的である。

 

 

「ハイパーリアリズム点描画派の挑戦」の語り手の「ぼく」は、美大を出たが将来に見切りをつけ食品メーカーに就職した男性。「ハイパーリアリズム点描画」という架空の技法と展覧会における観客のバトルと「ぼく」の人生の凄まじい話である。

 

 

「ある遅読症患者の手記」は、本が無機質ではない世界の話である。この世界では、本は表紙を開くと目を覚ます。そして、束ねられたページと背の隙間から芽が出て、成長し、やがて、花を咲かせる。さて、何色の花でしょう?

ところが、この手記の筆者である「ぼく」は、本を読むのが致命的に遅い「遅読症患者」なので、読み終わる前に花が枯れて本が死んでしまうのである。死にゆく本の描写は、まさにホラーである。その恐ろしさを読者も体験することになる。

音楽では、こういう感じの終わり方をする曲を聴いたことがあるが、小説では、たぶん読んだのは初めてである。同志社大学で美学というと、あの作家を思い浮かべるが、あの人の作品でもこれは無かったのではないだろうか。

 

 

私の本棚には、未読本が何十冊かあるのだが、読まないうちに腐ってしまわないか、ちょっと心配である。早く読まねば。

 

 

 

 

おはなしして子ちゃん (講談社文庫)

おはなしして子ちゃん (講談社文庫)

 

 

 

 

 


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人魚のミイラ(西光寺学文路苅萱堂・和歌山県橋本市
 

 

 

 

 

 

高野山と空海さんでブラタモリ(3/3)

ブラタモリ』#83高野山空海(3/3)

高野山空海テーマパーク!?


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近江「弘法は筆を誤らず?」

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🐱高野山と空海さんでブラタモリ(2/3) - 森の踏切番日記の続き


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行ってきました。


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あじみ地蔵


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近江「息がかからないようにしてますね」


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鶴瓶師匠!


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黄衣の僧。


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黄色は仏教の色だとか。


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おみくじもあるんだ。


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わざわざ奥之院まで行って、凶引いたら最悪やな。


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私は高校3年のとき、大学受験の合格祈願のお参りに行った北野の天神さんでおみくじを引いて凶を出したことがあります。もちろん、浪人しました。

おそるべし、菅原道真。て、実力か。


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受験生は、むやみにおみくじを引かない方がよいと思います。うっかり、凶でも引いたりすると、動揺します。


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ミートソース駄目。卵駄目。トマト味?


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はあ。


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はあ。


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🔍高野山 霊宝館(れいほうかん)


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再び登場、山口文章さん。


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マスク着用。風邪ひいたんでっか?


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お宝登場。


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なんでしょうか?


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おお~!


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797年


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空海は、23歳のとき、大和の久米寺で『大日経』を発見してから、とくに密教に深い関心を持つようになったといわれています。


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三教指帰』の草本といわれている。

三教指帰』は、空海24歳のとき(797)の著作。儒・道・仏の三教の優劣深浅を批判したものであるが、自らの思想の遍歴がしるされていて、出家の宣言書といわれている。


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🔍高野山霊宝館【収蔵品紹介:書跡】


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1220年前のものなのに保存状態がとても良い。


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さすが三筆の一人。て、ようわからん。

因みに他の二人は、嵯峨天皇橘逸勢です。


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15歳のとき、讃岐から上京し、『論語』『孝経』史伝を学ぶ。

18歳で大学に入るが、仏教の深遠な教えを触れるに及んで、大学をやめて仏道修行にはげむことになった。


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思いがね。


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おいおい。


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「弘法にも筆の誤り」は、

「応天門 」の応の字を書き損じたんだっけ?

なんかそんな話。


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近江、納得。


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うん、すごかった。実物見てみたい。


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そこかい!


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今日のランチはトマト味のパスタにしようと心に決めた近江ちゃんでした。


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今回は、内容が濃かったなあ。

 


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こちらは、空海最澄にあてた書状。「風信雲書 自天翔臨」と始まることから『風信帖』と呼ばれる。

 

 


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📄こちら➡高野山の町でブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

 

 

 

📄関連日記

🔘高野山と空海さんでブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

🔘高野山でブラタモリ(1/2) - 森の踏切番日記

🔘高野山でブラタモリ(2/2) - 森の踏切番日記

 

 

 

 

 

 

高野山と空海さんでブラタモリ(2/3)

ブラタモリ』#83高野山空海(2/3)

高野山空海テーマパーク!?


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近江「奥之院がベスポジ?」

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🐱高野山と空海さんでブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記の続き


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奥之院の入り口に着きました。


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タモリ「ここはね、一度来たことがあるんですよ」


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関ヶ原の合戦では西軍について改易されながらも奇跡の大名復帰を果たした立花宗茂筑後柳川立花藩ですな。


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タモリさんと同郷。


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ローカルな話題で盛り上がるタモリさんと木下先生。


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※前回の放送より「町石」


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五大ですな。


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供養塔ですな。


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🔍高野山霊宝館【収蔵品紹介:仏に関する基礎知識:大日如来】


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こちらが法界定印を結ぶ胎蔵界大日如来


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木下「単なる墓ではなくて、これそのものが大日如来である、かつ、宇宙であると…」


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近江ちゃんは、鶴田浩二を知らない。

これは、無理もないな。


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ここか!(前回の予告より)


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こちらは、薩摩島津家。


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小田原、北条氏郷


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向かって左の大きいのが信玄。


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上杉家は廟建築。


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あの世でも川中島の延長戦?


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深夜に行くと、賑やかそう。

日本古来の信仰として山中は、「他界」であり、死後の魂の行くところだったので、自然と受け入れられたのでしょう。


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他にも、松平秀康とか、平敦盛とか、赤穂浪士とか、法然さんも、親鸞さんも。


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歴代天皇の御陵もあるし、皇族や公家さんたちもあるはず。徳川家は霊廟があるはず。


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地球は、寿命がきて膨張した太陽に飲み込まれておるだろうな。太陽は白色矮星になっておるかもな。


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人類の寿命が八万歳になっておるとか。


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木下「奥之院といわれている」


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弥勒菩薩、日本語話せませ~ん!


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待ちきれない人たちによって、弥勒信仰がブームになって、のちに阿弥陀信仰にとってかわられたそうな。


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あるいは、花見の場所取り。


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木下先生のテンションが⤴


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一石五輪塔


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古いものは室町時代のものもあるとか。


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土の下に埋もれてしまっていることも多いのだとか。


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どや。


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それでか。納得。


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木下先生は、5000から6000くらい調べたのだとか。


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タモさん感慨深げ。

それより、スタッフのTシャツが気になる。

「不動心」て。


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ホント、面白い。


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天災の被害者とか戦死者とかの供養塔もあるでしょう。


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シロアリの供養塔もあるとか。


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なんか、カワイイ。


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いかにも日本的。


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聖域中の聖域。


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なるほど~


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次の記事へと続く

 

 


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弥勒菩薩像といえば、やはりこれでしょう。

木造弥勒菩薩半跏像(国宝・広隆寺蔵)。

遠い未来に思いをはせて瞑想しておられるのだとか。