森の踏切番日記

ただのグダグダな日記です/2018年4月からはマイクラ日記をつけています/スマホでのんびりしたサバイバル生活をしています/面倒くさいことは基本しません

夏目漱石生誕150年

2月の読書録01ーーーーーーー

 夏目漱石

 十川信介

 岩波新書(2016/11/18)

 1702-01★★★☆

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写真で見る漱石は、いつも真面目な、多少気難しい顔をしている。

と言っても、彼の不機嫌な顔はその一面であり、友人や教え子たちとは談笑し、彼らの頼みは就職、借金など身を切っても尽くす。約束は必ず守る、義理がたい気性である。酒はほとんど呑まないが煙草は一日に四十本、お洒落で服装に気を使い、外出して気に入ったものがあればすぐに買って帰る。食事には注文をつけないが、駄菓子が好きで、妻が留守のときには自分で何か探して食べる。病気がちのくせに、無理な行動も平気でやってしまう。

 

🐱夏目漱石は、慶応3年1月5日生まれだが、西暦では、1867年2月9日生まれということになり、今年で生誕150年である。昨年の12月9日の没後100年と合わせて、書店でも夏目漱石フェアを展開しているが、この機会に最近出た評伝でも読んでみようと思い立ち本書を読んでみた。

 

🐱著者は、1936年北海道生まれ。1966年京都大学大学院博士課程修了。近代日本文学専攻。現在は、学習院大学名誉教授、日本近代文学館顧問である。

 

🐱本書は、漱石の生涯とともに作品についても丁寧に触れられており、大体は既知の内容だったが、新しい発見もあった。作品の解説については大変参考になった。最近ありがちな極論や暴論もなくて好感が持てた。

 

🐱以下、気になったことをメモしておこうと思う。

 

 


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大正元年(1912)9月、明治天皇大喪の礼の日

彼の心の中には、つねに現状に満足できない強い欲求が潜んでいたようだ。

 

 

 

第一章:不安定な育ち

第二章:子規との交友

🐱この章では、子規との交友について、特に「文学上の対立」が取り上げられている点が興味深かった。著者によると、「自己中心的に具体的問題に即する子規に対して、漱石は客観的、論理的に批判する姿勢が特徴的」であるという。これは、そのまま二人の性格の違いを表しているように思われる。二人は書簡をやり取りして論争するのだが、全く噛み合わない。しかし、だからといって友情が損なわれるわけではない。

異質な者同士が率直に自分の考えを述べて成長していく、羨ましい友情である。

 

第三章:松山と熊本

🐱ここでは、漱石が弓術に熱中したのは、当時は弓の姿勢が肺に良いとされていたからだったということを初めて知った。

🐱また、「第一義」を求めるということが印象に残った。二十代の漱石は人生迷走中で、決して自信を持って真っ直ぐには生きていないように思われて、そこに共感する。

🐱漱石が子規に宛てた手紙で「銀杏返しにたけなはをかけ」の「たけなは」の意味を調べても分からなかったのだが、それが分かったのが収穫だった。正しくは「たけなが」なのだそうだ。そりゃ調べても分からんわ。「たけなが」は、元結の上に和紙をかけた飾りなのだそうだ。

🐱漱石が子規と虚子の仲を心配し、交際復活を願っていたというのも印象的。確か、漱石は子規に取り成しの手紙を書いたはず。

 

第四章:ロンドンの孤独

第五章:作家への道

🐱ここでは、ロンドンから帰国する船に青山脳病院院長の斉藤紀一が同船していて知り合ったことを知った。斉藤紀一は斎藤茂吉の養父である。北杜夫の『楡家の人びと』を思い出した。

🐱漱石の初期の短編では「一夜」が好きなのだが、「漱石の先進性に驚かされる」と評している。漱石は、未だに新しいのだ。

🐱『坊つちやん』について、「坊つちやん」が、父親と清の間に生まれた子供だったという可能性について論じていて面白かった。この仮説は、あり得そうな気がする。婆やの清はそれほど年を取ってはいないという説は初めて目にするわけではない。当時は四十代でも婆さんだったし、婆さんじゃなくても婆やと呼ばれることがあったという。

 

第六章:小説記者となる

🐱漱石初の新聞小説となる『虞美人草』は、よい評価を目にすることは無いのだが、吾輩は嫌いではない。この時期の漱石にしか書けない唯一無二の小説という意味において貴重だと思う。

 

第七章:『三四郎』まで

🐱『三四郎』の美禰子について「枠」という見方が興味深かった。

池での出会い以後、彼女はいつも枠取りの中から現われる。枠というのは、世間的な枠でもあり、実際に四角な枠のことでもある。

[中略]

彼女は「結婚」という枠に囲まれる直前の「自由」を楽しみたかったらしい。

🐱美禰子は嫌な女だとは思わない。彼女のような都会の女性を御するには、三四郎は経験不足に過ぎる。美禰子は、当時としては、新しい女性だったのだろうが、限界をわきまえていたと云える。どんな人間も時代という枠からは逃れることは出来ないのだ。

 

第八章:『それから』の前後

第九章:修善寺の大患

🐱ここでは、修善寺の大患前後について詳しい。修善寺に向かう鏡子の動向も書かれている。子供たちが鏡子の母親と一緒に茅ヶ崎へ海水浴に行っていたのを豪雨の中迎えに行って、母親を横浜に送り、自分は茅ヶ崎に一泊するつもりでいたところに、修善寺からの電報が回送されてきた。そこで、子供たちを茅ヶ崎に預けておいて、母親を追って横浜に向かい、遅くなって汽車がなくなり、不安な一夜を過ごし、翌日の午後修善寺に到着したという次第である。これは、夏目鏡子の『漱石の思い出』に詳しく書かれている。

 

第十章:講演の旅に出る

🐱ここでは、朝日新聞社内の内紛(池辺三山辞任問題)が波及して、漱石が池辺に辞表を郵送したときの事(その後説得されて撤回)が印象的である。提出直前に漱石は鏡子に相談しているのだが、

以前の漱石ならば妻に相談なく事後通知で済ませただろうが、大患後の彼は、妻の誠意ある看病に、自分の「我」をむき出しにする弊はなくなったようだ。

 ということだ。この問題については、森田草平の不徳の致すところだと思う。

🐱『彼岸過迄』は、好きな作品の一つで、何度も読み返しているのだが、ここでの評も興味深かった。

一旦起ったことは、表面に出なくとも生き続け、突如として現れることもあるだろう。それは、「過去」に対する漱石の考えであった。

これは、『門』や『道草』にも当てはまる。

 

第十一章:心の奥底を探る

🐱『心』の先生の自殺は、自壊とも云えるものだったのだろうか。孤独地獄に耐えられなくなった結果だろうか。それに対する回答は見出せない。先生死後の奥さんの気持ちがいつも気になる。

 

第十二章:生きている過去

第十三章:『道草』から『明暗』へ

🐱『道草』については、

漱石にとって、女性には理解できない一点があり、男同士の方が気兼ねなく話せる相手だったようだ。過去の回想は「道草」ではない。人生そのものが「道草」の連続なのである。

とある。なるほどね。修善寺の大患後でなければ、この小説は書けなかったのではないだろうか。

 

第十四章:明暗のかなた

🐱ここでは『明暗』について詳しく論じられている。『明暗』は、まだ一度しか読んでいない。再読したくなった。

 

第十五章:晩年の漱石とその周辺

🐱死の床にある漱石の写真がなぜあるのか今まで疑問だったのだが、

子供たちがどこから聞いてきたのか、死にそうな人の写真を撮ると治ると言ってきかないので、朝日の写真班に頼んで写真を撮ってもらった。

ということだそうだ。そんな迷信は初めて聞いた。それが、生前最後の写真である。

夏目鏡子の『漱石の思い出』に書いてあったのをすっかり忘れていた) 

 


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死の床にある漱石。大正5年(1916)12月9日

 

 

 

夏目漱石 (岩波新書)

夏目漱石 (岩波新書)

 

 

 

 

 

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徳川家康は偉大な凡人か?

BOOKーーーーーーーーーーーー

 

 

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🐱2月5日(日曜日)の朝刊の読書面の「本を語る」のコーナーは、新聞小説として連載された『家康(一)自立篇』を刊行した安部龍太郎を取り上げていた。

 

🐱我が家では、古新聞は七ヶ月保存してから資源ゴミに出すことにしているのだが(七ヶ月分なのはスペースの都合)、資源ゴミに出す前に読み直すことにしていて、今、この『家康』を再読しているところである。

 


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🐱この『家康(一)自立篇』は、桶狭間の戦い前夜から始まり、三方ヶ原の戦いにおける敗走で終わる。家康19歳から31歳までである。著者は、

「苦しみや弱さを克服し、階段を一歩一歩上がる、成長小説として書きたかった」

という。

 


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🐱桶狭間の戦いのとき満17歳だった家康は、今川方の敗戦による危機を乗り越え、今川家から独立を果たすことになる。この時期の家康は、ごく平凡な戦国大名でまだまだ未熟だが、信長の下につくことで徐々に成長していく。この小説では、家康と瀬名との関係や母親との関係、家臣との関係が丁寧に描かれている。

 

🐱そして、三方ヶ原の大敗走で九死に一生を得るのだが、ここの描写は少し物足りなかった。単行本では加筆されただろうか。ちょっと気になるが、文庫本になるまで待つつもりである。余程のことがないと単行本は購入しないことにしている。

 


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🐱また、著者は、

「家康のすごさは、非常に普通の人であること。その凡人が努力しながら壁を乗り越える。偉大な凡人の面白さはいかようにも書ける」

とも言っている。確かに、この時代の家康は凡人だったかもしれないが、ある段階で覚醒して凡人を脱したと思う。家康が凡人のまま大大名に成長したとは思わないし、凡人のまま天下を取ったとも思わない。そもそも、天下を取るような人間を凡人とは云わないだろう。

 


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🐱去年の大河ドラマ真田丸』における徳川家康は、臆病で慎重な性格だったが、本書の家康像と通じるものがあるように思う。最近の傾向なのだろうか。

 


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🐱また、1月1日(日曜日)の朝刊の特集「日本人の忘れもの 知恵会議」(京都新聞)に寄せられた文章で安部龍太郎は、

人間のどうしようもなさの原因は、敵意とエゴイズムを乗り越えられないところにあるということだ。

幕藩体制による地方分権も、士農工商の身分の固定化による競争の排除も、農本主義の徹底による商業の抑制も、中庸を説く儒教の導入も、敵意とエゴイズムを制御するために考え抜かれた施策だったのではないだろうか。

 として、江戸幕府を開いた徳川家康を評価しているのだが、これも同意できない。

 

 
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🐱確かに、「厭離穢土欣求浄土」という旗印は、家康の理想であったかもしれないし、戦乱の時代を終わらせることは、当時の人々の共通の願いであっただろうと思うが、江戸時代の日本が理想的な社会だったとは思わない。それは、江戸時代を一面的にしか捉えていない考え方だと思うし、同じ論法で共産主義全体主義も評価することが可能だと思う。また、江戸時代の日本のような閉じたシステムというのは、エントロピーが増加しきってしまえば、破綻するものであろう。

 


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🐱家康は、当初は凡人だったかもしれないし、臆病で慎重な性格だったかもしれないが、その人生において少なくとも二度大きく変質したと思う。それは、秀吉が死んだときと大坂の陣において豊臣家を滅ぼす決断をしたときである。

 

🐱権力者もまた人間であるから人間味があるのは当然のことであるが、権力者になるような人物は、権力を所持することを決意したとき、権力を維持することを決意したとき、非人間的にならざるを得ないと考える。そこを描かなくては、権力者を描いた事にはならないと考える。今後、安部龍太郎の『家康』がどのように展開していくのか、これからが楽しみである。🐥

 

 

 

別府温泉でブラタモリ

ブラタモリ』#62別府温泉

~別府はなぜ日本一の温泉に?


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😽断層王タモリと小数点を無視する女

 

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😺近江アナは、別府温泉は初めて。タモさんは、小学校の時に来たことがあるそう。

近江「温泉はお好きですか?」

タモリ「温泉、大好きですよ」


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🐱笑顔で語るピリピリ好きの森田氏。

 

 


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🐱まずは、足蒸しを体験。

 


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近江「これ、足入れるんですか?」

 


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タモリ「うん、それでこうやるんだろ?」

※足を入れて、蓋をする。

近江「あっ、そういう事か」

 


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近江「結構熱い!」

※案内人登場

案内人「今日は特別熱くしてると思うんですけど」

😽いきなりボケをかます案内人。

タモリ「あれっ? なんか止まった」

※周りを開けて蒸気を逃がして調節。


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😽今度は寒くなっちゃいました。

スタッフ「全部閉まりました」


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タモリ「少し来た。来た来た」

近江「来ました来ました」

タモリ「おお。熱い!」

近江「熱い熱い! 熱いこれ!」


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😽近江「NHKなので、生足だけでごめんなさい」

 


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😽逆効果?

 


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🐱続いて、飲泉場へ。ネーミングがまんま。

 


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🐱テースティング中

タモリ「決してうまいものではないな!」

タモリ「薬と思えば…」

😽逆効果?

 


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別府温泉は、湧出量と泉質の豊富さが日本一。

 


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😽飲み過ぎた~

 

 

別府温泉別府八湯とも呼ばれている。

🔎別府温泉 - Wikipedia
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草彅「始まりましたブラタモリ! 今回の舞台は大分県別府温泉です」

 


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草彅「でもどうして別府温泉は日本一になったんでしょう?」

 


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😽ぬこ「知るか!」

 


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別府に温泉が湧く理由とは?

 


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😽傾斜というより崖な人発見。

 


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🐱由佐悠紀先生。調査した温泉の数は延べ1000ヶ所。実は偉い先生。

🔎メンバー|別府温泉地球博物館 Beppu Onsen Geo-Museum

 


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🐱近江ちゃんが初登場の時(#36嵐山)に最初に覚えたブラタモ用語「ダンソウガイ」

 


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タモリ「断層ファンですからね!」

 


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温泉には、水と熱源とお湯が地上に湧き出すための通り道が必要。その中で通り道となるすき間をつくっているのが別府では断層なのだ。

 

 


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タモリ「小説書こうかな?」

 


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タモリ「断層を舞台に一組の男女が妖しげに燃える」

😽男「どうして、君は断層の上に?」

😽女「どうして、あなたは断層の下なの?」

 


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タモリ「ああ! お~、きれいここ!」

近江「うわ~」

タモリ「すごいね、やっぱり別府は」

近江「すごい、湯けむりが」

タモリ「別府、見直したな」

 


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案内人「別府では、大体が断層に沿って温泉が湧いている」

 


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 タモリ「堀田、観海寺、別府… これも直線ということは」

 

タモリ「二つ大きな断層があるってことですか?」

先生「う~ん、どうでしょうね」

 

ということで
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八幡地獄にやってきたタモリさんたち。

 


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ということで、温度を測ることになったタモリさんと近江ちゃん。

 


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940!

 


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😽ほとんど100℃に近いというネタを見事に潰した近江ちゃんの天然ボケが炸裂。

 


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😽先行きが、見えなくなっちゃった。

 

 


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😽気を取り直して、断層崖へ。

 


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先生「朝見川断層といいます」

先生「断層に沿って川が流れている」

 


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草彅「この巨大な断層崖の高さは、なんと30m」

 


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タモリ「相当すき間があるということですから、お湯が出やすいですね」

先生「何度もずれて大きな落差になっている」

タモリ「こっちが沈んでいるんですか?」

 


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草彅「そうなんです! 実は別府は2つの断層に挟まれた沈んだ場所にあるんです」

 


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近江「下がりました!」

 


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別府は沈んだ場所にある。

 


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九州には、プレートによって南北に引っ張られる力が働いている。

 


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草彅「別府はちょうどその裂け目にあるんです」

 


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😽豊臣秀頼「言われて伸びる男ぞ」

 


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先生「100年たつと1m」

😽最終的には、九州分裂か?

 


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地盤が引っ張られた事で出来た2つの大きな地層に、たくさんの湧き出し口が出来た。

 


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日本一!

 

 

草彅「更にタモリさん、左側の断層崖に沿って」
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先生「土石流です」

 


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地層と湧出量の関係とは?

 


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タモリは断層王になる!

 


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😽図星?

 


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😽苦笑い

 


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別府は扇状地になっている。

 


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別府では、地下水が温泉!

 


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2つの断層を通って湧き出した大量の温泉が扇状地に広がり別府全体に流れている事で

 


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源泉の数が増え別府温泉が湧出量日本一になった。

 


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続いてタモリさんは別府エリアへ。

 


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タモリ共同浴場ですね」

 


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1000円払えば1ヶ月間いつでも入れる。

 


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塩化物泉95.5度

 


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近江「誰かいましたね(笑)」

 


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草彅「なぜ別府温泉は泉質の種類が多いのか?」

 


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草彅「温泉の泉質を比べてみましょう」

 


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タモリ「飲むんですか?」

😽きき湯?

先生「pHを測定してもらいたい」

😽ですよね~

 


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鉄輪エリア、pH3.5  酸性

観海寺エリア、pH9 アルカリ性

別府エリア、pH9 アルカリ性

 


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😽pH3.5は、酸性でよいと思うがな。

📄1atm・25℃でpH=7が中性。pHは対数なので、pHが1違うと、水素イオン濃度が一桁違う。pHが小さい方が水素イオン濃度が大きくなり、pHが7より小さくなると酸性になる。

 


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扇状地の地下には温泉の通り道がいくつもあり、複雑に広がっている。成分が薄くなる温泉や途中で分かれて流れていく温泉、

 


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地中深く成分を保ったまま端まで流れる温泉もある。天満温泉がこのタイプの温泉。

 

それぞれ成分の異なるさまざまな鉱物を含んだ地層があり、通り道ごとに微妙な成分の違いが生まれる。


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断層と扇状地

これが日本一の温泉地を生み出した。

 


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そこで訪れたのは、二つの断層の交点にあたる塚原温泉。

 


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草彅「実は、この場所、別府温泉にとって重要な場所なんです」

 


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先生「まあ、ここは、かわいい火口ですけど」

先生「全体が爆裂火口の感じですね」

タモリ「はあ~」

近江「まだ活動中なんですか?」

先生「活動中です」

 


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草彅「やって来たのは伽藍岳。活動中の火山です。中腹にある火口からは今も絶えず噴気が上がっています」

 


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😽今週も、やっぱりヘルメット着用。しかも、念のためマスクも用意。

 


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タモリ「ちょっと、よけよう!」

※迫る火山ガス

タモリ「怒ってるみたいだぞ」

※とりあえず避難

 


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先生「でも何でこの火口は大丈夫なんでしょう」

 


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伽藍岳の火山ガスの中には、通常の火山ガスと違い、二つの有毒な成分がほとんどないので近づいても平気だった。 

 


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塩化水素と亜硫酸ガスは水に溶けやすいので、このことは火山ガスが水の層を通ってきたことを意味する。

 


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この辺りの地下には、マグマの熱で温められた大量の熱水が溜まっている。マグマから出る火山ガスの有毒な成分は、この大量の熱水にほぼ吸収される。

 


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📄熱水には周囲から圧力がかかっているため、100℃を超えても液体であることが多い。

 


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😽それにしても、近江ちゃんのヘルメット、大きすぎなくない?

 


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地下に広がる大量の熱水が別府温泉全ての源。

 


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草彅「なんと別府八湯は、別府一湯だったんですねえ」

 


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先生「ということで、日本一の別府温泉が、一つの泉源だったという事実、納得いきましたでしょうか?」

 

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タモリ「火山断層も時には地震を起こしたり噴火したりして、人的な被害があるんですけど、プラスになる側面も持ってる」

タモリ「共に生きてきましたね、断層と火山と日本は」


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😺今日は、とても興味深い内容だったなあ。

 
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😺断層王の含蓄のある言葉もいただいたしね。

 

 

おまけ
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#55知床

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強酸性温泉・玉川温泉に入った時の経験談

 
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タモリ「全然チリつかないね」 

 
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タモリ「この程度じゃダメだな」 


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タモリ「気持ちいい! 近江ちゃんも入れば?」 


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チリつかないw

 

 

次回は
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♨#63➡別府でブラタモリ - 森の踏切番日記 


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🚢#64➡神戸の港でブラタモリ - 森の踏切番日記

 

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😽次回は、殺人事件とかは無いのか?

 

 

 

📄関連日記

水戸でブラタモリ - 森の踏切番日記

さぬきうどんでブラタモリ - 森の踏切番日記

浦安でブラタモリ - 森の踏切番日記

成田山新勝寺でブラタモリ+鶴瓶 - 森の踏切番日記

目黒でブラタモリ - 森の踏切番日記

平泉でブラタモリ - 森の踏切番日記

 

 

 

 

 

月岡芳年の『新形三十六怪撰』

MY LIBRARYーーーーーーーーー

 妖怪 YOKAI

 小松和彦監修

 角川ソフィア文庫(2015/01/25)

 1505-02★★★

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芳年 Yoshitoshi

国芳門下月岡芳年は江戸の浮世絵の伝統を生きた絵師で、「最後の浮世絵師」とも称された。凄惨な画風の血みどろ絵・無惨絵で名をはせ、「血みどろ芳年」の異名で呼ばれたが、精緻な歴史絵・華麗な美人画・端正な役者絵など、その画風は幅広い。妖怪画も数多く描き、師・国芳の武者絵の迫力を受け継ぐ壮年期の『和漢百物語』や、円熟期の作品『月百姿』に描かれた妖怪は大胆にして繊細である。晩年に描かれた『新形三十六怪撰』は、怪異を「神経」が見せる現実と妄想のあわいに表現した比類なき作品である。

 


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『新形三十六怪撰』さぎむすめ

 

 

🐱吾輩は、ピンタレストPinterest)で妖怪の画像を集めていて、これまでに250点以上の妖怪画像を集めたのだが、先週から雑多に集まった画像を整理していて、今日までに月岡芳年の『新形三十六怪撰』の整理が完了した。各画像のタイトルを日本語と英語で入力していたら、結構時間がかかってしまった。

 

 


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『新形三十六怪撰』四ッ谷怪談

 

 

🐱月岡芳年は、天保10年(1839)生まれ。幕末から明治前期にかけて活躍した「最後の浮世絵師」である。江戸川乱歩三島由紀夫谷崎潤一郎芥川龍之介がその作品を愛したことでも有名である。「血みどろ芳年」の無惨絵は、本当にグロくて、いかにも乱歩や三島が好みそうな作品である。明治25年(1892)6月9日没。享年53歳。

 

 


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『新形三十六怪撰』ほたむとうろう(牡丹灯籠)

 

 

🐱『新形三十六怪撰』は、明治22年(1889)に刊行開始、芳年没後の明治25年に完結した。後半の作品のうち数点は芳年の版下絵をもとにし彼の門人たちが完成させた。芳年の妖怪画の集大成と云われている。

 

 


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『新形三十六怪撰』大森彦七道に怪異に逢ふ図

※水面の影が鬼女であることを暗示している。

 

 

🐱芳年は、神経衰弱に悩まされた時期もあり、晩年には酒のため身体が蝕まれ再び神経も病んでいたという。『新形三十六怪撰』の「新形」は「神経」に掛けたとも云われている。

 

 


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『新形三十六怪撰』清玄の霊桜姫を慕ふの図

※清玄の姿は襖のシミのように見える。あるいは、襖のシミが清玄の姿のように見える。

 

 

 

🐱『新形三十六怪撰』の中で、吾輩のお気に入りは、この一枚である。

 


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『新形三十六怪撰』皿やしきお菊の霊

 

 

🐱お菊さんの儚さが哀しみを誘う傑作だと思う。こんなに美しいお菊さんは見たことがない。ついでに、『月百姿』の中でのお気に入りの一枚も紹介しよう。夢枕獏の『陰陽師』のファンなら、すぐにピンとくるであろう。

 


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『月百姿』朱雀門の月 博雅三位

 

 

 

 🐱こちらには、芳年の他に北斎国芳、石燕、暁斎、芳幾、鴻山の代表的な作品など、有名な妖怪画がカラーで収録されている。手軽な妖怪画入門書。

 

 

📄関連図書
数えずの井戸 (角川文庫)

数えずの井戸 (角川文庫)

 

😺★★★★

 

陰陽師―飛天ノ巻 (文春文庫)

陰陽師―飛天ノ巻 (文春文庫)

 

 😺★★★★

 

 

 

📄『新形三十六怪撰』の全画像はこちらで見ることができます。

🔎新形三十六怪撰 - Wikipedia

 

 

📄Pinterestは、こんな感じ。

Yoshitoshi Demon in the Night Palace | Palace, Japanese and Japanese prints

 

 

 

 

 

水戸でブラタモリ

ブラタモリ』#61水戸

水戸黄門はなぜ人気があるのか?


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😽セリフが棒読みの黄門様御一行。

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ブラタモリ #60こんぴらさん』は、こちらになります➡こんぴらさんでブラタモリ(1/3) - 森の踏切番日記

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ここから「水戸でブラタモリ」始まり始まり
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タモリ水戸黄門はなぜ人気があるのかを探りに水戸まで来なきゃいけないのかね、大体」


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😽案内人登場。趣味は、お墓巡り。


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🐱徳川光圀は、元禄13年(1701)12月6日没。将軍綱吉の生類憐みの令が強化されていた頃。光圀は江戸っ子に人気があり、光圀が犬20匹の皮を剥いで将軍綱吉に送ったという俗説が当時広く信じられていた。(30匹、50匹、100匹と話が大きくなっている) 

 


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🐱水戸城は、佐竹氏が築城したものを再利用。

案内人「水戸藩は“そこにあるものを最大限に活用する”という精神を貫いている藩」

 

 

🔎徳川頼房 - Wikipedia
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徳川頼房(1603-61 威公)

水戸徳川家の祖。家康の第11子。


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🐱水戸徳川家は28万石で、尾張徳川家の61万石、紀伊徳川家の55万石に比べると格段に少ない。


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🐱これは、家康から何が欲しいか聞かれたときに、頼房は「天下」と答えたので、家康が物騒な奴だと頼房を警戒したからだという逸話があるそうだ。


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🐱水戸徳川家は、参勤交代がなくて江戸定府だった。これは、頼房が将軍家光から信頼されていて、家光が頼房を手放そうとしなかったためだと云われている。以後、水戸徳川家は江戸定府になったという。


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🐱これは、よくあることだな。

 


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🐱水戸芸術館。なんか見覚えがあるなと思ったら、磯崎新の設計だった。1990年2月竣工。バブル時代の遺産の一つだな。

 


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🐱頼房は、水戸城修築、城下町開設、領内総検地、藩法の発布、産業・交通・運輸・用水・新田の振興開発などをおこない、藩制の基礎を確立した。


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🐱頼房が開発した下町は、もともと湿地帯で井戸水が濁り、飲み水に適さないという問題があった。


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😽草彅「黄門さま~、出番ですよお」

 


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😽あ、これは昨日使ったやつだ。

 

 

🔎徳川光圀 - Wikipedia
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徳川光圀(1628-1701 義公)


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🐱光圀は、水戸の城下町整備拡張の一環として、笠原上水道の敷設、多くの社寺の移転などをおこなった。


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🐱光圀は他にも、飢饉対策に力を入れた民政、神仏分離を実行した宗教政策、大船快風丸を建造しての三回にわたる蝦夷地探検などの業績がある。


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近江「まろやか」


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😽近江(私に振らないで💦)


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😽たどたどしい解答。


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😽小学生かっ。


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😽採点甘くね?


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🐱こういう事ですね。


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😽禁不動堂上食肉乱行。


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😽近江(夜陰?)


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😽いたんだろうな、やった奴が。


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草彅「続いてタモリさんがやって来たのは水戸駅近くのとある場所」


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😽恒例のヘルメット装着。


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😽今は、スーパーではない「ひたち」だそうです。


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タモリ「列車通過」


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😽満足げな森田氏。


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タモリ「よ~し」


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😽気が付いた乗客はビックリだよ。


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😽近江ちゃんは、女子アナではヘルメット装着率が一番高いだろうな。


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😽光圀、自分では探さないでしょ。


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🐱近江ちゃんに代わって調べました。


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🐱光圀は、藩主就任直後の寛文2年(1662)、町奉行・望月恒隆に水道設置を命じたそうです。


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🐱実際に工事を担当したのは、草彅クンではなくて、永田勘衛門とその息子だったそうです。およそ一年半の工事で完成し、以後修復を重ねながら、明治時代に近代的な水道設備が導入されるまで利用されたそうです。


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😽近江「御隠居さま、頭にウグイスが」

😽タモリ「ほ~ほけきょ」

 


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タモリ「水戸といえば弘道館ですよね!」

案内人「今でもこの正門が開くのは毎年偕楽園の梅まつり」


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案内人「ですが、本日は特別に開けて頂くようになっておりますので」

タモリ「藩主並の待遇をありがとうございます」


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タモリ「自動ですね」


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🐱『大日本史』、神武天皇から後小松天皇までの百代の天皇の治世を編纂した歴史書。南朝正統説。


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🐱紀伝体を採用、本紀73巻、列伝170巻、志126巻、表28巻、目録5巻、合計402巻。

 

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🐱明暦3年(1657)に編纂を開始し、享保5年(1720)に本紀、列伝を完成して幕府に献上。(本紀と列伝の大体は、光圀在世中にできていた)


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🐱その後さらに改訂を加えて、文化7年(1810)には朝廷に献上。嘉永年間(1848~53)に100冊本として刊行された。


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🐱志、表は明治39年(1906)に完成した。

 
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🐱水戸藩ではこの編纂事業のために彰考館を設置し、多数の学者を動員して史料の収集や校訂をおこなった。この学者たちが史料の収集のために各地を廻ったことが水戸黄門漫遊記の下敷きになっていると云われている。


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案内人「火のない所に煙は立たない」

タモリ「ちょっと、それは言い方が違う!」

 

 

🔎徳川斉昭 - Wikipedia
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徳川斉昭(1800-60 烈公) 


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🐱徳川斉昭には、野心家、陰謀家という評価もある。


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🐱水戸黄門漫遊記は、幕末の講談で流行ったそうだが、現在知られている、格さん・助さんをお供にした形になったのは、明治時代になってからだそうだ。光圀の家臣の佐々宗淳が助さん(佐々木助三郎)、安積憺泊が格さん(渥美格之進)のモデルということになっている。

 


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🔎偕楽園Google マップ


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偕楽園表門(Wikipedia, public domain)


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タモリ「快楽園みたいだけどね」


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😽徳川斉昭には37人も子供がいたそうな。そのうちの一人が、一橋家の養子になった慶喜(第七子)。かなりスケベな殿様でもあったらしい。


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偕楽園の竹林(Wikipedia, public domain)


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偕楽園の梅林(Wikipedia, public domain)


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偕楽園好文亭Wikipedia, public domain)


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偕楽園の梅林(Wikipedia, public domain)


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弘道館で学問に取り組む。そして、偕楽園で心と体を休める。弘道館偕楽園は切り離すことのできない教育施設だった。


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陰の世界と陽の世界


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😽まさに、徳川斉昭


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😽まさに、ゆるキャラ


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😽のび~~~~~~~~~~~~~~~る。 


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😽日本庭園で借景は、よくあることだな。


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🙀偕楽園の梅まつりは、一度行ってみたいなあ。


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近江「ただ旅をしてたおじさんじゃなかった」

山下清「ボ、ボクは、た、ただ旅をしてただけなんだな」


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😽今回が、徳川光圀大河ドラマ化への一歩となればいいですね。

 

 

おまけ・納豆食堂
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タモリ「すごいネバが強力ですね」


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😽それにしても、全体的にこじつけが多かったぞ。あと、仕方が無いけれども、良いことしか取り上げてなかったし。

 


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別府温泉でブラタモリ - 森の踏切番日記

 

 

 

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さぬきうどんでブラタモリ - 森の踏切番日記

浦安でブラタモリ - 森の踏切番日記

成田山新勝寺でブラタモリ+鶴瓶 - 森の踏切番日記

 

 

 

 

 

荒ぶる虎のごとき生涯『光圀伝』

MY LIBRARYーーーーーーーーー

 光圀伝(上・下)

 冲方丁

 角川文庫(2015/06/25:2012)

 ★★★★

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竹内栖鳳《雄風》(京都市美術館所蔵)

 

 

🔘光圀伝・上

「なぜあの男を自らの手で殺めることになったのか」老齢の光圀は、水戸・西山荘の書斎でその経緯と己の生涯を綴り始める。父・頼房の過酷な“試練”と対峙し、優れた兄・頼重を差し置いて世継ぎに選ばれたことに悩む幼少期。血気盛んな“傾奇者”として暴れる中で、宮本武蔵と邂逅する青年期。やがて文事の魅力に取り憑かれた光圀は、学を競う朋友を得て、詩の天下を目指す──。誰も見たことのない“水戸黄門”伝、開幕。


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《雄風》右隻

 

 

🔘光圀伝・下

「我が大義、必ずや成就せん」老齢の光圀が書き綴る人生は、“あの男”を殺めた日へと近づく。義をともに歩める伴侶・泰姫と結ばれ、心穏やかな幸せを摑む光圀。盟友や心の拠り所との死別を経て、やがて水戸藩主となった若き“虎”は、大日本史編纂という空前絶後の大事業に乗り出す。光圀のもとには同志が集い、その栄誉は絶頂を迎えるが──。“人の生”を真っ向から描き切った、至高の大河エンタテインメント!


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《雄風》左隻

 

 

😺テレビドラマでイメージされる水戸黄門ではなく史実に基づいた徳川光圀の生涯を描いた時代小説の決定版と云えば、この作品であろう。個性的な登場人物が多く読み応えのある作品だった。特に若い頃の荒ぶる虎のごとき光圀が良い。

 

😺何故、光圀は寵臣だった藤井紋太夫を自らの手で殺めなければならなかったのかということが、本書の大きなテーマとなっているのだが、その理由のとんでもなさには、ちょっと笑った。

 


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西村晃の黄門様(TBS『水戸黄門』)

 

 

😺本書については、文庫版の筒井康隆の解説が的を射ており、これを読んでしまっては、そちらを読んで下さいと云うしかない。

この作品は、物語として語られることによって、逆に伝記という形式に内包される文学性が露にされた例であると言える。それは例えば人生論であり死の意味であり時間感覚であるのだが、たとえ語り口、章立て、次章への誘引、改行、会話と地の文の配置などが時代小説乃至エンターテインメントの定石通りであったとしても、そこから紡ぎだされた虚構性が単なる虚構性を超えた前衛性を指向するものであれば、もはや文学性を持たざるを得なくなるのは優れたSFと同様だ。

 

😺この解説には直木賞について触れている部分があるのだが、ついでに引用しておこう。

作者冲方丁直木賞だけはとっていないようだが、これはよく理解できる。直木賞は思想性があったり前衛的であったり要するに作者の意図が難解であるために不明であったりすると落とされる傾向にあるので、これはむしろ誇るべきことであろう。

 


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里見浩太朗の黄門様(TBS『水戸黄門』)


 

😺水戸市は、この作品で大河ドラマの誘致を目論んでいたが、冲方丁が妻に対する暴行の容疑で逮捕されたことを受けて話が立ち消えになったという出来事があったが、結局、冲方丁は不起訴になった訳だし、よくわからん事件だったが、その後、大河ドラマ誘致の話はどうなったのだろうか。こういう作品をこそ大河ドラマにしてほしいものである。 

 

 


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徳川光圀(若い頃)

 

 


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徳川光圀自筆の和歌

花下勧酔と題し「春風のにほひ吹まく 木のもとに 雪をめくらす 花乃盃」とある。

 

 

 

光圀伝 (上) (角川文庫)

光圀伝 (上) (角川文庫)

 

 

 

光圀伝 (下) (角川文庫)

光圀伝 (下) (角川文庫)

 

 

 

 

 


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😽光圀の祖父の高笑い。(NHK真田丸』)

 

 

 

 

📄関連日記

 

 

 

猫も百人一首をする

1月の読書録05ーーーーーーー

 百人一首の謎を解く

 草野隆

 新潮新書(2016/01/20)

 1701-05★★★

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🐱著者は、1957年神奈川県生まれ。上智大学文学部国文学科卒、同大学院文学研究科博士課程後期中退。修士(国文学)。跡見学園女子大学立正大学等で非常勤講師。星美学園短期大学国文学科および人間文化学科の教授を経て、名誉教授。

 


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柿本人麻呂葛飾北斎

 

 

🐱この本は、去年購入したのだが、ずっと未読本コーナーに放置していた。お正月なので、ようやく読む気になった。

 

🐱歴史の謎解き本に関しては、自説に有利な資料ばかり集めてきて、自説に不利な資料は無視して、自家撞着的な論理を展開するような本が多いので、あまり読まないのだが、どうして購入したのだろう? まあ、いいや。

 


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小野小町葛飾北斎
 

 

🐱本書の特徴は、藤原定家に撰歌を依頼した蓮生(宇都宮頼綱)に注目していることと、和歌色紙が張られたであろう蓮生の嵯峨中院山荘に注目していることだろう。

 

🐱蓮生こと宇都宮頼綱については、これまで余り知らなかったので参考になった。蓮生は熱心な浄土宗の信徒であり、僧侶としても御家人としても有力者で財力もあったという。定家が、撰歌にあたって、依頼者である蓮生の浄土宗的世界観を考慮に入れたのではないかという指摘は、なかなか興味深いものがある。

 


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文屋朝康(葛飾北斎

 

 

🐱ただ、定家が撰歌にいろいろ仕掛けを施したというのは、どうだろうか。和歌というものは解釈しようと思えば、いかようにも解釈できるような所があって、仏教的世界観を反映していると思って読めば、その様に解釈できるというだけではないだろうか。

 

🐱嵯峨中院山荘の構造については、実際に発掘調査でもしてみなければ何も分からないので、何を言っても推測の域を出ない。平安時代寝殿造についても見直すべきだという話を読んだことがある。

 


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参議篁(葛飾北斎

 

 

🐱本書は、視点としては面白いものがあったが、自家撞着的な論理の展開が見られるようだ。本書の参考文献として挙げられている、『百人一首への招待』(吉海直人著:ちくま新書)と比較しても、論考が甘いのではないかという印象を持った。

重要なのは、そういったさまざまな解釈をさえ許容してしまう百人一首の懐の深さなのです。

(『百人一首への招待』吉海直人)

 

🐱百人一首は、和歌の入門者向けのような扱いを受けてきているが、このような懐の深さを持つのは、百人一首が文学作品として優れているからではないかと思う。

 


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菅家(葛飾北斎

 

 

🐱嵯峨の厭離庵周辺は、定家の山荘跡としているウェブサイトもあるが、正しくは蓮生の嵯峨中院山荘跡。後に娘婿で定家の息子の藤原為家が相続したので間違わられやすい。

🐱藤原定家の小倉山荘(時雨亭)跡としては、常寂光寺境内と二尊院内があるが、実際は、落柿舎周辺だったらしい。

 

 

 

 

百人一首の謎を解く(新潮新書)

百人一首の謎を解く(新潮新書)

 

 

 

 

📄関連図書

百人一首の正体 (角川ソフィア文庫)

百人一首の正体 (角川ソフィア文庫)

 

😺★★★☆

🐱絶版になったちくま新書の『百人一首への招待』を加筆修正して、改めて角川ソフィア文庫から出版したもの。新たに和歌に現代語訳が追加された。(ちくま新書版で読んだ) 

 

 

百人一首 (角川ソフィア文庫)

百人一首 (角川ソフィア文庫)

 

😺★★★★

🐱百人一首を解説した文庫本の定番。巻末に百人一首成立に関する研究史が詳しく書かれている。

 

 

百人一首 (ちくま文庫)

百人一首 (ちくま文庫)

 

🐱★★★☆

🐱百人一首の鑑賞中心。学習者向き。

 

 

百人一首の作者たち (角川文庫ソフィア)

百人一首の作者たち (角川文庫ソフィア)

 

😺★★★★

🐱百人一首の作者に注目して平安時代の王朝文化を読み解いている。特に、定家と後鳥羽院との関係について踏み込んだ論考を行っている。 

 

 


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